「デューン砂の惑星」水が希少な領域の生態学。宇宙時代の人間精神主義

砂の惑星の救世主の物語

 『デューン(Dune。砂丘)』は、人類が多くの星系を支配して大帝国を築いた未来。水が非常に希少な砂漠の惑星『アラキス(Arrakis)』、またはデューンを主な舞台とし、いまだ愚かな陰謀や争いを繰り返す人類世界を救えるかもしれない救世主一族を中心とする物語を展開するSFシリーズ。この『砂の惑星』は1作目にあたり、特別な力に目覚めた少年ポウル・アトレイデが、デューンにおいて、『フレーメン(Fremen)』と呼ばれるアラキスの住人たちから、救世主と呼ばれるようになった経緯などが描かれる。

科学文明の行き着く先としての、宗教的精神世界

 この小説において描かれる世界は、後に多くのSF、ファンタジー作品に影響を与えたとされている。
宇宙帝国の時代でありながら、宗教的精神世界を重要視し、人類史の進化の方向が非物質主義へと向かった結果かのような、どこか懐かしいファンタジーすら彷彿とさせるような世界観。

惑星アラキス、サンドワーム、メランジ

 惑星アラキスは、わずかな水のための争いが絶えないほどの砂漠ばかりで、さらに様々な物を飲み込む危険な地下生物であるサンドワーム(Sand worm。砂虫)が生息している、人が住む場としてはかなり過酷な環境。しかし香料(スパイス)、ある種の麻薬である『メランジ(melange)』というものが取れる唯一の惑星。
メランジは、砂虫が成長過程で産出する薬物で抗老化作用などがある。ただ特に重要な効能は、それがもたらす意識拡張、ある種の多次元認識。宇宙航行などにおいても役立つ場合がある、超能力を目覚めさせる引き金にもなる。

思考機械のもたらした悲劇

 人が精神主義に走るようになった理由として、人がかつて、その思考を機械に譲った歴史が設定されている。それは自由な状態となるためだった。だが結局は、機械を持った男たちの奴隷にされてしまうことも同じだったと。
ただ、機械を失った世界というわけではない。どちらかというと人間の精神の特異性を発見し、それをテクノロジーとして取り入れているというような感じ。

 また、『メンタート(Mentat)』という思考能力に非常に優れている人間が、コンピューターの代用のように重宝されてたりする。

生態学的観点から創られていった舞台背景

 社会構造の中の権力をめぐる争い事が、1つの重要なガジェットとなっている。
構造的には、星系単位、惑星単位とかで、全体を支配する大帝国の支配層の下、貴族の家に支配地域が割り当てられている、いわゆる封建社会。それは作者の考えた、人類にとって最も自然な世界状態、だったともされる。

 この小説はよく、ある環境とその環境に生きる生物群の相互作用システムについてを理解しようという試み『生態学』をテーマとした小説の先駆け的な作品とされている。作中でも、そのような生物世界をシステム的に捉えた上での設定解説がよくみられる。
「生命に必要な要素を巡っての争いは、1つのシステムにおけるフリーエネルギーを求める争い」「自給自足という点である程度の調和を成立させ得る。理解しなければいけないのは惑星と、それに加えられてる圧力の限界」「システム内に存在する生命が多いほど生命の活動範囲は多くなる……生命は生命を支える環境の収容力を改善する。生命は必要とする栄養物をより速やかに手に入れられるようにする。微生物間の科学的相互作用を通し、システムの中により多くのエネルギーを結び付けていく」というような。

 大筋の物語だけならば古くからよくあるような、本来は高貴な血筋ながら身分不相応な境遇に置かれてたりする主人公が、冒険や与えられた試練を乗り越えていく内に、自身が持つ本来の英雄性を目覚めさせていく物語、いわゆる『貴種流離譚きしゅりゅうりたん』となっている。ただし、この小説に生態学的構造を見る時、実際はもう少し深いものかもしれないと感じさせる描写も結構ある訳である。
ある環境を基礎として、文化、国家社会、宗教という人間の精神性に関わる領域までが、連続的につながっていることが、かなりはっきりしているような。

 少ない水を巡って争いあうというのも、基本的に認識されている支配領域に関していろいろ考えさせられるが、それはそのまま、物事をコントロールするための鍵としての地位を高めた精神性が、システムの中に存在する階層を示しているようでもあろう。
ただし、化学組成を感じとれるか、あるいは(限定的に?)コントロールも可能かのような描写もある。

人間が構築する特別な領域

 精神性こそが人間だけの特異性で、その特別性を感じさせる設定や描写も多い。イスラム世界の影響があるともされる作品だが、そのような人間の特別性の思想も、イスラム、あるいはさらにイスラムが影響を受けたと思われるユダヤ(もしくはギリシア?)的なのかもしれない。

 当然のように人間の特別さは、動物的意識、人が知覚する意識レベルの差違で語られる。
感情の動きでの感覚の表現。テストと称された箱から手を引き抜けば死ぬとされた状況における、ポウルの考え方
「好奇心が恐怖を対処できるレベルまで引き下げる」「恐怖は心を殺すもの、全面的な忘却をもたらす小さな死。恐怖を直視する。それが通過していうことを許す。通った後を見る。恐怖が去ればそこには何もない。それで落ち着きを取り戻す」
つまり恐怖が去るものとされている。
さらにテストを仕掛けた老婆は言う。
「罠から逃れるため足を噛み切る動物がいることを知ってるかい? それは動物らしいごまかし方だよ、人間ならば、そのまま罠の中にとどまり、苦痛に耐え、罠にかけた者を殺すことで死を避け、仲間への脅威をなくそうとするだろう」「(テストは)あんたが人間かどうかを決めるためさ」。
別に「人々(ピープル)をふるいにかけて人間(ヒューマン)を見つける」とも。 つまり人間と動物との違いというより、人間である人間とは何かを認識しようとしてるような。

 後には、例えば「心とビンドゥー神経組織……肉体のプラーナの筋肉組織……肉体にある全てをコントロールすることを学ばなければ」などとも。
サンスクリットの「ビンドゥ(点)」と「プラーナ(呼吸)」であろうか。物理的世界への繋がりを考えるのは、哲学領域のようでもある。

 元々人間関係の中に連続性という意図が必要だと見た人々もいて、人間の血統を動物の血統と分離することなくして、そういった連続性はありえないと考えた、繁殖の目的のために。というような説明もある。
遺伝に関しては、遺伝子はしっかり生物に付属しているものと描かれているように思う。「死というものに直面した全ての生き物が共通して持つ、子供を通じて不死を求めるという種の繁殖本能」という表現も見られる。
精神領域、心のコントロールがあらゆるものと連続的につながっている世界観からして、そのような、逆に物理的システムと強く関連しているような本能というようなものは、より興味深いか。

 しかし、水を物理状態としてでなく、単体化学物質として奪い合う環境は、アラキスに多く存在するという吸血鳥とかのそれと、本質的にはあまり変わらないようにも思える。人間の精神世界がもたらしているのは、根本からの支配というよりも、表面上での支配という感じも強いかもしれない。

古い地球からの宗教の引き継ぎ

 また、宗教に関しては、巻末の解説においても重要視されているが、そこには創世記に関する再解釈。転覆させられ体臭の中で転覆させられた機械の論理という神に変わるように「人間に代わるものは存在しない」という観念が現れた(というより強まった?)こと。そして宇宙における神の本質(ディバインエッセンス)、唯一の天啓を求め、それぞれ100万人以上の信者がいたあらゆる宗教の代表が話し合ったこととかが紹介されている。
基本的に宗教は、話し合いの場にも選ばれた中立地帯を有している星、地球(オールドアース)からのもので、解釈を変えながらも、今現在の有力宗教が、そのまま有力宗教であり続けた未来世界のようである。

 この小説の世界観はイスラム世界に最も近いともされているが、古くから伝わる有力宗教の中では、おそらく一番新しいものがそれ(イスラム教)である。

他、特殊能力。機械ガジェットのこと

予知能力の描写

 主人公のポウルは予知能力を得る訳だが、「心は冷たく、正確に動いていた」「悲しむことができないのを恐ろしいほどの欠点のように感じた」のような心の動きを思わせる描写もあって、「夢という安全弁さえもなく、彼は予知的意識の焦点を合わせ、最も考えられる未来という計算結果を見た……彼の心が時間というものを超えた地層に突っ込み、未来の気配を集めてきたような感じ」「もっとも遠い過去から遠い未来までに存在する可能性のスペクトラム」というような表現の時に情景が浮かびやすくなってると思う。

スティルスーツ。デュ・ギャザラー

 テクノロジーとして興味深いものとしては、荒廃した砂漠環境に適応するための、『スティルスーツ』と呼ばれる、着ているものの肉体の水分を再循環、再利用させるローブ。夜露よつゆから水分を収集していく、鎌に似ているという機械『デュ・ギャザラー(露を集めるもの)』などがあるか。

 スティルスーツの説明として「基本的にマイクロサンドイッチ、高性能のフィルターと熱交換システム。肌に触れる布地は汗を通す多孔性、体を冷やす仕組みとしては通常の蒸発プロセスに近いもの(つまり強制的に、あるいは強引に冷やすというよりも、体の機能発揮を促すようなもの)。布地に続く2つの層は、熱交換フィラメント(糸状構造)と塩分の沈殿剤を含んでいて、塩はそこで回収される。体の運動、特に呼吸、それに浸透圧がポンプの力を供給する。そして回収された水はキャッチポケットへとまわって、顎にあるクリップチューブでそれを吸うことになる」というようなのがある。

 デュ・ギャザラーは露を集める。露は大気中の水蒸気が冷えて、水滴として現れる現象だが、砂の惑星は大気まで乾ききっている訳ではない、とにかく水分が取れるあらゆるところから取ってるのだろう。
また、気象の調整技術はあるようだが、経済的な問題で行えないこともある。しかしあちこちの描写的には、やはり水は現に存在する単体物質というような印象があるか。