いくつかのSFガジェット
SFの父の1人ともされるH・G・ウェルズ(Herbert George Wells。1866~1946)は、 多くの未来を予想したことでも知られているが、後に人気となるSFのガジェット・スタンダードを、いくらか有名にした人物でもある。
タイムマシン(The Time Machine)
タイムマシンという名称をSF界に定着させたともされるウェルズの代表作。これを原作とした2度目の映画化作品である『タイムマシン(2002)』も含めた、後の多くのタイムマシン作品で描かれてるようなタイムパラドックスの要素は、この小説にはほぼない。
基本的には、未来の進んだ文明に憧れを抱いていたタイムトラベラー(時間旅行家)が、実際にタイムマシンで未来へ旅したが、しかしそこには思い描いていたような希望などなかった、という話になる。
第四の次元としての時間
時空という言葉が一般的に知られているように、時間というものを空間の三次元に加わりうる第四の次元として考えるのは、物理学において今は普通である。この小説は、まだそうではなかった時代に、そのような四次元時空の考え方を適用し、そして「昔、人は上下の移動が思い通りにできなかったが、気球などの機械でそれを可能にしたように、時間次元を自由に動くことができる機械も作れるかもしれない」という発想からこの物語は始まる。
最初、タイムトラベラーは、その理論を友人たちに語る。
時間を第四の次元として考えるとはどういうことか。この小説においては、瞬間的な実在というのがありうるか、という疑問から出発している。長さ、幅、厚み、それだけを持つことによって物体は存在できるかどうか。物体を実在とするには一定の時間存続することも条件に含まれる。だからこそ持続することで存在する物質には第四の次元が絶対に必要になる。
仮に時間がなければどうなるのか。三次元物質を構成する3つの次元だけなら、そのような三次元の形は抽象的な概念にすぎず、仮定はできても、実際には存在していないと言うこともできる。
世界は四次元から成り立つ。三次までは空間の範囲に属し、四次元は時間。その間に差別をつける必要はないが、人の意識は生まれてから死ぬまで一定方向にしか動かないので、理解が困難になっているとも。明らかに時間を特別扱いすべきでないという意味にも受けとれるが、それなど逆に興味深いかもしれない。
タイムトラベル描写。時間次元を高速に動く時
まずは事件の瞬間を見せると小型のタイムマシンが披露される。
その大きさは小型の置時計ぐらい。ある程度は金属のようで冷たい光を放っている。象牙を使った部分もあり、水晶のような透明な物質が用いられているところもある。レバーが2つあって、片方が未来、片方が過去への運行を開始するスイッチとなる。
作動させると、小型タイムマシンは時間次元へと消え去ったわけだが、その時の動作として、まず一陣の風を巻き起こしながら、機械は急速な回転を始める。次に真鍮と象牙の部分が光って、その光がさらに渦ととなり、機械は徐々に薄く透明になっていき、ついにはふっと消えてしまう。
機械は未来か過去かはともかくとして、とにかくどこかの瞬間へと去った。だがそうだとしても、なぜ消えるのかという疑問も示される。
つまり、空間を飛翔するのではないのなら、未来へ運行しているにしても、物体そのものはその間ずっとここに存在するはず。
また、そういう意味で、過去へ運行しているのだとしても、やはりそこに存在し続ける必要がある。なぜなら、タイムマシンが消えたその部屋は、これまでタイムトラベラーたちが何度も集まってきた場所だから。だがそんな機械がそこにあるのを、誰も見たことはなかった。
時間次元を動くタイムマシンが普通に確認できないのは、心理学的な作用だという仮説が語られる。例えば十分に素早く動くものは視覚的に認識することが困難となるが、それと同じことが時間次元で加速するタイムマシンを、それを使わない者が見る場合にも起こっている。時間次元を動いていく速度を、10倍、100倍と、タイムマシンは上げていき、だんだんと確認出来る速度ではなくなる。徐々に透明になっていくのは、そういう事情による訳である。
後に登場する、大きなタイムマシンの中に乗っている場面では、マシンが時間を進んでいく時、タイムトラベラーは、早送り映像のような次々と時間が経過することによる変化の連続を見る。1日が1分ですぎる頃には、太陽が現れてはすぐに消えてしまったり、月の形が変化していく光景。1年が1分になる頃には、建物が建っては夢のように崩れ、季節も素早くめぐり、雪が地上を覆ったかと思うと、消え失せてまた緑に満ちた春が訪れる。
ただ、空間の中であまり速くないものに関しては、真っ暗やみとなり確認できないようなことも多い印象を受ける。そもそも、それほど早く時間次元を動き、マシンを使っていない者にはもう見えていないだろう状態にまでなっても、その中から変化していく外部を認識できるのだろうか。
そして未来の光景が見える。
タイムトラベラーの時代のどんなものよりも巨大な、霧と微光とで建造されているようにも見える建物群。豊かな緑が溢れるようにみちているところでは、冬がきてもそれが枯れ果てる様子が見えない。どうやらどの季節においても温暖な気候が維持されている。
その未来の世界を、マシンを止めてしっかり確認したいという考えに至ってから、タイムトラベラーはひとつの恐怖も感じる。
つまり、時間次元を進んでいるマシンが、空間的に場所を占めている ところに、ある時点で他の物質が存在している場合のこと。
時間を高速で運行している間は、それは問題にならないと語られる。その場合タイムマシンの搭乗員の肉体は、いわば稀薄化していて、蒸気のように、行く手の物体のほんのかすかな隙間をすり抜けていくからと。
だがマシンを止めた場合、その瞬間の物質と重なってしまった機械や肉体は、つまり時間次元方向の激突を体験する。タイムトラベラー自身は、その場合「時間次元を進んできたそのスピードは、物体との強烈な接触により、搭乗員の肉体に激しい化学的変化を引き起こすか、あるいは爆発と同じような現象でそれを成立させているすべての原子を未知の世界(様々な瞬間?)に散らしてしまうかも」と恐れる訳である。
エロイとモーロック。2つに別れた人類種
タイムトラベラーが訪れることになった80万年後の世界には、人間の子孫かと思われる2つの人種がいる。地上で平和に暮らしているようなエロイ族(Eloi)と、光を嫌い地下に住まうモーロック族(Morlocks)。
エロイ族に関しては、容姿だけで言えば、基本的には小柄であるが、現代人と似たような感じという印象。物に関する関心が薄く、何事においても飽きっぽい。
男女に関する容姿の違いがほぼなくなっていて、これに関してタイムトラベラーは最初、安全が保障された世界に生きている場合、男女両性は結果的に似てくるというのは予想できること、などと考えもする。男性と女性それぞれの特質は本来戦争の目的のために存在している。家族制度、職業の文化なども同じ理由。人口のバランスが安定し、外敵の侵略の危機もなくなった世界では、余計な子供を産むことは罪とすら言える。暴力は消滅し、児童の安全も確保されているため、人口を増やす必要などない訳である。もちろんこれはモーロックを知らない頃の発想である。
そして、タイムトラベラーのよき友となったエロイ族の女性ウィーナは、まさしくタイムトラベラーが元の時代に帰ってから、時空を超えた冒険をした証拠の品となった花もプレゼントしてくれるのだが、彼女のプレゼントの話自体、人間はどれほどに知識を忘れ、知能を失って、人間らしくなくなっても、その心に愛情だけは残すだろう、残すならいいという希望を表現しているようである。
一方で、エロイ族の者たちが恐れるモーロック族は、恐ろしい人食い人種だが、地上に現れるのは、月のあかりも目立たない真っ暗闇の夜だけ。
濁ったたような白い肌に、大きな灰色がかった赤い目、頭から背中にかけて亜麻色の髪がふさふさと覆っている。前かがみで這うように動く姿は、まるで人間蜘蛛。
白い体色は何世代にもわたって太陽光線に浴さなかった結果。大きな目も真っ暗闇の中、わずかな光から視覚情報を得るため。ただし網膜が極度に繊細になっているため、明るい場所をとても嫌う。
モーロックは、真っ暗な夜に、エロイを地下に連れ去っては、自分たちの食糧源としているのだが、一方で衣服などの、日常の必需品を供給してもいる。これはシステム的には、家畜扱いの地上の人間を生かしている感じだが、その始まりは習慣であったという説が語られる。ようするに、エロイとモーロックは元々、 地上で楽に暮らす特権階級と、地下に追いやられた労働者たちだったのではないかという話。しかし、不自由なく生きているだけの地上人たちは、様々な面で退化していき、一方で食糧難に見舞われた地下の者たちは、ついには地上にあふれている人々まで食料源として見るようになった。そのように、どこかで立場の逆転が起こったと。
80万年で変わるもの、変わらないもの
気温の上昇とか、多くの星々の配置の変化など、未来の様々な環境変化の観察描写の中で、この小説が書かれた当時の、科学的な視点における現象の話が見られる。
「現在の世界に比べて温度が高くなっている理由は、はっきりはわからないが、太陽そのものがもっと高熱を保持するようになったか、あるいは地球が太陽にさらに接近したかのいずれかだろう。普通、太陽は次第に冷却するものと考えられている。しかし小ダーウィン(George Howard Darwin。1845~1912)のそのような説に馴染みのない人々は、惑星が結局1つ1つ親星に吸収されていくことを忘れている。そうした現象が起こると、その度ごとに太陽はエネルギーを新たにし、さらに灼熱化することになるものだ」
「見慣れた星はひとつもなかった。永遠そのもののような天体の運行も、数十万という年月のうちに、さすがにその姿を変えたのだろう。だがあの銀河だけは、今なお絢爛な星屑を無限の彼方へ押し流している」
地球の年齢が長くても1億年ぐらいという説がまだ主流であり、太陽(恒星)の凄まじいエネルギーの原理である核融合という現象や、宇宙の銀河構造などもまだ知られていなかった時代の話。
生物の地球が終わるまで
そして終盤。恐ろしいモーロックたちから、タイムマシンで時間次元方向に逃れたタイムトラベラーは、結果的にさらに未来に進み、地球生物の結末までも見る。
エロイやモーロックの時代よりさらに未来。もう青さを失った空の下、荒れ果てた大地。所々に見出せる地衣類のような生命体を見い出せなくもない。遠くの岩山の方を見ると、蝶のような格好をした巨鳥が不気味な鳴き声をあげて飛んでいる。近くにあった、岩と思っていたものは、実は巨大なカニの化け物だった。大量の脚があって、大きな爪があって、鞭にも似ている触角をゆすりながら、静かに這い寄ってくる。甲羅には波形のシワがよっていて、醜いイボをいっぱい浮かせている。ところどころ緑のコケも付着している。口の周りの触覚髭をしきりに震わせては、そこらを探っているよう。
そしてタイムトラベラーは1000年刻みでさらに未来へ。ついには3000万年後に達した世界には、もう怪物カニもなく、植物が鉛色に沈んでいる他、生命を感じさせるものが何もなかった。
科学文明の行き着く先、知的生命の行き着く先を、ウェルズは絶望の未来として描いている訳である。
宇宙戦争(The War of the Worlds)
人間よりも優れた知的生命体である火星生物の地球侵略をテーマとした、伝説的な作品。 恐ろしい存在として宇宙生物を捉え、高いテクノロジーを有する者たちの世界規模での破壊行為を描いた、 そういう類の多くの小説に非常に影響を与えた傑作。
極限状態における集団パニックや精神異常などの恐ろしさも描いていて、特に当時としてはまだまだ最新の理論感があったろう進化論を取り入れた結末は、感動的とも言える。
まるで微生物を観察するかのように
その始まりからして興味深い。
「19世紀末。
地球人よりも進化して、地球人と同じく有限の寿命を持つ知的生命体が、空の彼方から真剣に地球を観察していようとは誰も思っていなかった。その生命体は何も知らずにあくせくと暮らす地球人を、水滴の中で増殖する微生物を顕微鏡で観察するかのように研究していた。それに引きかえ、私たち地球人は、物質文明の頂点に立ったつもりで、その地位に何の不安も抱かず、日常の些細な問題で頭をいっぱいにしていた。まさしく顕微鏡の下で蠢く単細胞生物の動きだったろう。夜空に輝く古い惑星の住人が地球に危機をもたらすなど誰も考えつかなかった。他の惑星の存在を知る者も、生物のいる天体は地球だけだと考えていた」
これをどのくらい当時の知見として受け取るべきかは、判断が難しい。
ここでの進化は、よくある誤解である進歩と同じ意味で使われているのか、それとも、より宇宙に適応しているという意味なのか。
優れた生物であっても、あくまでも有限の寿命を持っていると、いわば神的な存在ではないという印象も示されている。
地球人の精神活動は、より優れた知的生命体からすると、本当にそれほど滑稽だろうか。
他の惑星の生物と言う話は、おそらく太陽系に限っては、むしろ今よりもよっぽど現実味のある話と考えられてたろう。上記の描写の後に語られているように、「火星生物を想像する者がいても、地球人よりも発達の遅れた生物であるという認識がなぜかあった」ということもあるか。
突如飛来した謎の物体
謎の物体が突然落ちて来たところから始まり、それが人工物で、内部から謎の生物が出現するという展開になる。
謎の物体は円筒形で、「突然、物体の丸い先端からウロコ状の金属の燃えカスがポロリと剥がれた。剥がれた燃えかすは砕けて、薄い破片になり、パラパラと砂の上に降り注ぐ。続いて、今度は燃えカスの大きな塊が剥がれ落ち、ドサッと音を立てた……
先端の丸い部分が目に見えないほどゆっくり回転しているが、黒いシミがいつのまにか別の場所になっていることから、そうだと確認できる。やがてこもったガリガリというような音がして、円筒の先端が3センチほど回転し、下の方からも黒いシミが現れる。それで、この円筒は人工物と判断できた。おそらく中は空洞になっていて、回転している部分は蓋」と描写され、少し後には「円筒の本体と蓋の間に細い隙間があって、金属の輪をはめたようにピカピカ光っている。隙間から空気が漏れているのか、かすかにシューという音がする」と説明される。
また物体は、錆びたガスボンベに似ている。表面を覆うウロコ状の灰色の燃えカスは、普通の酸化物ではなさそうで、蓋と本体の隙間から見えるまばゆい金属は見られない黄白色とも。
火星人の不気味な姿。生理的な情報
物語の中で火星人がその姿を最初に見せるのは結構序盤である。謎の円筒から出てきたその姿は、ブヨブヨした胴体らしきものに大量についている、蛇のような灰色の触手。2つの黒い目はかなり大きく、瞬きをしない。目を囲む巨大な丸い部分は頭部で、そのまま顔と言えるような目の下には口がある。唇のない、ただの裂け目のような口がある。
とにかく、火星人のその姿を自分の目で直に見たものでなければ、想像できないほどの恐ろしさなどと語られる。
後のもっとしっかり確認した場面では、「大きな丸い、体のような頭、それは直径が1.2メートルほどある。地球人と同じように正面に顔があるのだが、鼻がない。どうやら嗅覚がないようだ。黒い2つの目は非常に大きい。目の下にはくちばしのような形の唇が突き出ている。頭の後ろ側には薄い皮が張っており、後の解剖研究で、それは耳に相当する器官とわかった。 鞭のようなしなやかの長い触手を16本あって8本ずつが分かれて束になっている。この触手は火星人の手に相当するというのが通説になる」さらに「解剖によって明らかになったことは、火星人の身体構造が極めて単純であるということ。身体のほとんどの部分を脳が占めている。太い神経が両目、耳、触手に通じていて、他には口のすぐ下に巨大な肺があり、心臓、血管があるだけ。最初火星人が姿を見せた時に、外皮をピクピク痙攣させていたのだが、それは地球の高濃度の大気と大きな重力のために、肺機能が過負荷になっていたと推測できる」
また、火星人の目的は人間を絶滅させるではなく、食料として収集することも1つの目的。火星人は、いわば頭だけの生物であり、消化器官もなく、食べる代わりに他の生物から血管を吸引する。その光景は世にもおぞましいということで、しっかり描写されないが、とりあえず細い管を使う。
そして生理学的に言うと、血液を吸引して栄養を補給する方法は無駄がなく、効率的と説明される。食物を血液に変えるために、消化器官が消費する無駄な時間とエネルギーを考えるならと。
後にわかったということも含めて、火星人に関する説明はまだある。
火星人と地球人は生理的に結構異なっているところがあり、まず火星人は睡眠を必要としない。疲れるという感覚がない。
さらに火星人は無性生殖の生物であり、性別が存在しない。これに関して、有性生殖が優勢になった地球に対し、火星の生態系においては無性生殖が優勢になったのだろうと推測されている。
少し前、とある科学ジャーナリストが予想した、自然淘汰によって姿を変えた未来の地球人の姿と、火星人がそっくりなことも語られる。つまり遠い未来、乗り物が発達して人間が動かなくなると足が退化し、合成食品が発達して消化の良いものだけを食べるようになると消化器官が退化する。最終的には、中枢である脳と、脳の指令を実行する手以外はほとんど必要なくなってしまう。そこで頭でっかちで、やたら手だけ多いフォルム、つまり火星人のような姿が誕生する。
最初火星人は、火星の3倍重力が強い地球の環境に適応できないようでもあった。しかし火星人は、地球の豊富な大気を摂取して身体能力を増やすことができた。火星人は、そういうふうに進化したのか、あるいはもともと知的になった時からそういう生物だったのか、人の行動をサポートする機械の助けがほとんどいらない生物であった。必要に応じて自らの身体の状態を変えることが可能で、温度変化などにも強い。
また、火星人は声を出さない意思伝達の方法、おそらくテレパシー能力を持っている。
巨大戦闘マシン。ビーム兵器。毒ガス
最初から飛行マシンがあるのではなく、地球に来てから造るというのは特に時代を感じる部分であろう。
他に、地球を破壊しまくる、怪物と例えられる機械は、当時の地球人の武器でも、一応は効果のある程度のものなので、現代のミサイルとかなら普通に倒せそうである。
それが通り過ぎる様は、「近くで見ると、その怪物は信じられないほど異様だった。勝手に動き回る無感覚な機械ではない。機械には違いないが、進む度にガチャンガチャンと金属性の音を響かせ、しなやかで長いキラキラ輝く触手は、奇妙な胴体の周りでブラブラ揺れ、ガラガラと騒々しい音を立てていた。
突進しながら道を選び、胴体の上の真鍮色のフードを左右に動かす様は、明らかに頭を振って周囲を窺っているよう。胴体の後ろは、漁師の持つ魚籠を途方もなく大きくしたような白い金属の塊。怪物は3本の脚の節から緑色の煙を噴き出しながら、あっという間に通り過ぎた」というふうに描写される。
この怪物が絶滅させた部隊の生き残りであった兵士は「火星人は体長30メートルの巨大戦闘マシーンに乗っています。それは脚が3本あって、胴体はアルミニウムと思われます。頭部は巨大なフード状。ご覧いただければおわかりいただけるでしょう。巨大戦闘マシンは、箱のようなものを持っていて、そこから火を放って我々を殺します」と上司に報告する。
その箱のようなものから離れてくる火とは、可視光線ではない見えないビームで、対象となったものを高熱にさらす。それを受けた生物はたちまち炎に包まれ、水にあたったなら一気に蒸発する。
悪夢のごとく文明を破壊していくその巨大戦闘マシーンを見て、彼らは何者かを考える場面。
「それは知性を持つ機械なのか、バカな、地球人の脳が肉体を制御して動かすように、あの物体も火星人が乗って操縦しているのだろうか。
ふと地球の機械が頭に浮かぶ。地球の下等動物は、私たちの戦艦や蒸気エンジンをどう見ているのだろう? こんなことを考えるのは生まれて初めてだ」
彼らに比べれば人間なんて取るに足らない存在。戦争にもならない。地球人は踏み潰されるアリのようなもの。そういうふうな考え方が作品のあちこちで出てくるが、上記は特に興味深い問いかけという感じ。
さらに恐ろしいのが、戦闘マシンが放つもう1つの攻撃。すなわち毒ガスである。
「銃のような筒から砲弾が打ち出されることがあるのだが、それは地面に激突しても爆発はしない。代わりにモクモクと真っ黒な蒸気を吐き出し、それは渦巻きながら上昇した。ガス状の丘となって、ゆっくり周囲の街に広がる。この蒸気はどんな煙よりも重く、破裂した後の激しい上昇と流出が終わったら、大気中を沈んでいき、地表に広がっていく。気体というよりも液体のような動きで、地上のものを覆い尽くしていく。おそらく溶岩の動きと似ているだろうという推測がある。
この蒸気を吸い込んでしまった者はすぐさま死んでしまう。ただ蒸気は水に触れると化学変化を起こし、粉のようになってゆっくりと沈みながら、しかし水には溶けない。この粉状態においては毒性が消えるようで、それが溶けた水を飲んでも特に害はない」というように語られる。
大気中のその蒸気は、霧や湿気と混ざり合い、灰となって地面に積もっていく。その物質は、スペクトラムの青の部分に4本の線となったら現れる未知の元素が関係しているようだが、それ以外は全く不明。それを吸った者が死ぬ原因は、(大気中の?)アルゴンと化合する、スペクトラムの中では緑の3本線として現れるやはり未知の物質がもたらす、人体の血液中の成分への作用。
他、 後に『工作マシン』と名付けられたという金属製のクモのようなマシンは、巨大戦闘マシンよりも敏捷性がかなり高いようである。それは5本の脚がついた胴体に、様々な道具が付いているというようなもの。接続部のあるレバー、かなてこ、爪のある伸縮時代の触手など。いずれも使っていない時には、ひっこめられているようだ。
月世界最初の人間(The First Men in the Moon)
月への旅、宇宙旅行をテーマにした話。 月世界の生物も描かれる。
ある方向の重力の影響を受けしてしまう
ケイヴァーなる人から、物理学について抗議されたということに関して、例えば『エーテル』とか『重力の潜在性』などの話があったとしている。
また、語り手は科学者ではないという設定で、さらに彼の家で見せられた実験などに関して、あくまでも自分の言葉で説明しているとする。そこでの説明など、やはり当時の科学的見解を知る手がかりにもなるかもしれない。
「彼の研究の対象は不透明な性質を持ったある物質。彼は”不透明”でなく他の言葉は使っていたが、僕は忘れてしまった。不透明という言葉は、あらゆる形の輻射エネルギーに対して、それを通さないという考え方を示している。僕の理解したところでは、輻射エネルギーとは光や熱や、1年ばかり前にかなり問題になったあのレントゲン線とかマルコーニの電波とか、重力とかいうもの。それらは全て、物質の中核から放射され、遠く離れた人体に作用を及ぼすことがある。だから輻射エネルギーと呼ばれている。
多くの物質は輻射エネルギーのいずれかに対して不透明。例えばガラスは光を通すが熱はそんなに通さない、ので火避けとして役に立つ。ミョウバンは光は通すが熱は通さない。二硫化炭素に溶解したヨードは光は遮るが熱を通す。金属は、光や熱を通さないばかりでなく電気エネルギーすら通さない」
現代的な文脈で言うと、何よりもまず絶縁体であるガラスが電気を通し、導体である金属が電気を通さないというのが気になりやすい捉え方であろう。電気(ここでは電波)をどのように考えているのかが興味深い。
しかし、ここで特に重要となるのは、重力を通さない物質のこと。ケイヴァーは、そういう物質が発見されてこそいないが、論理的にはありえることを数学的に証明もしていた。
どうやら、新しい元素として知られていた、ヘリウムを素材に使っている複雑な合金から、その不透明な物質は製造可能なのだという。
その物質を実用化するための制作実験の段階では、大きな災害にも繋がってしまう。強風の原因にもなってしまう、巨大な膜として作ったその物質は、風の下方向への圧力を完全に消してしまい、結果的に他の方向へと強い圧力にさらされた風は、加速の連鎖により、そのような現象に至ってしまったのである。
しかしこの出来事もあって、この物質はある方向への圧力のみを強くできること、つまり空を飛ぶ機械の動力になりうることを、ケイヴァーは思いつく。それどころか他の方向からの重力を遮断し、しかしある方向に対してだけ遮断をやめると、そちらの方向にある強い重力体に引っ張られていくことになる。例えばある星に向かっ引っ張られる形で飛んでいくことができる。
そういう理屈で、月へ向かうための球体宇宙船は造られる。
急速に成長するジャングル。小さな月人
月の自転周期を根拠として、その世界は長く寒い夜と、かなり熱くなる朝とに分かれているとはされているが、完全な死の世界ではなく、生命体が存在している設定となっている。
球体宇宙船でやって来たばかりの時は夜で、とても寒く、朝が来るまで待った。そして朝が来ると、ただ明るくなるだけではなく、寝ていて目覚めたかのように、植物が急激に成長し、溢れ返って、ジャングルを演出する。
そして生物の声が聞こえてから、実際にまず姿を見せた月牛という怪物。それは胴回り25メートルほど、長さは60メートルくらいだろう、ぐにゃぐにゃした体の生物。皮膚は白く、背骨に沿って黒い斑点があり、激しい呼吸と共に脇腹が上がったり下がったり。体のわりに鼻の穴は小さく、日の当たるところでは常にその目を閉じている。吠えるためにその口を開けた時には、赤い喉を見ることもできる。地面を滑るように動き、体中の皮膚をシワだらけにして何度も転がり、のたくりながら、かなりのスピードで進む。
その巨大な月牛を、牧場で飼育しているかのようであった月人は、 小柄な地球人くらい、1.5メートルほどの大きさ。革のような物質でできてる服を着ていて体の本当の部分は見れないが、体中に剛毛が生えた動物のよう。ムチのような触角を持ち、円筒形のケースのような胴体。腕は体より長くなく、短い足で歩く。太ももが短く、すねが長く、足が小さい。
もう少し後で、捕まってしまった時に対面した月人の印象は、「頭を下げて四つん這いになって、不格好な獣のように見えた。やがてほっそりと痩せた体と、短くて極端に細い紐のひものような足を持ち、いつも首を肩の間に埋めるようにしているのだということがわかった……光を背に受けて、ほぼ黒い影としか見えてもいなかった訳だが、猫背気味な人間のような輪郭に、その額が広くて長い顔をしていることがわかった」さらにはっきり見て「顔というより、仮面と言った方がいい。恐ろしい奇形で、鼻がなく、 シルエットだけ見た時には耳だと思った部分は、両脇に付いている。 口は何の表情を浮かべている人間なのに下向きに曲がって付いている。頭を乗せている首は、カニの足の短い関節のような3つの部分で連結されている。巻きゲートル(脚絆。脛部分に巻く布や革の被服)みたいなヒモを巻きつけているために手足は見えない」というもの。
月世界の進化
月の生物は、地球とは明らかに違うような知的生物の進化の道筋をたどっているように描かれている。
月の重力が弱いことを重要な点として、だからこそ地球ではそれほど大きくはなれなかった昆虫のような生物が、とても巨大な生物として生存できた。そしてそのような生物が知能を得た。
表面が寒さと熱さが代わる代わるやってくるような、生存に不向きな環境なこともあって、地下に築かれたなかなかの機械文明は、アリ塚の大スケール版のようにも語られる。
地下世界を照らす照明は巨大な機械から発せられている。その装置は「中心からは金属製の大きな軸が次々と跳ね上がり、その先端を放物線の軌道を描いて動く。各々の軸は軌道の頂点に跳ね上がる度に、垂れ下がって腕を落として垂直な円筒の中に押し込む。その装置の周りには小さな労働者たちが働いている。機械の3本の垂れ下がった腕が振り下ろされるたび、ものすごい金属音と轟音が鳴り、垂直の円筒の先からは白熱した物体が広場を明るく照らしながら、吹きこぼれるミルクのように溢れ、下のタンクの中にキラキラ滴り堕ちてゆく。それはある種の燐光のような冷たい青い光だが、それよりもずっと明るい。タンクから洞窟を横切り、樋(屋根面を流れる雨水を、地上や下水に導く装置)のようなものに中に流れていく」というように説明されている。
そして、その体は地球人に比べると非常に弱く、地球人が物理的な攻撃を本気でお見舞いすると、あっさりと致命的なダメージを負ったりする。
何か危険そうな行動を見せる月人についつい反撃してしまって殺してしまうというような場面もある。それで、場所がわからなくなっていた球体宇宙船を探し出して、月の世界から逃げるという展開になる。
知的昆虫的な社会観
ケイヴァー氏は球体発見よりも先に行方不明になってしまって、月に残されるという結果になる。彼は死んだとも考えられていたが、地球の方で、月世界の話の記録が出版された後に、通信電波によるメッセージをいくらか送ってくる。ただし最初っから、月と地球の位置の変化や、通信機の性能、ケイヴァー自身の電波通信技術に関する知識不足などのせいで、 断片的な情報が多くなってしまっていた。さらに最後には、通信を容認していたはずの月人たちが妨害するようにもなったようだった。それに関係しているのだろう終盤のメッセージの内容は少し不気味さを感じさせる。
メッセージの中で語られている月と月人たちの話は、 それまでのものに比べてもかなり詳細。
「月人たちは私を、気球のような装置で、地下の巨大組織の一部へと運んだ。地下のトンネルの枝はあちこち広がっている。月という物質全体が、あるいは多くの部分が、地表から約160キロメートルぐらいの内部まで岩でできた海綿(スポンジ)のようになっている。この構造自体は天然のものだが、過去の月人たちの大工事による手がかなり加えられている。そしてその際に掘り出された岩や土などが、各トンネルの周りに積まれ大きな円形の堆積を作った。それが地球の天文学者たちに月の火山などと間違えられるようになった……
地下世界のはるか下の方には海の水がある。異常に乱れ動きながら輝き渦を巻くのを見た。この月の海は不動の大洋というわけではなく、太陽の引力による潮流となって、常に月の軸の周りに異常な暴風と波浪と奔流とを巻き起こしている。そして時折冷たい風が雷鳴を伴って、巨大なアリ塚のような地下の迷路を吹き上げてくる。この目が光を発するのは水の動いている時だけで、ごく稀だが海の静かな時期には真っ暗。通常は海は軽くうねりながらも、わずかに光る緩やかな潮流とともに、光が泡のように点滅しながら流れていくだけ。月の人たちはその海の洞窟のような海峡や岩礁水域を、底の浅いカヌーのような形をした小舟に乗って移動する。洞窟や水路はひどく曲がりくねっている。水路の大部分は、漁師の中でも老練の水先案内人しか知らない。そしてこの迷路の中で、月人たちが永久に行方不明となることも珍しくない。私の聞いた話では、このずっと奥の方には珍しい動物が隠れ潜んでいて、そのあるものは極めて恐ろしく、月世界の科学を総動員しても根絶することが不可能。ことにラファーという動物がいて、物を掴む触手が絡み合って塊を作りいくら切断しても増える一方。そしてツィーという動物は、まだ誰も見たこともないが、ある種の飛ぶ動物で、極めて上手に、不意に人を襲って殺す……
運河の1つを下っていくと船着場があって、とても活気に溢れていた。ギラギラと輝く鍾乳石が重そうに垂れ下がっている広い港に、たくさんの小舟が錨を下ろす。我々もそれらの船にそって進んだ。長い腕を持った月人の漁師たちが網を引き上げているのが見えた。漁師たちは小さく、背中が曲がって、強い腕と、短い紐のような脚を持ち、皺だらけの顔をしていた。彼らが引き上げるのを見ていると、その金の錘がついた網は月の世界で見たもののうち一番重いようにも思えた。引き上げるのに時間もかかるようで、この月の海では、大きくて食用に適した魚類は深海に潜んでいるのであろう。網にかかった魚が上がってくる様子は、青い月が昇るようにも見えた。それは青い光のように飛び跳ねていた。彼らの獲物の中には、たくさんの触手を持ち、恐ろしい目をした黒い生物(ラファー?)が1匹いて、かなり暴れていた。漁師たちはそれを見るや悲鳴を上げて騒ぎ、急いでそれをズタズタに切り裂いた。ところがその生き物の触手はバラバラになっても、なおいやらしく鞭打つように暴れ、絡みあったりしていた……」
さらに月の者たちの社会は、ほとんど完全な1つで、自分たちの世界において支配できない存在、例えば地球で言う凶暴な獣のような概念がほとんどないといっていいような感じだった(月の海の恐ろしい生物はかなり例外的なもののようだ)。
社会の中での役割は完全に分断されている。特定の労働をするもの、支配階級につくもの、技術者、研究者など。その階級に生まれたものは、外科手術によって必要ない器官は全て取られ、さらには完全な心理学的教育により、それのみに生きがいを感じるような存在ばかりが育てられる。同じ種ではあるが、役割によってその姿も全然違ってくる。この点に関して、地球生物は姿は似ているが、心が大きく違っているような推測も示される。また月世界の支配者として、グランドルナーという存在が出てくるが、その宮殿は実に巨大で、豪華な装飾で彩られているという。
地球の言葉も、科学者の役割を持っている月の者たちはすぐに学んでくれて、ケイヴァーと意思疎通もできるようになる。ケイヴァーの方も、例えば月世界にとって地球という星は、地球人にとっての太陽のような存在だった、というようにも教えられる。しかし地球人特有の行動パターンのいくらか、同じ種族同士での殺し合い、戦争や、自分たちの世界の安定性以上に過剰に新天地を求めたがる傾向などを聞いてからは、月人たちにも何か思うところがあったようで、メッセージを妨害するようになってしまう。
モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)
1887年2月1日に、漂流船とぶつかって沈んだレディ・ヴェイン号という船に乗っていたエドワード・プレンディックという人が、1888年1月5日に 救助されたのだが彼が乗っていた小型ボートは、別に行方知れずになっていたイペカクワニャ号という船のものだった。
プレンディックは奇妙な体験談を語ったが、人々は彼が狂っていると考えた。そして彼自身も、いよいよ自分が見たことは勘違いだったと考えるようになった。しかし後に、彼から遺産を受け継いだ甥が、書類の中から、またその体験談を見つけた。これはその体験談の物語。
動物人間はどちらの改造か
ある島で、モローというマッドサイエンティストが、人間を動物に改造する研究をしているかのような疑惑が発生するが、実際は動物を人間にするための研究をしていると判明する。 しかし何の罪の意識もないモローに対し、プレンディックは倫理的思考の袋小路へと入ってしまい、生物という存在そのものに、恐ろしい狂気を感じてしまったりするようにもなっていく。
モロー博士の話。
「君は解剖学者の業績のことを忘れている。わしはこんなことはとうの昔にやられていて不思議ではなかったと考えている。手足の切断や舌の切除などは今までも行われてきた。斜視が手術で治ることも周知の通り。切除の場合、色素が変化したり、情緒に異変が見られることは君も知っているだろう。時には脂肪組織が変化するような合併症も見られる。
外科手術は切除だけでなく移植もやる。鼻の整形手術は知っているだろう、額の皮膚を鼻にうつすやつだ。わしのやっているのもそれと同じで、動物の移植手術だ。種類の異なる動物の間の移植も可能だ。皮膚と骨の移植を同時にやると治療が早い。外科医は時に怪我の箇所に動物の皮膚を移植したりもする。ウシの首にニワトリのけづめを移植して成功した例もある。そうだ、君はアルジェリアのサイネズミのことを知らないか? あれは尾を鼻に移植して作られた改造動物なのだ
君が見たのはわしが作った動物人間だ。動物を生かしたままどこまで改造できるかがわしの生涯をかけた研究課題だ。……新しいことでもないよ、もう何年も前から論じられていたことを実行してみる気になる解剖学者がいなかっただけのことだ。整形だけじゃない、生理的にも改造して、体の化学的リズムを変えることだって可能だ。ワクチンその他の予防接種があるだろう、あれに似た方法なのだ。わしが最初に手掛けたのは輸血だった。現在では忘れられてしまったが、中世には広く行われていた手術がある。見世物の怪物は作られてたのだよ……君にもわかってきたかな、動物の体の組織の移植はもちろん、化学的反応能力や成長過程までも変えられるのが。手足の関節を変形させるくらい朝飯前のことだ。 しかしこの分野の一貫して組織的に研究したものは現代医学社の中ではわし1人だ」
昔には偶然な生体改造もあったかもしれないとも語られる。暴君や犯罪者、動物のブリーダー、実利を求める未熟な職人。歴史に語られている奇形児たちの中にも人為的なものがあったのかもしれない。中世の宗教裁判の異端審問所の地下室でも、拷問だけでなく人体実験が行われていたかもと。
さらに「しかしこの島の動物人間たちは口を聞きますよね」と聞いたモローは、さらに続ける。
「生体解剖の可能性は肉体的なものだけではない。精神構造を変えることも可能だ。ブタだって教育できないわけではない。催眠術を利用して動物の本能を取り去って、代わりに別の思考能力を植え付けることができる。いわゆる道徳教育というのも、人工的に本能を抑えて誘導訓練するところに意味がある。例えば闘争心を自己犠牲の精神に、性欲を宗教感情へと昇華させるように。人間とサルの最も大きな相違は喉頭だ、つまり人間の咽頭は思想を表すために微妙な音を出せるのに、猿はそれができないというところに違いがあるのだ」
倫理的問題、物理的問題
モロー自身、倫理的なことは置いといて、自分の研究がかなり危険なリスクを背負っていることはよく理解している。以前の話として、手術がまだ完成しないうちに偶然に逃げ出した怪物の話も語られる。それは手足のない恐ろしい形相の生物で、ヘビのように地面を這って進む。すごい力を持っていて、まるでイルカのように体をくねらせて前進することもある。ジャングルに潜み、生物を待ち伏せして襲った。結局、銃で対抗できないような生物はその島で作られていないから、その怪物も殺された訳だが。
モローが人間にしたはずの動物は、しかし時間が経つと動物的性質がどんどん戻ってきてしまう。この人間性の喪失は退化として扱われている。モロー自身は「最大の問題は脳の移植と再形成だ。予測できない空腹や隙間ができて知能が低くなってしまう。どこか私の手の届かないところに、脳の感情を司る部分があって、うまくいかないようなのだ。欲望、本能、人間性を損なう情欲、突然はじけて怒りや増悪や恐怖で人間を包んでしまう不思議な貯水地のようなものだ」と語る。
多くの動物人間は、もとの動物の特性を結構残していて、違ってる部分も多いが、ある程度共通性を見出すこともできるようだ。そもそもたいていが死ぬようだし、子が生まれた場合も死亡率が高い。改造で後天的に与えられた人間の特性は遺伝しない。モローは動物人間たちに様々なルールを守らせているが、そのうちのひとつである一夫一婦制に関しては、特に女性がこっそり破ろうとしたがる傾向がある(これは奇妙なことともされている)。
身体的には、長い導体に続く脚部が異常に短いこと。おそらく背骨が湾曲しているせいで常に頭を前に傾けていること。それほど毛深くないこと(しかし野生化していくと毛もかなり伸びるようだ)。突き出した下顎、尖った耳、巨大な突起物のような鼻、顔全体に毛が生えていることなども、共通的。また、サル男以外は基本的に笑わない。
透明人間(The Invisible Man)
うんざりするほど長くかかる研究をしている。ある薬の作り方を人から教わった。それは5種類の薬品を混ぜ合わせた薬。しかしその作り方を書いた紙は、吹き込んできた風に飛ばされ、部屋の暖炉の中に入り、燃えてしまった。
怪しげな包帯ぐるぐる男が語る断片的な情報とともに、明らかにされる 透明人間という正体。そして、思っていたよりも不便だった透明人間の気苦労に、気が狂ってしまったかのような世界征服の計画を描く。
透明化の原理に関して「発見したのは色素と光の屈折についての基本原理、ある種の公式と言ってもいい。四次元に関する幾何学式みたいなものだ。
個体でも液体でも、例えば色とか、ものの性質を変えることなく、屈折率を空気と同じぐらいまで低下させる原理。
物が見えるという現象は、光の当たった物の働きに左右される。光が物に当たると、物は光を吸収するか反射するか屈折させるといった働きをする。仮に物が光を吸収も反射も屈折もしないなら、物は見えるはずがない」
そして、人間を構成する要素の中で色素のあるもの(例えば血液)を無色透明にしながら、しかしその機能を失わせないでいれる、そういうテクノロジーを開発したと透明人間は語る。
未消化の食べ物は透明ではなく見えてしまうとか、そういう疑問がもたれそうなところを抜きにしても、まずどんな環境でも裸でいなければならないことや、雪とか雨とかに濡れた場合にそこにいることが確認できるようになってしまうことなど、多くの弱点が描かれている。
解放された世界(The World Set Free)
1914年という、第1次世界大戦勃発の年に発表された驚くべき作品。
人間という生物が原子力エネルギーという恐ろしい武器を得て、 ついには世界を破壊しつくす機器に繋がってしまう、歴史から未来史へと続いていく内容。
世界中の国が原子爆弾を開発し互いの国を破壊しまくった戦争。そしてその後、平和への願いを胸に、たったひとつの世界政府が樹立して、1つとなった地球社会が誕生するという展開。
社会進出していく女性の話、それに関する論が、個人的には特に興味深い。歴史の中で女が果たしてきた役割についてから、社会に性別による差別がいらなくなってきたということに関して。女が男になるという訳ではなく、男女共に人間になるということ。
近い将来の物語(A Story of the Days To Come)
読んだことあるウェルズの小説の中では、むしろ異色的な作品に感じる。ハイテクを意識した音声機械、電気式の様々な道具、それに世界一周便(飛行機のようなものか)、現実に登場間近だったラジオの高機能版のようなものなどが最初から登場する。そういう普通にハイテクなテクノロジーを得た近未来を舞台に、恋人同士の2人が体験する様々な未来のことが描かれている。
階級制度の棲み分けがよりはっきりしていたりもする。ちょっと、タイムマシンの描かれた80万年後の世界に続いていくような世界観を思わせなくもない。
最後に、ある悟りが得られる。
「人間が姿を現してから2万年、生命がこの地球上に現れてから2000万年しか経っていない。この世代というのは何なのか、世代とは、計り知れないほどに大きい。だが人間は極めて小さい。しかしながら僕たちは計り知れないものを知って、それを感じている。沈黙している元素の塊ではない。僕たちはそういう計り知れない生命の一部。僕たちの力と意思の及ぶ限りにおいて、それの一部なのだ。僕たちは生きようが死のうが、その営みの中に……時が経つにつれ、人間はもっと賢明になるだろう」
生命の歴史が2000万年というのは、この小説が発表された当時(1899年)においては主流の説だったのだろう。
短編
陸の甲鉄艦(The Land Ironclads)
戦場に登場し、その強力な力を見せつけるとともに悲劇を生んだ、強力な殺戮兵器、化物機械の話。
文化人は兵士としては野生にかける。書くことも話すことも作ることだってできるが、戦闘にかけては素人。肉体的な耐久力はない。普段の生活でも水道会社の消毒済みの水しか口にしないし、保育瓶を離れてから3度の食事を欠かした日なんてないだろう。
そういう話を従軍記者は聞く。
それで、文明の発達が戦争に適した人間が生まれる障害となりうる。とすると文明社会は滅ぼされるものかも。というような悲観的な推測も出される。
そして戦いの場を荒らす巨大な機械。青白い閃光の中に浮かぶ物体、巨大な黒い昆虫を思わせる鋼鉄の怪物。その圧倒的な強さに、従軍記者は記事の見出しとして「人間対機械」という言葉も思いつく。
最終的には、機械兵器への対抗手段として、機械兵器の可能性も示唆される。
堀にある扉(The Door in the Wall)
不思議な世界へとつながっているような白い堀の緑の扉を探した思い出。たった1度の空想かのような子供の頃の不思議な体験。しかし はっきりとその境目を超えるときに開かれた扉が、それがただの妄想ではなかった可能性を示す。
彼は異世界のこともほとんど忘れることなく、時々は扉も見る。しかし結局またその扉を開くことはなく、大人になって、そして社会と深く関わる政治家にまでなった。
今度こそ扉を開けようと決意して、そしていざ扉が現れると、自分が失踪した後の世界、騒ぎが起こることを考えて、つまり「実にくだらぬ世俗的なこと」が、彼を引き止める。逃れ得ぬ現実と、小さい頃は普通に認識できてたような楽しく不思議な世界とが、描かれている訳である。
そして最後に彼は、危険な工事現場の小さな扉を開き、落とし穴に転落して死んでしまった。
これは、幻影と想像力に生きる人の内面的な秘密に触れたものとも考察される。常識的尺度としては、彼が踏みこんだのは夢の世界ではなく、死の世界と。
魔法の店(The Magic Shop)
純粋な魔法の店での不思議な体験とその後。
父親はあくまで手品と思いたがるが、その店の人は「純粋な魔法しか取り扱っていない」と語り、ものを次々生み出したり、 異次元のゲートでも開いたかのように他人の瞬間移動まで披露する。
店のものではないのだという、客にくっついて来た小悪魔らしき存在を認識したりも。
いくらでも見られるものだと店の者は代金は取らなかった。 それで純粋な魔法の店から生み出された、鉛の兵隊(の玩具?)と白い子猫。
子猫は普通の猫。そして兵隊は子供曰く、特別な呪文を唱えることで 一時的に命を与えられるというような感じなのだが、父はその決定的瞬間を見たことがない。
故エルヴシャム氏の話(The Story of the Late Mr. Elvesham)
非常に興味深く、そして恐ろしい。
莫大な財産を譲る 高名な哲学者が ある若者に目をつけて自分の財産を譲ってあげようと申し出る。 最初は何かの詐欺かと思ったのが、どうやら本当のよう。しかし謎の粉末を飲まされ、それから寝て目覚めると、彼はいつのまにかその哲学者の方になってしまっていた、という話。
ようするに別々の2人の体を精神だけ入れ替えるというアイデアの話。なのだが、普通に若者だった次の日に老人になってしまったという事実を、どうしても受け入れられないという悲劇感。そして、その方法を使って永遠に生きるているかもしれないような、長く生きて知識を貯めて、若者の体をまた奪って素晴らしい人生を築いていく、そういうことができる人が高名な人にいるのかもしれないという恐怖感が、よく強調されている。
そもそも元々その哲学者、彼自身の妄想だったという推測もされるが、しかしそれでは説明のつかないこともあり、精神障害を疑われた彼は、絶望のままに書いたような手記を残して生き絶える。そして若い体を手にいれたと思われる不死身の哲学者(?)も、交通事故で死んでしまって真相は謎のまま。
盗まれたバチルス(The Stolen Bacillus)
世間の中で孤独であった無政府主義者が復讐のためにと、細菌学者から盗んだコレラ菌を街中で撒き散らそうとする。しかし細菌学者は結構いたずらもので、無政府主義者が盗んだコレラ菌は実は、猿の皮膚に青い斑点を作らせるバクテリアの新しい培養物にすぎなかったという話。
面白おかしい系統の話だが、最初の方で細菌学者が語る、もしものバイオテロシナリオは結構恐ろしい。
ダヴィドソンの眼の異様な体験(The Remarkable Case of Davidson’s Eyes)
一時的に精神に変調をきたしていたダヴィドソンという人が、 とても遠くのものを見てしまっていたようであるという話。
それは千里眼的能力の存在を証明する最善の例である。四次元あるいはそのような種類の空間におけるよじれが関わっているのではないか、という説が示される。
1895年に発表された話だが、紙の上の空間を実際のものとして曲げた時に、ある空間点と空間点が近くなったりすることがあるというような発想は一般相対性理論の説明でよく使われる重力による時空の歪みとかなり近い感じを思わせる。
手術を受けて(Under the Knife)
これも、一時の夢のような不思議な体験の話であるがスケールが非常に大きい。時間も空間も無限であるかのようにも思える、この物質が散らばる宇宙の中にあって、非実在の存在かのような、そして世界が小さな点になるような感覚。
全宇宙はより偉大な存在に屈折して見えるシミにすぎないか。この宇宙はどこか別のもっと巨大な宇宙の原子にすぎないのか。あらゆる世界が繰り返しなのか。そういう疑問が示される。
星(The Star)
巨大彗星が地球のすぐ近くを通って太陽に突っ込んでいくという話。その過程で、太陽系のあちこちに影響が出る。特に地球上においては、各国で大災害が起こり、気温などの環境も大きく変わる。
しかし、火星(生物)の天文学者たちは、もちろんその出来事に関心を持ってはいただろうが、遠くから見た地球の様子はあまり変わっていないから、それはそれで驚いているだろう、と語られる。人類を襲った最大の惨事も、遠く離れた星の者たちには些細なことにしか映らないのだと。
エピオルニスの島(Aepyornis Island)
マダガスカル島にて、数世紀前に絶滅してしまったとされる、巨大な飛べない鳥エピオルニスに関する話。
何百年も前の卵が上手く保存されていて、しかもしっかり生まれてしまう。 やがて成長して巨大になると凶暴性も見えて手に負えなくなり仕方なく殺してしまったという、とある漂流者の体験談。
蛾(The Moth)
分類学に関する論争の話かと思いきや、その争いあう片方が死ぬ。それから、喪失感を感じてしまう残された者のドラマ、という訳でもない。
彼が生きてたら悔しがることだろう大発見をするが、しかし結局それも真実だったのかわからない。そういう精神異常を患ってしまい、最後には幻覚の世界に囚われてしまったと、そういう話。
パイクラフトの真実(The Truth About Pyecraft)
パイクラフトという太った人が、色々なダイエット法を試し、失敗しまくっていた。そしてある時、祖父母が痩せるための薬の製法を知っているという人と出会う。それが物語の語り手となる。
ようするに、痩せるために特別な薬を試したのだが、それがまるで魔法薬で、なんと体重がほぼ0になってしまった、という話。
適当に重いものを身につけていないと、空中に浮かんでしまうようになったが、今の知見でならどういう解釈が妥当だろうか。
ブラウンローの新聞(The Queer Story of Brownlow’s Newspaper)
1931年11月10日に、1971年11月10日の新聞が届いた。という話。 最初に何かの悪戯と思うが、新聞の写真があまりにも鮮やかなカラーであり、悪戯としたらあまりに技術的に凄すぎると、結局信じる。
そして自分から読み取れる、未来(40年後)の様々な情報が語られる。
「まず「内燃機関終焉」の見出しが注目される。また、経済問題への関心がかなり高まり、地熱を利用しようとする試みが実利的経済知識の増大を示している。それに科学研究発明に多くのスペースが与えられ、図表や数式もたくさん見られた。
ソビエト連邦が関心の対象でなくなっている。フランス、ドイツ、大英帝国、アメリカについての記事もない。選挙、議会、政治家、ジュネーブ、軍備、戦争というものに関する言及も皆無。つまりジャーナリズムのおもたる関心事の多くが、すでに過去のこととなってしまっている。株式に関する情報も見られない。
ゴリラ絶滅に関する記事が大きくスペースをとっている。どうやら連邦議会なる組織が保護をしようと試みていたようだが、組織力や資金力が欠けていたようで、十分な保護ができなかった。そして変種のインフルエンザによってゴリラはついに絶滅してしまった。そして新聞は、「機構の調査と組織の根本的改革が必要なのだ」と書き立てていた。
連邦議会は、1971年にはかなり重要な存在で、森林の回復についての記事にもその名前が見られる。それに害虫の駆除や、植物の病気に対する処置を怠ったことでも非難を浴びていた」
これは明確に、語り手がH・G・ウェルズだということをはっきりさせている話でもあり、彼は、かつて自分が予想していたよりも世界の変化は早い、ということを経験的に実感していて、だからこそこの話の未来世界での大きな変化自体はあまり驚くべきことではない、というような感じに書いている
アリの帝国(Empire of the Ants)
新世界(アメリカ大陸)グアテマラにて、人をも殺す恐ろしいアリの話。ポルトガル人と黒人の混血であるジェリローという小型砲艦バンジャマン・コンスタン号の艦長は、アマゾン付近の住民たちを困らせているという、アリの退治任務を受ける。
実際にそのアリが登場する前からいろいろな情報が出てくる。
どうやら新種のアリで、5センチメートルくらいと、かなり大きい。危険な毒を持ってるようで刺してくる。かなり大きな目を持っていて、闇雲に走り回ったりはせず、すぐに引っ込み、相手の出方を見守ることが多い。
ジュリローはさらに、アリの進化についてもいろいろ考える。
「数千年で、人間は未開状態から脱し、文明の域に達した。そして自らを未来の王者、地上の支配者だと思うようになった。アリもまた進化することはないのだろうか。アリたちは数千の個体からなる小さな社会の中で生活して、団結して外の世界に対し働きかけることはない。だがアリは言葉を持ち、知性を備えている。 2階か3階の状態で止まらなかったのだから他の生物をまたその段階にとどまっているはずがない人間が書物や記録によって成し遂げたように何あれが知識を蓄え武器を用い帝国を築き戦争を計画し軍隊を組織するとしたら」と。
そしてついには、遭遇したサンタ・ローザ号という船にて、犠牲者と思われる死体が発見される。それは、何か異常な過程を得たかのような肉の塊。
甲板にはアリも確認できた。大きさ以外は普通のアリによく似ていて黒いが、特に大きなものは灰色。普通のアリのように機械的にせわしなく動き回るのでなく、落ち着き払った慎重な動き方をする。特に大きいのは20匹に1匹ぐらいで、頭もかなり大きい。大きなやつはまるで、手下ちちを従える頭領。さらに大部分のアリは、金属の糸のような輝く白い紐で、何かを体に縛り付けているようだった、まるで装具かのように。
物語の中で、アリの能力はさらに詳しく語られる。高い知能と優れた社会機構を備えているのは明らかだが、自分たちよりも大きな敵に対しても、巧妙に毒を使用する。毒はヘビの毒に極めて近い。アリたちは、実際にそれを製造して人間を攻撃する時には、仲間の中で体の大きなものが針状の結晶を運搬する。
その作戦行動は主に着実な前進と定住で、新しい地域を次々と侵略しては、そこの人間を全て追い払うか殺すとも。
しかし、このアリと遭遇して、その能力を見た者はたいてい死んでしまうので、はっきりとした情報はなかなか得にくい。大げさと考えられる噂もたくさん流れることになる。道具を使用し、火や金属の知識があるとか、川の下に大きなトンネルを掘ったとか、書物に匹敵するような記録や情報伝達のための秩序だった綿密な方法を備えているとか。
そしてアリはどんどん数を増していて、やがてはアメリカ大陸を人間の手から奪い取ってしまうだろう。アメリカだけにその支配が止まらないとするなら、今のペースからして、50年後くらいには、ヨーロッパを発見するに至るかもしれない。という恐ろしい推測で物語は終わる。