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三原則を考えたアイザック・アシモフ自身が書いたロボットもの長編
SF発の概念としては、かなり有名かつ影響力の強い『ロボット三原則』を背景として、様々な話を展開した、アイザック・アシモフのロボットシリーズ長編第一作目。
地球外のいくつかの惑星に人類が移住しはじめてから、幾千年。
もともと植民地のような存在であったいくつかの移住惑星が、地球から完全に独立し、むしろ文明発達が遅れた地球が、スペーサーと呼ばれる彼らに実質的に支配されている未来世界。
ある日地球の刑事ベイリは、なんとスペーサー達が住まう地球居住区の街で起きた殺人事件の調査を任されてしまう。
スペーサー達の社会は完璧なセキュリティで守られている為、犯人は必ず地球人のはずだったのである。
さらに捜査の為、スペーサー達にロボットであるR・ダニール・オリヴォーを相棒としてつけられるベイリ。
そしてダニールと共に捜査を続ける内、ベイリはある疑惑を抱き始める。
もしかすると全てはスペーサー達の陰謀なのではないかと。
という感じのストーリー。
そしてこの作品は、後に世界観を同じくするアシモフの多くの作品に登場するR・ダニール・オリヴォーの初登場作品でもある。
ロボット三原則とは?
1、ロボットは人間に危害を加えてはならない。
2、原則1に反しない限り、ロボットは人間の命令に従わなければならない。
3、原則1と2に反しない限り、ロボットは自己を守らなければならない。
設定された以上のルールが、ロボット三原則である。
アシモフ作品のロボットの設定の基本であるが、他作品や、現実のロボット工学にも、強い影響を与えてきたという。
この鋼鉄都市では、ベイリは三原則を疑う。
この流れは逆に、三原則のせいで、事件捜査が難航する続編「はだかの太陽」に繋がるようになっている。
ロボットと異星人達に支配された未来社会
人間の仕事をロボットが行うようになり、単純作業の労働者などはお役ごめん。
とは、わりと現実になりつつある訳だが、この作品では、実際ロボットのせいで失業者が溢れた地球社会で、ロボットという存在自体がかなり敵視されている。
一方、偏見を持たず、労働力としてのロボットを存分に活用したスペーサー達の社会は経済的に発展を続け、いつの間にか支配下におかれてしまっていた地球。
アシモフは後にエッセイにて、
「SF作家は未来の技術を描くのではなく、それによって現在とは変化した社会を描くのだ」
と述べるのだが、まさにこの作品では、独立した元地球人のスペーサー。
ロボットがあらゆる労働力として使える環境と、確かにそうなっているかもしれない未来社会を描いている。
長寿は科学を停滞させるのか
スペーサー達は、周囲の環境などから、病原菌などを徹底的に取り除き、寿命かかなり伸びているという設定。
この設定の為に、スペーサーは、人間との接触を非常に恐れたりする。
アシモフは、この作品で、(例えば数百年レベルの)長い寿命は、停滞をもたらす可能性を描いている。
簡単に言うと、一人一人に与えられた時間が長くなると、問題などを個人で考え、自己完結する者ばかりとなり、知識などの共有が発生しづらくなってしまうのだとしている。
クラウドネットワークというようなシステム概念がある現在の視点から見ると、このスペーサー達の設定はちょっと違和感あるかもしれない。
ロボットは地球で嫌われ、スペーサー達には非常に身近な存在という設定があるから、なおさらだ。
現実ならば、ロボットが浸透した機械化社会の最大の強みは、むしろ情報共有性の高い精度であろう。
ロボットと人間の違いとは何か
アシモフが最も描きたかったのは単にロボットよりも、ロボットでない人間だったのかもしれない。
「ダニール、人間よりもずっと論理的に正しい選択が出来る君にはわからないかもしれないが、人間は時に論理的に正しくない選択こそをよしとする時があるんだ。今がその時だ」
作中ベイリはある場面でこんな事を言う。
それはベイリの奥さんと息子それぞれに危険が迫っている可能性があり、ベイリが息子を優先しようとした場面での事。
その時、危険度などから奥さんの方を先にした方がよいのではないかと提案したダニールに、ベイリは上記のような台詞を告げる。
感情のせいか、計算能力の低さのせいか、とにかく人間はそれでも人間。
決してロボットがそれと全く同じにはならないだろう。
というアシモフの主張を感じる。
と共に、このシーンが、終盤のある重要な場面で、重要な鍵となるのは、まったくお見事だと思う。
ミステリーとしてもなかなか
アシモフはミステリーにも造詣が深い。(特に『灰色の脳細胞』ことポワロシリーズで有名なアガサ・クリスティがお気に入りらしい)
その為か、彼のSF作品には、たびたびミステリー的な演出などが見られるが、この『鋼鉄都市』をはじめとしたロボットシリーズには特にその傾向が見られる。
この小説は、れっきとした未来世界もののSFではあるが、その未来世界で描かれるのは、ミステリーでよく使われる題材である「凶器なき殺人事件」である。
また主人公の刑事と、相棒のロボットが、時に衝突しながらも、着々と捜査を進めていくプロットは、完全にバディもののそれ。
とまあ、そういう感じで、まさしくこの『鋼鉄都市』は、SF、ミステリーのどちらのファンにもお薦めできる、極上のエンターテイメント作品となっている。