「吸血鬼ドラキュラ」恐ろしき死者の計画に関わった者たちの記録

呪われし不死貴族に関するいくつかの記録

 言うまでもなく、吸血鬼という怪物を世間的に有名にした 、ブラム・ストーカー(Bram Stoker。1847~1912)による、1897年出版のホラー小説。
ほぼ、物語に関わった何人かの人たちの、日記とか手紙とかの記録で、何があったのかが語られている形式。書簡集。

 ジョナサン・ハーカーという人が、ドラキュラという男の城に招待されたが、実はそのドラキュラは吸血鬼。
最初はなぜか城に鏡が見当たらない、また、使用人らしき人たちが全然見つからないというような疑問から、だんだんと彼の正体が明らかになっていく。
そして、物語が進むと、吸血鬼を研究しているという、ヴァン・ヘルシング教授なる人物が登場し、吸血鬼ハンターたちと、ドラキュラ伯爵との対決に進んでいく。

ジョナサン・ハーカーとドラキュラ伯爵

 吸血鬼に関する様々なイメージの中には、この小説が元になっているものも多いとされる。
「特に吸血鬼は鏡に映らない」というのは、映画の視覚的表現のために生み出されたもの、という説もあるが、この小説ですでにそういう説明や演出がある。

 吸血鬼といえば闇の世界の貴族というか、どこか優雅なイメージもあるが、序盤にジョナサン・ハーカーが恐怖を感じた一幕である、トカゲのように壁を這う伯爵の姿というのは、 まさしく作中で表現されるように人の皮をかぶった化物という印象か。

 伯爵が語る、彼の家系の昔話は、かなり興味深いものとされているが、それは主に民族的な起源を重視してるような感じで、宗教的な伝説からの直接的な繋がりも見いだせるかもしれない。

 不気味さの演出に、コウモリの他、オオカミもよく登場し、狼人間と関連性を思わせる設定もいくらかある。

吸血鬼ハンター、ヴァン・ヘルシングの研究

 ヴァン・ヘルシングは「自分自身が最初はそういう超常的な存在に懐疑的だった」というようなことも語ってたりしていて、やはり学者的な人物だということが強調されているようにも思う。

 そして彼は、ドラキュラと関わった者たちを調べていくうちに、吸血鬼というものがどのような存在なのかを理解していく。
また彼は、不死と呼ばれる、あるいは聖書に登場するような長寿の人間、寺で長生きしたオオグモや、石炭の中で数百年眠っていたカエルなど、いくつかオカルト的な記録に関して、科学が確かめてきた現象として語る。

 ヘルシングが、吸血鬼、死者をしっかりと殺すために用意した品は、ハンダ付け(合金で金属を繋げる手法の一種)をするためのハンダゴテと棒ハンダ。(単に明かりを用意するためだろう)小さな石油ランプ。解剖刀。先を黒く焼いて先を尖らせている棒杭と、普通の家庭においても石炭の塊を打つのに使うような大きなハンマー。
ヘルシング曰く、彼の方法は、元々不死者の魔力を研究した人たちや、昔の経験や言い伝えからだという。

不死者であること

 吸血鬼とは、つまり不死者とされている。

 吸血鬼は不死身の存在であると思われるが、しかし脳は(あるいは精神的に) 不完全に保たれることもあり その精神構造の中のどこかには幼さがいつまでも残る。もしくは、長い時間をさらに生き続け、深く学ばないと、なかなか成長できない面が存在しているというような印象も受ける。

 生命体は、それがどれだけ儚い存在だろうとも、他の命を自らに取り込むことによってその寿命を引き延ばすことも可能。そして、聖書にも書かれているように、命とはつまり血である、という説も作中である。

「不死者は、墓の中で眠っているようなもので、その顔は普通悪い相をだしているが、吸血鬼の場合は、むしろ生前よりも美しくなる。不死者で亡くなった場合、普通の死人には戻れない。どうにかするには眠っているうちに一度殺す必要がある」
そしてヘルシングが言う、死者をさらに殺す方法とは、首を切断して口の中にニンニクを止めて体に杭を1本打ち込むというもの。
吸血鬼は単なるゾンビではなく、物理的存在かも怪しい点がある。棺に戻る時など、別にしっかり開かなくても、極細い隙間から入れるのだ。

 不死者とは、本来ならば天に昇るはずの魂を、この世界に縛りつけておく鎖というような説明もある。 そして注射をさらに殺すということはその魂を節から解放するということであり、つまり死者を天使のもとへ、あるいはそれに等しい存在へと変える儀式というようにも解釈される。

キリストの聖なる物を恐れる

 吸血鬼は無敵ではない。その理由として、そもそもそれが自然的な存在ではないことが挙げられている。
自然な存在でないから、自然法則に従わない部分がある。そしてそこが、 恐ろしい能力の理由でもあるが、同時に弱点になりうるところと。
ニンニクや十字架を嫌うから、それだけでも動きを制限したりできるようだ。
普通の生物学的に考えたら、十字架よりはニンニクの方がわかるような気がするが、しかしけっこうオカルトを許容する世界観からすると、ニンニクの方がどこから出てきたのか気になるところか。
キリスト教のいくつかの流派において、聖なるキリストの一部となる候補のパン、いわゆるプロスフォラ(聖餅)が吸血鬼避けになったりもする。とにかくそれはキリストの威光を嫌うようだ。

 死者を、杭を打って殺す時も、悪魔の邪魔を防ぐため、神の名を唱えながらとされている。

吸血鬼は吸血鬼を生む

 吸血鬼に血を吸われた者、血を分け与えられた者は、吸血鬼となってしまうのだが、それに関しては恐ろしい罰のように語られてたりする。
闇の種族となってしまった者は、永遠を生きる。ということは永遠に天国に迎えられなくなってしまったことを意味してもいるのだ。生き続けるしかないのである、この地上の嫌われ者として。

 夢遊病で歩いているうちに吸血鬼に噛まれ、死んだはずが吸血鬼になった女ルーシーについて、「吸血鬼というやつは夢の中だと血を吸いやすいのだ。彼女は夢の中で死に、夢の中で不死者になった」とも。

ドラキュラの謎。自然法則から外れたいくつかの特殊能力

 ドラキュラに関しては吸血鬼の中でも特別に強力というような印象もある。
作中では、吸血鬼こと彼を、怪物と表現する描写などもあるが、悪的な側面よりも、異質というような印象が際立っているか。
「研究で彼を知れば、 彼を完全に消してしまうことが重要だと思い知らされる」というような記述も。

 ドラキュラに関する生い立ちの情報などはそれほど多くないが、過去の情報が全然ない訳ではない。
例えば彼は兵士であったことも、政治家だったことも、錬金術師だったこともある。
そして政治家や錬金術師のような知識階級の者であった時は、その時代における最高レベルの知的存在だったともされる。
ドラキュラ家自体に関しても、古くから悪魔とされたものが幾人かいるが、れっきとした大貴族であることは確か。ある文献ではヘルマンスタット湖の山の上のショロマンスに道場があり、代々そこで魔法を 教えている。現在のドラキュラは10代目の師匠とも。

 吸血鬼としての彼の能力については、例えば彼は20人の男を合わせたくらい強い。
さらには、死霊術の恩恵があり、近くの死者を指揮下における。
制限された範囲内でだが、好きな場所に、好きな形で現れることができる。霧や雷などの天候操作も可能。
ネズミ、フクロウ、コウモリ、キツネ、オオカミなど いくらかの動物を操れるし、彼自身もコウモリやオオカミに変身することもできるなど。

 能力とは別に興味深いのが、おそらくは特別な不死者である彼の協力者。別の不死者ができれば、そいつは彼を援助する。それよりも奇妙なことに思えるのが、オカルトの力が奇々怪々な方法で彼に協力してきた可能性が示唆されることだろう。
物語の中での彼の目的といえば、不毛となった自らの国と住民を捨てて、新天地であるイギリスの方へ来るというものとされているが、彼の国では、何百年という長い時間、地質学的、化学的世界の不思議さ が、彼に協力してきたのかもしれないという仮説も示されるのだ。深い洞窟や割れ目、火を噴く山、水を吹き出す穴、人間を殺したり生かしたりするガス。磁気や電気みたいなもの。様々な摩訶不思議が絡み合い、奇妙奇天烈な形で人名に作用する力になる。
彼には初めから何かそうした偉大な素質があった。それで戦の激しかった時代には、優れた力と知性、そして勇気を存分に発揮することができた。その活力が不思議な形で最高に発揮されるとも。
まるで自然界の王になれる素質を秘めていたのだが、その性格が悪魔的であったために、無垢な自然を奴隷とし、恐ろしい魔物になったかのようだ。

 ところでドラキュラは、日中ではほとんどの能力が使えない。ただし太陽の光に致命的なほど弱いという訳ではないようで、どちらかと言うと、光に弱いというよりは、夜に強いという印象がある。