昔から、互いに関わってきた
〈竜の卵〉と名付けられた中性子星に発生した知性と、 人類との互いの発見、ファーストコンタクトを描いたSF。
ある生命体の小サーガという感じの作品でもある。
何もかも驚くべき速さの世界
地球上の知的生物がすでに、紀元前49万5000年に、近づいた中性子星の影響によって生じたようなものという設定。
中性子星の、急速回転する強力な磁場の影響で、地球上層のオゾン層が崩壊したために、高エネルギーの宇宙線粒子(放射線)が大量に地上に降り注ぎ、生物の変異を誘発したとしている。
「ビッグバン宇宙論」根拠。問題点。宇宙の始まりの概要 「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎
そして紀元前3000年頃。人類が文明を築き、空に興味を持ち始めた頃。中性子星は、単なる高温のガス玉でなく、小さいながらも大地を持っている世界になっていた。
「強力な重力場が、輝く物質を固い球に圧縮し、液体中性子からなる高密度の中心角の上に、中性子に富む原子核が結晶格子に緊密充填された厚い地殻が被さっている」とされている。
そして時とともに、星は冷えて収縮し、高密度の地殻は破断。鉄の蒸気からなる大気の中に、山脈や断層も形成された。かなり大きな山脈で10センチメートルほどというのが、そのスケールを見事に感じさせてくれる。
そして重要となるのが、星の温度が低下するなかで発生するようになった、多くの複雑な原子核化合物。それらの化合物は地球上で採用された電子による弱い分子結合でなく、強い核力の相互作用の力を利用していたので、分子の速度でなく、原子核の速度で反応した。つまり地球上ではマイクロ秒あたり数回の反応なのが、それはマイクロ秒ごとに無数の核化学結合が試みられるとも説明される。そして、ある運命の1兆分の1秒の瞬間に、ついには安定し、かつ自己複製を作れる核化合物が形成された。つまりは生命体である。
この大きさのスケールの小ささのために生じるとも言える、中性子星生物の、驚くべき速さのスケールの進化速度こそ、この物語の最重要テーマである。
「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか 「意識とは何か」科学と哲学、無意識と世界の狭間で
中性子星の原子核生物の歴史物語
生物に必要な要素を考える時、 確かに最重要なのは安定性と自己複製機能。知性に必要なものですら、普通に考えるなら、やはり安定したネットワーク構造のみだろう。
つまりは分子スケールの領域でなく、原子核スケールの領域にそのようなものが存在しえるとしたら、そこに生命体が発生することに関しては、それほどおかしいことではないように思える。
さらに進化というのは意思ではない。ただいくつもの生物が共存している時、最もその環境に対応していた生物が生き残っていく現象にすぎない。
たが、複雑な系が有利になるような環境があったとして、その中で、原子核生命というまったく未知ともいえる存在に、どこまでの複雑さが許されているだろうか。制約はあると思われるが、それは分子生命と比べれるようなものだろうか。
「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ 「中間子理論とクォークの発見」素粒子物理学への道
ここで描かれているのは、「原子核生命が存在するとしたら」というよりも、「人類のような知的生物が原子核世界に生じたら」というような側面が強いように思う。
知的好奇心が正義
その速度は速いが、中性子星の者たちも、地球の科学と宗教の歴史と似たような道筋を歩んでいる。
空の星々の動きに興味を抱き、自分たちの世界をその中心の完璧な世界とした。だがやがてそれが間違いであることにも気づき、というように。
その生きる時間は、人間に比べてとてつもなく早いのだが、中性子星の知的種族たちに気づいた、人間の調査船の者たちとのコンタクト後、
通信状態が成功するまでも、してからも、その時間感覚の違いは問題となるが、人間側は自分たちの様々な知識のデータを彼らに与える。そして彼らは学ぶ。
この辺りの描写は、互いに全然敵意なく、持たれる恐れもあまり気にしないで、本当に「ただ知り合いたいから、知り合ってみる」というような感じで、平和的。
教え子から優れた教師へ
もちろん中性子の者たちの学ぶ速度も凄まじい。
明らかに彼らは生きる速度が速いだけで、好奇心旺盛な人間と似たような種族として描かれている。
面白いことは、卵(中性子星)が生まれた超新星爆発の時期は、人間の地球上で気候の急激な変化が起こった時と一致。さらには人間の人類学者がホモサピエンスが発生したと推定している時期とも一致。そして今、そのサピエンスたちが多くの知識を自分たちに提供してくれている。というような相互作用を、彼らも面白がることだろう。
しかし精神的に人間に近いものの、物理的には中性子生物であるという点は、なかなか冷静に描かれている
例えば、彼らは、原子核スケールの生物であるから、基本的に分子化学については、理解すること、予想することしかできなかったという話。
反重力をコントロールする技術は、宇宙船の建造を可能にした。しかし実際問題、非常に硬く思える中性子星の地殻の上に住んでいる中性子生物たちが、宇宙に飛び出した途端、重力の弱まりのために、その構造を崩壊させ、構成部品が開きすぎている分子なる状態になってしまう、という問題が一般の者たちには信じがたいという話など。
「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
そして、あっさり人間を科学力を追い抜いてしまった中性子星生物たちは、逆に優れた教師となって、人類がこれから得られる可能性のある様々な科学知識のヒントのみをいくつも残してくれる。
この物語の世界の中では、太陽の中に小さなブラックホールが5つ発生していて、それらが太陽の正常な動作を邪魔していることが、人間の未来の心配事になっていたのだが、彼らが別れの贈り物として、それらをあっさりと取り除いたという報告は、感動的ですらある。