コンピューターの名探偵、ゼニガタ
これはまず、物語の主人公たち、というか探偵事務所の設定が、興味深くて魅力的なミステリー小説である。
大柄で、普通に腕っ節が強い鴨田英作。
事務員をしている、少し天然気味な比呂子。
そして、作中でもいくらかの登場人物に、もはや生きている、と言われる、名探偵パソコンのゼニガタ。
とにかく、この面々の事務所内でのやりとりが、ユーモアに溢れ、いい感じなのである。
さらに途中からは、鴨田の友人で、憧れの女性である由美も加わるが、探偵として鴨田と、鴨田の近くの女性として比呂子との対比がなかなか面白かったりする。
ちなみに(小説自体が書かれた年代的におそらく妥当なのだろう)描写的に、ゼニガタは喋らず、ブラウン管モニターに自分の言葉を表示するだけである。
「テレビ」映像の原理、電波に乗せる仕組み。最も身近なブラックボックス
ゼニガタを作った者たち
学生時代の話は、なぜ名門校に入れたのかということ自体も含めてものすごくネタっぽい(受験番号が……)
しかし、『はてなクラブ』なる部活は、なんか普通に面白そうである。
これはただ無実の中でそれぞれの部員が思い思いに黙って沈黙の思考に耽るというだけの部活。作中では、姿勢を変えることが許されている禅だという説明もある。
とにかく鴨田は、そのような名門学校で一時期在籍できただけでなく、その間に不良に絡まれてるのを助けたことで、エリート優等生たちの親友を得た。
ゼニガタは、天才の彼らが、探偵事務所を始める鴨田のために作ったものという設定である。
心を持った人工知能の、心の動き
とにかく助手という名のパソコン探偵のゼニガタが面白い。
これは実は、やはり個人の探偵事務所には、まず個性がいる。「最近パソコン~が流行ってるわけだし、パソコン探偵事務所なんてどうだろう」というような、軽いノリでエリートの作られたもの。
しかし、あまりにも優れたもの、というだけでなく、(本人曰く)「日本人の面倒な傾向まではっきりと理解できる」特異的な一面もあったりする。
また、ある時に、焦っていて喋り方を似せてしまった鴨田に対し、「アンタ、発音、悪イネ、ナマッテルヨ」。
他、事件は解決したが、昔好きだった子を不幸にしてしまって落ち込み、「探偵稼業なんてもうやめようかな」という鴨田を、「アンタ、ヤメル、ヒロコ、困ル、ゼニガタ、困ル」と必死に説得したりもする。
そんなふうな、「お前には心がないからな」と言われながらも、心があるような描写が、とてもいい感じである。
ちなみに、ゼニガタは鴨田より比呂子や由美を、かなり露骨に依怙贔屓したりもする。
主人公側の勝手な推測も結構面白かったりする。
例えば、ゴルフクラブに関連する事件の話の時に、「ゴルフ」という言葉がわからずに悩んでいただけのゼニガタを見て、鴨田は思うわけである。
「妙に長く考えているな、もしかしたら事件の真相まで一気に解いてしまおうというのか。さすがはゼニガタだ」
笑ってしまう。
SF的な側面
基本的にはミステリー作品ではあるが、ロボットが探偵役ということもあって、少し神経学的な話、つまりは人工知能の話題とかもでてくる。
「高度に発達したロボットは、すでに意識を有する生命体であると認識することができる。そこで、ある瞬間から、ロボットの演算機能は は心理学的考察によって分析できる」というような理論が作中で出てきたり。
機械に愛情は必要か
ゼニガタに故障疑惑が発生した際のやりとりもまた、わりとコメディ的だが、その内容自体は興味深いか。
「やっぱりゼニガタさんにも休日、バカンスをあげるべき。今、必要なのは優しい愛情」
「いや、冗談じゃない。ゼニガタに必要なのは新しいICチップですよ」
「 そんな非人間的な扱いがどれほどゼニガタさんを傷つけてるかわからないわ」
というような会話など。
いくつか、印象的な話
「ナイスショットは永遠に」
第二話目だが、ありえない事故死の話。
つまりは、「自分の振ったゴルフクラブで、死ぬことは可能か?」というもの。
「ゼニガタに涙あり」
事件事態より、ゼニガタの異常が重要ファクターとなる話。
謎な言い方とかは、本当にただの異常なので、特に深く考える必要はなかった。
「田中軍団積木くずし」
権力をかさにやりたい放題する悪い奴らを、適切な情報の提供を連続させ、連鎖崩壊させるという、わりと爽快な話。
おそらく最も先の読める展開ではあるが、アイデア自体はなかなか面白いと思う。
「怪盗パソコン「ゴエモン」登場」
犯罪捜査のエキスパートパソコンであるゼニガタに対し、完全犯罪のエキスパートパソコンのゴエモン。が登場するわけではないのだが、おそらくは存在するということが判明する話。
探偵と怪盗の初めての対決の話でよくあるように、怪盗は捕まらず、 これからも戦いは起こるだろう、というような雰囲気で幕を閉じる。