神様の本当について。宗教と創造神話
創造主の破壊と再生と約束
(スー族の伝説)ある時、創造主は、今の世界を壊して、新しい世界を作り直そうと決めた。
大雨を降らせ、大地を割って、世界を水浸しにした。
人も動物もみんな溺れ死ぬ。
それから創造主は、あらゆる生物が入った聖なる袋から、水に潜れる動物を次々と取り出し、地面を探させた。
水鳥、アシカ、ビーバーが失敗した後、カメがついに、水の底に泥を見つけた。
創造主は、その泥を広げ、再び乾いた大地を世界に出現させた。
そして袋から、他の全ての動物や鳥も放った。
人には知識と言葉を与えた。
創造主は言った。
「これで世界を作るのは三度目になる。人と動物と植物が助け合って仲良く暮らさないなら、また壊す」
グルスキャップ、マヘオ、大地と空の始まり「ネイティブアメリカンの創造神話」
創世記はまだ終わってない
チェロキー族「星、月、太陽。それらの移ろう様を見た時、人よりもずっと偉大な何かを信じずにいられない」
パウニー族「宗教なんてのはひとつ残らず、神に帰る踏み石にすぎない」
オマハ族「神への道は無数にある」
アパッチ族「神の名前など無意味。この宇宙で、本当の神様は、愛だ」
ラコタ族「創世記はまだ終わってない」
「太陽と太陽系の惑星」特徴。現象。地球との関わり。生命体の可能性
自然と人間。迷い悩んだ末に
自然の中に溶け込み、木々や動物の声に耳を傾け、心身を清めるビジョンクエストは、アメリカ先住民達の、成人の儀式として知られている。
極限まで自らを自然に返すことで、精霊のビジョンを体験することができるのだという。
少年と精霊。ビジョンクエストに出て
(スー族の伝説)ある時、一人の少年が自らの力と勇気を試そうとして、山へビジョンクエストに出かけた。
最初の夜。
一人ぼっちが怖くなった彼は泣いたが、逃げることはしなかった。
だがビジョンは体験できず、明け方に、どこかから声が聞こえた。
「お前が騒いだせいで眠れなかった。さっさと失せろ」
それからまた二日経った夜。
空腹と恐れと寒さで、心が潰れそうだった少年は、また声を聞いた。
「お前まだいたのか。さっさと消えろと言ったろ」
だが少年は、力強く返した。
「命令されるなんてごめんだ」
しかし結局ビジョンはなく、地震に見舞われ、少年は山から逃げ去る事になった。
精霊を怒らせてしまったと嘆く少年に、長老は告げた。
「お前は力と勇気で孤独に打ち勝ち、精霊を捕まえようとした。だがビジョンは力で得られるようなものではないのだ。何も得ることができなかったと泣く前に、経験から学べたということを、よく考えてみるといい」
兎少年、白いバッファローの子牛の女「ネイティブアメリカンの文化誕生神話」
答えがないというのも、答えのひとつだ
ミンカス族「感謝する理由が見つからないなら、あなたは間違った道にいる」
ホピ族「答えがないというのも、答えのひとつだ」
ホピ族「怒りは、自分で自分に盛る毒だ」
ナバホ族「思考は矢のように、放たれたら的を射る。 十分注意しないと、自分の放った矢で倒れることもある」
ホピ族「泣くことを恐れるな。涙は心の痛みを流してくれる」
アラバホ族「草木と人は兄弟姉妹だから、耳を傾ければ、その声だって聞くことができる」
ラコタ族「自然から離れてしまったら、心は柔らかさを失う」
子育てについて。家族である事
カラスとタカと子供達
(コチチ族の寓話)カラスは卵が生まれた後、何日かは温めていたが、そのうちに飽きてどこかへと飛び去った。
そこで通りがかったタカが、置き去りにされた卵に気づき、生まれてくるだろう子供たちを、かわいそうに思って、しばらく卵の様子を見る事にした。
そのうちにヒナは生まれたが、血が繋がっているはずの母親は帰ってこない。
仕方なくタカは餌を与え、子供達を育ててやった。
やがて、卵のことを思い出したカラスが巣に帰ってきた。
ところが、生まれた子供達が、血の繋がりもないタカと仲良くしていた事に、カラスは腹をたてた。
「その子達は私の子供達よ、返して」
しかしタカは、「お前が見捨てた哀れな子供達を助け、育てたのは私だ。今更ノコノコ帰ってきて、何が親だ」と言い返した。
カラスは、鳥の王であるワシの法廷で、タカを訴える事にした。
しかし事情を知ったワシは、タカに肩入れした。
そこでカラスは、「親は子供達の方が選ぶべきだ」と主張した。
ワシは納得し、子供達に、どちらが親なのかを尋ねた。
子供達の声は見事にそろった。
「お母さんはタカ、お前なんか知らない」
「カラス」都会に紛れ込む生態系。ガーガーカーカー鳴く黒い鳥
「猛禽類」最大の鳥たちの種類、生態、人間文化との関わり
ひとりの子供を育てるためには、村中の努力が必要だ
ネズパース族「子供に語れば、親が去った後にも、記憶は残る」
ミックマック族「心の言葉は、書物よりも尊い」
オマハ族「ひとりの子供を育てるためには、村中の努力が必要だ」
先生と弟子。生きていく知恵
白い子牛の女
(ラコタ族の伝説) ある村が飢餓に見舞われた。
そこで二人の若者が、村の危機を救おうと、野牛狩りへと出かけた。
二人が平原に迷い込んだ時であった。
遠くから不思議な光とともに何かが近づいてくる。
それは背中に何かを背負っているようである、美しい女だった。
若者のひとりは、すぐに色欲にかられ、女をものにしようとした。
ここには余計な人の目も、道徳なんてものもない。
女の一人くらいどうとでもできる
しかし、迫る男を、女が迎えたかと思いきや、小さな竜巻と共に、煙が巻き起こり、哀れな男は骸骨になり崩れてしまった。
もう一人いた若者は、欲望などに支配されることなどない、真の賢者だったから、むしろ女の神秘的な力に感服した。
そこで「どうか、私や村の人たちに教えを」と頼み込んだ。
そうして若者に連れられ、村にやってきた女は、背負っていた、トウモロコシや瓜の種を与えてくれた。
そして飢餓から村を救ってくれただけでなく、女は、自然や他人を尊重する正しい生き方、祈り方、儀式の術を、村人たちに教えてくれた。
やがて、村から去る事になった女は、村人達が見守る中で、だんだんと姿を変え、最後には白い子牛となった。
それは、人が目にすることのできる、最も神聖な生き物。
地平線へ子牛が消え去る頃には、もう村人達は飢えなどしらなかった。
トーテムポールの意味、ゴーストシャツの悲劇「ネイティブアメリカンアイテム」
私の前を歩くな。私の後ろを歩くな。一緒に歩こう
ラムビー族「知識より知恵の方がよい。知識は過去の産物だが、知恵は未来のためのものだ」
イロコイ族「どんなことでも、七世代は先まで考えて決めるべきだ」
ソーク族「師も、教えることで学んでいる」
ダコタ族「足跡は永遠に知られる」
ソーク族「私の前を歩くな、私が従うとは限らないから。私の後ろを歩くな、私が導くとは限らないから。一緒に歩こう、私たちはひとつなんだから」
死について。命はどうあるべきか
骨がいいか、岩がよいか。死を受け入れる事ができるか
(グロスベントレ族の伝説) 地球の創造主は、全てを創り終えた後、全ての生物を集めて相談した。
「さて、お前達はどうありたいんだ。これからお前たちはどんどん増えるだろうが、死にもするだろう。そうなった時、死んだままがいいか、それとも生き返りたいか?」
「こんなふうがいい」と人は、野牛の骨を湖に投げ入れた。
骨はいったん水中に沈んだが、すぐに浮かんできた。
つまり、死ぬけれどまた生き返るのがいい、という訳である。
だが人の意見に、クマは反対した。
「みんながみんな、死んでも生き返ってしまったなら、地球はすぐにいっぱいになってしまって、食べ物が足りなくなってしまう。死んだらそれで終わりにする方がいい。だからこそ生きている間、私達は喜んだり楽しんだりできるんじゃないか。後のことは後の世代に任せるのがよい」
クマは湖に岩を投げ込んだ。
それは沈み、もう浮かんでこない。
創造主は、決めた。
「それでは、生命は、岩のようになるべし」
片足をカヌーに、片足をボートに
アパッチ族「生きている間に、よく生きろ」
ポウニー族「死はいつも、季節外れにやってくる」
ネズパース族「どの動物も、あなたよりずっと物知りだ」
タスカロラ族「片足をカヌーに突っ込んで、もう片足をボートに突っ込めば、川に落ちるだろう」
同じ世界で生きる事
カエルから水を解放させたコヨーテ
(カラパヤ族の寓話) ある時コヨーテは、水が飲みたくなって、大きな貝殻を持ち、カエルの所へ向かった。
当時はカエルが水を、自分の池で独り占めしていて、貝殻を献上しないと、水をわけてもらうこともできなかったのだ。
コヨーテはカエルに言った。
「すごく喉が渇いた。この貝殻をやるからたくさん飲ませろ」
カエルは了承した。
それからコヨーテは水に体を沈めた。
「お前そんなに飲むのか、苦しくないのか?」というカエルの声も無視し、潜り続けるコヨーテ。
しまいには業を煮やしたカエルが、「いい加減にしやがれ。そんなに飲むんなら、もっと貝殻よこせ」と怒鳴った。
コヨーテは水から出てきた。
そしてカエルも、彼の狙いに気づいたのだった。
コヨーテは、池に穴を空けていたのだ。
そこから水は流れだし、池は崩れた。
怒るカエルに、コヨーテは言い返した。
「独り占めするなんて間違いだ」
友達でない人に出会ったことなんてない
ホピ族「一人の敵は多すぎる。百人の友は少なすぎる」
ホピ族「口喧嘩を正当化することなんてできない」
スー族「人々の心に本当の平和がないなら、国々の間に平和はやってこない」
アパッチ族「ちゃんと前を向いて喋れば、光線のように心に届くだろう」
ナバホ族「地の果てまで行っても、海の向こうまで行っても、空の果てまで行っても、山の向こうまで行っても、友達でない人に出会ったことなんてない」
心豊かに生きる事。哲学の答え
変わり者のコシャリ
地球を作った女神は、籠に卵がみっつ残っていることに気づいた。
ひとつはオウム、ひとつはカラスの卵だが、残りひとつが何だかわからない。
そこで女神が「生まれなさい」と命じると、ニ本足(人間)のコシャリが生まれてきた。
コシャリは、変わった子だった。
落ち着きがなく、いつもふざけたことばかり言ったり、逆さに歩いたりしていた。
コシャリをもてあました女神は、彼を村のメディスンマン(指導者)である、カシの木男に預ける事にした。
しかし、静粛が決まりとされるカシの木男の聖壇でも、「仲間になるよ、何でも手伝うよ」と、コシャリは大騒ぎ。
しかしカシの木男は彼の好きにさせてやる事にした。
楽しかったのだ。
鳥が鷲になる必要はない
オノンダガ族「人は山と蟻の仲間だ」
ホピ族「善だろうが悪だろうが、人に雨は降り、日は昇る」
ラムビー族「祈れ。人が忘れたことを思い出すために」
スクァミッシュ族「鳥が鷲になる必要はない。大いなる神秘は誰にとっても美しいから」