「アルケミスト」人生の中で見る夢。幻想の中で見る夢

夢を追うことの哲学をテーマとしたような小説

 かなり有名であろう。
この『アルケミスト 夢を旅した少年』は、ブラジルの作家パウロ・コエーリョ(Paulo Coelho)の、世界的ベストセラー小説である。
基本的には、時に幻想的な雰囲気の中で紡がれるローファンタジー的な物語であるのだが、そこには、著者の思想が根本になっていると思われる、知的存在、意識としての世界の捉え方、夢を追うということの哲学、普遍的に大切なものが描かれているように思われる。

 ただしこれは、あくまでもファンタジーであるということを、しっかり理解しておくのがいいと思う。
物語の主人公である少年は、「大いなる魂は、人々の幸せによって育まれる、不幸や嫉妬のような負の感情によっても育まれる、そして自分の運命を実現するということは人間の唯一の責任であり、すべてのものは一つ。何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるものだ」と、序盤にセイラムの王様を名乗る老人に伝えられる。
後に彼は、それこそ大いなる世界の捉え方であることを自覚し、そして、心にのしかかる不安を押さえつけて、望む通りの冒険をする。そして最後に、いよいよ望みのもの、かけがえのない宝物を得るわけである。
この辺りの流れは、著者の思想が強く関連してると思うので、どうにもしっくりこないという人も多いと思う。ただし、このような話をファンタジーという型に当てはめて描く手法は、ベタながら上手いと言えると思う。どっちみちファンタジーとしてこの物語を楽しむことができるわけだから。

 ファンタジーというジャンルは多様性を実現するだけでなく、受け入れやすくするためにも便利なものなのかもしれない。

オカルト的、超常現象、スピリチュアルな描写

 まずこの物語の中には、いくらか超常現象としか思えない場面もあるが、基本的には地球が舞台で、出てくる様々な概念も現実にあるものである。
主人公の最終目標も、エジプトのピラミッドの近くにあるはずの、自分が探すべき宝物である。
また、作中で語られる錬金術の話も、たいていは哲学思想的に語られている感じがある。
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 いくつかの超常現象が、幻想的なただのイメージというような感じなのか、実際の出来事として描かれているのかは、解釈が分かれる可能性もある。本当にそれが文字どおりに起こっているとして、どう考えても魔法的な力以外に説明がつかないと思われるのは、終盤、少年が風に変身するその時くらいであろう。
少年が風と言葉を交わし、太陽と言葉を交わし、そして、神が作りたもうた存在の中で最も物知りなはずの両者がともに知らなかった、人を風と変える方法を実現しているような、あるいはしていているように見えただけのような、そんな感じの描写。

 仮に、その時に都合よく、凄まじい強風が起きただけの偶然と考えることはできる。 長そうなると今度はそれを本当にただの偶然と考えるのかあるいは少年が身に臨んだからこそ宇宙が彼に味方したのか、という疑問がまた出てくる。
もっとも、簡単に言うなら、この物語の舞台が、そもそもご都合主義のファンタジー世界だから、ということでおしまいでもいい。

 ただ夢の前兆など、スピリチュアルな描写も結構途中であるから、やっぱりこれはファンタジーなのだろう。
しかしそれならそれで、どこまでがファンタジー設定なのかは気になるところか。
例えば錬金術がそうだ。作中では、錬金術を真剣に学ぶ修行者がまず出てくる。これは錬金術の最善の叡智であるという2行の詩を書いた エメラルドタブレットの存在を信じていて、自分が読めるだけの錬金術の書物を読み漁って勉強している、という設定。
錬金術に関しては、作中はっきりと、他の金属を金に変えたり、不老不死を実現したりする技術という説明もある。
さらに終盤に登場する、本物の錬金術らしい男。彼は、主人公の少年の師匠にもなるのだが、どうも、賢者の石を持ってるらしい。だが作中の話などからすると、不老不死というわけでもない感じである。また、「私は自分のことを風に変える方法をすでに知っている」と、少年に告げるシーンもある。

恋心と、真実の愛に関して

 本能的な恋心と、真実の愛とは別に考えられてるような感じがする。
序盤、羊飼いの少年であった主人公は、とある少女に明らかな恋心を抱いている。しかし結局、彼女に想いを告げることはなく彼は旅立つ。そして結果的に、旅の途中で、一目見ただけで真の運命の相手だとわかる相手と巡り会う。その後は、かつて恋していたと思われる少女の描写は一切ない。
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 かなり明らかなことは、この作者は身近な異性を好きになるという現象の側面を、本能的なものとして、少なくとも運命の相手でなくとも、自分はこの人と結婚したいと思うことが普通にあるような、そういうシステム的に描いている。そしてまた、めぐりあう前から愛していることを知っていたというくらいの運命の相手も、存在しているだろうとしている。
少年は運命の相手じゃない少女に恋をすることができた。つまり、真実の愛と、ある程度くらいの恋心は全く別の類のものかのように描かれてる感じである。

 また、全体的には、男性と女性の、世界的な役割をはっきり明確に区別しているようにも思う。
夢を求めて旅をするのは男性であり、女性はそれを待つことが、大事な希望となる、というようなイメージが強めか。

単純な物語としての魅力

 普通に物語としては、最終的に得られる宝物とはいったい何なのかという謎が気になる構成にはなっている。
少年は旅先の慣れない土地で、度々不幸な目にもあうが、しかしそれをただ、純粋に真面目でいることで乗り切ったり、そういうところはおとぎ話的な楽しさがあると思う。

 また、終盤には、たった3日で、自分を風に変えてしまうという錬金術を見せることができなければ、命を失ってしまうという状況にもなり、そこなどはサスペンス的な雰囲気もある。

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