人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」

天使の恋愛

どんな風に恋をするのか?

恋心が芽生える8つの心理的要因

 要因1。相手の特性。
優しかったり、前向きだったり、オタクだったり、そういう相手の人間性などが、自分の理想と近ければ、恋が芽生える。

 要因2。相手の行動。
「かっこいい」とか「かわいい」とか、自分を高く評価してくれた相手に恋をする。
美人のファッション可愛い子はずるいのか?「我々はなぜ美しいものが好きか」  要因3。自己の特性。
自分が自分をどう評価しているか、自尊心は、恋愛の基準などに影響を与え、その芽生えを制御したりする。

 要因4。自己の心理状態。
気分の浮き沈みなども、恋心に影響を与える。
悩む人「臨床心理学」カウンセリングのテクニックの裏側  要因5。共感。
趣味や好みが合致する相手に恋する。

 要因6。相互作用。
お互いに何かをしあったり、共同作業などで協力しあう事で恋が芽生える。

 要因7。社会的要因。
「ある年代になると誰しもが恋をするもの」とか、そういう文化的な思い込みが、恋を芽生えさせる。

 要因8。環境的要因。
場所や雰囲気、出会い方なんかが恋を芽生えさせる。

 ただ正直、これらの要因によって生まれた恋が本当の愛なのかは、個人的には怪しく思う。

なぜ誉められると好意を抱くのか?

 要因2は恋愛テクニックとして基本のようによく紹介される。
しかも実際に効果を実感する人が(口説く側にも、口説かれる側にも)多い。
 この効果には、要因3が関係している。

 人には『自己是認欲求(Self approval desire)』というのがあるとされる。
つまり「自尊心を強く持ちたい」という気持ちだ。
 しかし面白い事に、多くの人は自分より、他人の言葉の方が信頼できるらしい。
自己是認欲求を高めるには、自画自賛より、他人の誉め言葉の方が必要なのである。
 
 誰かに誉められると、自己是認欲求が高まり、「自分の事をわかってくれてるんだ」と思い、誉めてくれた相手に好意を抱く訳だ。

 これは不思議な事に、自己是認欲求は、お世辞や嘘だとわかっている誉め言葉でもたいてい高まるようである。
 心理と意思は切り離して考えるべきなのかもしれない。

 もちろん、そもそも好きになってくれるという事は、高く評価されている訳だから、自己是認欲求はそれだけでかなり満たされる。
そんなに気にしてなかったのに、告白してくれた相手を好きになったりする事があるのはこの為である。
 好きになってくれた相手を好きになりやすい性質を『好意の互恵性(Reciprocity of favor)』という。 

 また、自己是認欲求は、満たせば、ずっとそのままではない。
付き合うまでは誉めまくられて、相手の事を好きになったとしても、いざ付き合いだすと、相手から不満を口にされたりもして、気持ちが覚めていくという事もある。
 ある実験によると、人は7つの誉め言葉と1つの批判を言う人より、8つの誉め言葉を言う人に好意を抱くという。

 自己是認欲求を満たしてくれるありがたい存在への感謝を、恋だと勘違いしていただけではないだろうか?

共感は安心感に繋がる

 同じような趣味趣向を持ってたりする人と恋をしやすいのは、同じような人に恋するのでなく、同じような人だから安心感を持つからとされる。
 共通性は警戒心を緩める訳である。

 より大事なのは類似数でなく、類似度の高さらしい事も実験で確かめられている。
 あなたが映画と音楽とゲームが好きだとする。
ラブソングでない曲ラブソング、恋愛以外のおすすめ名曲、歌詞がいい邦楽アーティスト16選 あなたは映画も音楽もゲームも好きな人よりも、映画しか好きでないが、好きな作品もシーンも監督も役者も同じだという人の方が好感度は高くなるのではないだろうか。

覚えてもらうのが肝心

 出会い方などが劇的(極端な話が、悪漢から助けたとか)だと、恋が芽生えやすいとされている。
 しかし実は、それほど劇的でなくとも、相手に自分を認知してもらえれば、それだけで恋が芽生えやすくなるという話もある。

 例えば学校や職場などで、同じクラブや班などに所属したり、あるいは登校や出勤の時間を合わせ、毎日挨拶をするだけでも、人は好意を持ちやすくなるとされる。
この性質は『単純接触の原理(Principle of simple contact)』と呼ばれている。

 別に長期間でなくてもよい。
接触する事は好意を高めるが、逆に接触が途切れると好意は薄まっていく事がわかっている。
遠距離恋愛が破局に繋がりやすい理由である。

自己評価は恋愛にどんな影響があるか

 自己評価が高い、つまり自分に自信がある人は、異性に積極的アプローチする傾向にある。
 ただし実際に恋愛するという点においては、自己評価が高い人は、相手に求める要求も高まる傾向もあり、なかなか上手くいかなかったりする。
理想の相手になかなか巡り会えない訳である。

 一方で自己評価が低い人は、異性へのアプローチが消極的な事が多い。
 しかし、自己評価の低さは、周囲の人達の魅力を相対的に高める傾向にあるので、アプローチされると受け入れやすい。
 これはつまり、自己評価の低い時、何か失敗とかして落ち込んでいる時は恋に落ちやすいという事でもある。

個人情報をべらべらと

 人は、好きな相手には、自分の個人情報を話したくなる心理を持つ。
逆に(特に他の人にはあまり話してない)個人情報を開示された相手に好意を持ちやすいという。

 ただしこの個人情報開示の度合いには性差がある事がわかっている。
要は女性の方が、男性よりも自分の個人情報を話したがる傾向が強いようなのである。

 そこでよくあるのが、女性が(ごく軽い気持ちで)いろいろと個人的な事を話してくれて、好意を抱かれてるのかもと男性が勘違いするパターンだ。
 相手がどの程度おしゃべりかを、しっかりと見極めなければ、悲劇に繋がりかねない訳である。

 面白いのが、この自己開示の度合いの性別による違いが、恋人になりたての時期には逆転するらしい事だろう。
 付き合いたての頃は、女性より男性の方が、より親密になろうと個人情報をよく開示する傾向にあるのだ。
つまりこの頃ばかりは男性がおしゃべりになる訳だが、ここで女性が、相手の事を「よく喋る人」と思ってしまう事がある。
するとある程度して、あまり喋らなくなった男性を「変わってしまった」などと感じてしまい、それがまた悲劇に繋がりかねないという。

SVR理論

 恋愛には3つのステージ(段階)があるとする科学理論である。
この理論は、実際の恋愛において、容姿などがどの程度役立つかを考えるヒントとなる。

第1ステージ。刺激段階(Stimulus)

 出会ってから、恋人でない関係の時期である。
 恋愛初期の時期とされ、主に外面が好感度の基準となる。
外面とは、例えば顔や背丈などの容姿、服装などのセンス、表情や気づかいなどの行動、仕事などの社会的地位などである。

 とりあえずこの段階では容姿の良し悪しがかなり影響するのは間違いない。
 他がダメでも容姿さえ完璧なら、問題ない場合もある。
 逆に容姿がダメでも、他が完璧なら好感を持たれやすい。
 ただ、容姿がダメな人は、容姿も他も完璧な人に勝つ事が非常に難しい。

 第1ステージにて、恋愛関係が築かれると、第2ステージに移行となる。

第2ステージ。価値段階(Value)

 恋愛関係に、発展してからの時期。
 この段階からは趣味趣向や価値観の類似性が重要となる。
相性やフィーリングが一致すれば好感度は高まるが、もちろん一致しなければ好感度は下がる。

 簡単に言ってしまえば、楽しい時間を過ごせるかどうかが鍵である。
互いに気兼ねなく楽しい時間を過ごしていれば、好感度は高まり、生涯のパートナーとして相手を意識し始める。
すると第3ステージに移行するのである。

第3ステージ。役割段階(Role)

 結婚や共同生活を始めた時期。
 この段階からは、もう基本的には(というか理想的には)別の相手の事を想定する事はなくなり、(比べる相手がいなくなるので)容姿などはかなり関係なくなる。

 この段階ではもう恋愛するふたりは共同体のようなもので、重要なのは、互いの役割関係のバランスである。
互いに助け合い、欠点を補い合う事が、関係性の維持に繋がるのだ。

愛着行動3タイプ

 
 心理学における『愛着行動(attachment behavior)』とは、もともと乳児の母親への接し方を表す用語なのだが、ある時、社会心理学者が、恋愛にもそれが当てはまるとした。
 恋愛における愛着行動とは、恋愛相手への態度や行動の傾向であり、3タイプに分けられるという。

 まず、人に頼る事も、頼られる事も得意な『安定愛着型(Stable attachment type)』。
いわゆる距離が近いタイプだが、悪く言うなら馴れ馴れしいタイプである。

 それに、人と親しくなる事に慎重な『回避愛着型(Avoid attachment type)』。
プライバシーを尊重するタイプであり、「親しき仲にも礼儀あり(Good manners even between good friends)」と考えるタイプ。
仲良くなっても一定の距離をおきたがる傾向が強く、冷たいと思われやすい。

 最後が、ネガティブ、心配性な『不安愛着型(Anxious attachment type)』。
相手の気持ちを考えすぎてしまうタイプ。
しかし恋人なら、とにかく最大限に仲良くしたいという願望が強い傾向にあり、重たいと思われやすい。

 同じ愛着型を持つ人同士でないと、恋愛は上手くいきづらいとされている。
逆に言えば、愛着型は、相性の強い基準になる。

 ちなみに、意外かもしれないが、世の中の人は半分以上が安定愛着型だとされていて、他ふたつの型は少数派とされる。

恋愛のテクニック

フット・イン・ドア

 短い時間を設定すれば話を聞いてもらいやすい。
例えば単に「相談にのってほしい」と言うと、長くなりそうだなと敬遠されやすい。
しかし「1分くらいでいいから、ちょっと聞いてほしい事あるんだけど」などと言えば、まあそのくらいならと、しっかり聞いてくれる事が多い。
 しかも実際の話が1分以上、30分や、1時間に及ぼうとも、「じゃ、1分たったからもう行くね」などと消える人はあまりいない。
もちろん話がある程度盛り上がらなければ、恋愛的には逆効果だろうが、そもそもこの場合は、まず話を聞いてもらうという事が肝心なのである。

 このような短そうな話だと思わせ、長話に持っていく心理テクニックを『フット・イン・ドア』という。

シャット・ドア・イン・フェイス

 いきなり大げさ要求を突きつけられたらつい拒否してしまう人は多い。
例えば初対面の人に、「お近づきの印にどうぞ」と豪華な花束を出されても、困惑し、「困ります」と拒否してしまう人は多いだろう。
 しかしそこで、しょげた様子を見せれば、相手は罪悪感を覚える。
そして少し後に、「せめてこれだけでも」と、花束から一輪だけ差し出せば、今度はつい受け取ってしまわないだろうか。

 お願いは短期間に連続では拒否しづらい。
特に大きな要求後の小さな要求は、拒否しづらい。
相手は譲歩してくれたから自分もしなければ、という心理が働くのだ。
 休日デートを拒否された後なら、昼食の誘いはOKされやすい訳である。

 このように、あえて一度拒否される事で、相手を上手く誘うテクニックを『シャット・ドア・イン・フェイス』という。

認知的不協和理論

 恋した相手を振り向かせる効果的なアプローチとして、ちょっとした手助けやプレゼントはよく言われる。

 しかし実は、相手に好意を持たれるという目的を達成するには、逆に手助けしてもらったりするのが効果的だとも考えられている。

 例えば、少し多い仕事量を片付けるのに、軽くお願いし手伝ってもらう。
すると相手は「自分はなんでこの人を助けたのだろう。助けたという事は少なくとも嫌いではないのだろう」という心理が働き、前よりも話しやすくなったりするのである。

 『認知的不協和理論(Cognitive dissonance theory)』というのがある。
これは、人は基本的に自身の心理を矛盾のないような状態にしようと努めたがる、という理論である。
 つまり手助けやプレゼントは好きな相手にするもの。
という多くの人が持つ考えと、矛盾しないように、多くの人は手助けやプレゼントした相手を好きだと思い込む訳だ。

お化け屋敷

 よくお化け屋敷や、肝試しを一緒に体験する事が、恋愛に繋がると言われる。
 お化け屋敷や肝試しというより、要はとにかく恐ろしいもの、恐怖を感じる事が、恋愛のきっかけになりやすいのだ。

 人には『親和欲求』というのがある。
これは、誰かと一緒にいたい、すぐ近くにいたいという気持ちだ。
で、この親和欲求は、恐怖心によって高められるようなのである。
 恐ろしい恐怖が親和欲求を高め、近場で恐怖を一緒に体験している人達の距離を近くし、それが恋愛に繋がる訳だ。

 つまりこれは、全く怖くないお化け屋敷は、愛を深める舞台にはならないという事でもある。

なぜ「吊り橋」効果なのか?

 あまりにも有名だが、生理的興奮状態にある時に、異性と共にいると、その興奮を恋のせいだと勘違いするという効果である。

 なぜ吊り橋なのかというと、この効果を実際に確かめた実験に吊り橋が使われたからである。
 吊り橋と固定橋それぞれを舞台に、女子学生が適当に呼び止めた男性に軽く実験(絵からストーリーを作ってもらった)をする。
それから、「この実験の詳細に興味があれば、いつでも説明しますので、こちらに電話お願いします」と、電話番号を書いた紙を渡す。
すると吊り橋で声をかけた男性の方が、後で電話かけてくる割合が高かったのだ。

 吊り橋はそんなに興奮を引き起こすものなのだろうか?
それとも恋とは案外些細な興奮なのだろうか?

恋愛は素敵か?

次元違いの相手

 恋をする事に疑問を持つ人は多い。
なぜなら人には意志があるからだ。
近頃の世の中じゃ、
「結婚しろ」
「家庭を持て」
なんてプレッシャーも少ない。
 
 むしろゲームやアニメ、映画など娯楽が溢れ、リアルな異性との付き合いなんかに金をかけるのがバカらしい、と考える人も増えてきてる。

 おそらくは中途半端な裕福層が増えたのだろう。
楽しいことをたくさん知ってるし、政府とかに都合よくコントロールされるほどにバカでもない。
けど、あらゆることに使えるほどの金は持ってない。
そういう人達が増えた。

 そういう人たちもたいてい恋をする。
相手は自分と同じ次元の相手ですらない場合も多い。
 歌ったり踊ったりするアイドルはもちろん、モニター上のイラストや、録音された音声が相手な場合すらある。
 全く想像上の人に恋する人すらいる。

個人的には

 恋とか、恋愛とかいうのがよいモノだとはどうしても思えない。
 恋愛は価値観を変える。

 誰かに恋したとする。
その相手を宇宙一大切に思う。
けど、それは恋してる間だけ。
恋してる間は、家族よりも友達よりも大事なのに、恋が覚めてしまったら、そうではなくなってしまうだろう。

 もしかしたら、別れたかつての恋人より、今の恋人が大事。
でも別れる前は、今恋人になってる人よりも、かつての恋人が大事だったろう。

 こういう事に、正直、恐ろしさを感じる。
何か作為的な、陰謀めいた印象を受ける。
みんな、今の一瞬だけ生きていて、今の一瞬にしか関心がないのだろうか。
きっとそうではないはず。

 というわけで、恋愛は何か恐ろしい。
にも関わらず、そんなふうに考えてる張本人である僕ですら、恋愛に対する興味は尽きない。
フィクションの恋愛を素敵に思い感動したりする。

 現実の恋愛にあまり感動はしない。
真実の愛というものは、現実にあるとしても、非常に珍しいと思ってる。
 
 これだけは言える。
恋をして好きになるのと、自分の意思で何かを好きになるのとは違う。

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