「日本沈没」島国に迫る未曽有の大災害にどう立ち向かうかを描いた話

日本が沈むほどの大災害と、どう向き合うかを描いたSF

 序盤から不吉な亀裂や、突然に島が沈んでしまった噂など、スペクタクルを感じさせる要素が豊富なパニックSF作品。

 数を増していく地震。魚や鳥の異常行動。そして学会では異端とされているが、優秀ではある地球学者の不吉な予感。とにかく様々な不吉な前兆に始まるパニックSF。
タイトル通りに、日本沈没という、ほんのわずかな未来に迫った未曾有の危機。それにどう対処するかという、いくつかの立場の人たちの、行動や葛藤が描かれている。

 最終の悲劇の前段階である、火山の噴火や大地震。それらが襲ってきた時点での、逃げ惑う人々のシーンもいくらかはある。
火山噴火「火山とは何か」噴火の仕組み。恐ろしき水蒸気爆発 しかしそういうのがメインでなく、あくまでこの作品は、なぜ日本が沈没してしまうのかということの科学的謎解きと、実際にそうなることがわかってどう対処していくのかを、よく描いている。

プレートテクトニクス理論。アトランティス、ムー

 この作品が書かれた時点では、わりと最新の理論であったプレートテクトニクス理論。その説明も、マントル対流やモホロビッチ不連続面など、かなり基本から行われている。
個人的には、アルフレッド・ヴェーゲナー(Alfred Lothar Wegener。1880~1930)の名前がよく出てくるのがちょっと興味深い。当たり前と言えば当たり前なのだろうが、この小説が書かれた時点でも、この人の大陸移動説は、早すぎたプレートテクトニクス理論と評価されていたのだろう。
プレート地図「プレートテクトニクス」大陸移動説と地質学者たちの冒険  現代的な観点での地質学とはあまり関係ない話。ムー大陸はかなり怪しげだが、アトランティスに関しては結構真面目に考えるもの、みたいに描かれている印象も受けたが、それも個人的にはなかなか面白かった。
失われた都市「ムー大陸」実在しない説、起源の謎。本当は実在したか、嘘はあったか幻の大陸「アトランティス大陸の謎」実在したか。オリハルコンとは何だったか

確率過程の実現が引き寄せる、ありえない確率の現象。ナカタ理論

 未来予測の物語でもあるので、統計学、確率論の話もちょくちょく出てくる。
「現実において1%の確率は結構大きい。現実では確率も現象と思われるような出来事もちょくちょく起こっている。そしてそれらを説明するのに、これまでに存在してきた確率理論では少し不十分」
この確率無限小の現象というのを、どう解釈するかで、この話の不可思議さは変わってくるだろうか。

「現象における確率過程の実現が引き寄せる、質的にはそれまでの要素と異なっているような展開」というように説明される『ナカタ理論』は、 この作品オリジナルの概念だが、しかしその(説明も少なく、ほぼ想像しかできないようなものではあるが)発想自体はなかなか興味深く面白い。

深海の暗闇の恐怖

 潜水艦の『わだつみ』が、深度1000メートルよりさらに深く、海の底の闇の中へと沈んでいくシーンがいくらかある。
その辺りのさまざまな描写は単純に興味深い。
手のひらほどの面積に100トン以上の圧力、冷水高圧地獄という表現。
音響探査機、いわゆるエコーの描写も、水中での音の伝搬速度(秒速1500メートル)など、ある程度わかりやすく記述されている。

 名前の不明な発光魚が、深海のクラゲたちとともに現れたりもする。

 深い海の暗闇、さらに現れる海溝の巨大さ、海流、金属混じりの重さなど、 様々な要素が合わさって、広大な自然の世界で、小さな船でいることがいかに恐ろしいことかがよく表現されてるように思う。
いくつかの現象の原因に関して、少しながら巨大生物を想定したりするのも個人的にはなんかよかった。

ちっぽけなこの惑星のイメージ

 主人公的立場である潜水艦操縦士の小野寺が、見合い相手の玲子に迫られた時に、思い浮かべたイメージも、作者の考え方が表れてるのでしょうか。

 海と大地、そして大地を支える丸い星。暗黒の宇宙空間の中で、その場にたまった塩水の中から姿を見せている乾いた大地、その上で人間たちは、富を巡った様々な欲望を繰り広げている。というようなイメージ。

田所博士にかんして

何がそこで起こるのか。何もわかっていないという現実

 田所博士というキャラの「日本に1万メートル級の深海潜水艇が1隻しかないというのはどういう訳なんだ。海洋国が聞いて呆れる」というセリフはどうであろうか。
作者にももしかしたら、地震大国の島国の国民として、思うところがあったのかもしれない。

「何がそこで起こるのか?」と聞く小野寺に、博士が「何もわからない。何もわからないから調べるしかない」というような言葉を返すシーンは、個人的には印象深い。
データ不足だと嘆く博士の様子には、(作中ではこの時点ですでに、いくつかの火山が噴火したりしているのだが)なかなかの緊迫感も感じさせる。

ナショナリズムの精神

 田所博士は、少し変人気味。物語の登場人物としては魅力ある人物ではあるだろうが、学会からは嫌われている異端児というふうに描かれている。
ただ、その強烈なキャラクターのおかげもあるのか、海外では、日本より評価が高いとも。

「日本なんて、こんな所なんてどうでもいいんだ」と彼は言う。
しかし結局、彼はこの日本の国民を救うために、相当な努力をすることになる。
終盤に彼は、結局、自分にとって日本という国は何だったのかを語るのだが、そういうナショナリズム的な葛藤も、おそらくはこの作品の重要なテーマとなっている。

「わしには地球がある。大洋と大気があって、生物が何十億、ついには人間を生み、歴史を刻んでいく、宇宙の中の砂粒のような、しかし大きな星の上の大陸で」というような、地球とか大陸とかに関する、詩的表現も、この博士の台詞に限らず、わりと多い。
我々にとってこの世界(地球の表面)は大きいが、それでも、実際のすべてから見るとごく小さな一部だから……、というような思想も、描かれてるように思う。

科学者にとって一番大切なこと

「科学者にとって一番大切なことは何か?」という問いへの、彼の答もなかなか興味深い。
よく言われているようなことではあるが。
つまり彼は、「偉大な自然学者になるために最も必要なものは勘」とかなりはっきり言ってしまうのである。

 科学というよりも、物事の真理かもしれない。
直感が一番優れている者は、どんな理論家よりも、素早く正しい答えを導き出せるものなのかも。

実際に崩壊の危機を知ってしまった時

 田所博士が、政治家たちの前で、「何が起こってるかはまだわからないが、だが相当な覚悟はしておいた方がいい。日本が壊滅する、場合によっては日本がなくなってしまうことを」というようなことを言う場面がある。
このシーンで、部屋に笑い声が響くわけだが、これはあまりに突拍子もない意見は、それが真実であったとしても、やはりすぐには信じられない、という現実をよく表しているだろう。
実際の社会では、むしろありえそうなことを信じてしまうことの方が問題になりがちではあるが。
「インチキ占い師、霊媒師の手口」予言のテクニックはどういうものか  しかし、何かをきっかけに、世界が崩壊する危険にあることを知った場合、それをどう伝えるかというのは、確かにかなり問題にはなるだろう。