「クモ」糸を出す仕組みと理由、8本足の捕食者の生物学

クモの糸

クモはどのような生物か?

8本足を担う前体。呼吸器と糸吐き砲の後体

 通常、クモの体というのは、『前体(prosoma)』と『後体(opisthosoma)』に別れている。
前体は、頭と胸が一体化した構造であり、『頭胸部とうきょうぶ(cephalothorax)』とも呼ばれる。
後体は、腹であり、普通に『腹部ふくぶ(abdomen)』と呼ばれる。

 前体と後体を連結する細い節は、『腹柄ふくへい(Petiole。abdominal pedicel)』と言う。

 クモと言えば、8本の足だが、基本、これらは全て、前体についている。
顔だから当たり前だが、目も口も前体にある。

 ただしクモには鼻と耳はなく、ない鼻の代わりに呼吸器として働く『書肺しょはい(book lung)』は、後体にある。

 その辺のクモを適当に掴んで裏返すと、後体の前の方に、丸い板みたいなのが1対か2対ある。
 その板が書肺で、その後方の細長い穴が、人間の鼻の穴に相当し、それは『書肺気門』と呼ばれる。

 書肺が1対か2対かは個体によってではなく、種によって異なる。
例えばジョロウグモ(Nephila clavata)、ハエトリグモ(Salticidae)は1対。
ジグモ(Atypus karschi)、キムラグモ(Heptathela kimurai)は2対という具合である。

 後体にはさらに糸を出す突起状の器官があり、これは『出糸突起しゅっしとっき(spinneret)』、あるいは『糸いぼ』と言う。
これは糸を出す仕組み、システムを担う重要な装置である。

巨大な心臓

 書肺の板の内部側は、『肺葉はいよう(Lung lobe)』という薄い袋状の膜が連続して並ぶ構造となっている。
その見た目が、本が詰め込まれてるみたいだがら、書肺という名前がつけられたのである。

 肺葉が並ぶ層を『血洞けつどう(hematocoel)』と言い、名の通り、血液で満たされている。
 
 書肺気門と血洞の間には、『前気室ぜんきしつ(pulmonary chamber)』なる空洞があり、血洞の血が書肺気門からにじみ出てくる事は、普通ない。

 クモが呼吸によって、書肺気門から空気を取り込むと、まず空気は前気室を通って血洞に行き着く。
肺葉は、フィルター効果を持つようで、そこで空気から酸素が効率よく取り込まれる。
それから酸素を含んだ血液は、血管を通して心臓に送られる訳だが、この心臓は、体と比較してかなりでかい。

 心臓は後体内部の背中側の縦一帯に広がっている。
そしてこの巨大な心臓から、血液はほとんど前体へと送られていく。
そうしてクモの運動機能をほぼ全てにおいて担う前体へと、筋肉を動かす為のエネルギーとなる酸素を送る訳である。

持久力がない訳

 クモはそれなりに瞬発力はあるが、たいていの昆虫に比べると持久力がないとされる。
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これは、血管の絞りが緩く、的確に無駄なく酸素を、必要な筋肉に素早く送れない為だ。

 クモは、たいていの昆虫よりも原始的な生物であり、そもそも書肺なんてのも、水生生物のを無理やり陸地用にカスタマイズしたみたいなもので、あまり優れた呼吸器とは言えない。
 
 ただ同じクモでも、(少なくとも比較的には)瞬発力と持久力を併せ持っている種もいる。
 
 実はそのような持久力のあるクモは、書肺が1対の種である。
本来クモには書肺が2対あったのだが、いつからか特定のグループが、書肺を1対捨てる、という進化をしたのだ。
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これは書肺の1対があったところに形態的な空白が出来る事を意味する。
持久力を欲しがったクモ達は、その空白に、空気をより絞って通す「気官系きかんけい(windpipe)」を発達させたのである。

 気官によって取り込まれた空気は、直接的に筋肉など運ばれ、その運搬効率を上昇させる。
そうして気官を持たない種よりも高い持久力を実現した訳だ。

 ただしそれでも全身に器官を張り巡らせている多くの昆虫に、はやりクモは運動能力で勝てない。
いわばクモの器官は旧式で、昆虫のに比べるとショボいのである。

 これはクモが昆虫に劣っているという訳ではない。
人間だって明らかにクマやライオンより弱いのに、銃器を使えば、戦力差を覆せるだろう。

 クモは、伝家の宝刀である糸を用いて、「待ち伏せ(ambush)」などを駆使し、自分達より素早い昆虫を捕らえるのである。

食事の術

 クモの中には、タランチュラ(Theraphosidae)など立派な牙を持つのもいる。
毒クモ(Poisonous spider)の場合、毒を分泌ぶんぴつするのは普通牙である。
ただそのような歯は、たいてい口の外部に備わったもので、クモの口内には、歯というものはない。

 なので、クモは丸呑みか、飲む事しか出来ない。
通常、クモは消化液を下顎かがくから分泌し、捕らえた獲物を外で溶かし、栄養液にして飲むという食事方法を取る。

 外部に強力な牙がある場合も、それは大きな獲物を千切ったりして、よりスムーズに消化を行う為である。

 口内には、食道に不純物が入らないように防ぐ役割を担う、特殊な毛が生えていてる。
通常、消化を外部でほぼ完了している為に、はただ栄養分を吸収するだけである。
その為、クモの胃は、『吸胃きゅうい(sucking stomach)』と呼ばれていて、それは前体にある。

御手洗い事情

 クモの口から胃までを『前腸ぜんちょう(foregut)』。
胃から後体の肛門までの経路を『中腸(midgut)』。
肛門付近を『後腸(hindgut)』。
と言う。

 大きな獲物を食べる時は、外部の消化に加え、さらに中腸でも消化を行う。
 中腸にはさらに、『盲嚢もうのう(caecum)』という袋構造がいくつもあり、獲物のサイズによって、消化度合いを調整出来るようになっている。
 また後腸寸前くらいには『排出嚢はいしゅつのう(excretory bladder)』という領域がある。
排出嚢は、糞をある程度溜めておいて、水分を吸収する機構で、人間でいう大腸である。

 中腸と後腸の境目には「マルピーギ管(Malpighian tubule)」という細長い器官が接していて、糞には、このマルピーギ官由来の液体が少々混じる。
これは、排出を楽にする為だと思われる。

 他に尿の排出を推進する『基節腺きせっせん(coxal gland)』という器官もあるが、これは糸をあまり利用しない原始的なクモほど、発達しているという。
おそらくは、もともと余分で、尿にするような成分を糸作りに利用するようになった為と考えられる。

手足に宿る感覚

 鼻や耳がないので、クモには嗅覚や聴覚がないのかというと、そういう訳ではないらしい。
 
 8本足よりさらに前、クモの口の両隣には『触肢しょくし(pedipalp)』という、先端が毛深い、小さな手みたいなのがついている。
この触肢(のおそらくは毛)が、匂いを感知する機構を備えているようである。
実際、カメムシの放つ嫌な匂いがする化学物質を吹きかけられたクモは、口から洗浄液を分泌し、触肢を洗うという。

 また足にも匂いなどを関知する『化学感覚毛(chemosensory hair)』という毛があるとされる。
 そしてそれらは、匂いのみならず、音の感知も出来るという。

 化学感覚毛は、特に、触肢と前の二脚に多いが、これは当然、進むべき前方の情報をより詳しく知る為であろう。

 触肢や足は、まとめて『付属肢ふぞくし(appendage)』と呼ばれるが、クモにとって付属肢は、単なる手足というだけでなく、鼻や耳でもあるという訳である。

糸の驚くべき使いこなし

糸を作り出す機構

 クモをクモたらしめる最大の特性は、やはりその糸であろう。
それはa-ケラチンという物質で作られているという。
このa-ケラチンとは、人の毛などにも含まれているタンパク質である。
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 クモはどのような仕組みで糸を生成し、どのような仕組みで出して、それでどのような仕組みを構築するのか?
それはクモに興味のある多くの人にとって、もっとも強烈な関心を放つテーマである。

 クモが糸を出す器官である、出糸突起を拡大すると、その先端にはさらに『出糸官(spinnerule)』と呼ばれる大砲のような器官がある。
糸は、正確にはこの出糸官から放たれる。

 出糸突起は、後体内の『糸腺しせん(spinning gland)』という袋状の器官に繋がっていて、糸となる素材液体が作られるのはこの糸腺である。
そしてそのドロドロの素材液体を、出糸官により絞り出す事で、糸とするのだ。

ハラフシグモの出糸突起

 クモに近縁な生物と言えばダニやサソリ、それにクモとなる寸前に共通先祖から分岐したとされるカブトガニである。
しかしこいつらが糸を使う事はない。
 そして現存のクモの中で、最も原始的とされるハラフシグモ(Liphistiidae)でさえ、しっかりと出糸の為の器官を備えている。
どころか、3億5000万年前の(ハラフシグモに似ていたとされる)化石グモすら、『出糸器官』を備えていたという。
 
 多くのクモの出糸突起の位置は、肛門の近く(後体の後方)にある。
ハラフシグモの出糸突起は、書肺や生殖器のすぐ後ろに備わっている(前体の真ん中くらい)。
 この事は、元々それが、後体にもあった付属肢が変形したものだという説の強い根拠となっている。
 そこには本来2対の付属肢があったが、付属肢毎に(小さいものと、大きいものの)ふたつの出糸突起に変化したのである。

 それで、ハラフシグモの出糸突起は4対8個に見えるが、現存する他のクモは、たいてい3対6つである。

 ハラフシグモの4対の出糸突起の並びは前方から、「前外突起、前内突起、後内突起、後外突起」と呼ばれていて外側のふたつが大きく、内側のふたつが小さい。

糸の最初の使い方

 ハラフシグモの出糸突起の内、前内突起には出糸官はかなり少なく、後内突起には基本ない。
前外突起と後外突起には、出糸官が大量にあるが、糸腺は卵形ないし洋梨形のものが(数は数百あるが)一種類のみあるだけである。
ただし、実際には二種の糸を使い分けられるという。

 ハラフシグモは、土の斜面をほぼ垂直に掘った巣穴に住み着く。
この種にとって糸の用途は、巣の入り口付近に扉的なものを作るのと、卵を保護するのみである。
用途ふたつに、二種の糸を使い分けているものと考えられる。

 おそらく元々、糸は、このハラフシグモのような使い方のみを想定したものだったとされている。
 しかしそれは思いの外、非常に便利な道具であった為に、クモはその出糸器官を、次々と改良し、用途を増やしていった。

7つの素材に、無限(?)の可能性

 現在、最も出糸器官を発達させているクモは、オニグモとコガネグモとされている。

 これらの種の出糸突起は、たいていの現生グモと同じく3対であり、どの突起にも出糸官が大量にある。

 驚くべきはこれらの種の操る糸の多様性である。
オニグモ(Araneus ventricosus)、コガネグモ(Argiope amoena)は、なんと『大瓶状腺だいびんじょうせん(Large ampullar gland)』、『小瓶状腺(Small ampullate gland)』、『管状腺(Tubular gland)』、『鞭状腺べんじょうせん(Whiplar gland)』、『集合腺(Collective gland)』、『ブドウ状腺(Glandular gland)』、『ナシ状腺(Pear gland)』という、七種類もの糸腺を持っている。
 さらに素材7種類を、絞り出す出糸官のサイズによって細さ、太さを微調整。
複数の糸を合成し、8種類目以降の糸すら作り出して利用する。

糸で何でも出来る

 例えば、どこかからぶら下がる時に使う『しおり糸』、あるいは『引き糸』は、大サイズの大瓶状腺を使う。
これは非常に太く丈夫で、雌の成体のオニグモのソレは、ナイロンに匹敵するともされる。
 卵を包む『真腺』は、小サイズのブドウ状腺である。
これは最も細い糸で、絹糸に近い。
また卵嚢の外壁は管状腺で作られる繊維で成る。

 さらに、オニグモやコガネグモは、『円網えんもう(orb web)』と呼ばれる、中心から放射状に伸ばした糸と、同心円状に細かく張った糸を組み合わせた円形の巣を形成する。
その円網だが、実は1種類の糸から成るものではないのである。
 
 基本的な円網は、基礎となる『縦糸』と『枠糸』に、『足場糸』、『横糸』を加えた構成となっている。
 縦糸と枠糸は大瓶状腺で作られ、足場糸は小瓶状腺で作られた糸。
糸同士の接着剤代わりに働く特殊な糸はナシ状腺で作られ、糸でなく『付着盤(Adhesion board)』などと言われる。
 そして横糸は、鞭状腺から出る『地糸じいと』を、集合腺で作られる粘液でコーティングした合成糸である。
この横糸は強度と粘着性を併せ持った万能糸で、勢いよく飛んできた獲物を見事に捕らえる。

 捕らえた獲物を包む糸は、ブドウ状腺で作られたもので、それは卵を支えるクッションや断熱剤の素材としても利用される。

ウズグモの特殊糸器官

 ウズグモ科のクモは、出糸突起とは別に『篩板しばん(cribellum)』と呼ばれる、特殊な出糸器官を有している。

 篩板は、名前通りに板みたいな形に、大量の出糸官を配置した器官である。
ここの出糸官は細く、そこから出される糸は極細となる。

 ウズグモは、最も後方の第四脚に生えた『毛櫛もうしつ(hair comb)』という毛で、篩板から出る糸を取って、地糸に絡める。
そうする事により、(おそらく絡まった糸が虫の毛を引っ掻けるか、あるいは発生させた静電気によるものとされる)粘着性が生じ、擬似的な横糸となるのである。
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 ウズグモは円網を作るが、集合腺を持たない為に、このような方法を取るのだろう。
ただし、エネルギー効率的にも、粘着性的にも、最先端(?)の集合腺液加工の横糸には劣るとされている。

 また、篩板は一部のクモだけが獲得したものなのか、大半のクモがいらなくなって捨てたものなのか、クモ研究者の間で議論が絶えないという。

なぜ自分の糸で絡まないのか?

 クモが粘着性のある自ら作った網に絡まずにいられるのは、実はクモ学最大の謎のひとつである。
 
 昔からある有力な説が、クモの足には、例えば油のような特殊な物質が塗られていて、糸の粘液を無効果するというものである。
 有名な昆虫学者ファーブルもこの説を支持している。
(残酷だが)クモの足を千切り、それを横糸にくっつけようとしたが上手くいかなかったのだという。

その他の生態

新天地求めて空中旅行

 クモという生物は時々、飛ぶ。
放った糸を風に上手く流すことで、自らをも空に浮かばせる。
この行動は『空中旅行(ballooning)』、あるいは『バルーニング』。
そしてこのバルーニングの為に放たれる糸を『遊糸ゆうし』と呼ぶ。

 この行動は古くから知られているが、どういった目的なのかはよくわからない。
まあ普通に新天地を求めてとも考えられるが、風に流されるままの飛行なので、特に海に出てしまった場合などには非常に危険である。

 時に、船などに、大量のクモが飛び入ってくる場合があるようだが、そこに船がなかったらどうなっていたのだろうか?

巨大な雌、ちっぽけな雄

 クモの世界は、完全に女性優位となっている。

 ジグモやコガネグモやアズチグモなどは、雌の大きさが、雄より圧倒的に巨大で、そもそも雄にとっては恋愛自体命がけである。
 ただしキムラグモ、サラグモ、ハエトリグモなどは雌雄でそれほどサイズが変わらない。

 クモは典型的な補食生物であり、雄が餌と間違えられる事もある。

 生物学的には、子を産めない雄が、栄養分として雌に食われるというのは、なかなか効率がよいと言える。
 またヤチグモの一種などは、母親が自らを餌として子供達に捧げる事があるという。

毒蜘蛛について

 よく、タランチュラは図体はでかいが毒はなく、セアカゴケグモは小さいわりに猛毒など言われる。

 しかし実際、獲物に対する毒液の量は、タランチュラの方がかなり多い。

 多くのクモには毒があるが、たいてい無害なのは、その毒が獲物である昆虫に対しての毒だからである。

 セアカゴケグモなどが危険だとされるのは、その毒が脊椎動物にも有効である為だ。
おそらくマウスなどの天敵に対する防衛手段としても使われるからだと考えられる。

 ただし、クモの毒は、強力なものでも、人間にとって決定的に致命的ではなく、蜂や蛇の毒の方が恐ろしいらしい。
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 糸で巣を作るのを『造網性ぞうもうせい(web-building)』、作らないのを『徘徊性はいかいせい(Wandering)』のクモというが、たいてい徘徊性のクモの方が昆虫に対する毒性は強いとされる。
 これはある意味当然であろう。
造網性のクモにとっては、獲物の動きを封じる為のメインウェポンはその網であろうから。

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