なぜ彼が赤かぶと呼ばれるようになったかの話
弁護士の経歴も持つミステリー作家、和久峻三(1930~2018)の代表的シリーズである、赤かぶ検事ものの最初の作品を含む4短編。
赤かぶ検事こと、柊茂のファンで、 読んだことがない人は、表題作の第一話だけでも、とりあえず読んでおくべき。
そもそも、彼がなぜ赤かぶ検事と呼ばれるようになったのか、その理由が描かれているからである。
ついでにその話は、彼が、立派な検事となって初めての、殺人事件の裁判を描いた話でもある。
したたかな悪党をどう追い詰めるかを描く
検事を描いた話だから当たり前なんだけど、明らかに罪を犯したと思われる悪党がいて、しかし上手くごまかしている。
そのトリックをどうにかして暴き出し、証拠をはっきりさせる調査がメインとなる。
つまり、何人か容疑者がいて、いったい誰が殺人犯なのか、というような謎解きはあまりない。
こういう話のパターンのため、やはりミステリーではお馴染みな、悪党ぽいいけど実は善人というミスリード系キャラとかも、あまりなし。
基本的に主人公たち捜査役(探偵役とその仲間たち)を除いて、事件に関わるのは、悪党と、その被害者ばかりである。
方言が印象強い、のんきなキャラクター
ともすれば、悪党キャラばかりのために、殺伐とした雰囲気になりそうだが、探偵役に赤かぶ検事というユーモア溢れるキャラを置くことで、暗さがかなり緩和されているのが、このシリーズの特徴であろう。
赤かぶ検事こと柊茂は、50歳を超えてようやく一人前の検察官に昇格した、いわゆる叩き上げ。
そういうわけで、彼よりも若い同業者やライバル、かつての上司などもよく登場するが、さすがに場数だけは踏んでいて、田舎勤務なこともあり、事件捜査もお手のもの。
そしてかなり訛った方言(名古屋弁)。
食い意地のはりも大きいのんきな性格。
そういうキャラ。
また、たいていの作品で出番少なめだが、赤かぶ同様に訛りが強く、やはり能天気な奥さんも、旦那に負けないくらいにユーモアな雰囲気がある。
時折挟まれる2人の会話も、とぼけた感があって、作品の魅力の1つとなっている。
疑わしきは罰せよ
法律業界でわりと一般的(だった?)らしい、「疑わしきは罰せず」という格言からとられたタイトルのこの話こそ、先に書いたように、赤かぶ検事の初登場作で、かつ、彼になぜそのあだ名が付いたのかの真相が書かれた話。
主軸となるのは、事故に見せかけて、有毒ガスを奥さんに飲ませて殺した男の事件。
裁判が始まる以前に、彼はすでに自白していたわけだが、しかしいざ裁判の時になって「あれは警察の尋問に耐えかねての嘘の自白であった」と述べる。
さらには、外面も中身も鬼的らしいやり手弁護士の衣笠蓉子も、「そもそも警察が話す事故に見せかけた毒殺トリックは子供だましのようなちゃちなもの」、「田舎ではあまり起こらない殺人事件ということで、功名心に駆られた警察と検察の、バカな先走り」というように、柊たちを責め立てるわけである。
まず殺人として動機が謎というのも問題になるのだが、それに関して、本人に気づかれないで保険金を次々かけていくトリックが露となる。
また、毒殺に関しても、それほど斬新ではないだろうが、しかししっかりした方法が提示される。
短編ミステリとしては、無難な感じと思われる。
やはり最も重要なのは、 緊張感溢れる裁判中に起こしてしまった、赤かぶ検事と呼ばれるようになってしまうできごとであろう。
多分すごい人なのに、どこか間の抜けた彼というキャラクターが、見事に表現される1コマである。
片眼のジャックを追え
探偵ものというか、検事ものらしい、法律の穴をついたお話。
かつての上司であった鬼検事の熊谷直人が、鬼弁護士となって立ちはだかるという展開もまあまあ熱いような気はする。
殺人の実行を頼んだやつも罪にはなるのだが、頼まれた本人が捕まらなければ実際には罪とはならないことを利用したトリックが見事。
実在するかどうかもちょっと怪しいような謎の殺し屋を実行犯に仕立てることで、殺しを命じたことをあっさり認めながらも、しかし罪には問われないというような感じ。
こういうトリックは、片眼のジャックみたいな、まさしく創作的な怪人物を話に絡ませられるので、そういう点でもいいと思う。
タネも仕掛けもある現象だとしても、その現象自体は怪奇的だったり、なんだかおかしかったりすると、たいてい、人はそれでも楽しいものである。
結構大規模な詐欺があって、そしてその詐欺が明るみに出ないようにするための殺人
火魔走る
いろいろと、おそらくは4短編の中で、一番恐ろしい事件が描かれる。
墓石にペンキなどで残された謎のメッセージを前触れとして発生する、連続放火事件。
また、よそ者の問題とか、田舎という点もかなり上手く利用されている。
子のために、何もかも投げ出そうとする母が哀れだが、正直これにはリアリティがあると思う。
現実は無情である。
古銭はもの言わぬ商人
赤かぶさんと、弁護士となった彼の娘との裁判での対決を描きたかっただけのように思わなくもない。
そういう話。
そういう親子対決の裁判なんて、普通は避けられるもののように思うが、当時の田舎では現実にありえないような話でもないらしい。
片目のジャックの話と同じで、詐欺事件を闇に葬るために起こした殺人事件。
検死の件が問題になる。
ようするに、被害者は病気ですでに死にかけていたから、殺しはなかったはず、というようなもの。
終盤に登場するある証言者は、最初はかたくなに口を閉ざしていたのだが、その理由が、「容疑者の下で働いていたから、仕事を失うわけにいかなかった。しかし今は、別の職場に入ったから問題はなくなった」。
なんだか、嫌に現実である。
犯人は毒殺しようと思っていたが、最終的には絞殺になった。
「だが、だとして、毒の証拠は殺人の証拠ではないも同然だから、 この裁判の場に持ってくるのは不適当」というような弁護側の言い分がある。
それに対し、「これが突発的なものでなく計画的な事件であったという証拠だから必要」という返しである。
裁判での舌戦は、一番面白い感じだったように思う。
やはり、この親子対決が描きたかっただけでなかろうか。