世界の中での存在という疑問を提示するSFシリーズ
謎の異星知性、または特殊存在ジャム。そして、そのジャムの脅威に対抗するために、あるいはそれを理解するために作られた軍事組織『フェアリイ空軍(Fairy Air Force。FAF)』、 さらにその中でも最前線の戦闘部隊とも言うべき『特殊戦』。
それらの、終わりがなかなか見えないような戦いを通じて、知性や意識の正体、生命体の概念、人間とは、地球人とは何かということへの問いかけを描くようなSF作品シリーズ。
戦闘妖精・雪風
どこかの惑星へと繋がる〈通路〉
地球の南極点から1000キロほどにある、半径500メートルくらいの大きさの、『超空間〈通路〉』は、異星体ジャムの地球侵略のための〈通路〉。より正確には、紡錘形(巨大なミサイルのような形とも)をしていて、最大直径が3キロメートル、その高さは10キロメートルを超えているという。
いつからそれが存在していたのかは不明。しかしとにかく、物語が始まる30年ほど前に、そこから飛び出してきたジャムの先制第一撃があった。
地球防衛軍の偵察隊は反撃のために、逆にその〈通路〉をくぐり抜けたが、その先に、暗い森が広がっているような未知の惑星、『フェアリィ星』を発見する。
そして、(地球側と同じ見た目である)フェアリィ側の〈通路〉を中心として円周上にシルヴァン、ブラウニイ、トロル、サイレーン、ヴァルキア、フェアリィの六大基地が建設された。主にフェアリィ基地を中枢として、それら六つの基地で構成される、地球への入り口を守るために戦っているような地球防衛機構の主戦力軍が、FAFという訳である。
「妖精一覧リスト」小人と巨人。黒妖犬と水棲馬。モンスター種
そういう設定のため、地球には最初のジャムの攻撃以降、はっきりとしたジャムによる何かが発生しておらず、物語開始時点では、すでにフェアリィ星での、防衛軍とジャムとの戦いは、(地球側では)半分フィクションのような感覚の人が多くなっているという設定もある。
フェアリィ星側の者たちもそれを認識していて、そもそも自分たちの体験しているこの戦い自体が、社会不適合者みたいなやつらを閉じ込めておくためのVR空間的なものなのではないか、みたいな説を話し合うシーンとかもある。
『戦闘妖精・雪風』
フェアリィ星は、地理分布や生態系など、謎だらけではある。しかしとにかく、普通にどこかは不明だが、宇宙のどこかの星系に属する惑星であることは確かっぽい。
そこで〈通路〉と呼ばれてる白い霧柱のようなものは、2つの惑星同士を亜空間的に繋ぐものというよりも、霧の中自体に宇宙があって、というような解釈も紹介される。
ただ、どちらの宇宙が霧の中の宇宙なのかは不明である。どちらもだとすると、それはどういう世界観なのか、なかなか興味深いか。
空飛ぶスーパーコンピューター
FAF最強の戦闘機は、『シルフィード』という双発の大型戦術戦闘機とされる。
それは高度な電子兵装、フェアリィ星の空に合っている高性能エンジンを有している。さらにいくつかは、より高度な電子頭脳を搭載した、戦闘タイプ(戦術戦闘電子偵察機タイプ)となり、それらは『スーパーシルフ』と呼ばれてもいる。 スーパーシルフはまた、空飛ぶコンピューターとも例えられるのだが、作中の描写的に、はっきり空飛ぶ機械知性というほうが近い感じもする。
机上においても、実戦時における動作情報などを収集する役目を担う スーパーシルフの中枢コンピューターは、リアルタイムでの情報分析能力も高く、さらにはフェアリー基地の特殊戦作戦司令室の戦略コンピューターにダイレクトに接続するためのインターフェースも有していて、スーパーコンピューターネットの実質的な一部という感じでもある。
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個人主義者たちの機械的部隊、特殊戦
スーパーシルフは、特殊戦第五飛行戦隊に配属されている。それ(第五飛行戦隊)は本来はFAF基地に所属する一部隊にすぎないのだが、実質的には、独自の司令部を持っている独立軍隊となっている。そして、単に「特殊戦」といえば、この第五飛行部隊のこと。
特殊戦はようするに、最前線で情報を収集するための部隊。
ジャムとの戦いが始まり、より正確な戦術戦闘情報が必要になってくると、所属する人間までコンピューター化が進んだような感じのこの部隊が、FAF全体の中で非常に重要となってきて、実質的な独立部隊のようになったみたいな設定。
人間までコンピューター化しているというか、ようするに特殊戦は個人主義の者が多いというふうに描かれている。自分が1人でもジャムとの戦闘に勝つ、生き残るということが重要視されていて、仲間であろうとも自分が助かるために平気で見捨てたりするような連中の集まり的な。なんとしてでも、とにかく「必ず帰還せよ」という命令を徹底的に守り抜く連中と言ってもいい。
必ず帰還するのを最重要視しているということで、特殊戦はブーメラン部隊とも呼ばれている。
とにかくそのような個人主義者の集まりが、しかし一部隊という組織になれていることがすごい、というような意見が作中でも何度か出てくるが、そこはそれをまとめる上の者たちの手腕という感じで描かれている。
そしてそういう個人主義の特殊兵士として、この物語の主人公、深井零は、かなり優秀な存在。また、物語のタイトルにもなっている雪風とは、彼の愛機の名前である。
零は、個人主義というより、実際は雪風主義というような感じでもあり、雪風にかなり依存気味というような描写も結構ある。そして物語を通して、この雪風に関する様々な哲学的議論や、零自身が体験させられた事象などから、 シリーズ通して、1人と1機の関係は色々な形で変化していく。正確にはその認識が、いろいろ変わっていったりするような。
機械が人間をいらないと考える時
人間と機械は、どちらがどのように優れているのか。機械が人間を必要としなくなる可能性はあるのだろうか、ということが、1作目ではよく描かれてるように思う。
零は、 自分の知識的には、コンピューターが十分に優れた性能なら、人間はいらなくなってもおかしくはないようにも考えている。実際問題、ジャムとの戦いで最前線にいるのはコンピューターと言える。後のシリーズでは、特にジャム自体が機械知性のような存在なのではないか、そちらの方が近いのではないか、というような説も、深く描かれ、ジャムと戦える、それに対抗するための存在としてのコンピューターは、より重要なガジェットにもなってくる。
一方で零は、なぜそう思うのかはずっと自問自答しているようだが、しかし最初から一貫して、戦いには人間が必要だというスタンスではある。
実際に、後のシリーズでは、まるで雪風の方が、実は人間に依存しているかのような印象を受ける場面すらある。
ジャムとは何か。ジャム人間の登場
零が、ジャムとの戦いは、雪風らコンピューターと、同じく機械知性のような存在であるジャムが勝手に戦っていて、人間は実は蚊帳の外かのような考えを抱くシーンもある。
人間が機械の知性を明確に認識できないように、実は人間たちの方も明確に認識されていないのではないかと。ジャムは、地球の支配者はそもそも機械だと考えていた。そうだとすると、人間にはいきなり攻撃したかのように見えてきた彼らは、地球機械にはしっかり宣戦布告をしていたのかもしれない。
1作目の終盤では、同じ人間のようであるが違っている、まず間違いなくジャムが作り出したのだろう、偽物の人間も出てくる。 そしてこの事実が、ジャムとは何なのか。いったい彼らは何を知っていないのか、という、2作目以降でより重要となってくる謎に繋がってくる。
雪風、グッドラック
短いページ数だが地球側の描写も
この2作目は、雪風がまるで零すらあっさり捨て駒にしようとした出来事などをじかに体験し、1人と1機の間の絆に、溝ができてるような状態から始まる。しかし地球への一時帰宅や、自分がしっかりとジャムと敵対している地球人であることを自覚している、ジャーナリストのリン・ジャクスンとの交流などから、零は、わりとすぐ、自分のことをフェアリィ人と自覚し、立ち直る展開となっている。
『グッドラック 戦闘妖精・雪風』
我は我である。ジャムとの対話
基本的に全シリーズを通して、根本的に描かれているテーマというか、提示されている謎とかは、同じようなもの、つまり、意識とは何か、知性とは、人間とは、機械とは? というような話である。
「意識とは何か」科学と哲学、無意識と世界の狭間で
そしてその全体の流れから言って、おそらくこの2作目で最も重要なシーンは、いよいよ謎の空間の中での、ジャムと思われる何かとの対話であろう。
正確にはジャムそのものではなくジャムが作り出したシステム、あるいは代理人か何かを通しての会話なのだが、ジャムははっきりと零に、「我は貴殿の概念でジャムと呼ばれてるものの総体だと告げる。
ここで興味深いのは、ジャムは零に、「FAFに勝ち目はないのだが、君は私が助けてやろう」というような 交渉条件を持ち出してくること。
もちろん零は断る。彼はジャムを敵として考え続けているような雪風に同調するように。
さらに「お前は何者だ? 生物なのか、知性や意思や情報だけの存在なのか、実体はあるのか、どこにいるんだ?」という問いへの答も なかなか重要そう。「提示された概念では我を説明することはできない。我は我である」 そしてそれは、結局は言葉で表せれるような答えとしては、最も的確というような印象もずっと続くことになる。結局ジャムは、後の巻でも、実体(といそうなもの)をはっきり表すことはないが、しかしその存在は確かに存在している、自分を自覚もしているというような存在(ただし ジャム全体の中に個々の意識があるというようなものではない。存在する種の中の個人というような認識がないような)。
自爆までも想定にいれた興味深い戦略作戦
そして、結局は囚われの身である零と雪風だったが、雪風がそこで負けないために取った行動は結構面白い。
威嚇射撃ではない、本気だとして、自爆するぞとジャムを脅すような様を見せるのである。雪風の搭乗員を殺すつもりではなく、それを理解したいと考えていて、だからこそそれが人質にできると雪風は考える(?)のである。雪風にとっては、最悪自分が完全に死んでしまうことになっても、ジャムの目的を潰したということで、ある意味で勝利できる。自爆するぞという脅しが、戦略作戦行動という状況が成り立つという展開な訳だ。
新しい、人間と機械の複合生命体
零のメンタル面のケアとかを任されることにもなった、医師でもあるフォス大尉の説、「つまり雪風と零は、 今や互いに自己の一部同士のようになっている。互いに自分の手足であり、目になっている。それはサイボーグとは違って、機械に人間の脳を組み込んだりしている訳でも、コンピューターに人体が操られているでもない。2つの異なる世界認識用の情報処理システムが共存しているような。互いにそれをサブシステムとして使うことができる、いわば新種の複合生命体のような感じ」 というのも、また面白いだろう。
そして、実際にそんなものが存在するなら、人間でも機械でも、ジャムにすら理解が難しい、まったく新種の生物で、ジャムの脅威に対抗するために生まれた新しい生命形態種という発想とかも、なかなか説得力があると思う。
アンブロークンアロー
物語の前半、何人かのメインキャラの一人称ばかりで進むこの3作目だが、構成的に、最初のその一人称が終盤でちょっと活かされているのが、なかなか面白い。
『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』
今作では、ジャムが見せてくるような、作られたみたいな世界は、人間の認識を利用して作られているもの、あるいは量子論的なパラレルワールドの、不確定可能性世界を上手く利用して、人の感覚器官に意識させている世界というような可能性が示唆される。
むしろ人間が体験するような、自分がはっきり時空間の中のどこかにいると言えるような世界観こそ、実は人間があえて認識している、偽り的な領域で、リアルの世界は、その場その場の状態というのがもっと曖昧というか、不確定というか、とにかくそういうもののような感じ。機械知性はむしろそちらを、本当の世界を見ているのだというような考え方が示されたりする。
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そして、ジャムがどうやってか作り出しているかのような、やはり人間にとってはまるで異世界のような領域で、今度はジャムではなく 、様々な者の心の声なども利用した、雪風と零(と特殊戦の仲間たち)の対話も、いよいよこの3作目では描かれる。
ただ、あまり新たな答とかはない。それまでも予想していたようなこととかが、正しいかもしれないというふうに示されただけ感じもある。
最終的に、結局それはジャムの精神攻撃的なものの可能性があり、戦いを続行するためには現実に戻る必要もある。そこで〈通路〉を抜けて地球に一旦帰還する展開だが、そのちょっとの間だけ帰還したところを、まるで導かれた運命かのように、地球人リン・ジャクスンが見ていたという流れは、 ストーリー的になかなか面白い。