「レリック」博物館の怪物ミステリーの感想と考察。カリスト効果の初出作品

博物館の怪物描く、ミステリー成分多めなモンスターSF

 巨大な博物館があって、 ネズミなどがまったく見られず、時々猫とかが行方不明になったり、何か奇妙なものを見たというような証言があれば、確かに、そこには怪物が潜んでいる、というような噂が流れてもおかしくはない。

 そういう都市伝説的なものがある大きい博物館を舞台に、連続して起こる怪奇的な殺人事件と、その犯人である怪物と、科学者や警察官との攻防を描いたSF小説。
構成的には、前半ミステリー、後半モンスターパニックみたいな感じの流れであり、その両ジャンルのどちらも好きという人には、かなりお勧めできる内容。

 ただ、SFミステリーというよりは、ミステリーぽい雰囲気のSFという感じ。
普通のミステリーで、何かの事件の犯人はどこの誰だみたいなことが謎として描かれるように、博物館に潜んでいるという怪物はどのような存在なのか、というのがメインの謎として描かれる。

探偵小説的な面白さ

謎のFBI捜査官ペンダーガストの魅力

 数年前に別の地域で起きた、似たような手口の未解決事件を担当していた過去を持ち、その犯人を追い続けているという設定で、 物語の要所要所で活躍するFBI捜査官ペンダーガスト。
この男自体が、謎の人物みたいな感じで描かれているのが、なかなか面白いところである。

 FBI当局の間では、ちょっと変わり者という評判だが、能力自体は優秀なように描かれる。
作中で、シャーロック・ホームズ的な推理をまったく自然としてみせた時は、まさしくそういうふうに例えられたりもする。
「緋色の研究」感想と考察。シャーロック・ホームズの最初の伝記 そして、そう言われてみれば、確かにこのキャラはホームズ的なキャラかもしれない。

 よくシェイクスピアやギリシアの哲学者などを引用したり、絵画に詳しかったりと、芸術方面の知識が深そうな一方で、今は亡き妻と夫婦揃ってハンターだったこともあるという。
とにかくいろいろと濃いキャラクター。

未知の生物の調査という謎解き

 時々、古生物学と未知動物学の調査の記録とかは、まるで探偵小説のようと例えられることがあるが、まさにそういうのを小説として描いてみました的な感じである。

 呪われている謎の木箱と、その周辺で起きる猟奇的殺人事件、というだけなら普通のミステリーのようである。
しかしそこに、「絶滅したと考えられるジャングル奥地の種族の探索の記録」、「遺体から検出されたDNAサンプルの中に、なぜか人間と爬虫類の遺伝子が入り混じっているという解析結果」、「明らかに鳥(というより恐竜)のものかもしれないと言っていいような鉤爪の傷痕」などといった、 未確認動物好きの心にはよく刺さるであろう謎が次々と絡んでくる。
細胞分裂イメージDNAと細胞分裂時のミスコピー「突然変異とは何か?」恐竜「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。  ただ物語全体としては、怪物の謎解きの比率が大きく、怪物との戦いを期待する人には微妙かもしれない。

生物学(モンスター)SFとして

カリスト効果のアイデア

 この作品の最大のポイントは、まず間違いなく、作中の生物学者フロックが提唱している「カリスト効果」であろう(注釈1)
彼自身が、「フラクタル進化」という著書で、それを一般にも広めているという設定(そして彼は、その著書のせいで、ちょっと頭がイっちゃってるというふうに噂されてしまっているという設定)(注釈2)

 このカリスト効果は、進化生物学と、物理的限界による予測不可能な複雑性の理論であるカオス理論を、合わせた研究により示された概念とされている。
その概要としては、進化は基本的に徐々に起こるものだが、時に飛躍的なものとなり、異常種とも言える怪物(モンスター)を生み出す。
恐るべき捕食者でもあるそのモンスターは、大規模な絶滅の原因にもなり、進化の方向を分岐させる、というようなもの。
進化の分かれ道「進化論」創造論を最も矛盾させた生物学理論進化「断続平衡説」例外は我々なのか。人間主義への反論と、化石記録の問題点  作中、フロック自身の「わたしは恐竜が、異常種の殺戮によって滅びたのだと信じている」というようなセリフもある。
そしてそのような恐ろしいモンスターは、当然、自分の餌となる生物群をあっという間に絶滅させてしまうため、自分たちもその後すぐに絶滅する。
生存期間がわずかな期間だから、後に化石としても残りにくい。

 カリスト効果の設定は、二人の作者、特にアイデアを提供したというリンカーン・チャイルドのお気に入りらしく、彼の他の小説とかでも出てきたりする。
また、カリスト効果という名称自体は、その理論を面白がったマスコミが勝手に名付けたという設定。

 ちなみにそのフロックという博士も、すべてが怪物の仕業だとはっきり確定したところで、恐怖などの感情とともに、少し喜びを見せたりといった、マッドサイエンティスト的な気質が描かれたりしていて、キャラクター的に魅力となっている。

(注釈1)ギリシア神話のカリスト

 カリストは、ギリシア神話に登場するニュンペー(下級女神)の一人。
もとは美しい乙女で女神アルテミスに仕えていた。
しかしある時、神々の父ゼウスに見初められ、彼に騙された挙げ句、嫉妬したゼウスの妻ヘーラーにより、あるいは純潔を好むアルテミスの怒りに触れ、呪いにより怪物(クマ?)に変えられてしまったとされる。
大地が浮かび上がる様子「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン

(注釈2)フラクタル

 フラクタルは、数学者ブノワ・マンデルブロ(Benoît B. Mandelbrot。1924~2010)が導入したという幾何学概念。
何らかの全体の部分から、特定の方法で部分をとっていったとして、結局その特定の部分に、全体と同じような幾何的構成要素が残っているようなパターンのこと。

 自然界に多く見られるということで、生物学の分野でもよく取り上げられる概念。

 例えばフラクタルの具体的な例として、海岸線がよく挙げられる。
通常、複雑とされるものであっても、拡大していくと単純な部分が現れるものであるが、海岸線はいくら拡大しても、前のスケールでは無視できた、さらに微細な複雑形状が現れるとされる。

 ただし現実のものは、おそらくなんでも、実際的な極限として原子レベルまで考慮にいれると厄介である。
化学反応「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か

それは自然においてどのような役目を担うか

 これもまた作中でフロックが語っているようなことだが、カリスト効果により生み出されるモンスターも自然システムの一部であるとするなら、その役割はおそらく、繁栄しすぎた生物の消去。
しかしそうだとするなら、人間は果たして繁栄しすぎた生物なのだろうか。

 人間は繁栄しすぎというより、生態系を乱しすぎる生物というようなイメージも強い。
しかしそうだとしても、(少なくとも20世紀までは)小型生物への影響力は大したものではなかったろう(?)。
我々は、確かに陸上に限っては、我々が保護区と定義しているような地域以外から、大型動物をほとんど消滅させてしまったが、小型生物は今でもありとあらゆる場所にいる。
おそらく我々の多くが最も絶滅してほしいと願っているゴキブリに関しても、我々は物量作戦で押されっぱなしというような状況と言える。
台所「ゴキブリ」人類の敵。台所の黒い絶望の正体  そもそも微生物というものを考慮にいれないとしても、繁栄しているというのなら、ゴキブリ含む節足動物の昆虫がまさにそうではなかろうか。
昆虫のカリストモンスターはこれまでに出現したことがないのだろうか。
虫取り網「昆虫」最強の生物。最初の飛行動物  我々は、自分たちの種である人間を、やたら特別扱いしたがるという話があるが、それと同じくらいに、我々は我々と同じようなスケールの大型動物たちを、特別な枠組みとして考えたがる傾向にあるから、こういう問題はより難しい。
倫理学「人間と動物の哲学、倫理学」種族差別の思想。違いは何か、賢いとは何か

中間種のシミュレーション

 カリスト効果の研究にも存分に利用されたという、ある生物種と、別の生物種の、進化学的中間種をシミュレーションするためのソフトウェアが出てくるが、これもなかなか興味深い。

 そのソフトを開発したプログラマーは、フロックの支援を受けていたわけだが、カリスト効果には否定的だった。
しかしこのソフトによって、時に特定の生物と生物の間の中間種が、普通には考えにくいようなグロテスクなモンスターになる可能性が示されたことが、カリスト効果の根拠の一つになっているという皮肉も、なかなか面白いであろう。