「オーロラの魔獣」感想と考察。究極的な天然冷凍、科学世界と自然

オーロラはあまり関係ない

 アラスカの雪原地帯を舞台に、地球温暖化の影響や、古生物を研究している科学者のチームと、ドキュメンタリー番組を撮影しに来たテレビスタッフたちが、氷付け状態から蘇らせてしまった怪物を描くSF。

 タイトルはちょっと微妙な感じである。
確かに、オーロラは物語のガジェットのひとつにはなっているが、肝心の怪物との関連性は薄い。

 また、この作者の作風がわりとそうだが、怪物が出てくる、紛れもない生物学SFでありながら、その怪物との戦いのシーンなどは比較的少なめ。
多くの部分は、その怪物がいったいどのような存在か、という謎解きであり、ミステリー的な雰囲気が強い。

 それと、怪物が実際に暴れだすのと、怪物の存在を科学者たちを突き止めるシーンがほとんど同じくらいのタイミング。
そういうわけで、この手の物語にありがちな、がんばってみんなに怪物に関する警戒を促すが、みんな信じてくれない、というような場面はほぼ無い。
人によっては、その後のカタルシス的なものが足りないと感じるかもしれない。

 そもそも、怪物が実際にその姿を晒すまで、当の科学者たちも、自分たちの考えに対し、けっこう半信半疑という感じで描かれている。
そこはある意味、リアルと言えるかもしれない。

神秘的な面が強調されているモンスター

 出てくる怪物は異形の巨大スミロドン(サーベルタイガー)という感じで、同作者の以前の作であるレリックでも登場している、「カリスト効果」という理論が適用できる、怪物種という設定。
ただし今作は、怪物の科学的側面より、むしろ神秘的な面が強調されている感じがする。
「レリック」博物館の怪物ミステリーの感想と考察。カリスト効果の初出作品  銃もあまり効かないし、すぐさま再生する回復能力を持つのだが、ある弱点を持っている。
しかし、その弱点がどういう原理に由来しているものなのかが謎のままに終わってしまう。

 重要キャラである、テュニット(ドーセット文化の人?)という、古いイヌイット族の生き残りの老人ウースーグークは、その怪物を、作中通して、自分たちの文化に伝えられる恐ろしい悪魔クールシュクだと信じる。
そして作中通して、その可能性はあまり否定されない。
「イヌイット」かつてエスキモーと呼ばれた、北の地域の先住民たち  個人的には「(カリスト効果は)継承者であるフロックが失踪して以来、支持者はいなくなったと思ってた」というようなセリフがあったのが気になった。
(そこまで表沙汰にはなっていないぽいとはいえ)レリックの事件などがあった世界観だというのに、カリスト効果は、まだちょっとトンデモ気味なイメージだったりするのだろうか。

現代社会で孤独な自然主義者

 典型的なB級モンスターパニック的設定の、シンプル一辺倒かと思いきや、これがなかなか、上手いこと練られたプロットとなっている。

 最初、小さな集落の最後のシャーマンとして生きているウースーグークが、不吉な霊的存在の怒りを理解し、それをどうにか儀式で抑え込もうとするシーンから物語は始まる。
そしてウースーグークは、氷河に隠れていた洞窟で、氷漬けとなったスミロドン(と最初は考えていた生物)を発見した科学者たちに警告をする。
このウースーグークの語る神話が、怪物の演出のひとつにもなっているわけだが、さらに彼は、冷戦時代からの基地での怪事件にも関わっていたり、物語前から現実に怪物を知る唯一の存在として、物語の要所要所で重要な役割を担う。

 しかし、ある手がかりから、テュニットこそが、真実を知っていると考えた生態学者のマーシャルが、ウースーグークに助けを求めにきた場面。
「あなたたちは世界に闇をもたらした。私は警告をしたが、あなたたちは聞いてくれなかった」
というウースーグークに対し、マーシャルは以下のように返す。
「我々の無知の代償としては、残虐な死なんてあまりにも高すぎないでしょうか」
このやりとりは案外考えさせられるものかもしれない。
実際の我々の歴史において、無知というものがもたらし続けている、恐ろしい悲劇を考えるなら。

 youtubeが話題に出てくるなど、これは少なくとも、書かれた時点でのハイテクな現代を描いた物語である。
その現代にあって、どちらかと言うと自然回帰主義に対する、科学の冷たさが描かれているようにも思う。

 それと、単純に話をエンタメ的に盛り上げるセリフとして、「私が戻ってきた理由のひとつは、あなたがあれをクマよりも大きいと言っていたことだ。50年前の悲劇を引き起こしたあれは、キツネと同じサイズだった」というのもある。
緊張感を高める場面としてはなかなかであろう。

生物学に無知な人が、生物学のドキュメンタリーを監督することがあるのだろうか

 作中に登場する、ドキュメンタリー番組の監督が、結構やばいやつとして描かれている。

 平時の段階からすでに、自分の思い通りの演技をしてくれない科学者たちに研究室を立ち去ってもらい、科学者に変装させたスタッフを使って科学ドキュメンタリーの撮影に臨むという、エンターテイナー(笑)っぷりを存分に発揮。
「1分ごとに50万ドルを支払っているスポンサーたちが、何のひねりもない「驚いた」なんてセリフだけで、満足すると思うかね」
ちょっと、なるほどである(?)

 怪物が現れ、死人が出ても、逆にそれをリアル惨劇ドキュメンタリーにしようとするような人。
こんなだから、作中でもしっかりと、「お前こそ真の怪物だ」とツッコまれている。

 しかし、現実でもこういう奴が、実はけっこう世間的には人気だったりすると嫌だな。

 ただ、いくらなんでも、生物学のドキュメンタリーを、自分の最高傑作にしようなんて考える映像監督が、生物学研究というものに対して無知であるというようなこと、逆にありえるのだろうか。

究極的な冷凍

 SF的には、今作で最も重要なガジェットは、自然クライオニクスとも言うべき、「究極的な冷凍(ターミナルフリーズ)」であろう。
非常に急速に凍結されることにより、細胞に対する致命的な結晶構造がそれほど大きく形成されないまま、冷凍保存されてしまった、というような推測である。
「クライオニクス」冷凍保存された死体は生き返ることができるか  ようするに、通常氷づけになってしまうような場合、その過程で細胞はどうしようもないほど傷ついてしまうが、その過程が非常に高速であったために、それほど傷つくことなく、生きたまま冷凍された、という設定。

 しかし、そのような自然の冷凍保存の、実際の有用性などに関しても、わりと謎という感じで終わる。
結局、普通の生物はそのような急速冷凍でも、生きたまま保存されることはない。
長い間氷づけで生きていて、かつ溶けた時に復活できたのは、あくまでも怪物自身の驚異的な生命力のおかげだろう、というような結論も、作中で出されている。

怪物への興味

 怪物は、かなり特殊化した組成の白血球により、かなり高い傷の修復能力を持っていて、かつ体内に、麻酔の役割を果たすような化学成分を生成できるために、痛みにも強い。
ただこのような段階に来るともはや、意図的な感がかなり強くなってしまってる感じもする。

 驚異的な生命力を持って、通常の多細胞生物の神経系なら完全に機能が破壊されてしまうであろう高い高圧電流を浴びても、全然無事といった場面もある。

 より興味深いのは、やはりこの生物が、いきなり凶暴だったというよりも、単に遊んでいるのではないか、と推測されたりもすること。
それに、怒って人を殺しはするが、別に食べたりはしないということ。
結局最後に、その怪物を倒せたことについても、空腹で弱っていた可能性もある、とされているが、何も食べるものがなかったのだろうか?

 この怪物がカリスト効果によるものなら、獰猛な捕食者のはずである。

 そういう感じで、結局これがどのような生物だったのかはなかなか考える余地があるような感じで終わっている
ミステリーとしては謎が残るために微妙な人も多いであろうが、案外SFとしては、 考察の余地がいくつも残る、このような演出で正解なのかもしれない。