アイザック・アシモフのノンフィクション
ファウンデーションシリーズやロボットシリーズなどよく知られた、SFの巨匠アイザック・アシモフ(Isaac Asimov。1920~1992)が残した膨大な著作群には、ノンフィクションもかなりの数を占めている。彼はノンフィクションも人気あって、生前は、優れたSFの創り手というより、優れた科学解説者という評価が下されることも珍しくなかったようだ。特に、連載しながら、ストックがたまっては、まとめて単行本として出版していたエッセイ集は、人気が高かったという。ここで紹介している彼のノンフィクションの本もほぼそれである。
話題は様々だが、やはり本来の専門だけあって、化学や生化学の話は、深いものが多い印象がある。
空想自然科学入門
序文で「小説よりもノンフィクションが面白い」と書いているのが、ある意味、興味深いか。
人間の平均的な感覚から考えて、小さすぎるもの大きすぎるもの、というようなスケールに関する話が多い印象。
初期の頃のエッセイ集であり、いくつか後になって(後のエッセイで)、新しい知見による訂正が書かれたり、というようなものもある。SFの延長線上みたいな話題も多いが、後の本では、 明確にSF的な話題、リアルの科学の話題というように、区別が明確にされていっているような感じがする(SF的な話題自体は多い)
エントロピーが極限になって、熱力学的に死んだ宇宙において、完全なる偶然が一時的な復活を発生させるパターン。他に、SFファンにはあまりにもお馴染みなケイ素生命の話などもある。エントロピーとは何か。永久機関が不可能な理由。「熱力学三法則」
地球から宇宙へ
多彩な内容を扱うアシモフのエッセイにおいても、地理に関する話題は珍しい方と思う。東西南北をどのように定義すべきなのか、最も高いや最も低いとはどのように定義すべきかなど。かなり遊びみたいな話題だが、提示されている問題自体はなかなか興味深い。
SFというジャンルに関するアシモフ的な論もあるが、微妙に言い訳じみている感じがなくもない。
時間と宇宙について
空間的な話題が多い前の本と比べると、時間の話題が増えている感じ。
まだ文字の記録に残っていない昔、人間たちは世界の何に注目したか、どんなことを考えていたか、ということの考察とかもある。アシモフは、大した根拠ないオカルトやニセ科学に批判的なことがよく知られていたが、興味はあったらしく、現代的な観点によるバカバカしさだけでなく、昔の人たちは、なぜそういう話を真剣に信じたのか、という推測も多い。この本でも、空の星々の動きと、それと関連する様々な現象の説明のついでに、占星術に関してよく考察されていると思う。「占星術」ホロスコープは何を映しているか?
他に、天体に神話のキャラクターの名前をつける伝統は、ギリシャ人に始まったものではないとし、そもそも神の名をつけたというより、先に物質にその名前を付けて、それが後に神話の中で擬人化されたのであろうという説を出したりしている。
生命と非生命のあいだ
宇宙生物が地球にやってきている可能性についての言及などがある。宇宙人の乗り物と噂されるUFOというものに関しては、実際興味深い問題ではあるので、それが実際明らかなインチキだらけでさえなかったなら、もっと真剣に取り組む科学者もいるのでないか、と指摘している。
タイトルでは生物学がメインぽいが、やはり化学よりの話に興味深いのが多いのはいつも通り。
わが惑星、そは汝のもの
怪しげなオカルトに関する批判が多め。それと関連しているともいえるだろう。「チェスを知らない者が名人を負かせるという幻想を持つことなどない。だが科学の素養がほとんどないアマチュアなのに、アインシュタインの理論に”明白な”欠陥を指摘できると思いこめる、そういう者が多いのは奇妙なことだ」というのは、なかなか鋭い。
太陽と太陽光に関する話が多く、ドップラー効果というものに関してもわりと詳しい。そして、もちろん話題は銀河系に移っていく。「太陽と太陽系の惑星」特徴。現象。地球との関わり。生命体の可能性
また、元素に関する歴史などに関しても、特に面白いのが多いと思う。
発見。また発見
病気と虫、そして殺虫剤の話。一方で空を飛ぶ機械の研究など、 テクノロジーにまつわる話が多め。どの話においても、明るいのと暗いのと、どちらの話題もバランスよく紹介していると思う。
単に飛ぶためのロケットの夢から、兵器として利用されたミサイルという現実、そして、ただ兵器として利用されただけではない。今や人類の夢、宇宙へ飛び立つための研究。海底二万里、月世界へ行く、地底旅行、悪魔の発明「ジュール・ヴェルヌ」
たった一兆
これもかなり初期の頃に、というか実質最初に書かれたエッセイ集らしいが、内容的には「空想自然科学入門」の方が最初という印象がある。序文的に。
元々、何かの数に関する話題が多いアシモフのエッセイだが、この本では特に多いかと言うと、まあ多めな方という程度と思う。
「そんなもの、たった1兆さ」と言うのがいかにも楽しそう。
次元がいっぱい
SF作品で登場するテクノロジーには、恒星間を旅行するためのものは大量にあるのに、恒星間を通信するためのものに関しては、明らかに言及が少ないとする。そしてエーテルの話題となるが、それと関連して、時空間の話題もけっこうある。
エーテルの種類の話題などは、最近の物理学の本ではなかなか見られないと思う。他にもフロギストンの研究など、物理の歴史の話が多い。
未知のX
最初の方は光学についてだが、化学の話題に比べたら、ワンパターン感が拭えない。化学もそうと言えばそうなのだが、本人が「知りすぎているからこそ、なかなか語るのに躊躇する」と言うように、実際の内容にバリエーションがあるので、飽きにくい。
この本では、元素の結晶とか塊とか、それが固さや美しさとどのような関係があるかというような、そういう話がある。「結晶とはなにか」自然はなぜ簡単に規則正しく存在出来るみたいなのか
惑星系の誕生に関しても扱われているが、物理より、化学よりの視点なのは、一般向けの本ではわりと珍しいかもしれない。
存在しなかった惑星
太陽系研究の話多め。
特に実際の研究史、いかにして各惑星、月、太陽は正しく理解されるようになっていったか。
また、宗教的に支持された、完全無欠な宇宙の世界観とはどのようなものであるか。ニュートンが光のスペクトルを見つけた時、それにはどんな意味があったのか。
他、オゾンと地球環境に関する話は、 それが書かれた当時よりもさらに 重要であろう。
知能に関連する話もあるが、アシモフは、知能と呼ばれる様々なことが、単に権力の道具などばかりに使われていて、まともに考えることは難しいとしている。
彼はアメリカ人なわけだから、そのような肌の色の違いによる差別の問題に関して、特に実感している立場なのであろう。「黒人が白人よりもIQが低い」という情報はやたら受けれられるが、逆に「白人が黒人よりもIQが低い」というテスト結果が出たならば、瞬く間に「知能テストそのものが欠陥品」などという批判が大量に出るだろう、というような指摘をしている。
素粒子のモンスター
意外と少ないと思う。素粒子物理学の話が多い。
アシモフ自身、やはり難解な量子論と相対性理論に関しては、しっかり正しく理解すること、そして説明することが難しいと考えてるらしく、慎重な感じがする。とは言え「磁気単極子(モノポール)」の話などは、なかなか楽しんでる印象がある。「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ
「特殊相対性理論と一般相対性理論」違いあう感覚で成り立つ宇宙
他、植物に関してなど、なかなか詳しい。
真空の海に帆をあげて
タイトルからはまたしても素粒子物理学を中心としているイメージを受けるかもだが、個人的にこの本で最も注目すべき話題は、恐竜絶滅と隕石衝突の関連の話。
ちょうどそのような話題が出始めて、生物学界隈で、賛成派と反対派が議論を繰り返していたまさにその頃。少しだけ時期の違ういくつかのエッセイが、新しい有力な説(ネメシス)、そしてその否定といった流れが見事に投影されていると思う。ただし有名な白亜紀末のクレーターが見つかる前の話なので、これだけ読む分には、ちょっと不完全燃焼感があるかもしれない。「恐竜絶滅の謎」隕石衝突説の根拠。火山説の理由。原因は場所か、生態系か。
太陽を除けば、地球から最も近い恒星であるアルファ・ケンタウリにもし生物がいるなら、というSF的な話も印象に残りやすいか。
見果てぬ時空
元素や電気の歴史的な話など、言ってしまえばもうネタ切れ感もかなりある。それでも周期表と原子番号、同位体。また電池の発明の話など、 これまでとは違う観点から語られてたりする。
地球内部、空洞説という伝説の話はまた面白い。アシモフは作家として、ヘンリー・キャべンディッシュへの興味が大きそうである。「地球空洞説」否定の根拠、証拠。地底人はありえないのか。
「ヘンリー・キャベンディッシュ」最も風変わりな化学者の生涯と謎。
よく、地球や地球の生物をも作った宇宙の星屑という話があるが、それも取り上げられ、やはり特に化学的な観点で語っている。
人間への長い道のり
いかにもなタイトルだが、特に比率的に生物学の話が多いわけではない。
エッセイ全体として、進化論は(話題にされる率はともかく)あまり(おそらく相対的に言っても)詳しく扱われることないが、これの表題作辺りにしても、進化論というよりは、進化論的世界観、典型イメージの紹介という感じ。
(タイトルから勝手に期待していたこともあるかもだけど) 個人的には、アシモフのエッセイの中でも、かなり微妙な出来と思う。
宇宙の秘密
太陽系研究の話と合わせて、多くのSF作家を含む、想像力豊かな科学アマチュアたちは、なぜ生命溢れる太陽系の各惑星というようなイメージをなかなか捨てれなかったのか。そういう話が、SF作家かつノンフィクションを書くアシモフ流に語られている。
相変わらず元素の歴史の話も面白い。
ハレー彗星ガイド
「ハレー彗星について」、というよりも「天文学入門」というような感じの内容。 むしろ序盤の、天体現象と迷信を結びつけた昔の人々の世界観の話などが、特に興味深いと感じる人も多いかもしれない。
単純に科学史の本として、物語的にも面白い。エッセイ集とは違って、話全体がまとまっているのも関係あるだろうか。ただし細かい内容に関しては、エッセイ集とかぶっているものも多い。