ワールドウェブで繋がる、新しい世界
『時潮』や、誰にも理解できない謎の力、さらには抗エントロピー場などにより、恐ろしき怪物シュライクが封じ込められた『時間の墓標(タイムトゥーム)』。その時間の墓標という遺跡のある、謎めいた惑星ハイペリオンに外世界から多くの巡礼者がやってくる。
古い地球(オールドアース)は、西暦における2338年、大いなる過ちによって、つまり核に落ちたブラックホールによって消え失せたとされている。
『聖遷』と呼ばれるようになった地球脱出後、宇宙を開拓していく人類は、人類から独立したと言えるようなAI(人工知能)群『テクノコア』が提供したという『転移ゲート』ワープシステムが重要となる、『ワールドウェブ』システムにより巨大な宇宙国家体制を作った。しかし知的存在に関する陰謀や、宗教の台頭などで、そのようなハイテクノロジーをいくらか失うなどの暗黒時代も迎えたり……。というような世界観でのSFシリーズ。
1、2作目の『ハイペリオン』と『ハイペリオンの没落』は、そのシュライク、物理法則のことごとくを無視し、死を介してのみ接することができるという、人知を超えた怪物の復活が迫りつつある時の物語。
時の墓標ある惑星ハイペリオンに集った、それぞれの目的を持った巡礼者たちが、それぞれの物語をそこで語りあうことで、互いに知り合い、そして時間の墓標にまつわる謎が明かされていく。
『ハイペリオン (上) 』
『ハイペリオン (下) 』
『ハイペリオンの没落 (上)』
『ハイペリオンの没落 (下)』
3、4作目の『エンディミオン』、『エンディミオンの覚醒』は、時の墓標で、未来に英雄となる者を待っている女の子と、彼女を守る、英雄的役割を与えられた者が中心となる。
こちらは前2作より数世紀後の話で、宇宙を開拓している人類社会に様々な変化が起きている。
『エンディミオン (上)』
『エンディミオン (下)』
『エンディミオンの覚醒 (上)』
『エンディミオンの覚醒 (下)』
宗教にはっきりと意味を用意されてるような、ファンタジー的SF
聖なる樹、迷宮、ホーキング絨毯
時間の墓標の時点ですでにそういう感じだが、森霊修道会の『聖樹船(イグトラシル)』、『炎精林』、『迷宮九惑星』、『雷吼樹』と、ファンタジーを連想させるような名称が最初から目立つ。
迷宮が存在する惑星に関しては、なぜか9しかなく、それらがいかにして作られたのかが謎というような感じ。ただし、完璧に滑らかな壁、それに削り滓のなさは、『核融合掘削機』によるものという仮説があったりする(時間や目的の不明さなどの関係で怪しい)
物語の途中からよく出てくる『ホーキング絨毯』などは、『遮蔽フィールド』により、風など気にせずにその上に乗れる、空飛ぶ絨毯という見た目の機械なのだが、時の墓標と合わせ、幻想的なイメージを掻き立てさせられる。
ホーキング航法という超光速航法も出てくるが、そちらとは違い、絨毯は、昔の時代の物理学者が名前の由来なのではなく、動物のタカから名前が取られている設定。
谷の底に見られた時間の墓標の描写は「鋭く輝く低いオベリスク。陽光を吸収しているかのような石造りのスフィンクス。ねじくれた塔が絡み合い、自らの上に影を投げかける複雑な形の構造物。その他の墓碑群は、昇りゆく朝陽を受けてシルエットになっている。墓標の1つ1つには扉」というような感じで、エジプト的なイメージがある。
墓は古いのに朽ち果てないのは、それを包んでいる抗エントロピー場のため、あるいはそれが、逆に時間を進んでいるからとされる。
古い地球の伝説
ホーキングだけでなく、オールドアース時代のことは人気で、20世紀以前の多くの科学者や詩人たちの名前があちこちで出てくる。そもそも西暦でいっても30世紀ぐらいと、多くのことを考慮するなら、意外とそれほど未来でもないというような印象が強い。この物語における銀河世界は、地球の人間たち(と人間が造り出した知性)が築いていったものだから、余計そういう感じは強い。
所々にある電脳空間、サイバーパンク的な描写と合わせて、80年代以降くらいのSFという感じも強いか。それでいて宗教がかなり根本的な設定で関わってるふうだから、SFファンタジー的世界として、案外これは独特かもしれない。
キリスト教の未来
ビクラ族という、地球(オールドアース?)のキリスト教との関連も少しちらつかせる、聖十字架の者と自称する謎の集団に関して。
ビクラ族は「60人と10人」自分たちは常にそういう存在なのだと語る。
ビクラ族は人ではあるが、性別がない。男性でも両性具有でも未発達でもなく、性別そのものがない。まるで人形のような存在と語られる。
そして彼らのために苦しむことになった、あるキリスト教神父の日記の話の流れは、信仰からくる力強さ、苦しみを軽減するための心の装置としての信仰心が、見事に描かれている印象がある。
聖十字架は、死を克服するテクノロジー。死んだものを蘇らせる技術として、理解されていく。
この世界観において、ユダヤ教派生の宗教が重要であることは確かだろうが、「エンディミオンの覚醒」においては、仏教の思想が反映されている小世界も出てくる(ただ、キリスト教世界に比べ、アジア人からするとちょっと違和感はあるかもしれない)
「エンディミオン」においては、カトリック系の宗教組織が聖十字架を利用して、人類文明の多くを支配しているという設定だが、それに関しても、キリスト教が悪とかでなく、間違った信仰を抱いている者たちと、正しい信仰を求める者たちとの戦い、というような感じもちょっとある。
究極の知性ネットワークを創造する計画
『究極知性の計画』という話が、あちこちで示される。それがすでに完成していて、自分たちが認識できているあらゆるものは、究極の被造物、創造者の一機能として残されているだけかもしれないとも。
この計画の鍵として、知性ネットワークを、ワールドウェブ、つまりハイテクノロジーにより構築された知識の集合領域を、一個として利用するようなものというような感じがある。
作中では、「何兆という人間のニューロンを利用する究極のデータスフィアと、それにつながる究極知性の創造計画」 というようにも語られている。
サイバーパンク的な描写
AIと繋がりある、造られた人間『サイブリッド』について。
例えば「ハイブリッド人格は肉体が破壊された後も存続し、別の頭蓋骨に埋め込まれたシュレーンループに宿っていた。その後もメガスフィアに単独で存在し……ハイブリッドの人格は、コアのAI母体に還りつくまでは、データプレーンやメガスフィアのマトリクスに沿って伝播する全体波の波面として存在する」
「再構築サイブリッド人格たちが存在できたはずはない。テクノコアは転位ゲート間のブランク空間を転位媒体として、そこを隠れ場所に利用していた」
その知能を増強する目的で、かつてコアには人間のDNAが組み込まれた。そしてコアは、人間のDNAとAI人格を用いてサイブリットを作った。
他、DNA、RNAの遺伝システムが、直接的に知能、意識そのものとも強く関連してるような描写もある。
例えばアンドロイドの描写。アンドロイドは伝統的に5体1組の成育群としてクローンされる。通常は男が4体、女が1体。成人状態で作られるわけではなく、8標準年ほどの幼少年期があり、アンドロイド製造が高くつく理由。子供の時には主に教育、訓練でサービスパラメーターを定義される。そして知識の大半はRNA転移で刷り込まれるのである。
ミクロからマクロまでの
量子領域のコントロールが、テクノロジーとしてかなり実用化されている印象がある。
崩壊するタキオンをコンピューターが変換して音声信号に変えるシステム。宇宙船の量子化(量子リーヴ)、そしてそれを終えての実体化など。
また、時間の墓標に関して、そこに向かった者は誰も帰らなかったという謎が最初から示される。
宇宙船が帰らないのではない。宇宙船は搭載コンピューターが指定する通りの場所に戻ってきさえする。しかしパイロットと乗客の姿だけは二度と見られない。飛行記録は異常なしで、抵抗や強制着陸させられた形跡もない。コースの逸脱、不自然の時間経過も、異常なエネルギーの放出も、記録には残らない。つまり他は正常なままで宇宙船に乗っていた者たちだけが消えてしまうと。
さらに話が進むと、墓標は時間を遡っていくタイムカプセルの可能性が示唆される。未来の戦争に関係があり、過去に干渉することで、その未来の戦いに勝利しようとしているという可能性。
シュライクについても、同様に、未来から送られてきた兵器の可能性が語られたりもする。
聖十字架。不滅のための寄生体
聖十字架については、寄生体、あるいはある種の有機コンピューターみたいなもので、生きている人間の肉体情報、知性、人格などに関する、あらゆる神経学的、生理学的データを記録して、死者の再起動、実質的な復活能力を実現する。だが記憶能力には限界があり、復活を繰り返すことによりそれらは劣化していく(例えば性器を失ったり、精神的にもおかしくなる)。構造の複雑性を失っていくと解釈した方がいいのだろうか。
世界を作るネットワーク
『OCT:HTNシミュレーション』というのはかなり興味深いテクノロジーだが、作中でそれを説明したカッサードの言う通り、理解はしにくい。
歴史体験、仮想訓練などをする単なるシュミレーションのようなもの というイメージもあるようだが、それはただのシミュレーション以上、〈ワールドウェブ〉万民院の一部をなす。
『万民院』は、「連邦の政治力学を司る、データに貪欲な何百億という市民に情報を提供するためのリアルタイム政治ネットワーク。 高度に進化したためにある種の自律性と意識を獲得すらしている。ネットワークを構成しているのは6000を超えるオメガ級AI群。それらが作り出すフレームワーク中に、150の惑星データスフィアが情報を提供することで成立している」と説明される。
HTNはみずから夢を見るとも。(集積された?)歴史的事実に関する情報を部分総和を超える形で夢見る。単に事実を投影するだけでなく、全体論的洞察にプラグインし、そうして見る夢を、さらに参加者にも見させてくれる。
繋ぐ虚無。愛と呼ばれる重大な何か
あるエンジン(駆動装置)の仕組みとして、「光速の限界に挑むホーキング機関を改良したものではなく、大半はただのお飾り。量子速度近くに達した途端に、その装置はかつて『繋ぐ虚無』と呼ばれた媒体に信号を送る。そうしたらどこかよそのエネルギー源がはるか遠くの装置を作動させて、その媒体のサブプレーンに裂け目を作り、時空そのものを織りなす生地を引き裂く。その裂け目を通過したクルーは、瞬時に悶死し、細胞が破裂し、骨が粉になるまで磨り潰され、シナプスがずたずたとなり、内臓が飛び出し、器官が液化し、死を迎える。しかし当人たちがその詳細を知ることはない。最後のマイクロ秒に凝縮された人と恐怖の記憶は、聖十字架による再構成と復活に対して、そこだけぬぐいさられてしまうから」と説明されたりする。
詩人のキャラが、自分の知った真実を、その内容に投影させたともされる詩編の中で。
「AI〈コア〉が「繋ぐ虚無」と呼ぶものは実は愛。(重力とか電磁力とかと同じ意味で) それはこの宇宙における基本的な力。〈コア〉の究極知性には、共感がその源から(つまり愛から)一体不可分のものであることをついに理解できない。また愛とは、光子から光子へ情報を運ぶという不可能事を量子レベルで実現するものとも言える」という話も出てくる。
愛は感情で、しかしエネルギーの形。それは宇宙最大のエネルギー源の扉を開ける鍵。クェーサー、パルサー、銀河の核の爆発のような、宇宙のさまざまな現象をエネルギーテクノロジーとして利用するためのスイッチのように使える。
そのような考え方、愛は宇宙の主要な原動力というのは、ロマンティックだが、やはりファンタジー的で、普通にはナンセンスに思えるが。
この話の中では、例えばキリストやブッダのような、偉大な宗教を始めた人たちは、その愛というものを、いくらか感覚で捉えていたような人物というような説も示されるので、そういうところもやはりファンタジー的と言えるか。
繋ぐ虚無に関しては作中で、「思念や感覚の下、周囲に常に存在する。確かに実在する。しかし普通アクセス不能な媒体。人類が複雑な神話や宗教を発達させ、超常的な力、悪魔、半神、蘇り、生まれ変わり、幽霊、救世主、その他様々な、近いようでいて見当はずれな戯言を信じ込む原因となる」とまで語られる。
特別への進化論
宇宙はより大いなる意識に向けて進化していく。純粋に機械的ではない。その原動力を感情のないものと想定してきた科学は間違っていた。
それは神性の絶対的な情熱から派生するようなもの。機械的でなく、機械には理解できないようなそれを人間性の本質と呼ぶこともできる。
終盤は、進化の方向性の議論も結構多いが、(宗教的な話は関係なしとするとしても)興味深いことに、初期の進化学者は方向性を排除するような方向で考えることが主流であったが、それこそが間違っていた。進化には確かに方向性があるというような設定。
なかなか上手いのが、全体の設定として、テクノコアが進化を正しい形で定義しなおされることを妨害していたのは、人類を自分たちがコントロールしやすいよう、停滞状態においておきたかったから、というような話も出てくる。
人間か、あるいは人間のような存在がいると、そのテクノロジーの進歩の先には、あらゆる宇宙の領域、銀河の緑化。とても大規模のテラフォーミングの話。 そして人間は、最初の惑星的な存在として馴染んでいない異星の存在は(開拓の仮定で)滅ぼしていったというような歴史の話。このあたりの話も、進化の連鎖の中に位置付けれるのかは興味深い問題か。