ルパンシリーズ初期の短編集
ミステリー作家モーリス・ルブラン(Maurice Marie Émile Leblanc。1864~1941)の人気怪盗キャラ、アルセーヌ・ルパン。
そのルパンの活躍を描く短編集。
基本的にルパン作品としては初期のものばかりらしい。
話的には、それぞれ独立はしているが、ある程度つながりのあるものとなっている。
アルセーヌ・ルパンの逮捕
タイトル通りに怪盗ルパンが逮捕されるというだけの話ではある。
実質的にはほとんどわざと。
ミス・ネリーという女性に恋をして、そして、他のことがもはやどうでもよくなってしまったからだという理由が、ルパンというキャラのキャラクター性をよく物語っていると思う。
ルパン側もそれなりに認めている節があるガニマール警部も登場。
この世界ではシャーロック・ホームズ(ただし版権の問題で、原書ではアナグラムの別の名前らしい)が存在している世界観だが、ガニマールはフランスにおいては、ホームズに一番近しいくらいに優秀な人物、というような説明もある。
話のシチュエーションとしては、とある船にルパンが乗り込んでいるという情報だけが最初にあって、事前情報と一致する、あからさまに怪しい登場人物が一人だけいる、というようなもの。
ルパン獄中の余技
刑務所の中にいながら行う盗みという、なかなか興味深い発想の話。
盗みの予告があり、実際に盗みが発生した。しかしその犯人であるはずのルパンは、しっかりと牢屋の中。いったいどうしたことか、というような感じ。
ガニマール警部が、自分にすらわからなくても、ルパンにしか無理な大仕掛けの盗みを行うなら、それはルパンに違いない。例え刑務所の中にいても。
と、ある意味で信頼感が強いのが、ちょっと印象的。
「彼は古くさい手なんて使わない。彼は今日の人間なんだ、むしろいつだって明日に生きている人間だ」というセリフも、なかなかいい感じに思う。
アルセーヌ・ルパンの脱獄
タイトル通りに脱獄の話。
妙に大人しい日々を過ごしていた獄中のルパンであるが、いつの間にやら、ボードリュ・デジレなる人物と入れ替わっていたという、そういう話。
裁判シーンで一般に知られているルパンの噂がいくらか出てくる。
まず彼の過去は謎だらけで、ある日、まるで突然現れたかのようだったという話から、過去にいた、もしかしたらルパンだったかもしれない様々な人物の話が紹介される。
奇術師ジクソンの助手として働いていたロスタなる人物。
サンルイ病院のアルチエ博士の実験室に出入りしていた細菌学や皮膚病の研究でしばしば先生を驚愕させていたロシアの学生。
さらに、パリに日本流の格闘の師範として身を立てた男。
世界博覧会のグランプリ賞金1万フランを獲得し、その後は姿を二度と表さなかった競輪選手。
慈善団体のバザーの小さな窓から、多数の人々を救済し、しかしやがて彼らから盗み取った男など。
最後、ガニマールとの別れのシーンで、「ちゃちな真相なんて明かさず、神秘的な性格を残しておき、自分の周囲を覆う闇で包んでおくほうが、私にとっても有利なんだ」とルパンは告げる。
どうもルパン自身、アルセーヌ・ルパンとはこういう存在だ、という理想的イメージを持っているらしい。
不思議な旅行者
襲われて、見事所持品を盗まれてしまったルパン。
そしてそれを取り戻すために、あえて有能な感じの一般人を装って、警察と協力し合うという、なかなか面白いアイデア話。
結局、犯人は近頃世間を騒がせていた殺人犯であり、ルパンは結局その逮捕に協力するという形。
ルパンは普通に武道派でもあるから、いざ殺人犯と対峙することになっても、別にビビりもしないで、冷静に対処する。
しかし、やはりというか、普通に彼は泥棒なので、結構ちゃっかりした行動もとる。
女王の首飾り
世間には知られていない、ルパン最初の事件の話。
6歳の少年ルパンが、ある目的のために初めて働いた盗み。
そして現在のルパンが、かつてのその被害者に会いに来て、話をし、見事な結末に繋がる。
とにかく、幼い子供であることを活かしたトリックが、結構印象的。
結局、ラウルというのが、ルパンの本名ということになるのだろうか。
ハートの七
多くの場合に語り部となっている 伝記作家がなぜルパンと知り合いその伝記をかけるような情報をもらえる中になったのかという話。
ガニマールの場合もそうだったが、ルパンという人物は、なかなか友達を欲しがる人な気がする。
偽名の別人としては君とさよならだ、みたいな話の後で、ルパンとの絆をしっかり残してくれたりする。
マダム・アンベールの金庫
まだ世間にルパンという名前が浸透する前、おそらくは彼が初めてアルセーヌ・ルパンという偽名を使った事件の話、そして見習い時代の大失敗の話。
大失敗というか、まあ、経験の浅い新人が見事にやられてしまう感じ。
また盗みかどうかは不明だが、貯金していた金額を全部……と嘆くのも、なんか印象的。
黒真珠
これの前話が失敗談なわけだが、今回の話は、ルパン自身が、自分の素晴らしい才能を見事なまでに発揮した成功例の話。
個人的に、話のアイデア自体は、これが一番よかったかもしれない。
ある屋敷に盗みに入ったところ、そこはなんと殺人現場となっていて、先に自分が盗もうとした物も盗まれてしまっていた。
ルパン曰く、「普通はここで、後から来たマヌケな泥棒は、すぐさま逃げ出し、ターゲットを諦めるだろうが、自分は違う」
そして彼はまさしく機転を利かせて、上手く真の犯人を追い詰め、狙ったものを手に入れるわけである。
トリックが面白い。
犯行の証拠を必要なだけ隠して、犯人を泳がせた後。自分が消す前に 記録しておいた証拠を、脅しの道具として使うというもの。
なかなかに見事である。
遅かったりシャーロック・ホームズ
完全にタイトル通り。
ルパンが盗みに入るという情報から、シャーロック・ホームズが呼ばれるのだが、その情報をルパンは入手し、仕事を急ぐ。そしてホームズがいざやってきた時には、万事が全て終わっていたという、そういう話。
ミス・ネリーとの再会も描かれているが、結局ルパンはどこまでも泥棒であり、彼女とは同じ道を歩めないという、別れの展開。
ホームズの方の話では、彼と同等の頭脳を持つような同時代人は、モリアーティ教授だけというような感じだが、この話では、ルパンもまさしく、ホームズと同等位の能力を持っている設定として描かれている。
ホームズがルパンを捕まえる機会もあるのだが、それをあえて見逃す展開は、実際どうなのであろうか。