奇術師が書いたミステリー小説
奇術師(マジシャン)でもあるミステリー作家が書いた、奇術(マジック)をテーマとしたミステリー小説。
メインの登場人物はみんなアマチュアマジシャンで、普通に奇術小説としても楽しめると思われるが、個人的には、やはりこれは普通にミステリーと思う。
とりあえず構成がなかなか興味深く、その上よくできている。
まず探偵役にあたる鹿川舜平だが、彼はマジキクラブというクラブの創設者であり、作中作である「11枚のトランプ」の著者という設定。
そして、実際の本のタイトルがまさにそうなっていることから予想はつくだろうが、この「11枚のトランプ」が物語の重要なファクターとなっている。
11枚のトランプは、鹿川がマジキクラブの仲間たちそれぞれの、(ちょっとした欠陥があったりして実演は難しい)お蔵入りマジックの実演体験を書いた記録にもなっていて、ノンフィクションであるということも、結果的には重要となる。
そしてこの本は三部構成的で、事件発生→作中作(11枚のトランプ)→推理&解答編、というふうになっている。
当然ではあろうが、作中作の11枚のトランプは、そこだけでも、何の違和感も無く読める。
それは単体では、トランプマジックを題材とした11話のショートショートという感じである。
むしろ先にそちらを読んでおいたほうが、序盤から推理要素を楽しめるかもしれない。
というより、登場人物の目線に(メインの登場人物はみんなその本をもう読んでいるという設定だから)近づけるだろうので、物語に入り込みやすいかもしれない。
11枚のトランプには序文までしっかりあって、そこで、本の中に登場するトランプやトランプに関する記述用語の、初心者用の説明がいくらかあるのだが、見事なことに、次の推理&解答編にもそれらの用語が出てくるので、実質的にそちらの予備知識説明にもなっている。
また、真相を話すシーンでは、最初に鹿川が、推理した犯人のある性質を明らかにする。
そしてその後は、11枚のトランプの話ひとつひとつから、登場人物(つまりはマジキクラブのメンバー)がその性質を持たないことを示す根拠を、鹿川はあげていき、犯人を浮き彫りにするわけであるが、そういうことだとはわかりやすい。
なので、そういうことだとわかった時点で、読者が望むのならだが、11枚のトランプの話に戻り、自分で犯人を探すことも可能という、かなり巧みな構成。
マジックに関して、実際でもこうなのかなと思わせるような描写が多い
話は、ちょっとしたマジックショーのシーンから始まる。
このマジックショーだが、演者たちのほとんどが初舞台という設定で、また作者自身も奇術師であるからか、緊張感や失敗などが、妙にリアルぽい。
「消してしまおう、隠してしまおうという気持ちがあってはいけない。消した隠したではなく、消えてしまったという演出でないと見ていて面白くない」
「一番手の役は重い。最初の奇術で客の心を掴むことができれば、すでにそれでショーの半分は成功したと言える」
こういう話は、実際そうなのかなと。
また、「多くの奇術を覚える必要はない。アマチュアなら、本当に自分が愛情を感じた奇術が5つもあれば十分だ」という鹿川のセリフは印象的。
物質トリックも意外とある
ちゃんとした奇術というと、いろいろ素早い動きとか、心理的な動作とか、そういうテクニックを組み合わせて実現しているというイメージもある。
しかし実際には、細工されたインチキトランプみたいなものが舞台で使用されることも、なくはないようである。
化学トリックと言えるような奇術も出てくる。
水の色が、密かに加えられた化学物質によって変わったりするというものとかである。
「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
カードマジックの考察描写がよい
カードの束から適当に1枚選ばせて、それが何のカードかを当てるという奇術は古くからあるが、作中の鹿川は、このカード当てに関してよく考察している。
例えばカード当てには3種あるのだという。
(1)観客に覚えさせたカードを、あらかじめ演者が知っているパターン。
これには、カードを選ばせた後に、その選んだカードを確認されるより早く、予定のカードとすり替えるという方法も含まれるという。
(2)選んでもらったカードを何らかの方法で後から知るパターン。
裏側から表がわかるようになっているインチキトランプを使う場合は、たいていこれになるはず。
(3)演者が最後まで選ばれたカードを知らないパターン。
例えば、客が選んだカードが1枚だけ表になったりとするというような奇術は、必ずしも選ばれたカードの柄や数字を演者が把握しておく必要はないのだという。
特にショートショート形式の第二部(11枚のトランプ)はそうだが、上記のようなトリックの考察などが連続し、なかなか楽しい。
超能力と奇術
これも鹿川の論だが、「一見は不可能な現象に関する興味を突き詰めていくと、一度はメンタルマジックに熱中するようになる」らしい。
これは作者の意見でもあるんじゃないかと思う。
また、奇術師にはだいたい二つのタイプがある。
理論やトリックが好きで、そのからくりを研究するのに熱中するタイプ。
実際に不思議な現象などを客に見せて、楽しませることが好きなエンターテイナータイプ。
というような説明もあるが、これはまあ意見とかというより、普通にそうであろう。
ある種の真理と言える。
奇術師にはそういうわけで、超能力のような現象に興味を持つ人も多いとされるが、この話にも、超能力現象に関する説明などがあり、それは作者の興味の対象でもあるんじゃないかなと思う。
特に、超能力現象を再現する奇術の描写は、奇術師としての著者の、超能力の考察的な感じもあり、わりと興味深かったりする。
11枚のトランプ
とにかく謎解きの時に、この11の話が上手く利用されるのであるが、これ単体で見ても、なかなかよく出来てはいる。
ただ、単なるサクラとか、ある意味超能力とか、想像よりも結構しょぼいかもしれない。
やっぱりマジックなんて、種がわかってしまえばそんなものなんだろうか。
第1話「新会員のために」
客と手を組んでいるのでないかと疑われるほどに、全くカードを確認するタイミングのないカード当て。
第2話「青いダイヤ」
現象が結構面白い。
真っ白なカードを写真に撮って、現像された写真には柄が浮かび上がっているというもの。
第3話「予言する電報」
多分1番くらいに簡単に推理できるトリックだろうけど、個人的には演者の表現や、オチになんかユーモアがあって、話としては1番好き
「いや、悲しいくらいに~」というセリフには、やっぱそうなのかと思うと同時に、つい笑った。
第4話「九官鳥の透視術」
カード当てする鳥さん。
現象も面白いし、個人的には一番よく出来たトリックと思った。
第5話「赤い電話機」
カード当てする受話器の向こうの魔法使いさん。
第6話「砂と磁石」
花札はトランプより分厚くて、内部に種を仕込みやすいらしい、という話。
キャラが「抜群のトリックだ」と評価しているから、作者としては結構自信作なのかもしれない。
第7話「バラのタンゴ」
これも現象が面白い。
録音された予言。
第8話「見えないサイン」
これは確かに何かサインが書かれているカードなのだが、それはいったいどこにあるのか、という、まさしく見えないサインな話。
第9話「パイン氏の奇跡」
素人の超奇術。
第10話「レコードの中の預言者」
おそらく一番トリックがわかりにくい。
第11話「闇の中のカード」
真っ暗闇の中でのカード当てという、なかなか斬新な発想。