「シャーロック・ホームズの思い出」最初の事件、最後の事件の記録

探偵になったきっかけ、初期の怪奇事件、そして最後

 思い出という本のタイトル通り、どちらかというと、時系列的に過去の話が多くなっている、 シャーロックホームズシリーズの短編集。

 普通に結構、豪華と言える内容かもしれない。
名探偵ホームズの、探偵になったきっかけである最初の事件。
そして、彼の名前をある程度世間に広めることになった、初期の怪奇事件。
他にも、わりと珍しい、政治的な陰謀が絡んできている、(記録的に)最後にしようと思っていたけど最後にならなかった事件。
そして最後の事件というかなり豪華な内容となっている。

 しかし、読者のあまりにも多い要望のために、結局最後の事件も最後の事件とならなかったというオチが、現実にはついている。

白銀号事件

 タイトルが船の事件ぽいが、馬の事件。

 ホームズが興味を抱いて、自分から関わっていく話は意外とない。
これも実質的には、事件を担当していた警部から依頼されている。
しかし、ワトソン君が最初の方に、この事件でホームズが関係しないのは不思議なくらいとも言っている。

 まあこの世界ではおそらく、イギリスで不可思議な事件が起きると、必ず誰かが彼に依頼してくるのが、もう当たり前ということなのか。
イングランド「イギリス」グレートブリテン及び北アイルランド連合王国について  事件自体は、白銀号という競走馬が行方不明になったのと、その調馬師が惨殺されていたというもの。

 またホームズが、自分はワトソンが記録している記述から多くの人々が想像してる以上に、多くを失敗している、というようなことを述べているのは印象的。
謙虚なのか、意外に自信がないのか。

 最初に不可思議さを見せて、どことなく意外な展開から、見事な真相解明へつながる流れは、このシリーズの典型的なパターンであるが、これはかなりよく出来てるものだと思う。

黄いろい顔

 ワトソン君曰く、失敗談の事件。
前の話でホームズ自身が言っているように、彼も時々は失敗するのだが、しかし失敗した事件というのはたいてい未解決で終了するから、真相まで書けない。
というわけで、ワトソン君はあまり書かないらしい。
しかしこの事件に関しては、失敗はしたのだが、ちゃんと解決はしたというパターンということで、書いたという設定。

 とある人の妻が関わっている、怪しげな男はどこの誰かという話。
真相が明らかになった後、ワトソン君に対してホームズは、今度もし自分が自分の力を過信するようなことがあったら、是非ともこの時の事件を思い出させてくれたまえ、みたいなことを言っている。
ホームズはいつでも自信家なキャラだから、この自身への戒めはちょっと興味深い

株式仲買定員

 四つの署名事件のあと、結婚し、それから医師として開業したワトソン、のもとにホームズが訪ねてくるところから始まる話。

 死んではないけど死にかけの人を見た時に、ホームズはワトソンを頼るが、やはり医学の知識が深いといっても、本業の医者には負けるということか。

 こういう話って、現代ではちょっと特に厳しいけど、逆に現代風にアレンジした、こういう話を見てみたい気もする。

グロリア・スコット号

 ホームズが探偵として挑んだ初めての事件であるのだが、別に大した話でもない。
というより、ホームズはほとんど何もしてない。

 たいした話ではないと言ったが、大筋自体はなかなか興味深かったりする。
ただそのほとんどがホームズが聞いただけという話であって、彼は結局ほとんど関与しないわけである。

 この話でむしろ注目すべきことは、ホームズが探偵を志す前から、剣道とボクシングを趣味としていたことだろう。
彼はボクシング相当強いという設定だが、それは犯罪者を捕まえたり、犯罪者から身を守るためばかりでなく、もともと趣味なわけである。

 また、探偵になる以前から、ホームズは観察のみで、初めて会った人の情報を、いくらか見抜く技を持っている。
ようするに彼は、探偵になるためにそういう技術を訓練したというわけでなく、探偵の能力を元々持っていた、というふうに描かれている。
つまりは、努力の人ではなく天才。

 あくまで仕事にしようとは考えてなかっただけで、もともと探偵も趣味というような感じのセリフはある。

 さすがにホームズも探偵になったばかりの頃は無名なので、依頼人は友人である。
もっとも、そもそも彼が有名といえるようなレベルになったのは、ワトソン君が緋色の研究事件を、本にしてからだが。

 ホームズが調査することになったのは、依頼人の父が、なぜか死ぬ時まで言いなりになっていた不良な男。
その真相の鍵は、もっと昔に当事者たちが関わった、グロリア・スコット号という船の事件。
というような感じ。

マスグレーヴ家の儀式

 これも探偵としての初期の事件だが、物語的な怪奇性があり、世間の注目を集めた最初の事件であったとホームズ自身が語るように、怪奇的な事件である
また、ホームズが探偵として、少しは世の中に知られることになったきっかけの事件でもあるという設定。

 ホームズは自分が手掛けた一つ一つの事件に何らかの名称をつけているが、「マスグレーヴ家の儀式事件」というのも、まさしくそう。
そしてワトソン君は、それに関してホームズから聞く前から、 その名前だけは何度か聞いているというふうに語る。

 そして無名時代の話であるので、当然のように依頼人は知人。

 ある名家の執事とメイドが失踪し、それに加えていくらか奇妙な出来事が重なっているというような事件。
さらには謎の儀式文の意味の解読という、ある種、宝探し的な要素も あったりする。

 真相には歴史的要素も絡んできていて、地味にスケール大きめな雰囲気。

かたわ男

 また、ワトソン君が結婚してから月日が経った後、ホームズが彼を訪ねるところから始まる話。

 クリミア戦争で活躍したアイルランドのロイヤル・マロウズとかいう部隊の隊長にまでなった大佐が殺される。
そして寸前まで口論していた、夫人に容疑がかかるが……。
というような、短編の中に時々ある、いかにもな感じの殺人事件。

 一見かなり明らかな、という感じでもない。
部屋の鍵がなくなっていて、明らかに誰かが持ち去っているという状況が、より不可思議な印象だったりする。
ちなみに窓が開いていて出入りできるので、密室ではない。 

 またコナン・ドイルは 明らかに動物好きだが、この話にもちょっと絡んでくる。
メタ的に考えるなら、別に無くてもあまり関係ないようなギミックだから、あれを出したのは、ただ出したかったからだろう。

入院患者

 とりあえず、「緋色の研究」や「グロリア・スコット号」の話。
つまりは、ホームズがいてもいなくてもあまり関係なかったというような事件に関しては、ドイル自身も気にしていたのかもしれない。

 緋色の研究は、一応世間に真相が明らかになったのは、ホームズのおかげである。

 そしてこの話はわざわざ最初に、あまりホームズが関わってないが、奇妙な事件なので紹介する、みたいなことを書いている。

 何かワトソンが、「私はホームズの方法には明るいから~」なんて語るのは、すっかり普通に親しくなった感じで、なんか微笑ましい。

 医者と何か様子のおかしい入院患者の話。
「癇癪を仮病に使うなんて簡単さ、僕もやったことがある」などというホームズのセリフが印象的。

 悪いことはできないなと、よくあるような感じのオチである。

ギリシャ語通訳

 もう結構仲良くなったというのに、ホームズは、家族や少年時代の話をあまりしない、という不満めいた話から始まっている。
女嫌いで、親しい友人を作ることをあまり好まない、というようにも述べているが、前者はともかく、後者は若干、人のこと言えてないのでなかろうか、(ホームズ以外に友達いない)ワトソン君。

 ただ、そのような語りは前ふりで、彼を勝手に身寄りのない孤児でないかと想像していたワトソンに、いきなりホームズが自分の兄の話を始めるというところから、この話は始まる。

 というか、ホームズが自分の家系のことを語るという点において、この話は全体の中でもかなり重要な話と思われる。
どうもホームズ一族はもともと田舎の地主の家系らしく、また、フランス人画家の妹である、つまり芸術家血統な母の下から、変人が多くなったとホームズ自身が語る。

 地味に、遺伝か環境かの話を、ホームズを議題として、話しているのが興味深い。
少年時代に何かきっかけとなる事があったのではないか、と推測するワトソン。
それに対しホームズは、遺伝に違いない、自分の兄は自分以上に君が言うような特性を持っているから、などと返すわけである。
その兄マイクロフトだが、話だけでなく実物も登場する。

 推理力や観察力は兄が上だが、それを探偵術に利用しようという野心が彼にはないために、自分の方が探偵に向いているというホームズの説明もわりと興味深い。

 ところで依頼者は、 恐ろしげな男に(ほとんど脅されて)、ギリシャ語しか喋れない不気味な男との通訳を任されたという人。
で、あれはなんだったのかというような、そういう話。
特に大した真相ではないとドイル自身も考えていたのであろう。
かんとホームズがワトソン君に質問し、ワトソン君が自分の考えを話し、ホームズがそうだと思うと了承するようなシーンがある。
そして結局その通りだという真相。
ただメインはわりと後日談で、自滅した二人の犯人は実は……とホームズは勝手に考えているというオチ。

海軍条約文書事件

 これまた国家の陰謀的な話が絡んできてちょっとスケールが大きい話。
結局ワトソンくんは最後の事件を記述するわけだが、本当はこの事件を最後にするつもりだったという設定でもある。

 依頼人が、政治家に出世した、ワトソンの学生時代の知人というのも、いかにも気合いが入ったような雰囲気である。

 話は、大事に保管していた機密文書がどこかへ消えてしまったというもの。

 唐突にバラの花がどうたらとホームズが言い出して、ワトソンが驚くシーンがある。
ホームズという人は、自然物に対する興味などまるで見せないという記述は興味深い。

 彼は探偵だから、人が関連することにばかり、人の行動の影響によって発生した現象にばかり関心がある。
つまり、普通に自然を見る時でも、それがいかに人に利用されるのか、ということばかりに関心がいく、ということなのだろうか。

 化学実験をしてるシーンもあるが、人工の世界とは何だろうかと、少し考えたくもなる。

 寄宿学校に関して、あれは未来を照らす火なんだ、小さいが元気な種子たちがあそこにいる。
というようなホームズの語りもあり、 どことなくクライマックス感がある。
さすがに、本来最後にしようと考えていた話、という設定なだけのことはある。

 そしてこの話は短編の中では結構長い方で、そういう意味でもやや特別感が強い。

最後の事件

 シリーズというか、シャーロック・ホームズというキャラの人気が高すぎて、最後の事件のはずだったのに最後の事件にならなかった事件。
おそらくホームズのエピソードの中でも最も有名な、ライヘンバッハの滝で宿敵モリアーティと対決をする話である。

 もともとこの話をワトソンは書くつもりがなかったけど、モリアーティの兄が、弟を賞賛する文章を書いて、それが世間に広まったために、本当の真実を明らかにしようと筆を取ったという設定。
ようするにモリアーティは、世間に知られているよりも、ずっととんでもない悪党で、そしてホームズは、自分の命までも犠牲にして、その恐るべき野望を阻止した、という話。

 ワトソン君の結婚生活も順調で、ホームズも遠慮するのか、だんだん疎遠になってきたところ、久々に彼が訪ねてきたというところから始まる。

 モリアーティは後に、これ以前を描いた話にも登場するが、それにはもちろんワトソンも登場するので、この話でホームズから、モリアーティの名を聞いて、「知らないねえ」とワトソンが答えるのは、わりと矛盾。

 とにかくホームズはモリアーティについて語るわけだが、悪の天才、世の脅威、誰にも知られずしかしロンドン中に影響力を持っている、犯罪史上の最高峰に立っている、彼さえ打ち負かすことができるなら僕はすぐにでも探偵を辞めて隠居生活をおくれる、などととにかくべた褒めである。
惜しむべきは、そのような設定ばかりがあり、実際の活躍は全然描かれてないことであろうか。

 さすがに、ホームズを殺すためだけに作られたキャラクターのだけのことはある(そうだと言われてる)。

 ちなみにホームズは、モリアーティの配下数十名を一網打尽にする策を立てて、それを実行する。
が、その時にモリアーティだけは逃してしまう。
というのが結果だけ語られる。
いったいどのような策で配下たちを一網打尽にしたのか、気になるところである。

 ホームズは、特に謎が多い事件に多く関わってきて、それらの真相を暴いてきたから、それらの背後に伸びていた何者かの手に感づいたという設定は、なかなか面白いと思う。
またホームズは、自分が彼を追い詰め、しかし追い詰められるたびに彼がまた逃げて、という繰り返しの記録を本にして書くなら、探偵小説史上稀に見るような、すごい話ができるだろうとも語っている。

 わりと興味深いのはモリアーティが最終決戦の前に、ワトソンくんへの手紙を書くことをホームズに対し許可していることであろう。
そこはなかなかの紳士である。

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