ラヴクラフト作品いくつかの個人的感想
創作神話、あるいはシェアワールドであるクトゥルフ神話の生みの親として有名なハワード・フィリップス・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft。1890~1937)の作品の中で、全集の1~2に収録されてる作品。
やはりホラー小説というだけあって恐怖感を演出しようという感じが、あちこちの話にある。
もちろん単純に、ホラーファンタジー、ホラーSFとしてよくできてる感じの話が多いが、それ以上に、とにかく後に度々利用される、クトゥルフ系の情報のいくつもが興味深い。
「クトゥルフ神話」異形の神、生物の伝記。宇宙的恐怖のための創作神話
インスマウスの影。深きものどもに支配された街の恐怖
「こんな街に住んでみたいと思わないか? 何から何まで腐り果て、死に絶え、怪物どもが上陸してきては、地下室や屋根裏から、お前さんが歩くどの道の後にも這いずりまわるような」
好奇心からインスマスに来たのだろうアーカム出身の著者が、老人から、その町で起きてきた、そしてこれから起きようとする恐ろしい恐怖について聞く前編。実際にその街で体験する、まるで恐怖心からの妄想のような恐ろしいいくつかの出来事という後編。さらにその後の後日談的な、著者自身の先祖にまつわる秘密の調査と、それによって明かされる真実というような三段構えな作品。
インスマスと、深きものどもに関する情報が結構多い。
インスマスと深きものどもが関わるきっかけになったともされる、オーベッド・マーシュ船長と西インド諸島の住人の話も少し語られたりしている。
オーベッドが、そこの住人と遭遇した時には、彼らはすでに深海に住む謎の怪物たち(深きものども)と混血してしまっていて、 彼らは年を取ると水中生活に対応してくるが、それまでの若い時期は身を隠して陸上生活をしているというような話も。
壁のなかの鼠。古い修道院の悲劇
「きさまにわしの血統の所業を教えて、気絶させてくれるぞ。鼻つまみ者め。人間の肉の味わい方を伝授してやろう」
ジェームズ1世(Charles James Stuart1566~1625)の時代以来、誰も住む者がいなかった、ウェールズ、アンチェスターにあるらしい『イグザム修道院』の館に、1923年7月16日に移住した著者が語る話。
その土地自体は、著者の祖先が住んでいた邸跡。
ジェームズ一世の時代に、館の主人と子供が5人、さらに召使いが何人か殺されたという、恐ろしい悲劇も語り伝えられていた。その悲劇の犯人とされていた、その家の3番目の息子が、著者の直系の祖先。
そして修道院自体は別にしっかりと残ってるわけではなかったが、一時期イギリスに来ていた軍人の(この物語が語られる時点ですでに死別している)息子が聞いた話から、 興味を持った著者が、安く売られていた土地を買って、修道院を再建させた設定。
イグザム修道院自体は有史以前、ストーンヘンジと同時代の頃に建設されていたらしい寺の跡に建てられていたもの。設定的に、ケルト人、ドルイド教と関連していたようである。
「ケルト人」文化、民族の特徴。石の要塞都市。歴史からどのくらい消えたか 「ドルイド」詩人と占い師、教義の意味。復活祭、収穫祭、ケルトのハーブ
そして修道院館には、さらなる地下室があるのではないか、という疑問が発生し、それを調査する展開になる。
するとぞっとするような、いろいろな頭蓋骨が出てきた上に、さらには恐ろしい神ニャルラトテップの声や、肉を食らう鼠たちに遭遇するのだが……というような話。
死体安置所にて。それは亡霊かゾンビか
「おいバーチ。あれはアサフ・ソーヤーの棺桶だ。思った通りだ。歯でわかるんだ。上側の前歯がぼろっと欠けていてな」
アメリカの北部の田舎町。のろまと称される村の葬儀屋ジョージ・バーチが、ちょっとした不注意のために、地下の死体安置所で酷い目にあったという話。
著者はこの葬儀屋本人ではなく、葬儀屋が死んだためにこの話を語ろうと思った知り合い。
バーチは、1881年に葬儀屋という仕事を止めたのだが、そのきっかけになった事件があるようだった。
世間の噂によると、彼は 『ペック・ヴァレー墓地』の死体安置所の鍵をかけ違えてしまって、中に9時間閉じ込められ、 色々と暴れた末に脱出できた。ただし真相は誰にも語りたがらなかった。かかりつけの医者ディヴィスは、その真相を知っていたようだが、秘密は守った。
そしてこれは、ディヴィスが亡くなった後、新しいかかりつけ医者になった著者に、酔った勢いもあって、このバーチ自身が語ってしまった話という設定。
ようするにある晩に、死体安置所で、何かに足首を掴まれ、酷い怪我をさせられたというような話。
真相としては、微妙によくわからないが、生前にアサフ・ソーヤーなる酷い人物がいて、その悪党をバーチは、小さな棺に無理やり入れてたのだが、その復讐劇というような感じか。
しかしこの話の場合、犯人が亡霊と言うべきか、ゾンビと言うべきかが、ちょっと判断つきにくく、それが恐怖感を演出しているように思う。
闇に囁くもの。冥王星よりから来た者たち
「いいかねウィルマート。この事件に手を出したもうな。この事件はきみやぼくには到底思いもよらなかったほどたちが悪いのだ……ユゴスだけではなく、さらにそこを超えて、銀河系を外れた向こうの、おそらく外宇宙の最後の歪曲した縁を超えて、連れ去りたいと思っているのだ」
ニューイングランド地方における民俗学の研究家だという、アルバート・N・ウィルマートという著者の名前が出てくる。
アーカムのミスカトニック大学にいる、そのウィルマートに送られてきた、ヘンリー・W・エイクリーなる人物からの、宇宙生物に関する話を記述した手紙とか、他、いくつかの物的証拠とかの話。終盤ではウィルマート自身が、もしかしたら宇宙生物か宇宙生物の操り人形らしき何かと話をすることになったりして、直接的に情報がもたらされたりもする。
太陽系ができる以前の狂気的存在
基本的にクトゥルフ神話における重要な情報が多い。しかし大いなるクトゥルフや、外なる神々よりは、「ユゴスよりのもの」の情報が豊富である。
ヨグ=ソトースやクトゥルフに関する伝説などの記述もある魔術書「ネクロノミコン」の名前も出てくる。 その著者である アブドゥルアルハザードが、気の狂ったアラビア人というように表現されているのも興味深いか。
そこに書かれている古代の存在に関して、太陽系の地球、その他の惑星ができあがらない頃に、一種の狂気の半存在だった生き物という感想。
クトゥルフ神話における異形の神々という存在は、神秘的なものでなく、普通に特殊な宇宙生物というように解釈できそうな面も目立つ。
この話における神々に関する情報も、ファンタジーでなくSF的と言えるような感じがある。
ハイファンタジーとローファンタジーの違い。SFについて「ファンタジーとは何か?」
チャールズ・フォートと銀河系外宇宙
まずチャールズ・フォート(Charles Hoy Fort。1874~1932)の名前が出てくる。彼の没年がラヴクラフトとそれほど違わないというのは、結構重要なことかもしれない。
「チャールズ・フォート」UFO、超能力、オカルト研究のパイオニアの話
フォートが主張するような、地球外からやってきた存在などの噂の話は大げさだというように、ウィルマートは考えてたりと、なかなか冷静。
地球以外の別世界、銀河系外宇宙などという表現も使われている。
よく考えると、ラブクラフトが生きていた時代は、このアマノガワ世界という宇宙以外にも、銀河系という宇宙があるのかどうか、というような議論がされていた時代である。
ラブクラフトが認識していた外なる神々の領域、つまり外宇宙とは、単に他の銀河系、天の川銀河系の外領域ということなのだろうか。とするとそれは、現在の我々が、外宇宙という名称を聞いた場合にイメージしがちな外宇宙とは、ちょっと異なっていると言えるかも。
「宇宙構造」銀河集団、観測可能な宇宙。フィラメント、グレートウォール
宇宙空間種族が住み着く冥王星
その生き物は他の惑星から来たもの。惑星間の空間に住んでいて 、エーテルに対して自由自在に抵抗できる力強い翼で空間を飛ぶ。しかし惑星の大気の中での翼の扱いは下手くそで、地球上においてはあまり役に立たない。そんなふうにも語られるユゴスよりのものは、まさしくユゴス(冥王星)から来た。
だがその冥王星という、太陽系の端の惑星に関しては、暗く、しかし宇宙空間種族が住み着き、文明すら気づいているような説明すらある。
クライド・ウィリアム・トンボー(Clyde William Tombaugh, 1906~1997)が冥王星を発見したのは、1930年であり、ラブクラフトは、この当時の最新天文ニュースを、いち早く自分の世界観に取り込んだ感じである。
作中では、実際に冥王星が発見されるも早くから、ユゴスよりのものたちは、その惑星を語っていたということで、発見のニュースが信憑性を高める根拠として扱われていたりもする。
冥王星に限らず、太陽系の地球外惑星にも生物が存在していたりするというのは、当時のSFとしては珍しくない。もちろん各惑星に関する今の知見的には、矛盾が生じてしまっているが。
アインシュタイン的時空の連続体の外
ユゴス(冥王星)も、宇宙空間種族の人口稠密な前哨、つまりは偵察部隊の重合地点的なものにすぎないとも。 その種族がやってくる真の源は、アインシュタイン的時空の連続体、つまりこの四次元の大宇宙よりも外からだという推測すら出てくる。
年代的にアインシュタインの相対性理論も、かなり最新の話題であったろう。
「アインシュタイン」人類への功績、どんな人だったか、物理学の最大の発明家
またアインシュタインが間違っているという情報も出てくる。ようするにある物体と力は光よりも速い速度で動きうるのだと。
ユゴスよりのもののテクノロジー
適当な補助装置があれば、時間の中を動き、遠い過去や未来を目で見たり、手で触ったりもできる。
人の脳髄を肉体から離し、長く生きながらえさせることもできる。
脳細胞を、ユゴスで採れる金属製の、エーテルを通さない入れ物にしまい、電極を繋げ、「見る、聞く、話す」という3代能力の代用をする精巧な機械と、宇宙空間種族のテクノロジー原理は、やはり魔法よりも科学によっている感じがある。
実は翼の生えた菌質生物らしいユゴスよりのものは、 そうして保管した生物の脳を抱えて宇宙空間のルートを運ぶこともできる。
そうすると、四次元の時空連続体を超えた、別の宇宙とかを体験することも可能。説明的には、その体験は幽体離脱感覚に近いような印象もある。
しかし、宇宙空間種族にもいろいろ種類があり、宇宙空間を飛び渡れるのは、エーテルに抵抗する翼を有しているわずかな種だけ。
例えば大型類人猿系の未確認生物も、ユゴスよりのものか、少なくとも関連があるらしいというような説明もある。もちろんそれらは翼を持っていないので、直接的に飛んで地球に来たのではない訳だ。
「ビッグフット」実在するか、正体は何か。目撃の歴史。フィルム論争 「イエティ」ヒマラヤの猿人伝説。隠れ潜む雪男
まるでアブダクション現象
エイクリーが手紙で語る、ユゴスよりのもの、宇宙生物との遭遇譚の描写は、まるでアブダクション現象でもある。
「エイリアン・アブダクション」宇宙と進化の真相か、偽物の記憶か
人間社会に紛れ込んだ宇宙生物のスパイが、地球人たちの情報を集めているという発想。何らかの目的で地球に秘密の植民地を維持している。宇宙人はむしろ恐ろしい怪物(異形の神々)と敵対していて、宇宙人たちが人間に望んでいるのは、平和と不干渉と理知的な霊感通信の増大。霊感通信が必要となってきているのは、人間が発明し工夫したいくつもの文明の利器が、人間の知識や活動を広げてしまって、宇宙人が地球にひそかに存在するということが難しくなってきてしまっている。宇宙人たちは人間のことを十分に知りたがっている。
様々な情報はクトゥルフ神話において重要なものだが、やはり典型的なアブダクション現象の被害者が語るような物語に似てるとも思う。
クトゥルフの呼び声
「彼らが実際に水面からそびえ立つのを見たのは、偉大なるクトゥルフが埋葬されている城の上層部だったのではあるまいか。その下層に広がっているはずの壮大な都の規模を……そこに現れた線と形は全部狂っていて、我々の世界のものとは別個の、非ユークリッド幾何学的な球体と次元を連想させられた」
ロードアイランド州プロヴィデンスのブラウン大学のジョージ・ガムメル・エインジェルはセム語の講座を持った名誉教授だったが、1926年の冬に亡くなった。
そのエインジェルを大伯父に持つ著者は、そのさまざまな研究資料を整理することになった。そしてその中に見つけた、謎の世界観、伝説みたいな怪物の研究記録。これはそれらの話となる。
ウィルコックスという青年の奇妙な夢体験。ルグラースという警部が、それは凄絶をきわめていたという狂暴な集会を開いていたヴードゥー教団体を検挙した際に、押収されたという謎の考古学的遺物。
謎の粘土板のレリーフ(浮き彫り)に関して、現代人の手によるものぽいが、しかし現代と隔絶している感じも強い、というような表現がある。その際に、キュビズムや未来派の現代絵画は気まぐれとも思われる奔放な構図を示すが、有史以前の文字に潜む謎めいた均整さまでは再現しようとしない、とも説明されるが、キュビズムや未来派が20世紀初頭に始まった芸術模式とされているから、やはり当時結構最新だったことは興味深いか。
とにかく大いなるクトゥルフを信仰する邪教のものたちが 理解している大いなるクトゥルフに関する様々な情報が豊富。
海底の大いなる都ルルイエの前で、クトゥルフは復活するという予言。
偉大なる古き神々は血と肉からなっているわけではない。星座を見れば明らかなように、形は見えている。だがその形は、物質によって作られたものではない。星辰が正しい位置にあった時、神々は宇宙空間を飛び回ることができたが、一旦星座の位置が狂ってしまうと生きられなくなった。しかし生きられないとしても死んだわけではない。神々は死ぬことがない。だからこそ星々が正しい位置に戻った時、それが復活の時となる。
宇宙の現象を神々は知っている。神々の語り合う時、その話題は起きてきた宇宙現象のこと。
考えてみれば、異形の神々は星辰、つまり星々の配列と結びついて考えられている。しかし宇宙の星々というのは物質に思える。いったい宇宙のいかなる原理が、異形の神々という存在の原動力となりえているのだろうか。
エーリッヒ・ツァンの音楽
「あの奇怪な音楽の秘密を語る、細字でぎっしり書かれた草稿が、底知れぬ深淵に吸い込まれてしまったことを、いささかも残念と思っていない」
謎の街『オーゼイユ街』、そして大学生の頃に、そこで幾月かの貧乏生活を送ったはずの著者が語る話。
狭くて急な坂が多く、土地の川はひどい悪臭であった。そして住人たちは大半が年寄りばかり、というような街。
そして街の住人であり、狂気的に情熱的な音楽を奏でる老人エーリッヒ・ツァン。そのツァンと著者との少しの交流、そして、おそらくは最後なのだと思われるその演奏の話。
とりあえず、「あまり残念ではない」という語りが印象的か。
チャールズ・ウォードの奇怪な事件
ラヴクラフト作品の中で最も長いものとしても有名。
頭のおかしい人物として世間に知られる、チャールズ・ウォードという人が、好奇心から恐怖の秘密を知ってしまった物語。
クトゥルフ神話に馴染み深い用語がいくつか出てきはするものの、直接的な関わりがあまり示されないことから、クトゥルフ神話に含めるかどうか微妙という意見もあるようである。
しかし、ウォードが夢中になってしまう、彼の神秘的な印象の先祖 ジョゼフ・カーウィンは、セイレムの魔女裁判を逃れた魔術師である。個人的にはこの設定だけで、クトゥルフ神話の世界観を連想してしまうが……。