動画共有サービスをテーマとしたSF連作
金はいらない。
それより魅力的なストーリーがいる。
それがあればオタクたちは動く、という展開がなんか熱い表題作を含む、動画共有サービス「ピアピア動画」にまつわる4つの短編集。
主に巨大な彗星のせいで、月がガスに覆われ、様々な月面計画が中止になった近未来(というかif現代?)が舞台。
物語の中で、現代的な問題というか、現に起こっている様々な、ネットにおける現象と、それを利用した社会システムが描かれている。
例えば音楽は無償でダウンロードされ、もはや曲自体を売ることは難しい。
そこで、買ったという証明のグッズを売り、ファンであることをアピールしたい者たちに買ってもらうビジネスなど。
南極点の……。アイドルが宇宙デビューを目指すお話
主人公は、月面に関するプロジェクトに関わっていた学生だが、それが彗星のせいで中止になってしまったために、ひたすら愚痴をこぼしすぎて、同居していた恋人に出て行かれてしまう。
なんとか仲直りしたいと考える主人公。
そして彼は、彗星が地球に与えた運動量の影響で、地球の極地点に、急速な風のジェットが発生するシミュレーションの結果を知る。
これを利用すれば、宇宙に連れて行ってやるという、恋人に語っていた夢を実現でき、それをきっかけに、また仲直りもできるかもしれない。
だが問題はロケットをどう確保するか。
ボーカロイド(歌声作成ソフト)のキャラに恋し、その三次元再現を夢見るオタクコミュニティ、「ピアピア技術部」に所属する友人に、主人公は相談する。
そして彼は、それなら宇宙に飛ぶ二人と一緒に、自分が大好きなキャラを宇宙から歌わせてもらったなら、協力すると約束。
というようなお話である。
自己複製できるロボットが作られたなら、それははたして生命体かどうか、という哲学的な議論が少しだがある。
この話は一応、一番最後の話の伏線になっている感じ。
「オートポイエーシスな生命システム」物質の私たち。時空間の中の私たち
ただ、これ単体で面白い話ではあるが、連作として考えた場合は、最も不要な話でもあるような気がする。
大筋とはそんなに関係ない話。
コンビニエンスな……。蜘蛛たちの軌道エレベーター
コンビニに現れる蜘蛛の糸から連想されたカーボンナノチューブより、さらに起動エレベーターへと繋げていく話。
前の話で、愛するキャラを宇宙デビューさせることに成功し、ノリにのっている「ピアピア技術部」の新たな挑戦的なやつである。
「クモ」糸を出す仕組みと理由、8本足の捕食者の生物学
宇宙に関しても、ピアピア動画に関しても初心者な、(ただしオタク気質ではある)コンビニ店員さんが、チャットルームに降臨した時の提案。
「宇宙店が開店できるか?」の問いに、盛り上がるシーンは、読んでるほうも一緒に盛り上がってしまうと思う。
意図的な選択操作によって、宇宙環境に耐えれる蜘蛛を繁殖させ、それを軌道エレベーターの糸の管理係にするという発想に始まり、最大の問題であったエサの問題を、先に死んだ仲間の死体を使うことで解決する流れは、興味深く面白い。
歌う潜水艦と……。クジラとの対話とは何だったのか
少し考え方の古い主人公が思い込んでいたよりも、ずっと日本はオタク国家だったという話。
設定的には一番コメディっぽいか。
あまりに誰もが知っているボーカロイドキャラを知らない主人公は、それが国家を動かしてる秘密結社の何かなのではないか、というような妄想まで繰り広げる。
「人間じゃないものがヒットすれば、みんなが幸せになる」というセリフは、さりげなく深いと思う。
人は何でも相対的に考えがちで、誰かが幸せな場合、それは誰かが不幸ってこととイコールなことが基本だろうけど、ここにひとつの解決策が提案されたような気もする。
クジラとのコミュニケーションの話かと思いきや、謎の知的生命体が出てくる超展開。
そして、最も地球で友達が多い、ボーカロイドキャラのデータをいただくという、やはり超展開。
個人的には、クジラを知的生物とは見なしていなかったことが興味深い。
「クジラとイルカ」海を支配した哺乳類。史上最大級の動物
星間文明と……。 日本は星間交流よりもKawaiiが正義
満を持してピアピア動画を運営する企業、ピアンゴが登場する。
そして前の話の知的生命体、「あーやきゅあ」が、意外なノリで再登場。
あーやきゅあは高度なナノテクノロジーを有していて、細かい分子の組み立てにより、人間には馴染み深いロボットの姿にもなる。
分子を操作するテクノロジーに関して、保存則は満たしているが、ミクロな領域において、人間がまだ知らない物理法則が使われているという設定。
また、そのパーツ(分子アセンブラ)が、生物細胞同士のものを超える、高度な通信機能を持っていて、設計情報とエネルギーさえあれば、すぐに変換、変形、構築を実現できるというのが面白い。
「ナノテクノロジー」未来、錬金術、世界征服。我々は何をしようとしているか
星間文明の知的生命体が作ったロボットでも、三原則らしきものが適用されているというのも、なかなか興味深いか。
他に、星間文明が扱う知識に、おそらくは意識、無意識のような、顕在知と潜在知があるという設定。
潜在知はあまりに膨大なために、顕在化する知識は選択の必要性があるというように書かれている。
面白いのが、いずれも機械に読ませることが可能なデータらしいということであろう。
そこに適用されているという、一定の文法規則とは、どのようなものなのであろうか。
何はともあれ、連作の最後の話らしく、これまでの物語に登場したキャラたちも登場して、最後はまさに、オタクたちの愛が宇宙を動かしたというような素敵な結末が描かれている。
それと、最初に日本で彼女のブームが起こった時の、「日本は星間交流よりもKawaii」というのが……。