北米先住民の文化の基礎知識
メディスンマン。医者魔術師
北米先住民は、導き手、あるいは指導者の事を『メディスンマン(医術師)』あるいは(女性の場合は)『メディスンウーマン』と言う。
大自然の知識に通じていて、あらゆる薬草を知り、毒から薬まで、その効能を自在に利用できたという。
部族ごとに、代々のメディスンマンは、その知識を極秘に継承していたとされ、周囲には、メディスンマンである事は、秘密にさえされていたという説もある。
あるいは、メディスンマンも、その技(医学)も、かなり神聖視されていて、他民族に気軽に話すようなものでなく、先住民は基本的に、他民族とそれに関しての話をしたがらない。
先住民の伝統的には、医学とは、精神が強く影響するものだという。
だからメディスンマンは、単に薬草学者でなく、魔術師でもあるとも言われる。
コロンブスに発見されるより以前
世界は輪になっていると昔のアメリカでは考えられていた。
昔とは、「コロンブスに発見されるより前」の事である。
北米先住民は、よくそういう表現を使う。
目に見える動植物は、みな親戚であり、人間は大自然の中の一個にすぎない。「ネイティブアメリカンの教え」名言、格言、道徳、哲学
コロンブスが来る以前は、彼らはずっと動物に近く、動物達と話が出来たし、動物は人に、人は動物に変身も出来た。
コロンブス以降は、自然を支配していると思い上がる侵略者達に対して、自然と近しく友達である事が、彼らの誇りであった。
スペイン人が連れてきた馬。スピリットドッグ
16世紀にスペイン人が連れてくるのでアメリカ先住民を馬という動物を知らなかった。
馬の役割は、それ以前の犬に似ていたから、『スピリットドッグ(精霊犬)』とか、『エルクドッグ(シカ犬)』と呼ばれるようになった。「犬」人間の友達(?)。もっとも我々と近しく、愛された動物
18世紀には、もう、アメリカ中の全部族が、馬を得ていたとされる。
馬は、先住民の生活をあまりに劇的に変えたので、「もうそれ以前の生き方を忘れてしまったほど」と言われるようにもなった。
ミラージュ・ピープル。人の姿をとる神々
神々や精霊が人の姿で現れる事がある。
そういう、人の姿の神や精霊を『ミラージュ・ピープル(蜃気楼人間)』と言う。
実はミラージュピープルこそ、神々の真なる姿という説がある。
その場合、神は人間を人に似せて作ったのだとされる。
あるいは自在に姿を変える神々は、あらゆる動植物の先祖なのだと考えられる場合もある。
つまり、今の動植物は、変身能力を失ってしまった神々という訳である。
ウサギ少年。ホワイトリバー・スー族の最初期の英雄物語
遥か昔。
まだ大地が完全に出来上がってもなく、様々な山や川や動物や植物が、自然の法則に従い、その形をようやく成そうとしていた時のこと。グルスキャップ、マヘオ、大地と空の始まり「ネイティブアメリカンの創造神話」
霧のような場所に、1匹の元気で遊びが好きなウサギがいた。「ウサギ」生態系ピラミッドを狩られまくって支える、かわいい哺乳類
ある日。
ウサギが楽しく歩いていると、真っ赤な液体で満たされた袋、のような血の塊に出くわした。
ウサギは、その塊をボールのように、蹴って遊び始める。
そうしてる内に、動くものに宿るというタクスカンスカンの精霊が、血の塊に働きかけはじめた。
そして、やがてその血の塊は内臓となり、手足を生やし、最終的にはひとりの人間の少年になった。
ウサギは彼を、『ウェ・オタ・ウィチャシャ(血でできた少年)』と呼んだが、後の時代では、『ウサギ少年』と呼ばれる事も多い。
ウサギとその妻の夫婦に、実の息子のように育てられた少年だが、やがて旅立ちの時が来た。
ウサギは、大事な息子に真実を告げた。
「実はお前はウサギではなく人間なのだ。だからここを出ていって、自分の仲間を見つけなくてはならない」
そうして、旅立ったウサギ少年は、やがて、その時代、たったひとつだけあった村に行き着いた。
村には美しい少女がいて、神秘的で優しいウサギ少年に恋をした。人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」
村の人達も、ウサギ少年に、 少女と結婚して村に残ってほしいと望んだ。
しかし少女を自分のものにしたがっている邪悪な呪術師イクトメと、ウサギ少年の不思議な知恵と力に嫉妬する少年達が、彼に襲いかかった。
ウサギ少年はあっさりやられたが、突然の嵐と共に、その遺体は消えた。
年老いたメディスンマンはすぐに悟った。
「あの少年はどうやら、太陽に上ったようだ。すぐに力を与えられ、戻ってくることだろう」「太陽と太陽系の惑星」特徴。現象。地球との関わり。生命体の可能性
イクトメは言った。
「なんであいつばっかりに構うんだ。俺にはあいつよりも強力な力があるんだ。よしわかった、俺も一度あの太陽に向かい帰ってきてやろう」
そして彼は自らの命を絶った。
後に、ウサギ少年は再び村に帰ってきたが、イクトメが帰ってくる事はなかった。
石の少年。ブルーレ・スー族の、最初の部族伝説
世界が始まったばかりの頃。
まだ自分達を導いてくれる、聖なる儀式もなく、メディスンマンもいなかった時代。
一人の少女と、五人の兄弟の家族が、とある峡谷の麓にティーピーを移した。トーテムポールの意味、ゴーストシャツの悲劇「ネイティブアメリカンアイテム」
兄弟達が狩猟に出かけると、少女は料理をしたり、衣服を作ったりしながら、その帰りを待った。
しかしある晩、狩りに出かけた五人の兄弟のうちの、四人しか家に戻らなかった。
それから次に四人で狩りに出かけた際は、三人しか帰らず、三人で出かけた際には、二人しか帰らなかった。
恐ろしいが、狩りをしなければ、食べ物も手に入らない。
二人の兄弟はまた狩りに出かけ、やはり一人しか戻らなかった。
少女はついに泣き叫び、最後の一人の兄弟に、家にいて欲しいと嘆願した。
しかし、食べるものがなくては生きることもできない。
最後に残った弟も狩りに出て、そして帰らなかった。
少女に食べ物を運んでくれる者も、守ってくれる者もいなくなってしまった。
彼女は泣きながら、丘の頂上に登っていった。
死にたかったのだが死に方すら知らなかった。
そして、ふと拾った小石を見て、これで死ねるかもしれない、と考えて、それを呑み込んだ。
すると、不思議と心が穏やかになった少女は、とりあえずティーピーに戻った。
それから妙に穏やかな感じで、むしろ幸せな気持ちさえ湧き上がってきていた。
食べ物も尽きて、もう死のうとしているのに。
しかし 彼女は死なず、代わりに小さな男の子を生んだ。
インヤン・ホクシ(石の少年)と名付けられた男の子は、普通より数十倍の速さで立派に成長した。
しかし息子が成長する様を見て、母親はだんだんと恐怖するようになった。
以前、兄弟達を失ったように、息子まで失ってしまうのではないか、と恐れていたのた。
息子は、母親がよく泣いているその理由は聞かなかったが、事情を知っているふうでもあった。
ある時にインヤンは母に言った。
「泣かないで、お母さん」
母は兄弟達の事を話した。
息子は、知っていると返し、続けた。
「だから、僕は行くんだ。お母さんの兄弟を。つまり僕のおじさんを探しに」
「でももし、お前まで帰らなかったら、私はどうすればいいんだい」
という母に、息子は笑顔で告げた。
「僕は必ず帰ってくる。お母さんの大切な人たちを連れて」
そうして、出かけたインヤンは、すぐに、おじさん達の命を奪った、恐ろしい魔女と出会い、見事にやっつけた。「黒魔術と魔女」悪魔と交わる人達の魔法。なぜほうきで空を飛べるのか
彼は、おじさん達の遺体も見つけたが、蘇らせる術を知らなかった。
だが、石の少年の彼に、石たちは答を教えてくれた。
少年は教えてもらった通り、火と水を使って、おじさん達を蘇らせた。
それから、インヤンは、大切な母の大切な兄弟を救ってくれた事を深く感謝し、彼らは、石と火と水をいつまでも尊ぶ、最初の部族となった。
白いバッファローの子牛の女。ブルーレ・スー族の偉大な女伝道師の伝説
大昔の事。
各地のスー族が集まり、その頃深刻になっていた飢餓問題を話し合った。
二人の男が、獲物を探す役目を与えられた。
しかし、あらゆる場所を探したが、何も見つけることができない。
そうして、途方に暮れていた二人が、ある高い丘にやってきた時のこと。
遠くから何かが近づいてくるのが見える。
その姿は浮かんでいたから、二人にはこの人物が「ワカン(聖なる人)」だとわかった。
だんだんと近づいてきてわかった。
その人物は頬に赤い色の点を塗り、白い服を纏った、男達がかつて見たことがないほどに美しい女性であった。
彼女は、「リラ・ワカン(特に聖なる存在)」であった。
それで、その美しい姿に邪な考えを抱いた、男の一人に、稲妻を浴びせ、骨に変えてしまった。
あるいは、自らの欲望にのみ込まれてしまうかの如く、雲に覆われて、蛇に食われてしまったのだとされる。
もうひとりの男は賢い人だったので、女性は彼に語った。
「私はバッファローの国から来ました。あなた達によい届け物があります。すぐに村に戻って、私の到着に備えるよう、人々に伝えなさい」
男はすぐさま、言われた通りにした。
この白いバッファローの女は、 正しいお祈りや、正しい作法、正しい言葉を人々に教えてくれた。
また、彼女は『聖なるパイプ(チャヌンパ)』をくれた。
「この空も、大地も、動物達も、植物達も、みんな、あなた達の親戚です。このパイプが、皆を繋いでくれるでしょう」
そうして、人々に様々な事を教えてくれた女は、本来のバッファローの姿に戻ると去って、獲物になってくれるバッファロー達をたくさんよこしてくれたのだった。
孤児の男の子とエルクドッグ。ブラックフット族の馬の伝説
荷物を運ぶのに、犬しかいなかった時代。
あるところに、ロングアロー(長い矢)と名付けられた孤児の男の子と、その妹が暮らしていた。
男の子は耳が聞こえず、言葉を理解できなかったから、みんなに、頭の鈍いバカだと思われていた。
親戚でも、男の子と関わろうとする者は全然いなかった。
美しく賢かった妹だけが、彼を愛してくれた。
しかし、やがて別の村からやってきた家族に、可愛く優しい妹はもらわれる事になった。
家族は、少女を娘に望んだが、馬鹿な男の子は、欲しがらなかった。
そうして、男の子はたったひとりの味方までも連れ去られてしまったのだった。
それから、ティーピーを移動する時期が来たが、厄介者の男の子に対して、村人達は告げた。
「お前はついてくるな。お前みたいなやつと一緒にいたくない」
ロングアローは、しばらくは村に残っていた残飯を食べていたが、 このままでは飢え死にすることは確実だった。
だから結局、彼には自分を嫌う村人達を追うしかなかった。
そして、みんなの足跡を追いかけながら、とろい自分では、みんなに決して追いつけないのではないか、と不安になって、ついに泣き出してしまった時。
パチン、と何かが弾けるような音がして、彼の体から虫みたいなものが出てきた。「昆虫」最強の生物。最初の飛行動物
するとどうか。
今や彼は、音を聞くことができるようになっていた。
それだけじゃない。
遥か遠くの音まで、はっきりと聞こえるくらいに、その感覚は研ぎ澄まされていた。
その優れた感覚で、ロングアローはすぐに、みんなの新しい場所を、見つける事が出来た。
そして、まず彼を見つけた、優しい老首長グッドラン(いい走り)は、「あのかわいそうな男の子が自分でやってきた。あの子を捨てたのは間違いだった」と思った。
グッドランはすぐに、男の子の変化にも気づいた。
「この子は馬鹿なんかじゃない」
グッドランは、ロングアローを養子にする事に決めた。
しかしグッドランの妻は、ロングアローを認めなかった。
「なんで、こんな役立たずでノロマなバカを引き取ったのよ」と怒る彼女に、 普段は温厚なグッドランは、それ以上の怒りを見せた。
「おい、そんなふうに喋り続けてみろ。お前をぶん殴ってやる。この子はバカでもないし、ノロマでもない、優しく強い子だ。私はこの子を自分の孫にしたんだ。見てみろ、この子は裸足だ、この子に靴を作ってやれ、きちんと作らないとお前を許さないぞ」
女は何も言い返せなかった。
ロングアローは、耳が聞こえるようになったばかりで、 多くのことを学ばねばならなかったが、すぐに同年代の少年達を、知識においても、技術においても追い越した。
首長の妻も、村人達も、こうなると彼を認めざるをえなかった。
立派に育ったロングアローだったが、かつては捨て子であった事をみんなが覚えているのがコンプレックスとなっていた。
彼は、自分を養子にしてくれた祖父に恩返しをしたいとも望んでいた。
やがて、遠い湖の偉大な霊力を持つ人達が飼っているという、偉大なる獣、エルクドックの噂を聞いたロングアローは、そのエルクドックを村にもたらすために、旅に出た。
辛く長い旅であったが、ロングアローは幾多の試練を超えて、ついには神秘的な精霊の湖にたどり着く。
そして精霊はまた、少年の勇気を称え、エルクドックの群れと、エルクドックを従えるための魔法の黒いマントと、エルクドックの歌や祈りを聞くための魔法の虹色ベルトをくれた。
村に戻ったロングアローは、祖父に笑顔で告げた。
「みんなにバカにされてた僕を引き取ってくれたお祖父さん。あなたにはどんなことをしてもお返ししきれないけど。私の連れてきたエルクドックを受け取ってください」
こうして、人は馬(エルクドック)と共に生きる事になったのだった。