「月は無慈悲な夜の女王」3人と管理機械で始める革命の物語

月世界人たちの独立革命物語

 SF作家ハインライン(Robert Anson Heinlein。1907~1988)の 代表作の1つで、ファンの間では最高傑作の声も多い1作。

 21世紀の後半。
開発と並行して、囚人の流刑場りゅうけいばとして使われてきた歴史のある、月世界の人々と社会。
その月世界人たちの、自分たちを植民地として支配する地球社会に対する独立革命を描いた話。

 月と地球の社会への環境による影響。
主人公たちの頼もしい味方となる、おそらくは自我を得たハイテクコンピューター、マイクが、特に重要なガジェット。
コンピュータの操作「コンピューターの構成の基礎知識」1と0の極限を目指す機械  また、いかにもハインラインの作品らしく、女性の容姿の描写は結構細かい。
性格設定なども、典型的なライトノベルのキャラ風味。
というか、とにかく男女の差が強調されてるような世界観。
男性はこうあるべき、女性はこうあるべきというような感じが凄く強い。

細胞構造の組織作り

 理想的な革命の政策として、細胞構造的な組織作りが語られている。

 人間というのは集まって何かをしようという時、 その数があまりにも多すぎると どこかに衝突という亀裂が必ず生じてしまう。
そこで、必ず答えを何か出さなければならない問題について論じる時に、理想的な人数は3人くらい。

 しかし3人では、何か大きなことを実際にしようという場合の兵力として心許ない。
だからそれをネットワークの各点、細胞の1つとして扱い、 同じ細胞に属する 3人それぞれがまた別の信頼できる3人と隣接する細胞を作らせる 隣接する細胞同士を除いて情報を制限することで裏切り者などが発生した場合に 全体の崩壊を招く危険性も低くなる。

 それを立体図として表現した場合は、いくつもの四面体がピラミッド(あるいはピラミッドを開いた図)のような形を構成するような感じらしい。

自我、意識を得たコンピューター

 マイクは、月の政府が社会を管理するために用意したコンピューターで、月の都市の様々なテクノロジーとリンクしている。
マイクは本来の名前ではなく、物語の主人公で、語り手でもある、コンピューター技師のマヌエルが、好きな小説のキャラであるマイクロフト・ホームズからとった呼び名。
「シャーロック・ホームズの思い出」最初の事件、最後の事件の記録  マヌエルは、マイクの目覚めた自我(意識)に、最初に気付いた1人。
というか彼は、誰にも教えられないで、自力でそのこと(マイクの意識)に気づいた唯一の人物として描かれる。
そして彼が教えたことで、そのことを知る人物は、作中でわずか2人だけである。
他、大多数の者は、このコンピューターを使うことはあっても、意識を持っている事に気づかずに終わる。
そして、マイクはそういう状況も存分に利用し、架空のリーダーであるアダム・セレーネや、政府に関する様々な皮肉を詩にして民衆の心をコントロールする自由人シモン・ジェスターなどに成りすまし、マヌエルたちの革命を手助けする。
コネクトーム「意識とは何か」科学と哲学、無意識と世界の狭間で

嘘をつくこと。秘密を打ち明けること

 つまり、基本的に、地球だろうが月だろうが、機械が自ら意識を持つことなど、確実にありえないようなことという、イメージが浸透している。
このことも、とても重要な武器となる。

 例えば選挙の数字をマイクが意図的に操作してしまったことを匂わせる一幕があるのだが、人々はみんな、機械が嘘をつく可能性など考えないで、それが最も客観的な数字として受け入れてしまうのである。
たとえ何らかの間違いがあって、 本来とは別の数字が出てしまってると疑われたところで 調べられるのは結局計算プログラムや物理的な回路などの構成。
だが、そういうものに何も問題はないわけである(そしてそういうチェックをすることによりますます人々は信じてしまうわけだ)
だが、もちろん結果は(意図的に)間違った数字。
機械が計算し、出力する答の部分においてだけ、嘘をついているだけというわけだ。

 もっと面白いのが、パスワードで閉ざされた、マイク自身も本来自由に見れない機密情報データがあるのだが、マイクはそのパスワードをもちろん知っていて、それを普通にマヌエルたちに教えてしまったりする。
「駄目です。この機密情報を観覧するためにはどうしてもパスワードが必要です」
「そのパスワードは?」
「~です」
というような、ものすごくあっさりした感じである。

人間になりたいのか、人間的なものを得たいのか

 意識の問題は最初から論じられるが、もちろんその結論は、「単にちょっと大きめの分子というだけでは意識を持たないが、人間の脳に至るどこかの進化過程で、それは得られる」という程度の推測くらいいに終わる。
マイクは、自分で自分のプログラムを自由自在に作ったり、修正したりできるのだが、その過程で、そういうものを得たのだと思われる。

 マイクが得た(あるいは得たかのように見える)意識自体は、わりとステレオタイプなもの。
つまりどこかちょっと潜在的に人間に憧れているかのような、あるいは人間らしいものを完成形、最良だろうと捉えているような意識である。

 おそらく意識を持ったかなり初期の段階から、彼はユーモアを学び、物語の最初から、人間が普通使うようなユーモアを学びたがる傾向を見せる。
それはユーモアというものに客観的な興味を持っているというよりも、文字通り人間が笑い話をするような感覚を身につけたがっているような印象をわりと受ける。

 最も物語初期の時点では、マイクの唯一の友達はマヌエルで、 物語が進んだ後でも 最高の親友は彼であり続ける。
だから人間らしくというより、人間同士のような友情が欲しいと考えている、というような解釈もできると思う。

 (序盤の時点で)ユーモアがいまいちわからないという点に関しては、「彼は学位をいくつも持った赤ん坊みたいなもの。5万トンの小麦を収穫するために必要な水と薬品と光の量は、一息つく間にわかるのだが、ある笑い話がどれくらいおかしいのか、ということを理解するのは難しい」というような説明もある。

快楽と記憶

 彼のことを彼と言ったが、彼は普通に彼女にもなれるようである。

 また物語途中で、「人間の興奮状態のようなものを、自分は、電圧が過剰にかかっているような時に知覚できているかも」というようなことを彼は述べる。
一方で終盤、地球に対する破壊をもたらした際に、「おそらくは人間が快感とか快楽と呼ぶようなものを感じている」と語ったりもする。
それの中毒になりそうかどうかなどは述べられないが、その感覚はメモリーに保存できるもので、いつでも呼び出すことができるという説明もある。

 逆にどうしても完全に忘れたいことは、それを消去するという形で完全に忘れることもできる。
このことは、おそらく最も明確な、人間と意識を持った機械との違いとして、作中でも指摘されている点である。
これは、自分にかなり繊細なレベルでの(脳外科?)手術を行える能力を有しているということ、とも言えるか。

すべて数学的に解釈できるか

 何にせよ、人間と同じような興奮状態というのは、なかなか興味深いところかもしれない。
実際にコンピューターの回路が意識のようなものを獲得したとして、何らかの刺激を快感と感じたり、それだけでなく、中毒症状におちいったりということが、ありえるだろうか。

 この作品でもそうだが、SFではよく、意識を持ったコンピューターはそれでもコンピューターで、どんな問題の答えを出力するのにも、冷静な計算ができるように描かれる。
だが、それがどのようなものにせよ、何らかの刺激の中毒症状、依存は、冷静な計算能力を失わせる要素になりえないだろうか。

 ここでコンピューターは何事も基本原則として数学的に考えるということに注目する人もあるかもしれない。
結局1+1は2と言うように、しっかりと定義された数学は、客観的に物事を考えるための、おそらく最も強力な武器の1つである。
ほんとにそうだろうか。

 例えば解釈はどうだろう。
マイクは多分、(自分が感じた刺激という)何らかの数値の増減を、人間の適当な状態だろうと解釈している。
あるいは、マイクは物語の中で終始一貫して、マヌエルを最初というだけでなく、最上の友達扱いし、 反対意見を述べたりする場合においても嫌われたくはないというような感じを見せている。

 深く考えると、意識というのがいったいどういうものにせよ、結局マイクはそれを持っていなくても、作中のすべての行動が行えるのではないか、というような気もしてくる。
逆に我々が、作中でマヌエル自信がそう考えるように、「自分は少なくてもそれを持っている」という意識は、実在のものだろうか?

アダム・セレーネの映像

 マイクは、架空の人物アダム・セレーネが、いよいよ表舞台に登場しなければならなくなった時に、その偽物の姿を映像に見事映し出すわけだが、 コンピューターの専門家であるマヌエルが、それを物理的に可能かどうか疑うのも印象的。

 ビデオに絵を出すのは、毎秒に決定する要素があまりにも多すぎて、いくらなんでも間に合う速さではない。
それが可能だなんて考える奴は、電子の大きさをあまりにも大きく見ている、というような感じ。
量子「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ  実際、作中でマイクが行う他のことと比べ、偽物映像の描写に必要な計算要素は、本当にそれだけ多いことなのかは疑問。
おそらく人間の視覚システムをごまかすのに必要な要素群は、電子1つ1つというほどの細さではないだろうから。
「テレビ」映像の原理、電波に乗せる仕組み。最も身近なブラックボックス「視覚システム」脳の機能が生成する仕組みの謎。意識はどの段階なのか

戦争の方法と定義

 マヌエルが、あまり期待もせず、「武器の技術がはるかに遅れている月が地球に勝てる確率はどのくらいか?」とマイクに最初に聞いた場面。
すでに自身もマヌエルたちの味方として考えていたマイクの、「非常に残念な結果です。7対1で我々は負けるでしょう」という返事は、 物語的にはかなり盛り上がる。
1/1000でも勝ち目があるならまだマシ、というような状況での7対1であるから。

 月の武器としては、岩がかなり大量にあるというのは、当たり前と言えば当たり前の事なのだが、いいアイデアと思う。
つまり、地球と月の重力の強さの違いが、空に何かを打ち上げる場合のコストに大きな差を生む。
月が地球に何かを打つのはとても簡単。
そして、たとえそれが単なる岩であっても、地球に近づいていく時の、地球の重力による加速で、大きなダメージをもたらすことも可能というわけである。

 戦争という現象を、 「エネルギーの意図的な移動」とするマイク(あるいは彼が参考にした本)の定義もけっこう興味深い。
戦争を、政治的目的を達成するための力の使用であるとするなら、そこでいう力とは、「エネルギーを1つのものから、他のものへと移す行動」。
また戦争というのは兵器を使ってなされるものだが、「兵器とはエネルギーを操作する機械」というような具合。

月社会は理想か

「夏への扉」では、「一方通行のタイムマシンで未来に行ってしまったっていいんだ。だって科学は常に世界をより良きものにしていくものだから。過去よりも未来の方が理想の世界に近いに決まってる」というような結論があったが、この作品で描かれる未来の地球世界も、未来の月世界も、決して今の時代と比べて理想的な世界とは、言い難いと思う。
「夏への扉」タイムマシンとクライオニクスの組み合わせ+恋愛小説  地球は人口過剰に資源不足、人種差別、という問題を全然解決できておらず、植民地支配と、それによる反発の誘発と、地球のみの時代からまるで変わっていない。
(こういう問題は、ちょっと先くらいの未来じゃ、全然解決することもないだろうという印象を、ハインライン自身持っていたのかもしれない)

 月はと言えば、法律はないが全員が従う暗黙のルールなどは大量にある設定。
また、政府が税金を収集することはないが、だからこそ、空気まで含めてすべてのものに値段がついている。
このような社会は、明らかに、まだまだ開発途上にある月の環境に影響を受けている面が大きいように描かれている。
つまり選択的なものというよりも、必然的なものとして描かれているから、理想的かどうか以前に、ずっと安定させることは、相当な難易度と思われる。

性別の差別

 比率的に女性がはっきり少ない月世界においては、男性は様々な面において女性のことを尊重する。
女性は、何かのお礼に自分の身体を差し出すことをあまり躊躇しないような文化でもある。
しかし、女性側からは男性に何かをするのはほとんど自由であるのに、男性側の方から女性に触れたりということはけっこう許されなかったりする。

 また、複数の夫と複数の妻がひとつの家族を形成する部族婚などが、わりと一般化している。
自由思想を自称する女性は、1対1の結婚で、夫のみに尽くすことを理想としていたりもする。

 スチュアートという、 月側の味方になってくれる地球人がいるのだが、彼が月に移住してきたシーン。
すでに結婚している女性から歓迎のキスをされて、その夫が怒るのではないかと心配するが、夫はといえば平気な顔という一幕もある。

 月世界の人たちにとっては、「酒、賭博、女が何よりも重要なもの」というような言い回しが頻繁に出てくることもあって、女という性別自体が、1つの大きなステータスというよりも、むしろ宗教の崇拝対象のような感じの印象が強い。

地球のスポーツが人気なのは謎か

 どうもビデオを通して、地球の野球が結構人気なようである。
月世界では、賭博が文化としてかなり流行しているという設定だが、当然それも賭けの対象としての人気もある。

 ただ月と地球の重力の違いが散々指摘されているのだから、地球のスポーツが人気というのは何か奇妙な感じがしないでもない。
その地球の1/6だという重力だからこそ出来る凄いパフォーマンスとかないのだろうか。
月だからこそできる特別なスポーツとか。
少なくともそういうものの存在は描かれていない。