「虎よ、虎よ」精神能力としてのテレポートが変えるもの

テレポーテーションが変えた世界で、復讐の物語

 SF作家アルフレッド・ベスター(Alfred Bester。1913~1987)の、2作目の長編。
 物語的には、ある時、敵対勢力からの攻撃のため、宇宙船「ノーマッド」でただひとり生き残っていた主人公ガリヴァー・フォイルが、宇宙を漂流していたところ、通りかかった船「ヴォーガ」に見捨てられたことから復讐を決意する。といもの。見捨てられた理由や、フォイルを妙に重要視する者たち、 時々現れる彼とそっくりな謎の男など、いくつかの謎か絡むサスペンス的な側面もある。
しかしSF作品として注目すべきは、『ジョウント(Jaunte)』と呼ばれる、精神の力によって引き起こされると思われる、瞬間移動(テレポーテーション。精神感応移動能力)現象のガジェットと、それが一般的になったための社会の変化や、その限界とそれが可能であるという事実の考察などであろう。

 終盤のジョウント時には、表現的に実験的というか、 普通の小説ではあまり使われないような表現が見られる。
実際的には挿し絵みたいな感じに機能していると思う。

ジョウント効果について

精神の最前線開拓地

 物語の最初には、ジョウントという現象が確認され、一般的になっていた経緯が語られる。
その始まりは、木星の衛星カリストの研究所。そこはつまり「精神の最前線の開拓地(フロンティア)」というようにも。

 ジョウントは人の名前。カリストの研究所にいたチャールズ・フォート・ジョウントという学者。

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彼はある時に、事故で火につつまれたが、 救助される よりも早く、安全な場所に瞬間移動してしまった。それは移動距離としては20メートル程度だが、このような現象を確かな形で学者が確認したのは、それが初めて。

 もちろんすぐに調査が始まる。
『ジョウント効果(エフェクト)』と命名されたその現象の研究対象は、やはりまずジョウントその人。
つまり彼は遺書を書いた上で、同僚の研究家たちに協力してもらい、自らを、普通なら死ぬしかないような状況においた。つまり完全に密封された水晶の水槽に自らを入れて、そこに水を注入していった。

太陽系時代の超心理学

 ところで、この話は近未来、正確には24~25世紀くらいの話という設定で、太陽系の、人類が移住可能な惑星や衛星の開拓が始まっている。

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ジョウントは、あまり長すぎる距離と、それに宇宙空間での移動は普通できない(その範囲は「惑星や衛星の表面上に固定されている」というように表現される)。ということが、物語の中で何度か語られ、それが話の流れ的にも重要な要素の1つ。しかしそのような制約にもかかわらず、社会に与える影響は大きいとされる。
ただこの話は、21世紀からすると数百年後の話である。のだが、社会が大きく変わったのはジョウントのためであって、それまでは現代とそこまで常識や倫理観など、変わっていないような印象もある。
問題の例としては、資源に関するものや、プライベート的なもの、他に感染症関連など。普通には、今現在の社会で、急にテレポーテーションが可能になった場合に起こりそうなものが基本。

 ジョウントの初期実験に招かれたオブザーバー(意見を聞くため招かれた専門家)たちに関しては、ちょっと興味深いかもしれない。
つまり、さまざまな分野にわたる心理学者、超心理学者、神経学の専門家などが12人である。
そう、超心理学者がやはり目を引かないだろうか。
作中で、超心理学という学問に関する説明などは特にない。 素直に解釈するなら、これは現代で考えられるような意味と同じ、つまり超常現象の専門家ということになるだろう。
テレポーテーションという現象は、現在でも実例とされる記録が結構あるが、そのようなものは科学的に証明されているわけではなくて、超常現象と呼ばれるジャンルに区分されるのが普通だ。
テレポーテーション以外の超常現象などは何か残ってるのだろうか? また超心理学者が必要になる(少なくとも未知の現象に関して、普通の科学者に意見を求められるほどに存在感がある)ほど多くの超常現象(つまり科学的に扱うことが難しいレベルでの自然現象?)がまだ知られているのだろうか。

 例えば、まだ太陽系という狭い範囲とはいえ、宇宙を開拓するような時代に、未知の現象としてのUFO現象が残っているだろうか。
残っていておかしくはないが、身近な領域での謎の発光現象というのが、数を少なくしている可能性は高いのでなかろうか。もちろんそれまでにそうだと判明していないのなら、宇宙生物の乗り物たという可能性も低くなっているだろう。
UFO現象はわかりやすい例だが、太陽系を開拓できるほどのテクノロジーを有するようになった人類にとって、そこまで謎でなくなっている超常現象の例はそれだけじゃないと思う。

 ただ、ジョウント自体に関しては、 一貫して神経系(というか大脳(?))の生理学的反応で説明できるような、つまり精神の動きがこの世界でうまく機能することで発動する。
ようするに、それは魔法的とかでなく、知られていなかった物理法則的な感じで描かれている。

テクノロジーは精神構造にどんな影響を与えるか

 ジョウントの初期実験の話に戻るが、実験は成功する。
彼は見事に、密閉された状態のままで、水槽からテレポーテーションによって逃れることができたのである。さまざまなグラフやレントゲン写真、神経の型状やからだの化学変化を詳細にしらべ、確かにテレポーテーションは成功したと結論される。

 後には、死の危険にさらされずとも、ジョウントは可能ということもわかってくる。しかし最初の頃、この現象が発動するためには、命の危険にさらされる、ということが重要と考えられていた。
そこで、自殺志願者たちが被験者たちとなり、 普通に死んでしまった者たちも多くいたが、一部は見事にジョウントに成功。

 ジョウントは、精神の無限みたいな資源を認識し、開発可能な技的でもある。
いわばものを見ることに似ていて、ほとんどすべての人間のオーガニズム(有機体)の本質的な適応性だが、訓練と経験によって発展させられる。それの訓練は、幼児が見ることを学ぶことにも似ているとも。

 しかしジョウント博士は何が違っていたのだろうか。
彼は、その生涯において、結局あまり長い距離のジョウントはできなかった。それは彼の精神が、言ってしまえばしょぼかったからというように説明されている。
しかし彼は、自分の命が危険な時に明確な形でジョウントした最初の人間である。
ようするにこのジョウントという精神能力は、言語とかと似たようなものと思われる。
よく、原始時代と呼ばれるような、つまり大した文明もなく、コミュニケーションのための言葉もろくになかったようである時代のホモ・サピエンスたちも、自分たちと秘めた能力的にはそう変わらない。というような推測がある。端的に言えば、適当な昔のホモ・サピエンスの子供を現代にまで連れてきて、現代の教育をしっかり受けさせれば、それは普通の現代人みたいになるだろう。というような。
ジョウントのような精神感応能力も、言語と同じようなものとすれば、実際にそういうふうな印象は強い。つまり過去の人でも、訓練をすればそのような能力を得られた、ということになろう。
だが、はっきりとした形でそういう現象が確認されたのは24世紀。
実際問題、人間に何か変化があったのだろうか。
文化的な事を考えると、現代と比べてそこまで精神性とかに大きな変化があるような印象は受けないが。

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 作中では、例えば何か特定のことを喋ろうとする時に、神経機能を停止させるような薬とかも登場する。
ようするに、精神に関する物理機構の研究がかなり進んでいる。
そういうところが影響しているのかもしれない。

瞬間移動用防壁としての暗闇と迷路

 一般的に、ジョウントには距離以外にも、いくらか制約がある。

 必ず理解している必要があることは、その出発点と到着地点。それらの場所をよく知っていて、しっかりと想像できる必要があること。また、一度は実際にその場所に訪れたことがないと、ジョウント先として考えることができない、というような話もある。
終盤、時間の異なる場所へのジョウントが描かれるが、事前に知っている必要があるという設定は、その終盤の展開と合わせると、より興味深いかもしれない。

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 ジョウントで何が問題になったかよりも、それを防ぐためにどんな対策がとられているかの方がSF的には面白いかもしれない。特に、移動する場所と場所をよく知っていなければならないという制約は、効果的に使われていると思う。
例えばジョウントを使った不法侵入を防ぐために、複雑な迷路のような構造を用意したりとか。あるいはジョウントで逃げることを防ぐために、どこにいるかイメージしにくい真っ暗闇の洞窟に犯罪者を閉じ込めたりとか。

人間の技か、知的能力の産物か

 着ている服など、自分が身につけているものを一緒にテレポートさせるには、それも精神に抱くイメージが関係しているとされる。
つまり一緒にジョウントさせるものは、精神とのリンクが関係しているという感じだが、しかしテレポートする対象の最小は何になるか。普通に考えると、その人間自身と考えられるかもだが、そうなると人間の個体というのを、いったいどういうふうに考えればよいか。

 まず、人間の精神能力としてテレポートがあるということはどういうことか。人間という種族自体の固有の能力なのか。それとも知的能力についてくる能力なのか。描写や説明的にはおそらく後者であるが、作中では人間以外の知的生物も、人間以外のテレポートの例も示されない。
そのような精神の動作の影響により、宇宙に発生する現象として、集約されたエネルギーの爆発的開放とようなもののものについての話も、少し出てくる。つまりそれは、神がかり的な創造時代の原初的エネルギー(ビッグバン現象?)の原因にもなりえるというような。

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 ちなみにこの小説は1956年の発表だが、時代的に考えるとビッグバン理論というのは、すでにある程度有力であったと思われるが、「宇宙背景放射(cosmic background radiation)」などが確認される(1964年より)前なので、(作中でも触れられてるように、単にキリスト教世界観で解釈する向きも多かったかもしれないが)原初的なエネルギー爆発というようなものに関して、当時の読者の印象は今とわりと違っていたかもしれない(例えばビッグバン理論の名付け親であるホイル博士のように、非ビッグバン理論を支持していた人も今よりかなり多かったはず。もちろん、後にインフレーション理論などが解決した様々な問題も普通に残っていたろう)

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 とにかく精神性が、物質どころか時空間まで含めた物理環境をコントロール、調整できるような可能性は、この世界観において注目すべき点と思う。
第一原理が確かに(神の、とは言わずとも)精神性でないか。と考えたくなる。

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悪夢劇場について

 これは、ジョウントだけですべてを展開していく、というような話では決してなく、作中には他の細かなアイデア(SFガジェット)も散りばめられている。

 例えば、情報を引き出すための方法として利用される精神的治療法の『悪夢劇場(ナイトメアシアター)』。これはなかなか面白いと思う。
これはようするに、患者に空想世界を体験させてから、現実世界に引き戻す。
小説自体が書かれた時代を考えると、そのような空想世界を実現している手段が、VR(バーチャル現実)的か、AR(拡張現実)的か考えてみるのは面白いかもしれない。

「個人の空想のなかのよろこびや恐怖は、全人類がひとしくうけついでいる」
「恐怖、罪悪感、羞恥などの感情は、一人の人間からほかの人間へと相互に移り得るものであって、誰もその差異に気がつかない」
「総合大学の治療科に数千の感情テープが記録してある。これらのさまざまな感情はすべて悪夢劇場において、患者に体験させることができる」
この悪夢劇場に関する説明や描写の他、様々な神経や感覚に関連する設定など、精神的な動作は全て物質的に考えることができる、というような発想の上にあると思う。
しかし、そのような精神性こそが第一原理の可能性があるような宇宙とは、いったいどのような世界か。

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