「守護聖人とは何者か」キリスト世界の殉教者たちの基礎知識

聖人

聖人、殉教者は普通の人間だったのか

 キリスト教の数多い宗派の中でも、プロテスタントは基本的に聖人崇拝をおこなわないことという。
おそらくは、信者たちの階級制度に反対する傾向が強いためと思われる。
聖人は神でもなければ、おそらくは天使とかですらない。
しかし、他の人間よりも、明らかに特別な存在としてよく語られる。

 よく言われるのが、聖人は神と人の仲介役という思想である。
唯一の神に直接祈るなど恐れ多いから、神に選ばれし存在的な聖人に対して、その願いを神に伝えてくれるように頼むわけだ。

 聖人は誰も、この世界に生まれた時は普通の人間だったとする説が有力。

 基本的に聖人は、『殉教者(Martyr)』である。
殉教者とは、つまり己の信仰を貫き、命を落とした者だ。

キリスト教的英雄か

 聖人伝説は、キリスト教徒たちのさまざまの伝道活動によって誕生していったという説もある。

 キリスト教のような一神教というのはそもそも珍しい。
この世界に存在する様々な神話においては、例えば音楽には音楽の神、ゲームにはゲームの神がいたりする。
 もともとそういった多神教を崇拝する民族に、唯一神を崇拝するキリスト教は馴染みにくく、浸透させるのは困難だった。
 そこで、聖人という、多くの文化の人たちにもわかりやすい、ある種の特別な存在を開発した。
ようするに、新しい神は教義的に開発できないから、新たに、聖人というカテゴリーを誕生させたというわけである。

 あるいは、普通に他の文化の影響がキリスト教に聖人伝説を生んだという考え方もできる。
様々な文化において、偉大な戦いなどで死したものは英雄とされる。
キリスト教において偉大な死に方とは、例えどれほどの絶望に見舞われたとしても、決して神への信仰心を捨てずに、その生涯を終えることであろう。
 つまり聖人は、キリスト教における英雄というような考え方もできなくはない。

聖遺物と聖人認定制度の始まり

 聖人の信仰が広まると、聖人の遺物などが、『聖遺物(Reliquiae)』として、 特別に扱われるパターンが増えてきた。
聖遺物という言葉は、キリストその人の遺物を意味している場合もあるが、聖人のものなら、そう言う場合がある。

 しかし、教会が聖人を承認し、聖遺物の収集を開始したとたん、事態は非常に混乱しだした。
多くの人が、勝手に自分の聖人を創作し、適当なものを聖遺物として教会に持ち込み始めたのだ。
 また、キリスト教が信仰した地域であっても、その土地にもともとあった宗教を密かに信仰していた者たちも大勢いて、そういう人たちは、自分が崇拝していた存在を、勝手に聖人としてキリスト教へと持ち込んできた。

 結局、どの宗派であろうと、まず協会が正式に聖人であると認定しなければ聖人ではない、という発想が生まれ、それは今でも基本である。

記念日は誕生日か

 多神教の神々や、様々な地域の英雄が、特定のジャンルにおける守護神として認識されるように、聖人にもまた、様々な守護対象が設定されている。

 また基本的に、聖人には、その人ごとの記念日がある。
これはたいていの場合、その人の命日である。
キリスト教的な世界観において、死は、天国に新たに生まれ落ちる時である。
つまり、ある聖人の記念日とは、その人の天国での誕生日というわけだ。

 ただし例外のパターンもある。
例えば、キリストの母として有名な聖母マリア。
それにキリストの師匠とも、到来を予言した人とも言われる聖ヨハネの記念日は、この地上での誕生日とされる場合もある。
どうも、生まれながらの聖人というような存在もいるらしい。

 それに聖人にまつわるいろいろな日が記念日とされていて、記念日が複数あるというパターンもある。

おまけ。聖人の一例

聖ヨハネ

 イエス・キリストに洗礼を施した人とされ、偉大な預言者でもあったそうである。
彼自身、多くの信者のいるユダヤの指導者であったが、ある時に「私より偉大な者が来る」と予言。
それが救世主イエスであったらしい。

 ヨハネは、恋や恋人の守護聖人とされている。
ヨハネは、キリスト以前に信仰されていた豊穣や大地の神が起源という説があり、男女の恋が子を生むことを、豊穣のイメージと重ね、恋を守護するということになったのでないか、とも言われる。

 あるいはヨハネは、共同体の守護者としても有名である。
様々な結社、都市、時には国家が、ヨハネを守護聖人としてきたようだ。

聖ペトロ

 ヨハネがキリストの師なら、ペトロは最初の弟子とされる人である。
彼が弟と釣りをしていた最中に、イエスが声をかけたとされる。

 イエスの生前から弟子たちのリーダー的な存在だったとされ、イエスの死後はキリスト教の布教のために尽力したようである。

 釣りをしていた時にイエスと出合ったからか、釣り人や魚、船乗りの守護聖人のようだ。

聖バレンタイン

 バレンタインデーといえば愛し合う恋人同士の記念日で、日本ではチョコのプレゼントの文化がよく知られる
現在、お菓子業者にとって重要な日となっていることでも有名な、このバレンタインデーを記念日としている聖バレンタインは、近しい時期に死んだ二人の聖人が混同されている可能性があるらしい。

 3世紀くらいのこと。
「キリストの奇跡なんてものがあるなら見せてみろ」とローマ皇帝に言われたヴァレンティウス(バレンタイン)という司祭がいて、彼は盲目だった王の娘に、奇跡で光を与えたらしい。

 一方、同じく3世紀頃に、テルニという都市の司祭だったヴァレンティウスは、病気を奇跡で治す力を持っていた。

 つまり、二人の人物が混同されているかいないかにかかわらず、元々、チョコや恋とは全く関係のない人物ということである。
 ただ、後々の伝承とか、古代からの伝統とかが混じり合って、まったく関係のないものを守護するようになった聖人の伝説というのは多いらしい。
バレンタインは典型的なそのパターンと言えよう。

 ちなみに、ヴァレンティウスは病気の「てんかん」を治せたから、てんかんに対する守護の力も、この聖人にはあるらしい。
また、14世紀のジェフリー・チョーサー(1343~1400)以前には、バレンタインと恋愛が関連付けられることはあまりなく、 そもそもなぜそんなことになっているのか、英語圏ではよく、真剣に議論されているらしい。

聖アレクシオス

 アレクシオスは4世紀頃のローマ人とされる。
伝説によると、彼は大富豪の家の一人息子として生まれ、本来ならば何不自由ない生涯を約束されていた。

 しかし聖人し、美しい女と結婚する事になった彼は、その女に自分がその時持って行った豪華な品物をプレゼントしてから告げた。
「これからは自分を大切にしろ、キリストのご加護を」
 そして彼らは唖然とする周囲のものを全く気にせずに旅立って行った 彼はシリアのエデッサで 貧しい者たちと暮らし始めた。

 その後、彼は巡礼として父の屋敷に戻り、慈悲を請うた。
息子の正体に気づかなかった父は、しかしいなくなった息子の思いを汲んで、彼の世話をすることにした。

 やがて、ひたすらその身を神に捧げ、自分の身を省みない彼に死が迫ると、神の良きしもべを探していたローマ皇帝と教皇が彼のもとにやって来た。
 そして家族も彼の正体を知った。
最初は悲しみもあったが、その魂が輝き、人々から崇められるようになった時、ついに彼は、家族の理解も得たのだった。

 このエピソードから、かなりわかりやすいように、彼は孤児や貧者の守護聖人とされている。

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