映画「ゴジラシリーズ」の大傑作・超名作、9選

ゴジラ

ゴジラ(1954)

「人間というのは弱い。例え一切を捨て去ったとしても、この頭の中に残ってる限り、いつまたソレを使わざるをえない状況に追い込まれるかもしれないんだ」

 おそらく最も有名な怪獣ゴジラの映画シリーズの、記念すべき一作目にして、明らかな最高傑作。
神話の始まり。
もっと言ってしまうなら、怪獣映画どころか、生物学をテーマとしたSF全ての最高傑作。
(※まああくまで一信者の意見です)

 ストーリーは、核実験の影響により、海底の住みかを破壊された、ゴジラと呼ばれる事になる怪獣が、地上に絶望的な破滅をもたらすというもの。
そしてそのゴジラという存在の示唆、出現、破壊という過程を通して、生物学者の山根や物理学者の芹沢の夢と苦悩、山根の娘である恵美子の決意などが描かれている。
Huluなら、映画、国内外のドラマ、アニメが楽しめます。

原子怪獣現るの影響

 勘違いしてる人も多いが、この「核実験や核兵器により目覚めた未知の生物が暴れる」というプロットは、決してこの映画が最初という訳ではない。
そもそもこの作品自体、リドサウルスなる古代生物がもたらす破壊を描いた『原子怪獣現る』という映画に、強い影響を受けて製作されたものである。
 だがリドサウルスでなくこれはGodzillaだった。

 確かに原子怪獣現るの影響は明らかだけど、ストーリーは大きく異なっているし、何よりこのゴジラという作品には、原子怪獣現る含む他の類似品とは、一線を画す様々な要素があり、そのどれもがこれを他全ての上に引っ張り上げているのだ。

ゴジラという映画を超傑作たらしめる様々な要素

 例えば、新アイデアを駆使し、当時の基準を過去にした映像。
 そもそも特撮映画は、映像を作る為に、脚本ではアイデアを断念しなくてはならない事もあったというが、この映画の脚本家は、初めに言われていた。
「今回は遠慮するな」と。
そして出来上がった脚本を読み、特撮監督の円谷はいつものように人形を用意せず、俳優を一人呼んで、告げた。
「この映画を従来のストップモーションで作ると三年はかかるだろう。しかしお前が着ぐるみを着て暴れてくれれば三ヶ月の仕事となる」
そのアイデアは見事に、「リアルな動きの架空生物」という画期的な映像効果を生んだ訳である。

 さらに、徹底的な反核、反兵器、反戦メッセージ。
当時、この手の映画にはだいたいそういう要素があったが、それはあくまでサブ要素的にすぎなかった。
たいていは暴れる生物や、それへの対抗作戦がメインで描かれていた。
しかしこの映画は、反核がメインであると言っていいほど、そういう精神が至るところに滲み出ている。
 何よりも破壊された東京は、まさに空襲を受けた都市の再現。
実はこの映画の製作者達は戦時中、作りたくもない戦争映画ばかり作らされていた。
そして戦後10年ほど、ようやく自由に作れるようになって作った1本であり、かつての怒りを込めたのがよくわかる。
 作中、人々がゴジラを恐れれば恐れるほどに、「アレと同じような光景を我々は産み出した事がある」という事実が、見る人の心に響くはずだ。

 それに信じられないのだけど、この映画、最初批判家達に、「ドラマがないので微妙」などと言われたらしい。(海外でウケた途端に皆さん手のひらを返したらしいけど)
だが決して、間違いなく、確実にそんな事はない。
・ゴジラという、常識を覆す生物という現実に感服し、それを殺そうとする人々という、また別の現実を前に、生物学者として悩む山根。
・破壊された東京を見て、ゴジラを殺すために、大切な人との約束を破る決意をする恵美子。
・それに理想と夢、愚かな人間達の間で、心揺らしながら、子供達の平和への歌を聞き、ついには自らが開発した、核をも越える兵器を使う事を決める芹沢。
 ドラマがないとか、「ほんとに見たのか?」と聞きたくなります。

 また、「怪獣の音楽を作ってほしい」などと、血迷った事を頼まれ、作曲家の伊福部は存分に悩んだという。
しかし最終的に彼は、怪獣はでかい。
でかい音楽。
でかい音だ。
というシンプルながら見事な発想で、でかい音の楽器ばかり使って、あの有名なテーマ曲を作ったのである。
それはまさしく最初にして、(ぶっちぎり、ダントツに)最高の怪獣音楽であった。

とりあえずこの作品だけでも見てほしい

 とにかく本当にこのゴジラという映画は素晴らしく、そして心を打つ。
「怪獣なんてガキ向け」?
「ドラマなんてないんでしょ」?
「着ぐるみとか(笑)、白黒とか(笑)」?
とりあえず、この史上最高の怪獣映画であり、反戦映画でもあるゴジラ一作目をしっかりと見てから言ってほしい。

モスラ対ゴジラ

「誰がお前達なんて助けるか。使ってはいけない炎で、平和なこの島を焼いたお前達なんて、絶対助けてやるものか」

 とりあえずゴジラ対モスラでなく、モスラ対ゴジラである事を強調しておく。
「順番とかどうでもいいじゃん」という人もいるかもしれないが、これはけっこう重要な事である。※なぜなら日本の「~対~」系の怪獣映画タイトルには、先に名前がある方が主役だという暗黙のルールがあるからである。

 といいうのも、一般的にゴジラシリーズの四作目とされているこの映画、話の中心は完全に、正義の怪獣モスラであり、ゴジラは単なる悪役にすぎないのだ。
またシリーズの中でも、反核の精神がよく現れている作品でもあり、ぶっちゃけ人間も悪として描かれている。
それでも人間は悪だけではないと信じ、命を賭けてゴジラと戦ってくれるモスラという怪獣の優しさこそが、この映画最大の見所なのである。

 ちなみにこの映画は、小説版もわりとオススメである。
基本的に話は映画に沿ってるが、所々マイナーチェンジがあるのと、何よりも、ゴジラの暴れ具合がどれほど絶望的なのか(という、映像では、技術的な問題か、正直活かしきれてない設定)が、文字にてよく表現されている。

三大怪獣 地球最大の決戦

 「ゴジラとラドンも戦います」

 最強の悪役怪獣キングギドラ初登場のゴジラシリーズ五作目であり、前作「モスラ対ゴジラ」の直接的な続編でもある。

 タイトルの三大怪獣とは、地球の三怪獣であるゴジラ、モスラ、ラドンの事であり、キングギドラは含まれない。
 またゴジラが初めて、人間の味方よりに表現された作品でもある。
いわゆる昭和シリーズにおいて、ゴジラは以降、地球の守護神のような存在となっていく。

 ちなみに以降のシリーズでもよく使われる事になる宇宙人というガジェットが、初めて導入されたのも今作。

 真の脅威は暴れまわる二体の怪獣ゴジラとラドンではなく、金星を滅ぼし、地球に迫る宇宙大怪獣キングギドラだという、新たな強敵パターン。
 そして人々に助けを求められたモスラが、「ゴジラとラドンを味方につけ、三体がかりでキングギドラを迎え撃つという作戦」を提唱するという熱すぎる展開。

 この映画はとにかく熱いです。
そして出来れば、これを見る前に前作のモスラ対ゴジラ、それに直接の繋がりはないけど、「空の大怪獣ラドン」と「モスラ」も見ておくといいです。
熱さ限界突破するでしょう。

 そして何より、ラストの三対一の怪獣バトルは本当に見物。
なんといっても三大地球怪獣の見事すぎるコンビネーション。
ラドンがキングギドラを空から叩き落とし、再び飛ぼうとするキングギドラをモスラ(この映画では幼虫)が地上に足止め。その隙に猛然とゴジラが攻撃と、まさに、互いの得意な手を駆使した完璧な共同戦線を見せてくれます。
 「お前ら、絶対ほんとは仲いいだろ(笑)」

 また、通訳に小美人を迎えた怪獣同士の会話も、なかなかどうして面白かったりする。
とりあえずゴジラの一人称が俺だったり、人間たちを、自分たちをいじめる存在だと認識していたりと、けっこういろいろな事が判明します。

 この映画には反核、反戦などのメッセージ性は欠片もない。
しかしただ純粋に怪獣エンターテイメントとして評価するならば、かなりの傑作だと思う。

 ただ正直、以降の作品でキングギドラが明らかな弱体化の道を辿ったのはちょっと残念。
平成以降なんて、完全にゴジラと同格みたいになっちゃってるし。
キングギドラ≦ゴジラ+モスラ+ラドンというくらいのレベルで強かったのに。

ゴジラ対ヘドラ

「こいつは、我々が公害物質を出し続ける限り、どんどん強くなるぞ」
「ゴジラより?」

 もっとも強烈で賛否の分かれる、ほぼ伝説なゴジラシリーズ11作目。
間違いなく異色作で問題作。
でも個人的には初代と並ぶ程の名作です。

正義の味方としてのゴジラ

 この作品は、ゴジラが完全に人間の味方として描かれた初の作品かつ、おそらくその(メイン怪獣が人間側であるという)設定を最も活かした怪獣映画。
 あと、シリーズ内でも、地味に珍しい子供が主人公の作品。

 また、ゴジラが空を飛ぶ作品を探している方。
コレです。

 とりあえずストーリーが、シリーズで一番好き。

ストーリー

 ある日、宇宙から飛来した地球外生物ヘドラは、人間達が都市開発によって大量発生させた公害物質を取り込み、邪悪な公害怪獣へと進化を遂げ、地球に牙を向けた。
 ヘドラは恐るべき力で、地球の大怪獣ゴジラすら寄せ付けず、その被害は拡大していくばかり。
 人類は高圧電流によって、ヘドラの体を構成するヘドロやスモッグを分解するという作戦を立てる。
またゴジラも不屈の執念で、ヘドラを追っていた。
その最後の戦いは、ゴジラにとって最大級の試練となる。

ヘドラという怪獣。強烈な反公害というメッセージ性

 まずこの映画に反核要素は全然ありません。
しかしながらこの映画の公開当時、深刻な社会問題となっていた公害(人間社会の中で行われる活動によって発生する有毒物のもたらす被害)を徹底的に批判した、そのメッセージ性は、伝説的な初代にも負けてないです。

 作中でゴジラは三回にわたりヘドラと戦うのですが、ヘドラはかなり強く、最後の戦闘時には、目を潰され、腕を溶かされる大苦戦を強いられます。
 物語序盤、「ヘドロだらけの海なんて見たら、ゴジラだって怒るだろうな」と悲しんでいた少年は、しかしそんな人間の汚した地球の怒りとも言えるヘドラだって、ゴジラはきっとやっつけてくれると信じ続けます。
そしてその信頼に答えるかの如く、ヘドラをやっつけようとするゴジラ。

 そしてやり場のない怒り。ヘドラ(現実でもたくさんの人を
酷く苦しめた公害物質はまさしく怪獣だった)なんかを産み出した人間達へのゴジラの怒りを表現したあのラストシーン。

苦手という人も多いけど間違いなくちゃんとゴジラしてるゴジラ

 これは本当に色々凄い作品です。
削減されてしまった制作費をなんとかする為の苦肉の作であったはずの、紙芝居的なシーンなども、なんか妙に味があって、今見てもけっこう斬新です。

 そしてシリーズ屈指のダークさも相まって、時にカルト作品のような扱いを受けるこの作品ですが、その強烈なメッセージ性は、まさしく本物のゴジラ作品なのです。

 またよくネタにされてるゴジラの飛行シーンだけど、制作スタッフ達の間でも賛否両論だったようである。
しかし監督さんが(一番の反対派であったプロデューサーの不在のスキをついて)映画に勝手に盛り込んだらしい。
正直、ナイス(あのシーン個人的には好き)。

 しかし飛ぶにしても、あの飛び方(笑)。

ゴジラ対ガイガン

「アンギラス、偵察に行け」

 シリーズ12作目。
いろいろ奇抜で、ぶっ飛んでて、強烈なメッセージ性のあった前作とは打って変わった、(まあでもこれはこれでなかなかぶっとんでる)エンタメ系ゴジラ。
また「両手がギロチンのサイボーグ」とかいうスタイリッシュすぎるステータスを持つガイガンの初登場作品。

 まあかなりカオスな内容です。
・漫画家と、遊園地を隠れ蓑とする宇宙人との戦い。
・なんか海じゃなく怪獣島なる島に暮らすゴジラ(と、なんかいつの間にか仲良しとなってるシリーズ二作目の敵であったアンギラス)
・両手がギロチンとかいうスタイリッシュサイボーグ怪獣ガイガン。
・キングギドラ大幅弱体化(地味に今作は、こいつが数的に不利でない状況で戦う初の作品である)
・後に、ハリウッド映画のメンインブラックにも影響を(多分)与えたと思われる宇宙人の設定(これは絶対にそうだと思ってる。アレの製作総指揮ゴジラ好きで有名なスピルバーグだし)。
・(なんと吹き出しを使った)怪獣同士の会話。

 とにかくいろいろカオスな作品で、賛否両論別れるだろうが、しかしエンターテイメント作品として見るなら、上記にあるように、意味不明だが勢いある設定や、怪獣同士の会話やタッグバトルなど、見所は満載である。

メカゴジラの逆襲

「涙。君は人間だ。心を持ってる」

 ストーリー、ドラマ要素が強い大人向けなシリーズ十五作目にして、ゴジラを産んだ名監督、本多猪四朗、最後のゴジラ。

 前作「ゴジラ対メカゴジラ」の直接的な続編でもある。
※ただし前作で大活躍(?)したキングシーサーは出てこない(誰も求めてない訳ではない。と信じたい)

 この頃にはすっかり子供向けとなってしまっていたこのシリーズだが、初代ゴジラの監督である本多猪四郎が 、「もう一度大人向けのゴジラを」という考えの元、製作された、全編にわたってシリアスな作風の、ドラマ性が強いゴジラ。
ただし、ドラマ要素を強くした代償か、怪獣の出番は少なめとなっている。
言ってしまえば、怪獣が絡むドラマ映画といった感じである

 後、構成的にはちょっと浮いてしまっている、助けを呼ぶ子供に応えるかのように、ゴジラが姿を見せる終盤の1シーンは、「それでも怪獣は決して大人だけのものではない」というメッセージみたいに思える。
あくまで個人的には。
 案外あれはいろいろな解釈が出来る、案外深いシーンなのかもしれない。

 宇宙人、マッドサイエンティスト、それにゴジラを背景とした恋愛ドラマ
キーワードだけ並べたなら、まだまだカオスな感じではないだろうか。
しかし既に述べたようにこの作品はかなりシリアスな作風であり、怪獣が絡むドラマ映画といった感じである。

ゴジラ(1984)

 「決して、二度と日本で核は使わせない」

 初代ゴジラの直接の続編にして、いわゆる平成シリーズ(でもこの作品は昭和の公開)の一作目。
シリーズ全体としては十六作目にあたる作品。

 初代ゴジラの続編という事で、シリーズ二作目『ゴジラの逆襲』以降の昭和シリーズの出来事は一旦リセットされている。
 ゴジラだけのゴジラ映画のひとつ

 政治家をメインとしていて、主人公がそもそも総理大臣という珍しい設定。
またゴジラ映画としては、作中登場する怪獣がゴジラだけというのもけっこう珍しい(この記事を書いてる時点では、これ以外には初代と、エメリッヒ版とシンゴジラのみ)。
 ※エメリッヒ版はゴジラでないという意見は多いだろうが、一応エメリッヒはアレをゴジラとして世に出す許可を東宝にちゃんともらってるのだから、あの映画もゴジラ作品としてよいと思う。
(ぶっちゃけアレに関してはエメリッヒ以上に、アレにゴーサインした東宝の責任が大きいと思う)

 そしてこの総理大臣が(現実の方と比較したら悲しくなってくるほどに)凄くかっこよく描かれてて、アメリカやソ連の首相達にも全く臆さず立ち向かう。
この作品は(ある一点を除けば)リアル路線と言われてるけど、(ほんとに)残念ながらこの総理大臣は明らかに非現実。

・でも昔は、こんな総理もいたのかも知れないですね。

 まあフィクション作品は楽しんでこそです。
「こんないい総理がいる訳ない」と嘆くのではなく、「こんな総理なら本心からついていきたくなるかも」とその描かれた理想ぶりを楽しむのがよいと思う。 

 先に、ある一点、リアル路線から外れているという風に書きましたが、その一点というのは、対核兵器用として開発され、結果的に対ゴジラ用超兵器となる『スーパーX』である。
 この映画、ゴジラ以外の怪獣が出てこない為か、自衛隊がそこそこ活躍するのだが、その切り札として登場するスーパーXも、(名前のダサさのわりに)ちゃんとゴジラに善戦してくれる。
 このスーパーXのSF的兵器感が、「他がわりとリアルな本作では浮いてしまっている」という声もあるが、まさにその通り、浮いてます。
設定というより、そのデザインが。
わりと昭和シリーズ後期(つまり全体的に子供向けなゴジラ)を彷彿とさせます。
しかしだからこそ、(一応、前作にあたる)メカゴジラの逆襲の『子供がゴジラに助けを求めるシーン』と同じく、「それでもゴジラは大人だけのものでもない」という製作サイドの主張を感じもする。

ゴジラとは何か?もう一人の主役。生物学者、林田信の思い。

 この映画は、初代の直接の続きという事で、
・総理の非核三原則(核兵器をもたず、つくらず、もちこませず、という考え)の主張などの反核要素。
・スーパーXというSF的な超兵器(初代でもオキシジェン・デストロイヤーなる超兵器が出てくる)
などと、かなり初代を意識した要素が詰まっているが、何より特筆すべきはゴジラという存在(人間にすら殺す事ができないような強大な生物)について生物学的、あるいは哲学的観点からの見方が描かれている事であろう。

 初代では生物学者の山根が、ゴジラの強さに心奪われ、人間を滅ぼしかねないその危うさとの間で板挟みとなり、大いに悩んでいたが、今作では彼を意識したようなキャラ、林田が登場する。

 林田は、ゴジラは「人類への警告」という明確な考えを持っている。
強大な力とは何か?
どんな生態系も離れ、あらゆる生物の上に立つとはどういう事か?

 核兵器という、自分達を含めたあらゆる生物を殺す為の恐るべき力を持った、人類という種への警告。
 しかしかつての山根のように、その強さに、恐ろしさに林田はどうしても感服してしまってもいた。

 作中ある場面で彼はこんな事を言う。
「死んではいない。死ぬはずがない」
このセリフは、ゴジラへの愛からきたものか、その強さへの崇拝からか、わりと考えさせられる。

ゴジラVSキングギドラ

「あいつはまた我々の為に戦ってくれる」

 間違いなく最もファミリー向けなゴジラ作品。
タイムトラベル、サイボーグ、そしてザウルスなど、楽しく親しみやすいSFギミック満載。

・当時流行ってたいくつかのハリウッド映画(例えばバックトゥザフューチャーやターミネーター)をオマージュしたような設定とアクション(というか実際に参考にしたらしい)
・決して子供向けだけで終わらない経済問題などの要素。
・みんな大好き、ロボット怪獣(しかも人が乗り込んで操縦するタイプ)
・「いつか子供にでも聞かせるんだな、スピルバーグよ」
という風に、今作はまさに玩具箱をひっくり返してみたような、とにかく楽しい作品となっている。

 キングギドラという怪獣は案外哀れである。
実は登場するほとんどの作品において、操られてばかり。
そしてこの作品ではついに宇宙怪獣ですらなくなってしまう。
正直そこは個人的に変えて欲しくなかった。

 なんか宇宙怪獣じゃないキングギドラって、見かけと名前だけキングギドラな別の怪獣みたいに思えてしまう。

 戦時中、ゴジラザウルスに救われ、そしてキングギドラに対抗する為にゴジラを復活させようとする新堂の設定は、かなりよかったと思う。

ゴジラミレニアム

 自然災害としてのゴジラ。
驚異的な生物としてのゴジラを描いた作品。

 この映画は、1954年に、一作目の話があり、それから現在に至るまで、ゴジラは定期的に日本に現れ、破壊をもたらしているという設定。
そういう訳だから、ゴジラそのものが、自然災害のような扱いをされており、政府公認の対策組織などが存在している世界観。
 個人的には一作目と繋がっている(一作目の出来事があった後という設定の)世界観としては、この作品のソレが一番好き。
 ゴジラがいなくなって平和になった世界でも、普通にしょっちゅう現れて、むしろいつの間にか人間の友達になっちゃってるようなのでもなく、たまに現れては大きな爪痕を残す存在として、恐れられている世界観。

 ストーリーもかなり好きな方。

ストーリー

 これまで何度も日本列島を恐怖で包んできた怪獣ゴジラ。
娘であり優秀な助手でもあるイオと共に、ゴジラを追う生物学者の篠田は、ある日異常な振動を関知し、ゴジラに間違いないと推測する。
彼らの推測は当たっていて、久方ぶりに日本列島に上陸したゴジラ。
 一見は無差別に見えるが、特にエネルギー関連の施設を破壊して回っているようなゴジラの行動を見て、ひょっとするとゴジラは文明を恨んでいるのかもしれないと考える篠田。

 一方、ゴジラ対策の中心組織であるCCIは、海底に沈む謎の岩塊を調査する内に、その正体である宇宙生命体の円盤を、長い眠りから覚ましてしまう。
 その後、再び姿を見せるゴジラをCCI局長である片桐指揮の に攻撃する自衛隊。
しかしゴジラを殺すために開発された様々な兵器による攻撃も、結局通用せず、また悪夢の繰り返しが始まろうとしていた時、その前に目覚めたばかりの宇宙生命体が姿を見せる。
 人間達には知る由もなかった。
彼らは地球からずっと遠い、彼らの故郷にて、生き残るために捨ててきたあらゆるものを取り戻すため、生物として究極の存在ゴジラ、その驚異的な生命力の源に目をつけていたのだ。

ゴジラの驚異的な生命力に関する設定

 平成シリーズの「VSビオランテ」や「VSスペースゴジラ」で『ゴジラ細胞』なるガジェットが登場したが、今作品ではオリジナル設定として、より根源的な『オルガナイザーG1』というのが登場する。
これはゴジラという生命体の核であり、その驚異的な再生能力の秘密の鍵だという。

 この映画では、長期の生存を維持するため肉体を捨てた宇宙生物が登場するが、その目的が、驚異的な生命力を手に入れる為のオルガナイザーG1だというのが面白いところ。
さらに、地球の電子ネットワークにアクセスして情報を集めたりなどの行動は、なかなか(少なくとも当時の水準では)最新的な宇宙人侵略物って感じで、味がある。

 またノベライズ版の出来もけっこういい。
 映画では登場しないオリジナル設定がけっこう登場するのだが、そのほとんどがよかった。
 例えば小説では、主人公の篠田がなぜゴジラにああも心酔する事になったのか、その過程がよく描かれているのだが、その途中で出てくる山根博士(一作目のキャラ)の手記に、彼の(一作目当時の)心境の変化などが綴られていたり、特に一作目好きな人には(あくまで解釈のひとつとしてだが)楽しめると思われる内容。
 それに宇宙人が故郷を失い、肉体を捨てる事になった、その理由もしっかり書かれている。
※ただこのノベル版。ひとつだけ微妙だったのが、ゴジラは本編の五年前までは、列島に姿を見せなかった。というのはいいけど、「若い世代がゴジラの存在を知らない」というのは、ちょっと無理があるんじゃないかな、と思うのだけど。