「封神演義」神仙たちの殷周革命。いくつかの翻訳、バージョンの比較

仙人界

封神演義の基礎的な知識

 中国の古典小説。
長く栄えた殷王朝の時代(紀元前17世紀頃から紀元前1046年)と、後の周王朝の時代(紀元前1046年頃から紀元前256年)の変わり目の時期を舞台に、定められた天数(運命)に従い、殷と周、それぞれに味方する仙人、道士達の戦いを描いている。
殷の玉座「殷王朝」甲骨文字を用いた民族たち。保存された歴史の始まり西の城「周王朝」青銅器。漢字の広まり。春秋時代、戦国時代、後の記録  封神演義という作品のジャンルはファンタジーのようだが、SFだと捉える人もいる。登場する仙人の武器である『宝貝 (パオペエ)』の使用描写が、SF的な兵器の描写として解釈出来るものが多いから。

天数に関して

 わりと重要なガジェットである『天数』の設定は賛否ある。
これはつまり、定められた個人の運命なのだが、この定めは変えられない。
主人公である太公望たいこうぼうこと姜子牙きょうしがも、この天数に逆らえず、作中何度か死んでしまう。(もちろんその度に復活する)
太公望の釣り「太公望」実在したか?どんな人だったか?釣りと封神演義と  他にも、弟子の道士が死ぬ運命にあると知り、その師匠の仙人が死ぬ前から悲しんだりと、正直ちょっと茶番感がなくもない。

 だいたい設定からしてちょっとおかしい。
物語の序盤、高い地位にある仙女の女媧が、殷の紂王の愚行(女媧像に卑猥な詩を書いた)に怒り、殺してやろうとするも、紂王にはまだ天数的に在位が残されているので、思いとどまるという場面がある。だけなら何もおかしくはないのだが、この後、女媧は(天数によりわかりきっているはずなのに)紂王の元に、女妖怪の三姉妹を送り、殷王朝を滅ぼさせてやろうとするのである。
というかこの女はいったい何がしたかったのか?
そこは伏せるが、物語後半の彼女の行動は必見である。とあるキャラの「ご協力に感謝します」みたいなセリフに笑ってしまうかも。

 ただ天数を変えようとしているような行動を取るキャラ(主に敵キャラ)も多く、変えれる可能性もあるのかもしれない。ただ作中の全ての話は天数通りであるかのように描かれている。
という事で、やはり茶番感はある。

安能務訳版について

 安能務あのうつとむという人の訳したバージョンが日本ではよく知られている。
そもそも初めて読んだ封神演義はこの人の訳。という人も多いだろう。しかし、そういう人は本家の申公豹しんこうひょうには笑うしかないだろう。

 安能版は本来の封神演義からすると、かなり改変があるから否定的な人も多いが、個人的には大部分においてかなりアリと思う(訳版でなく、最初からリライト版とすればよかったのに、とは思う)。
もっともこのような改変については、たいていの人が気に入らない部分と、気に入る部分があるものだろう。
いくつか以下に挙げておくが、安能版しか読んだことがないか、逆にこちらを読んでないか、あるいはこれから封神演義を読むにあたって、このバージョンを先に読むべきかどうか悩んでいたりする人には参考になるとか思う。

個人的に好きな改変

「SF的解釈」
蓮の化身である哪吒をサイボーグ扱いしてたり、黄巾力士をロボットとしてたりしてたのはよかった。また、万物を操作できる最強レベルの宝貝である太極図を、原子を操るというように表現していたのもいい。
個人的には、莫邪宝剣はレーザービーム、霊獣は遺伝子操作された改造生物にするとかして、もっとはっちゃけてほしかったくらい。

「天数の設定」
天数が、高位の仙人たちが、自分たちに不利益となる者たちを粛正するための陰謀みたいに設定されている。
正直な所、この設定自体はわりと好き。主人公の子牙も、運命に振り回されてる感が本家よりもかなりある。

「かっこよすぎる申公豹」。
この男、本来は、自分より兄弟子の姜子牙を惑わしたために罰された事を逆恨みして、いろいろ暗躍するというしょぼい小悪党である。
しかし安能版では、こちらが姜子牙の兄弟子であり、仙界にスカウトされる以前はかなり高貴な身分だったという設定が加えられ、仙界の陰謀(天数)にひとり立ち向かう影のヒーロー的存在として描かれている。
ちなみに、彼が使用する(封神演義を参考とした多くの他創作にも輸入されている)有名な最強宝貝『雷公鞭』は安納版のオリジナル。

気に入らない改変

「女キャラ、というか女媧と竜吉公主りゅうきつこうしゅの性格改変」
2人とも安能版では美青年な容姿の楊戩ようぜんに気があり、女媧は嫉妬に狂ったり、竜吉公主には彼を誘う描写がある。しかし本来の封神演義にそんな描写は見られない。そもそも2人とも、そんなイメージのキャラでもなく、この改変はむしろ気持ち悪い。

「殺人欲求」
誰しもが殺人欲求を持ち、仙人にすら数千年に一度抑えられなくなるという設定が追加されている。天数の陰謀はこの殺人欲求を解消するためでもある。
この設定は個人的には微妙。むしろ通常の、天数により殺人をしなければならないが、せめて祈ったりする描写とかが好き。

漫画版に関して

 むしろ日本では封神演義と言えば、2度もアニメ化されている漫画版が有名であろう。ただし、この漫画版は、主に安能版を原作としているので、もう元々の作品とは大まかな流れと、キャラや宝貝の名前と、いくつかの設定以外完全に別物になっている。

 特筆すべき特徴として、漫画版は、女媧や(なぜか姜子牙とは一切よばれない)太公望の正体が、全くオリジナル設定になっており、SF色がより強められている。
 
 漫画版でいい点は、やはり漫画らしく、登場人物たちが、基本的に若くかっこよく描かれているところであろう。
通常にも、安能版にも一切なかったギャグシーンが大量にあったりもするが、これは賛否あるかもしれない。申公豹が、文字通りピエロみたいなキャラクターになっていて、安能版の方がかなり魅力あったと思う。

 むしろなぜここまで変えたのかよくわからないのは、一部キャラの強さか。趙公明や聞仲や妲己など、一部のキャラがあまりにも強すぎる印象がある。
逆に張奎ちょうけいなどは弱くされすぎか(ただし原作より活躍度は上がっていると思う)

西遊記にもけっこう出てくるキャラたち

 もし同じく中国の有名な古典である『西遊記』を読もうと考えているなら、こちらを先に読んでおいた方がいいと思う。
どういう事かと言うと、笑える。
封神演義には、中国の伝説上の神仙たちが多く登場するが、彼らの多くが西遊記でも登場する。のはいいのだが、西遊記では、彼らは悟空とかいう最強キャラに、見事に無双されまくる。
封神演義では、かなりの強キャラだった方々が、1匹の猿にあっさりやられていく情けない姿は、封神演義を読んでる人ならギャグにしか見えないと思う。

ひたすらバトルの小説

 ある程度話が進み、姜子牙が周の軍師となってからは、もうひたすらにバトルの連続。そう考えると、確かにこの話は、少年漫画と相性よかったのかも。

 わりとワンパターン感はある。毎回強力な敵が現れるが、もっと強い新たな味方が現れたりして、やっつけて次みたいな。
また、厄介な宝貝も、相性のいい宝貝を用意したりして対抗する。そういうところはゲームと相性いいか。

 しかし、けっこうキャラは死ぬが、死ぬのはオリジナルキャラが多いので、中国の伝説などに詳しい人には、(つまり元ネタのある人はほぼ死なないので)誰が死なないかある程度わかってしまうかもしれない。