「ダーウィン進化論」自然淘汰と生物多様性の謎。創造論との矛盾はあるか

ダーウィンの種の起源

 1859年のイギリス。
イングランド 「イギリス」グレートブリテン及び北アイルランド連合王国について
ロンドンで第一回万国博覧会(1851年)が開かれてからまだ10年も経っていない。産業革命を越えて、国中に鉄道が建設され、世界が狭くなりつつあった、そんな時代に『種の起源(On the Origin of Species)』は出版された。
著者のチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin。1809~1882)は当時、どちらかというと地質学者として知られていたらしいが、現在では生物学者としてよく知られている。科学史上、最も革命的な仮説、『進化論』を広めた生物学者として。そして「種の起源」は、進化論という理論を扱った本の中で、おそらく最も有名かつ、後に大きな影響を残したものである。
ダーウィンの家 「ダーウィン」進化論以前と以後。ガラパゴスと変化する思想。否定との戦い
 ダーウィンが生きた時代のヨーロッパは、『キリスト教』の影響が強く、「この世界のあらゆる生物は、神によってその種ごとに個別に創造された」という教会の説明を、多くの人が常識としていたとされる。ダーウィン流の進化論は、そのようなキリスト教的な創造説と対立する理論であり、ダーウィンとその支持者たちは、知の革命家たちのようだった。
ユダヤの寺院 「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か? 神はいるか 「人はなぜ神を信じるのか」そもそも神とは何か、何を理解してるつもりなのか
 ダーウィン進化論は、現在では、生物の多様性を最も上手く説明できる、生態系システムとして、広く支持されている。

リンネの階層分類

 ダーウィンより以前。18世紀の事。
スウェーデンの生物学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linné。1707~1778)は、乱雑に散らばっていた生物の種ごとのデータを整理した。そうして分類されたデータ群は、幾度となく修正は加えられたものの、今でもその分類方法自体は使われている。

 ニワトリとイヌとネコとヒトしかいない世界を想像してみたらよい。
倫理学 「人間と動物の哲学、倫理学」種族差別の思想。違いは何か、賢いとは何か
この中で、子を卵に包まれた状態で生むのはニワトリのみなので、「ニワトリが鳥で、その他が哺乳類という分類」がまず出来る(ただし実際には、子を卵の状態で産まないことが哺乳類の定義ではない。単孔類などは卵を産む)
風切り羽 「鳥類」絶滅しなかった恐竜の進化、大空への適応 哺乳類 「哺乳類」分類や定義、それに簡単な考察の為の基礎知識
イヌとネコとヒトでも、「四足歩行生物のイヌネコと、直立歩行生物のヒト」という分類が出来る。さらにイヌとネコも、単純に細かな特徴の違いで分類出来る。
犬と犬小屋 「犬」人間の友達(?)。もっとも我々と近しく、愛された動物
ニワトリとその他という大きな分類、イヌネコとヒトという第二の分類、イヌとネコという第三の分類。リンネの分類方法とは、このように分類を階層分けする事で、データベースをわかりやすくするもので、かなり便利である。
そしてこの分類方式は、ダーウィン的な進化論の生物分類を表現するのに非常に便利なものでもある

3つのドメイン

 現在、最も高い階層の分類は『ドメイン』で、それにより既知の生物のほとんどは『真正細菌(Eubacteria)』、『古細菌(Archaea)』、『真核生物(Eukaryote)』の3つに分類される。
3つのドメインはどれも、『細胞(cell)』と呼ばれる構造を基本要素としているところが共通している。

 真正細菌は基本的に『単細胞生物(Unicellular organism)』である。ドメイン固有の特徴として、『ペプチドグリカン(Peptidoglycan)』という『分子(molecule)』が含まれたまくや、『重合じゅうごう(polymerization)』を行う5種の固有な『タンパク質(protein)』などを持つ。
卵かけご飯 「タンパク質」アミノ酸との関係、配列との違い。なぜ加熱はよいか
重合とはある分子化合物を構成する、より小さな分子のいくつかが、新たに結合し、また別の分子を作る現象。
「生化学の基礎」高分子化合物の化学結合。結合エネルギーの賢い利用 化学反応 「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か
 古細菌も普通は単細胞生物。固有の特徴は、『エーテル脂質(Ether lipid)』と呼ばれる脂質が含まれる膜など。

 真核生物には、単細胞生物もいるが、複数の別個の細胞が共生している状態である『多細胞生物(Multicellular organism)』もいる。固有の特徴は、『DNA(deoxyribonucleic acid)』という『遺伝(heredity)』情報を担う分子を閉じ込めた核を持っている事など。
細胞分裂イメージ DNAと細胞分裂時のミスコピー「突然変異とは何か?」
 真核生物の細胞は大きく、他ふたつのドメインの100倍くらいある。また核と呼ばれる『細胞内小器官(organelle)』こそ真核生物のみが有する特徴であるが、第4のドメインとも言われる(ただし、単独で生命活動を行うことができないともされる)ウイルスを含め、DNA、または似たような分子である『RNA(ribonucleic acid)』という遺伝情報を担う要素自体は、全ドメインにある。
DNAとRNAは、いわば地球生物に固有の特徴である。最も、今後地球外生物、あるいはこの地球の中でも系統の違う生物が発見されたとして、そういうのがいくつ発見されても、全て遺伝情報物質にそれら(DNAかRNA)を使っていることがわかってきたならば、それはこの宇宙の生命体の特徴と言われるようになるかもしれないが。だがこの可能性を実際に検討するために必要なサンプルを、現時点で、我々はまったく持っていない。

小さな生物の無視は、創造神話否定の根拠になるか

 動物や植物など、古くから知られる生物は全部、真核生物である。
たなびく植物 「植物細胞」構造の特徴。葉緑体、細胞壁、大きな液胞、
古細菌や、真正細菌は、肉眼では見えないほど小さいものばかりなので仕方がないと言える。
理科室 「微生物の発見の歴史」顕微鏡で初めて見えた生態系
 ただ、そういう非常に小さな生物について、昔の創造神話とかが触れていることはほぼない。それはそのような神話などが、人間が想像したものにすぎないということの証拠になるだろうか。

 しかし、仮に創造神が存在するとして、創造したのは真核生物のみか、あるいは真核生物以外は、特に、システム上のキャラクターにあえて語る必要はない要素と神が考えたなら、微生物をその目で見るための顕微鏡などの発明は、普通に考えられているよりもずっとすごいものなのかもしれない。
もっと単純に深みがそれほど多くを語る時間がなかったかあるいは我々がそれを直接的に確かめることができないために(記録をつけようと考える頃には)忘れてしまっていたとか、そういうふうにも考えられるかもしれないが。

別の自分の意識について

 ヒトも多細胞生物である。つまり我々は、細胞たちの共存体のようなものである。細胞たちは、電流を流しあう事で、互いに適切に動きあい、我々が、自分だと信じている何かを生み出しているらしい。
電気回路 「電気回路、電子回路、半導体の基礎知識」電子機器の脈 雷 「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係
 しかし自分の細胞構造は自分だけのモノでないとする。例えば、もしすぐ右隣に、完全に同じように動きあう細胞群があったとすれば、そこにいるだろう、別の自分は何を見てるのだろう? 物理的にはそれが正しいように、ちゃんと左隣の自分を見ているのだろうか?
コネクトーム 「意識とは何か」科学と哲学、無意識と世界の狭間で 人工知能の基礎 「人工知能の基礎知識」ロボットとの違い。基礎理論。思考プロセスの問題点まで

進化論的生物史

進化により分岐していく各系統

 3つのドメインより下の階層で分類される生物は全て、ドメイン固有の特徴を持つから、共通の祖先を持つグループなのはほぼ間違いない。子というのは、実質的には、親を構成する細胞のコピー細胞で構成されてるようなもの。なので、細胞レベルのスケールにおいては、その固有の性質を受け継ぐからである。

 3つのドメインも共通の祖先を持つとされる。遺伝物質が共通しているし、いずれも細胞構造を基本にしているから、普通にその可能性は高い。
もちろん我々はそもそも細胞を使うタイプ以外の生物を知らないから、そもそも細胞という構造自体が、生物という存在の必須条件であるだけなのかもしれないが。とすると3つのドメインは、それぞれ個別に誕生した可能性もあるだろうか?

 ある時に祖先が共通している生物グループを『分岐群(clade)』とか、『単系統群(monophyletic)』と言うが、もしもこの地球で、「無生物的などこかの環境で生命が発生する」という現象がただ一度しか起きなかったことならば、地球生物はすべて単系統群と言える。
ただし、単系統群のような言葉は、共通の祖先の生きていた時期を調整することによって、その範囲をわりと自由に定めることができる。例えばヒトは、どこかの時点でチンパンジーと分岐して、そしてチンパンジーは、それよりも以前のどこかの時点でゴリラと分岐したとされている。そしてチンパンジーとゴリラの共通祖先を系統群範囲の出発点と設定したなら、それらは他の全地球生物と区別して「単系統である」と表現することも可能。

細胞構造内の独立体

 特筆すべきは『ミトコンドリア(Mitochondria)』である。これは真核生物の細胞内の小器官のひとつなのだが、核のDNAのとは異なる、独自の遺伝情報を持っている。
他にも、光を利用可能エネルギーに変換する『光合成(photosynthesis)』を行う生物の細胞に見られ、まさしく光合成というシステムの要になっているのだろう『葉緑体(Chloroplast)』なども、独自の遺伝情報を有する。
ミトコンドリアや葉緑体は、おそらく本来独立した細胞だったが、ある時、後に真核生物の細胞全ての先祖に寄生して、そのまま共存関係を作ったのだと考えられる。

 ミトコンドリアの存在は、少なくとも生態系の中で、寄生や共存という関係が出来上がった段階以降に、真核生物が現れた事を示しているかもしれない。

 また、化石記録的にも真核生物の登場は、他ふたつのドメインより明らかに遅い。
真正細菌や古細菌は、30億年以上前のものだと思われる化石(というか痕跡)が発見されているが、真核生物の化石は、最も古いものでも、せいぜい20億年前くらいのものとされる。この登場時期のズレは何を意味しているか。
真正細菌や古細菌は、いきなり誕生できる生物かも知れないが、真核生物は少なくとも「何かからの進化」という段階を踏まなければ誕生しない事を示していたりするだろうか。
いずれにしろ、最初の真核生物は単純な単細胞だったと考えられているが、そいつはすでに進化の結果だったのだと思われる。

多細胞生物の誕生

 ひとつの細胞では成立しない多細胞生物は、どう考えても、いきなりは誕生しない。多細胞生物の誕生は、進化だった。

 類似の特徴や、遺伝学的な検査などを参考に描かれる、種の進化の積み重ねによる分岐を表した図、『系統樹(Phylogenetic tree)』を見てみたら、単細胞から多細胞への進化がたった一度の奇跡でなかったらしいとわかる。
例えば動物と、キノコなどの大型菌類は共に多細胞生物であるが、動物には大型菌類よりも、大型菌類には動物よりも、より近縁な単細胞生物が確認されている。
もちろん多細胞生物が単細胞生物に進化するという事もありえる。
多細胞から単細胞は退化ではないかと疑問に思ったかもしれない。だがそれはダーウィン的な進化を、少なくともダーウィンの意図を誤解しているための発想である。
進化とは、その時々の環境で生物に起きた様々な変化であり、ダーウィンの進化論は「その時々の環境で上手く適応できた変化が、単に生き残りやすく(たいていは実際に生き残って)、そして別々の環境に適応したそれぞれの変化が生物の多様性を生み出していくというような理論である。もしも多細胞でいる事が、生存に不利という環境に置かれたならば、単細胞への変化は(「有益な」と言える)進化である。

 実際に、生命に必要な多くの活動を寄生主に依存する寄生生物に関しては、はっきり単純化という進化を行った生物がいるかもしれない、とは結構古くから言われている。

 面白いのが、最古の多細胞生物候補は20億年くらい前のものと、真核生物の最古化石と時期がかぶっていること。
多細胞生物への進化と、真核生物への進化は同時期に起こったのかもしれない。あるいは、細胞が生物の最低条件であるように、真核生物が多細胞生物の最低条件なのだろうか。
しかし真に驚くべきはその多細胞生物候補のサイズ。なんと12センチメートル程度もあるらしい。肉眼では見えない単細胞ばかりがひしめいていた20億年前という時代にあって。

最初の動物

 多細胞生物のある系統は、他の生物を飲み込む事で、その栄養分を取り込むという技を覚えた。そういう事を可能とする身体を、その系統は進化によって獲得したのである。
果物 「五大栄養素」代表的な生命を維持する要素
現在は『動物(Animal)』と呼ばれるその単系統群の中に、人間も含まれている。
では最初の動物はどのよう生物だったのだろうか?

 現在、最古とされている動物(と考えられている)化石は6億5000万年以上は前のもので、その生物は『カイメン(海綿かいめん。sponge)』とされている。
カイメンとは、常にどこかに固くくっついている、いわゆる「固着性(Stickiness)」の水生生物で、大きさは数ミリメートルから1メートルほどのものまである。壺状、おうぎ状、杯状など、環境や種によって様々な形状パターンを持つ。そして多細胞生物だが、各細胞同士の繋がりが弱いともされる。
カイメンの表面は細かな孔だらけで、栄養となる有機物を水ごと吸い込み、その後いらない水だけ吐き出す。網目状の骨格はスポンジとして利用されたりもする(英語名に注目)。

 もし多細胞生物から動物への進化が一度しか起こらなかったのだとしたら、カイメン類は、動物全ての「始祖しそ(founder)」という事になる。

未知への歩みについて

 しかし、最初は多細胞生物はなかった。
多細胞生物は単細胞に比べたら、明らかにマクロ(巨大な範囲)の生態系である。多細胞生物が出来るまで、生物界にこんなのはなかったと思われる。
動物は明らかに、食い、食われあう、容赦なき生態系に、それまでなかった様々な戦術を生み出した。進化は明らかに変化するだけでなく、新たな領域を生む事もある。人間の精神が作り出したかのような霊的な領域とかどうだろう。

 他、ダーウィンの進化論はその原理的に、例えば「それは、人間を生み出すために神様が設定したプログラムだった」というような説と噛み合わないとされることが多い。
しかし、その事前調整が従来考えられていたよりも、おそらく相当に複雑なものになるというだけで、今だそう考えることも不可能ではないかもしれない。
もしくは、この進化システムが複雑な生物を生み出すための、神様が使える唯一の方法で(あるいは他にも方法がいくつもあるのだとしても)この広い宇宙の中で何度も何度も試してみて、ついにこの地球で目指すべき創造物、つまり人間が生まれたのだと考えたりもできるであろう。ただこの論法は、人間以外のありとあらゆる生物に用いることができるだろうから、このような考えを真剣に検討しようというなら、人間がいかに特別なのかをまず証明する必要があるかもしれない。
普通に考えるなら、我々が我々のことを特別だと考えている最も重要な理由は、この精神構造と思う。いつか、この宇宙で様々な生物が発見されて、しかしいずれも精神を持たない生物であった場合……

エディアカラ生物群

 動物の始祖の出現が6億5000万年前だというのは興味深い事実である。長い間、動物の夜明けは、5億数千万年前くらいだと考えられていたから。

 どうやらこの地球では、5億7500万年前くらいから、動物かもしれないが、少しばかり奇妙な生物群が出現しはじめたらしい。葉っぱみたいなのや、タイヤの跡みたいな形が印象的な生物群で、比較的大きく、1メートルに達するものもあったようである。それらは、オーストラリアにある、最初に生物化石だと認められたサンプルの発見場所にちなみ、『エディアカラ生物群(Ediacara fauna)』と呼ばれている。 

 ただこのヘンテコな連中は、動物であったとしても、現在の動物の直接の子孫ではなかった可能性が高い。現在の動物に繋がりそうな特徴などがかなり少ないから。あるいはエディアカラ生物群は、動物になれなかった動物群なのかもしれない。動物への進化も1回でなかったとするなら。
いずれにしてもエディアカラ生物群の大半の化石記録は、5億4000万年前くらいまでで途絶えているから、そのくらいまでに、ほぼ絶滅してしまったようである。

バージェス頁岩とカンブリア期

 化石というのは珍しいもの。しかし時々、同一時代の生物群らしき化石が大量に見つかる場所があり、そういう場所は『ラガシュテッテン(Lagerstätten)』と呼ばれる。

 ラガシュテッテンとは、ドイツ語で「母なる鉱脈」という意味らしい。

 また、泥などが積もり、固まった岩である『堆積岩たいせきがん(Sedimentary rock)』の内、層状に割れやすい性質のものを『頁岩けつがん(Shale)』という。

 カナダのバージェス山近くにて発掘された『バージェス頁岩(Burgess Shale)』は、5億500万年ほど前、『カンブリア期(Cambrian。5億4200万年前~約4億8800万年前頃)』の生物群を記録したラガシュテッテンである。
カナダの街 「カナダ」国立公園、イヌイット、二つの公用語、アイスホッケー
 バージェスの生物群は、すでに非常に多様化した動物たちであり、現在の動物に繋がっていそうなものも数多くいる。
その形体がエディアカラと比べ、どのくらい奇妙かはよく議論されるが、少なくとも『ハルキゲニア(Hallucigenia)』とか、『オパビニア(Opabinia)』とかはかなりおかしいか。

 ハルキゲニアは、イモムシみたいな円柱状の体に、数対になっているとげが備わった生物。全長2センチメートルほどで、7対か8対くらいの足は細長い。目と口らしきものも確認されていて、よく化石が共に発見される傾向があるので、カイメンを獲物とする捕食者だったと考えられる。

 オパビニアは、シルエットにしたら、細長く首の長いカメのようだが、もちろん全然違う生物。胴体の両側にはヒレがあり、頭部らしき部位には5つの眼が備わる。さらに頭部からは、シルエットでは首のような、細長いチューブが伸びていて、その先にハサミ状の口がある。大きさは6センチメートルくらいで、口に歯らしき構造がないので捕食者だったとすると、獲物は柔らかいものか、微生物とかを丸飲みだったと考えられる。

 また柔らかい棒状の構造物『脊索せきさく(Notochord)』を持つ分類『脊索動物(Chordate)』もこの時代に誕生したか、少なくとも誕生していたらしい。
脊索動物のさらに細かい分類である『脊椎動物せきついどうぶつ(Vertebrate)』に人間は含まれる。脊椎動物は、『脊椎(spine)』、いわゆる背骨を持つ生物で、この脊椎は脊索が変異したものだとされている。

陸上進出

 進化理論が適用できるどのような世界観を持っている者でも、たいていの場合、地球生物が最初に発生した場は水中と考えている。

 しかし実は、生物の陸上進出は多細胞生物の出現より早かったかもしれないと考えられている。南アフリカで26億年前の微生物の痕跡が見つかっているから。偶然だろうが、最古の多細胞生物の化石も、南アフリカで見つかっている。
このような事実から、南アフリカには、実は地球に種をまいた高等な何者か、あるいは超古代文明(この場合は多分、地球に生命を意図的にもたらした宇宙文明とかであろう)の生物実験施設があったりするかもと考える向きも一応ある。

 アフリカのオマーンでは4億7500万年前の、植物の痕跡が見つかっている。初期の植物はコケに似たもので、3億8500年前くらいには、最古の樹木も地上に生えたようである。
動物の陸上進出も植物と同じくらいの時代だったようで、最古の足跡らしきものは4億8000万年前、おそらくそれは昆虫のような無脊椎動物によるもの。
虫取り網 「昆虫」最強の生物。最初の陸上動物。飛行の始まり。この惑星の真の支配者たち
わりと確かな化石としては、4億2800万年前のものとされるヤスデが発見されているという。

 脊椎動物による陸上の足跡は2010年発見の、3億9000万年前のものが最古で、跡の配置から四足で動く生物と考えられている。
両生類の手 「両生類」最初に陸上進出した脊椎動物。我らの祖先(?)
陸生脊椎動物の最古の化石は、シルヴァネルペトン(Silvanerpeton)というトカゲみたいな生物で、3億7000万年前に生きていたらしい。

恐竜の時代

 爬虫類の系統である『恐竜』の最古の化石は、2億3000万年前のものである。
砂漠のトカゲ 「爬虫類」両生類からの進化、鳥類への進化。真ん中の大生物 恐竜 「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。
恐竜は『三畳紀(Triassic。2億5100万年前~1億9960万年前)』に出現すると、徐々に影響力を拡大し、『ジュラ紀(Jurassic。1億9960万年前~1億4550万年前)』、『白亜紀(Cretaceous。1億4500万年前~6600万年前)』のふたつの時代の地上を支配した。

 史上最大の陸上肉食動物も、陸上草食動物も、恐竜に属している。
しかしながら、恐竜も6600万年前にほぼ絶滅し、恐竜と祖先を共有する唯一生き残った系統が鳥類とされている。

 また恐竜の時代には、哺乳類もすでにいたが、全て小型で、恐竜に怯えながら、夜にこそこそと活動する程度の地味な存在であったと考えられている。

哺乳類の躍進

 哺乳類が、はっきりと世界征服に乗り出した時期は、だいたい5000万年くらい前らしい。この頃に、水中生活に舞い戻るという進化をした哺乳類が、後にクジラとなり、非行技術を手にいれた哺乳類がコウモリとなった。
クジラとイルカ 「クジラとイルカ」海を支配した哺乳類。史上最大級の動物 月夜のコウモリ 「コウモリ」唯一空を飛んだ哺乳類。鳥も飛べない夜空を飛ぶ
ヒトを抱える『霊長類(Primates)』もこの時期に誕生したとされる。発見されている最古の霊長類は、見た目はキツネザルに近い。
並ぶ哺乳類 哺乳類の分類だいたい一覧リスト
 2001年。
アフリカのチャドで発見された、700万年前の『サヘラントロプス(Sahelanthropus)』が最古のヒト族だとされ、チンパンジーに似ていた。
チンパンジーの足跡 「チンパンジー」人間との比較、ニホンザルとの比較。どこに違いがあるか
 そして現存する唯一のヒトであるサピエンス。つまり我々の種の最古の化石は200万年前のもので、エチオピアで見つかっている。
さらに2500年くらい前。
ギリシャの地で科学を開発したらしいサピエンスは、好き勝手に地球を支配して、今に至っているというわけである。
幾何学 なぜ数学を学ぶのか?「エウクレイデスと原論の謎」
科学の開発も、進化の結果といえば、そうなのかもしれない。

進化はどのように起こるのか

愛の力の弱さ

 初期の哺乳類はネズミのような見た目の生物だったらしい。
ネズミ 「ネズミ」日本の種類。感染病いくつか。最も繁栄に成功した哺乳類
そのネズミみたいな哺乳類が何億年という時間をかけて、ヒトやイヌやゾウやウマに分岐していった。
水浴びする像 「象」草原のアフリカゾウ、森のアジアゾウ。最大級の動物
 哺乳類に限った話ではない。進化は、ある生物の種から、新しい生物の種を発生させる事がある。だがそれはどのように起こるのか?
例えば人間が人間でない子を生むなんて事があるのだろうか? 進化論的には、確かにそれは起こりうるが、たいていそれは徐々に時間をかけて起こる。

 種という概念は曖昧で、その分け方も数多い。
わかりやすく、動物の多くに適用できる分け方として、『生物学的種概念(Biological species concept)』がある。これは子が生まれるかどうかを基準にした分け方である。
例えば人間とチンパンジーの間にロマンスが芽生えたとして、その愛がどれだけ強かろうと、種の違いは打ち消せず、子は生まれない。ヒト族とチンパンジーが別れたのは700万年くらい前らしいから、人間とチンパンジーの700万年前の共通の仲間は今ほどは違う種でなかったはずである。しかしその子たちはそれぞれの進化を遂げて、今や子も生まれないほどに遠い関係になってしまったわけである。

 しかし共通の祖先がいきなりヒトとチンパンジーの兄弟を生んだわけではないだろう。始まりは、今の黒人、白人、黄色人種のような些細な違いからだったに違いない。最初の頃は、ヒトとチンパンジーの混血児もいたと思われる。
それが、それぞれ独立に生きている内、やがてヒトとチンパンジーの間には、遺伝的にも致命的な違いが生じ、混血も生まれなくなった。さらにそれからも、それぞれ独自の進化を続け、今に至っているわけである。

生物学的な壁による種の分岐

 種の分岐には、生物学的な壁がまず生じる必要がある。
そのような壁はいくいつかあるとされる。
例えば地理的な壁。大陸の移動などにより、海などで隔てられてしまった同じ種同士が、それぞれの地域で独自な生活を営んでいる内に違いが生じてくる事もあるだろう。この場合は海が障壁というわけだ。
他には性格などの壁もある。これは同じ種であるのに、交流を避けなければならない理由である。例えばある種のハエは、パートナーを果実に見つけるが、亜種の違いによって、好みの果実が違っている事があるという。となると当然イチゴが好きな亜種と、ブドウが好きな亜種では出会う機会は少なくなるだろう。こういう好みなど性格の障壁も、生物の分岐に関わっているのだという。

 進化による種の分岐はたいてい、いくつかの障壁が、種の間に現れる事で起こると考えられている。

対立による進化

 動物の世界では様々な対立がよく見られ、そのような対立は進化を促す。例えば捕食者が、獲物を捕らえるために足を速くしたり、食われる側が、隠れるために体の模様を変えたりといった進化である。
もちろんそれらのような、「現状の改善」と言えるような進化も、ダーウィン流のシステムにおいて、普通は生物が意図的に行ったわけでなく、単に結果そうなっただけのことだと考えられる。

 また、多くの動物に見られる、オス(雄。Male)とメス(雌。Female)の対立もある。
天使の恋愛 人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」
少なくとも雄雌の対立が、種の細かな変化を加速させる事は、世代交代の早いハエなどを使った実験で確かめられてもいる。ある種のハエのオスは、パートナーとなったメスに毒を提供して、メスの寿命を短くする。これは明らかに、パートナーが他のオスとも接して、そちらを選んでしまう可能性を危惧しての陰謀である。
逆にメスは、オスがもたらす毒を解毒する化学システムを体内に開発してきた。もちろんなるべく生きて、より優秀なパートナーを選び出すためであろう。
だがオスもメスも一対一しかいない、超閉鎖的な社会では、このような進化は必要ないはず。実際に実験室で、ハエに一対一の生涯を何世代か続けさせると、それだけでメスの毒への抵抗力は下がってしまうのである。

自然淘汰

 障壁とか、対立などによって、ある種に複数のパターンが発生する。その時に複数パターンが共存していたなら、自然環境が生き残りを選ぶ事がある。

 例えば病気で低い位置にある草木が死にまくった地域があるとする。そこに共存する、首の短いキリンと、長いキリンでは、当然病気の被害を受けなかった高い位置にある草木を食べられる、首の長いキリンが生き残るだろう。
結果的にその地域のキリンは、全体的に首が長くなる。
このような自然環境が、特定のパターンの種を選び出す効果を『自然淘汰しぜんとうた(Natural selection)』、あるいは『自然選択』と言う。

 おそらく進化の原因はひとつでなく、いくつかの要因が重なりあい、それぞれがそれぞれの要因を補強する。互いを補強する効果は単純に『強化』と呼ばれ、強化された諸要因は、生物の多様性をも強化するのである。
自然淘汰というのは、ダーウィンその人が、自らの進化論を説明する上で提出した原理であるが、実際のところ、それが進化システム全体において、どのくらいの影響力、影響範囲があるのかということに関しては、現在までずっと議論が続いていて、明確な答が得られる気配が全くない。ただし、自然淘汰を否定する進化論者は基本的にいないと考えていい。問題は、システムの中でそれがどのくらい重要な原理なのかということ。あるいは、自然淘汰と同じくらいに重要な原理が他に存在するだろうか、というようなことである。
つまり、ときたま進化否定論者が語る「進化というのは、生物学者の間でも、実際にそれがあったのかどうかが議論されている程度の仮説でしかない」というような話は完全に捏造である。

 ちなみに「進化否定論者=創造論者」という訳ではない。(まさしく進化論にもいろいろ考え方があるように)創造論にもいろいろな考え方があり、それらをいくつかのタイプに分けたとして、おそらくそのほとんどは別に進化論と対立したりはしない。基本的には、進化論者であるが、一方で世界は神が創造したと信じている者は、つまり「神は進化システムを創造した」のだと理解したりするわけである。

多様すぎる微生物

 生物学の歴史上のほとんどは、目に見える生物の研究だった。進化論も長い間、目に見える生物ばかりを基準として発展してきた。
だが我々が知らなかっただけで、地球は明らかに我々でなく、圧倒的な数と生息域を誇る、小さな微生物たちのモノである。
そういうわけで、微生物たち、特にその驚くべき多様性がしっかりと認識されはじめた今になって、進化論はスケールを急激に拡大しつつある。

 我々には、直接的に形体の違いなどを確認することが難しい、微生物の多様性が認識されるようになったのは、遺伝学研究が進んだためである。

 普通、微生物には雄雌なんて概念がない。なので我々のような種の分類基準もない。ある微生物の一族は、全員が始祖の『クローン』と言える。ただ、自らのデータを次世代にコピーする時にミスをして、新しい者が誕生することはある。
だがそうして生じた新しい者でも、全然問題なく共存できたりして、環境の多少の変化ではそれぞれの優劣は変わらないみたいである。
とすると微生物には自然淘汰の効果は弱いのかもしれない。微生物の世界では、偶然的なコピーミスこそが、最重要な進化の要因となるのだろうか。
また、微生物は小さすぎて、伝統的な形態や性格的な区別はかなり使いづらい。遺伝子を抽出し、解読出来るようになった今だからこそ、微生物の研究は可能なのである。

 家に庭のある人は、とりあえず外に出て、スプーン一杯に土をすくってみよう。そこにはおそらく何兆という数の微生物が生きていて、その種の数は1万以上の可能性が高い。そんなだから、地球の微生物の種数は、控えめに見積もっても数億種はあると考えられている。

微生物の交流

 我々を基準にした考え方でも、微生物の進化論に十分応用可能だとの見方もある。
実は微生物も、微生物同士で遺伝子の交換を行う事があるから。
しかもそんな微生物的な交流は、種によっては頻繁に行われる事が、明らかになってきている。

 微生物的な交流は、どうやら近しい関係にある微生物同士の間によく起きるようで、これは動物の種的な障壁のようなものが、微生物にもあるという根拠とする人もいる。

40%の絆

 一方で微生物の交流は、事態をよりややこしくしているという意見もある。

 2002年。
ウィスコンシン大学の研究グループが、3種の大腸菌の遺伝子の違いを調べたところ、「3種の遺伝子の共通部分は40%程度だった」と発表したのだ。
例えばヒトとサル、どころかヒトとネズミや、ヒトとハエでさえも、遺伝子の共通部分は50%を越えている。そういう事実と合わせて考えると、大腸菌同士は仲間というにはあまりに遠い存在となってしまう。

 大腸菌同士の遺伝子の共通部分の少なさは、明らかに異なる種の微生物同士の遺伝子交換が原因である。確かに微生物的な交流は、近しい種の間でよく起こるが、異なる種の間で起きないわけではないのだ。
今では、特定の種の微生物の遺伝子全体で、他種由来の部分は平均して80%くらいという研究結果まである。

利己的遺伝子説

 まるで微生物は単なる入れ物か、操縦される機械で、遺伝子こそが本体のようにも思える。そしてそういう考えは拡張し、我々のような生物群にも当てはめる事が可能である。

 遺伝子こそが真の生命体であり、我々は単に操縦される機械で、進化とは組み換えなどで機械の模様が変わっているだけ。
これは『利己的遺伝子説(Selfish gene theory)』と呼ばれる進化理論の解釈である。
小さな領域 「利己的な遺伝子論」進化の要約、恋愛と浮気、生存機械の領域
 それにしても我々に、微生物に、遺伝子。
この地球は、本当は誰のためであるのだろうか? 進化とは誰のためのシステムなのだろうか?
「宇宙プログラム説」量子コンピュータのシミュレーションの可能性

断続平衡説

 化石記録は、生物が定期的に大規模な絶滅を体験している事を示している。有名な恐竜の絶滅もそのひとつである。
隕石衝突 「恐竜絶滅の謎」隕石衝突説の根拠。火山説の理由。原因は場所か、生態系か。
その定期的に絶滅する時だけ、生物の多様性は一時、極端に減る。
ただし絶滅する時の多様性は、どの時期でも似たようなもののようである。

 そこで、種の進化による多様化は、従来考えるよりも、かなり速く起こり、しかし時折起こる大絶滅が、定期的にその多様性をリセットする。別の言い方をするなら、進化とは、徐々にゆっくり起こるのではなく、一定期間ごとに爆発的速度で起こり、それ以外の時期は停滞するものだという進化論モデルが提案された。

 それは『断続平衡説だんぞくへいこうせつ(Punctuated equilibrium)』と呼ばれる。
進化 「断続平衡説」化石記録の不完全さへの反論。ワンダフルライフな世界
 断続平衡説は、化石記録の(絶滅時期だと考えられる)空白だけでなく、初期の時代のはずのカンブリア期の多様性も上手く説明する。また実験室で試してみると、案外種の性質の変化は速いという事実も、この説と合致している。

収斂進化

 有袋類はかつては世界中の様々な地域で繁栄していたが、現在ではオーストラリアと、アメリカにほんのちょっとだけ生き延びているだけの生物グループである。
カンガルー 「有袋類」袋を持った哺乳類の進化と生態
腹部に袋のようなものを備えていて、哺乳類の子としてはかなり未熟な赤ちゃんを生むと、ある程度そこに包んで育てるという特性を持つ。

 例えば、フクロモモンガという有袋類は、単にモモンガという哺乳類と似ているが、両者の遺伝的距離は、同じ哺乳類としては遠い。しかし両者の形態学的特徴は近い。
こういう、遺伝的な繋がりは薄くとも、生きる環境などが似かよっていたりして、形態や性質が似る個別の種の進化を『収斂進化しゅうれんしんか(convergent evolution)』という。

生態系のニッチ

 進化生物学者はよく、形態や性質が重要か、遺伝子が重要かという議論をする。
でも少なくとも、『ニッチ』について考える時に重要なのは形態や性質であるように思う。

 ニッチとは、ある環境内における地位。そして進化というか、適応とは、生態系内のニッチを獲得する事である。
例えば、寄生バチ(Parasitic wasp)というハチがいる。名の通り、他の昆虫などに卵を植え付けるなどして、寄生相手を実質的に幼虫のエサにしてしまうハチである。
その寄生バチの中のクモヒメバチという種は、恐ろしい捕食者であるクモをターゲットにする。
クモの糸 「クモ」糸を出す仕組みと理由、8本足の捕食者の生物学
クモは恐ろしい相手なので、普通は寄生する相手には選ばない。だからこそそこには生態系の空白地帯、つまりニッチがあり、クモヒメバチは進化によって、そのニッチを獲得したわけである。

 それはたいてい狭き領域であり、あらゆる生物がひとつのニッチを仲良く共有する事はない。そして収斂進化は、隔絶された異なる生態系のそれぞれで、同じニッチを獲得した種同士の間に起きるとも言える。隔絶されていた生態系が重なってしまうと、ニッチの中で争いが起こり、片方の種が絶滅の危機にさらされる事もある。こういう問題は遺伝子の領域で生態系を考えるなら、あまり問題ではない。
結果的に収斂進化した2種の内、1種が滅んだとして、残った1種が独占したニッチが崩壊するわけでもない。つまり遺伝子の総数には別に影響はない。50と50で100となっていたあるニッチが、100のみの100になるだけなのだから。

人工的な進化

 生態系の重なりは自然にも起こりうるが、人工的にも起こせる。離れた大陸と大陸などを、橋や船などで人間は繋げてきた。
人間は今では遺伝子にまで手を伸ばし、それの書き換えまで行おうとしている。人工的な進化を遺伝子レベルから引き起こそうとしているのだ。悲観的な人も多いが、これはけっこうな事かもしれない。
人間は、もしかしたら、進化をコントロールする事で、生態系という殻を本当に破れるのかも。そうなるとどうなるかは、想像すら難しいが。

 遺伝子が細胞を形成し、その細胞の共存体から、やがて人間が生まれた。その人間は遺伝子を組み換えようとする。
人間だけがだ。
人間を特別視するのは自惚れだとよく言われるが、人間は明らかに、遺伝子と、共存体が持つ意識との関係性を強める、中継役を担う、おそらくは重要な存在である。

 人間と遺伝子を並べた時、多分生きているのは人間の方である。しかし生物というシステムは、もしかしたら遺伝子のためにある。
人間は、その遺伝子のためのシステムの恩恵を、生物全てに広げたがっているのもしれない。その恩恵とは、おそらく永遠か、あるいは安定。

 何にしても、もし本当に人間が遺伝子を自由にコントロールできる日が来たら、それも進化と言えるかもしれない。そしておそらくはその時、生命は初めて選べる。
進化をそこで止めるかどうかを。

進化論はいつからあるのか

アナクシマンドロスの世界観

 ダーウィンが進化論の提唱者というのは、一般によく広まっているとされる誤解である。逆に、進化論というのが実は相当な昔から、例えば「古代ギリシアの時代からあった」などという仮説もあったりするのだが、これに関してもいろいろと妙である。

 昔の人たちと、現代の我々とで、いったい何が違うというのか。かなり確かなこととして、見ることのできる多くの世界観が違っているはずである。幼い頃から植え付けられる常識とか、努力次第によって学ぶことができる知識の体系とか、いろいろと違っているだろう。
その目的とか、根本的な原理とかが異なっていても、表面上はよく似てたりと、そういうことは珍しくない。ただひとつ、完全に現代人の視点から都合のよい情報だけを、マスクによって(つまり他を隠すことで)抽出し、それを現在の中の革新的な理論の先駆けというふうに考えるのは、何かがおかしいかもしれない。

 アナクシマンドロス(Anaximandros。紀元前610~紀元前546)は、古代の進化論者として有名である。
彼は、自らが想定した世界観の中における、人類の起源を考察。彼は、動物の生命の始まりと起源を水に求め(彼の師のタレスは、宇宙の全物質の起源が水であるという説を支持していたらしい)、人間は、水中の他の動物から変化することで誕生したのだと推測したとされる。
彼の理論(進化論?)によると、動物は海から飛び出した後、しばらくはトゲのある樹皮に閉じ込められていたが、時と共に樹皮が乾くと、内部で生きていた動物は、ついにそれを破壊することで、外に、つまり陸地に現れた。
まず、アナクシマンドロスは、海というのが、かつて地球を取り囲んでいた湿気の塊の残骸と考えていたようである。しかしその質量は徐々に太陽の熱で蒸発し、さらには風や天体の回転とも影響を与えあうことで、水がより特定の場に溜まるようになった、それが現在の海なのだとか。彼はまた、雨という現象も、太陽の影響で地球から汲み上げられた湿気の産物と説明。彼は、地球は今でも少しずつ乾いていて、この変化する環境に適応しようと、変化を続けた結果の生物が、現在の陸上生物や人間だと考えたのだとされている。
どうもアナクシマンドロスは、古い時代の世界では、人間が弱々しい子供の時期を乗りこえることが難しいと考えていて、移行段階のいくらかは、巨大な魚の口の中で行われたはず、という説も語ったらしい。

 アナクシマンドロスが考えた世界と、動物の変化を、現在の進化論と関連付けて考えることは簡単なことだろうか。それともそれ(アナクシマンドロスの世界観)は、あまりにも幻想的(ファンタジー)すぎて、微妙なところだろうか。
実際のところアナクシマンドロスが、どこからそのような仮説、つまりは生物が環境に適応した変化をしていくという仮説を着想したのかということが重要かもしれない。
ダーウィンだけでなく、多くの進化論者は通常、この世界の生物の多様性の原因を説明するための仮説として進化論をよく語ったとされている。アナクシマンドロスはどうだったろうか。彼はむしろ、自らが考えた世界構造の中で、実際に生きている現在の生物群という存在を矛盾なく説明するために、そのような考え方に至った、というような印象がある。とすると、これはダーウィンや、ダーウィンの少し前からすでにあった、進化論と呼ばれる生物学におけるシステム理論と比べると、やはり表面上の見かけ以上に、実際には違う思想、考え方にも思える。

エラズマス・ダーウィンのエヴォリューション

 チャールズ・ダーウィンの祖父にあたるエラズマス・ダーウィン(Erasmus Darwin。1731~1802)は、孫よりも以前の進化論者として有名である。彼はまた、『エヴォリューション(evolution。進化)』という言葉を、生物学の世界において、最初期に利用した1人(あるいは最初に持ち込んだ人)であるという説もある。

 エラズマスは1794年に、『ズーノミア。あるいは有機生命の法則(Zoonomia; Or the Laws of Organic Life)』という、全体的には、ヒト含む有機生命体(つまり化学的機構をある程度共有する地球生物群)の生理的機構研究に基づいた医療(あるいは医療のための生理学的機構)をテーマとした書物(学術論文)を発表した。
もっとも、理解すべき生物の無限の多様性を、創造者の偉大な業かのように表現したり、自然のあらゆるものに見られる類似性を、まさしく唯一の創造主が全てを創ったがための根拠ともなる刻印のように語ったりもして、少しオカルト哲学寄りか。時代を考えると普通と思われる。

 チャールズ・ダーウィンは、自らの進化論の発表にとても慎重だったことがよく知られているが、その理由についてはわりと謎とされている。それに関して、彼の進化の理論そのものというよりも、もっと根底にあった、つまり彼が、世界の原理を考えていく中で傾いてしまった、唯物論的な考え方、つまり明確にこの世界から神秘的な要素を排除する傾向こそが、革命的すぎるものだと心配していた。という説があるのだが、結構納得できるかもしれない。
(あくまで有名なものだけをサンプルとして用意した場合だが)20世紀の科学書と比べても、「種の起源」はそれほど神秘的な感じがない。そのことは、ヨーロッパの科学書についてあまり知らない人が想像するよりも、ずっとすごいことなのかもしれない。

 それでもエラズマスは、科学に傾いた人であったと言えるだろう。彼は理論をあまり重視しない開業医が結構いるらしいことを嘆き、理論(原因と治し方?)をしっかりと理解して、治療にあたる医師に診てもらえる人は幸運だと書いている。
そしてエラズマスは、彼の時代の進化論者で、「ゾーノミア」には、まさしく彼なりの進化理論に基づいた記述がいくらかある。

 エラズマスが、唯一の創造者が全ての自然にある程度の類似性を持たせたという時、それは関連性の重要性を念頭においているようにも思える。
彼は、「蜂蜜を昆虫から、種子を鳥から隠したり防御したりするための手段、いわば安全を目的とした工夫は野菜にさえ見られる」としている。さらに、空飛ぶ捕食生物の翼や、花の蜜を略奪する生物の細長い口とか。変質によって形成されたように見えるものはすべて、それらを所有する生物の行動のために付加されているようだとも。
様々な生物が、その環境にけっこう適応しているように見える。これについて、創造主の創造の時の設定だという考え方がおそらく主流だったのだと思う。エラズマスのような進化論者は、創造の時点ではどのような生物も原型的なものであり、各地の環境に合わせてそれぞれに変化したと考えていたらしい。創造が地球全体において一斉に行われたのでなく、どこか1箇所で行われて、生物が拡散していったとするなら、むしろエラズマスの考え方は理にかなっているように思えるが。
ただし進化論の最大の問題は遺伝性にあったのかもしれない。子が親に似ることは経験的に誰でも知っていることだろうが、当時は例えば前成説(女性には、自身が胎児の頃からすでに次世代の子が宿っているという仮説)のように、現代的な考え方に近い遺伝論を想定してなくても、親子の類似性が問題にならないような世界観も普通にあった。
リンネは、自身の自然の秩序の中で、最初に作成された野菜はごくわずかで、それらの数はそれらの結婚によって増加したという説を唱えていて、進化論的世界観はそれを参考にしたというようにも。
エラズマスは「個々の生物は、固有の活動によって改善を続け、世代ごとにそれらの改善を後世に、終わりない世界に届ける能力を持っているのだろう」としている。親世代が後発的に獲得した形質が子に遺伝するというのは、現代では、少し奇妙な感じに思えるが、エラズマスが考えていたパターンはそのようなものだと考えられる。現在では(チャールズの)ダーウィン進化論と区別され、『ラマルキズム』と呼ばれるようなそのような考え方は、当時の進化論では普通の考え方である。さらには形質の変化の原理に関して、精神的作用が重要な役割を担っているかもしれないというような記述もある。
ダーウィンの進化論は唯物論的と言われるが、現代の人からしてみたら、以前の進化論が神の奇跡(インテリジェントデザインや、神の意図的なシステムなど)に近い考え方だったとも言えるかもしれない。

 エラズマスはおそらく、彼自身がフィラメント(filament。細糸。脈絡)と表現した原型が、創造の時点でたったひとつだったと考えていない。いくつかの区別される種の原型が創造されて、それらがそれぞれ進化して、現在の生物群になったというように考えている。どこからか生じたある生物が、全ての生物の共通祖先となったというような考え方とは違っている。
そもそも唯一の共通祖先を示唆しているダーウィン進化論は、その点に関しても革命的なものだったと考えられている。

ラマルク進化論

 (エラズマスが想定していたような)生物が、個々の生涯のあいだに獲得した有益な形質が遺伝することで成立する、ダーウィン以前の代表的な進化論、すなわちラマルキズムは、その名前のためにラマルク(Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet, Chevalier de Lamarck。1744~1829)が提唱したものと勘違いされてることも多い(実際は、彼やエラズマスの時代には、それはわりと標準的なパターンだったのだと思われる)。チャールズ・ダーウィンが進化論を提唱したという誤解と似たようなものであろう。
ただ、『獲得形質の遺伝』という理論と言えばラマルクであるというようなイメージが、彼の生前からわりとあったということはけっこう確実と思う。ラマルクの同僚で論敵だったキュヴィエ(Baron Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier。1769~1832)は、死んだ同僚の弔を利用して、彼の進化論をバカにしているから。曰く「博物学者の生涯を概観するには、その人が成し遂げた科学的業績を賞賛するのがよいとは思う。しかし、同じく科学に生きる者としては、ひどい空想のための誤りもしっかり指摘しておかねばならないだろう」。そういう前置きの後、キュヴィエは「そのような現象があるのだとしてもこの地球には、現在のあらゆる生物が誕生できるような時間が足りなかったはず」という根拠とともに、そのバカげた進化論を紹介したとされているから。

 ラマルクの獲得形質遺伝の説は、時に、ダーウィンの進化論、自然淘汰説と対であるかのように、一緒に紹介されたり、比較されたりする。ただし、ダーウィン自身は、ラマルクの進化理論を知ってはいたが、自分はそれにあまり影響は受けていないというような記述もいくらか残しているという。そもそも彼は、偉大な祖父が使った「エヴォリューション」という言葉も、使うことに躊躇していた。

エヴォリューションという用語について

 今現在、進化という言葉は、つまり『エヴォリューション(evolution)』の訳語である。
しかし実は、19世紀に進化について論じた科学者の中でも、特に大きな権威とされている、イギリス、フランス、ドイツの3国を代表しているかのようでもある、ダーウィン、ラマルク、ヘッケルの3人は、それぞれの代表的な著書において、その初版ではエボリューションという言葉を採用しなかった。
ダーウィンは『変化を伴う由来(descent with modification)』、ラマルクは『変遷(transformisme)』、ヘッケルは『転成論(transmutations theorie)』などという表現を使った。

 まずダーウィンの時代にはすでに、エボリューションという言葉は、発生学に関連する(ダーウィンの見解とは全く相容れない)ある仮説を指す言葉として、生物学の世界に存在していたとされる。
どうもエボリューションという言葉は、前成論に関連する用語として、1744年、ドイツの生物学者アルブレヒト・フォン・ハラー(Albrecht von Haller。1708~1777)が使った(作った?)ものらしい。
そしてハラーがエヴォリューションという言葉を生み出すために参照したラテン語の「エボルべーレ(evolvere)」という動詞は、巻かれているものが「広がる」とか「展開する」というような意味で、エボリューションという言葉は、まさに小さく折り畳まれたホムンクルス(次世代の子)が、体内での胚発生の間に体を大きくしていく過程を直接的に表している言葉だったらしい。
ではなぜその言葉が、進化を意味する言葉として使われるようになったのか。

 ダーウィンが自身の進化論を発表した頃(1859年)までには、すでに前成説というのは、かなり時代遅れな仮説で、あまり説得力はないと考えられていたようである。だから、エヴォリューションという言葉を他の目的に使用すること自体は、あまり問題ではなかったらしい。

 エヴォリューションは、専門用語からの転用でなく、単に誰かが日常的な英語から取っただけという説もある。そもそもこの言葉は、オックスフォード英語辞典などに、ハラーより古い使用例も見いだせるという。昔の詩などでは、エヴォリューションは「単純なものから複雑なものへの順序だった展開」というような意味を含んでいたらしい。

 いずれにせよ、かなり確かな事は、今現在、よくある誤解とされる「エヴォリューションは進歩」という誤解は、もともとは誤解でなかったということ。この言葉には本来「前進的発展」というようなニュアンスがあり、進歩(プログレス)の概念と強く結びついていた訳である。
ダーウィンの進化は、自然淘汰という外部システムがない場合は無方向なもの。つまりは内在的にはランダムな(あるいはランダム要素が強い)変化である。つまりエヴォリューションという言葉は、そもそも彼の理論にはあまりふさわしい感じの言葉ではなかった訳である。
ちなみに、一応ダーウィンは、自身の進化論を初めて公に語った『種の起源(On the Origin of Species)』という本で、「かくも単純な発端から、極めて美しく極めて驚嘆すべき無限の形態が、今も生じ(エヴォルヴし)つつあるという見方は壮大であろう」というように、動詞としてのその言葉は使っている。

 なぜエヴォリューションが選ばれたのかはともかく、誰もが共有できる簡単な名前が用意された理由に関しては明らかであろう。それはつまり、進化論を研究する者が増えたからと思われる。
そこで目をつけられたのが、影響力の強かった社会学者、ハーバート・スペンサー(Herbert Spencer。1820~1903)が好んで使っていたというエヴォリューションであった訳だ。
スペンサーがその言葉を利用していた範囲は、自然界の生物学の領域を超えて、さらに広範囲の多くの世界においてであった。スペンサーはエヴォリューションを、歴史を進めている原理で、「物質の統合、それに伴う運動の消滅、そしてその過程における、不明確な統合されていない同質性から、明確に統合された異質性への移行、複雑化」というように定義したとされる。

「種の起源」で解説された進化論

 実際のところ、ダーウィン自身はどのように考えていたのか。「種の起源」で、彼は何を説明しようとしたのか。

個体数を増やすための闘争と、大量の死

「私が発端種と呼ぶ変種はどのようにして紛れもない種へと変わるのかと問いたいかもしれない……同属の種同士より、互いに異なっている種のグループである属(リンネ式の分類における、より上の(つまり多種をまとめて含む)階層の分類)は、いかにして生じるのだろうか……いずれもみな生存闘争の結果として生じるものだろう」
ダーウィン的な生存闘争は、普通は個体レベルでの闘争であるが、それが生物世界全体に少し影響を与える。そして大量の小さな影響が合わさって巨大な変化の模様を見せたりする。
「いかにわずかな変異でも、その種の個体にとっていくらかでも利益になるなら、自然環境の中でその個体の生存を助け、子孫に受け継がれることになるはず。その変異を受け継いだ子孫も、そのことで生存の機会を高めることだろう。個体は多数誕生しても、生き残れる個体は少数だから……わずかな変異でも、それが有用なら保存される原理を、私は人間が有用な変異を篩い分ける人為選抜(人為淘汰)の原理にならって、自然淘汰の原理と呼んでいる」
つまり、ダーウィンの考える自然淘汰というのは、そういうものである。彼は変異した形質ではなく、変異自体、それがどのような原因なのか彼は知らなかったのだが(彼は、有名なメンデルの遺伝研究のことは知らなかった)、とにかく変異をもたらす遺伝子が、次世代に受け継がれていくのだろうと考えた。

 ダーウィン的な世界観では、生物は普通、自分の遺伝子を継いだ次世代の個体の数が増えるように闘争をしているが、増えようとする個体に対して、自然側は大幅な個体数減少ももたらしたりする、そのような自然の有様について、ダーウィンは見事な比喩で説明する。
「全生物は、個体数を精一杯増加させるための闘争をしているという言い方ができる。そして若い個体や老いた個体には世代ごと、あるいは一定の間隔ごとに大幅な個体数の減少が降りかかってくるということを決して忘れてはならない。個体数減少に少しでも歯止めがかかり大量死を免れれば、その種の個体数はある程度までならばすぐに増加することができる。自然のありさまは1万本の鋭いくさびが密に絶え間なく打ち込まれている柔軟な表面に例えられると思う。そこには、ある時には1本の鎖が強く打ち込まれ、またある時には別のくさびがさらに強い力で打ち込まれている」

生物が相互作用しあう複雑世界

 進化論というのはとてもスケールが大きい理論である。ダーウィンはすでに、とても複雑な生物世界システムを想定している。
「気候が及ぼす影響は生存闘争と無縁にも思えるが、気候の影響は食物の減少に繋がり、やはり個体間の闘争に繋がりうる……厳しい寒さの時に真っ先に犠牲となるのは一番活力の劣る個体だろう……」
「狭い区域で種の個体数が増加すると、伝染病の発生がよく見られる。この場合は、生きるための闘争とは別の抑制が働いたことになるが、伝染病には、寄生虫を原因とするものもあろう。動物のひしめき合いは、寄生虫にもよき環境であり、だからこそ広まる。この場合、寄生者とその寄主との間で闘争が起きていると言えるだろう」
「多くの場合、種の存続にとっては天敵の数よりも同じ種の個体数の方が多くなければ……大集団が種の保存に役立つなら、自然界において、まれな植物なのに自生している数少ない場所には固まって大量に生えていたり、群生植物が分布限界ギリギリの場所でもなお群生していたりする現象を説明できよう……しかし群生することには、交雑頻度が増すよい効果と、近親交配が増すことによる遺伝の停滞(つまりだめな効果)がありうるかも」
そしてダーウィンは、自然界に関しての人間の無知と、それに対する多くの人の愚かな反応を戒めようともする。
「些細なことで勝者の顔は変わるが、自然の見かけ自体は長期にわたって同じままだ。ところが我々は、ろくに知識もないくせに思い込みだけは甚だしい。そのせいで、絶滅の話を耳にするや、とりあえず慌てて、世界を飲み込んだ大洪水がどうたらとか、生物種には定められた種の寿命があるのだろうとか、勝手に理由をでっち上げたりするを考え出したりする」

 ダーウィンはまた、最も激しい生存闘争は、同じ場所で同じ食物を必要とする同種間の間にこそ生じやすいかもしれないと推測している。

ダーウィンが知らなかったこと

 ダーウィンが知らなかったことももちろん多い。当然、彼はまず実際に物理的な遺伝子のことを知る由もなかった。もしもタイムトラベラーが、彼にDNA(遺伝暗号)のことを教えてあげたら、腰を抜かしてくれるかもしれない。
それに、彼の時代には、地球の大陸が長い時間をかけて動いてきたこと、そしてその作用、つまりは『プレートテクトニクス』というシステムは知られていなかった。だから彼には、特に地理的な生物学的障壁を想定することは難しかったはず。
「気候の変化や、よそからの移住を妨げる障壁など実際に存在しなくても、自然淘汰の作用によって変更され改良された変異個体が、空いている生息場所を新たに占めることも、私は可能だと思っている。なぜなら、どの土地でもそこに住む生物はみな絶妙なバランスを保ちつつ闘争し合っていて、ちょっとした構造の変化や習性の変化が生じただけで、その生物は他の生物にも有利になりうるだろうから。そしてそのような変化がさらに進めば……」
このようなダーウィンの推測には少し、希望的観測のようなものも感じなくはない。まあ当然であろう。

創造論の否定

 ダーウィンはまた、全ての種は個別に創造されたという話を従来の見解として、それをはっきり否定している。
彼は自ら様々な実験を行い、それだけではなく、多くの資料からデータを集め、同じ属の異なる種間でも、構造が異なっている部位の方が、多くの種が共有しているかのように似かよった部位よりも変異しやすいことを確認していた。彼は、創造論的な世界観では、そのような事実を説明できないだろうとした。
進化論を想定し、かつ種が今もなお変異を続けているのだとしたら、あまり共有されていない部位の構造は、つまりかなり最近になって変更が生じた構造なのだと考えられる。多くの種が共有しているような構造は、古く共通の祖先から引き継いだものであるとすれば。

 共通構造は、どの時点で、他のどの種と分岐した種なのか、ということを確認するための指標になりうる。今日、我々は細胞とかDNAというものを知っているわけだが、ダーウィンは本当の意味で、全ての地球生物、つまり共通の起源を持っている全地球生物が、今日で共有している特徴が残っていると、どれくらい本気で信じていたろうか。

 ダーウィンは(おそらく祖父の進化論などを、そのように考えていたのだと思う)創造論的な世界における進化(というか変異)に対しても、しっかり言及している感じである。
「ウマ属の各種が個別に創造されたと信じる人は、野生状態でも飼育下でも、頻繁に同じ属の他の種と同じような縞模様がウマたちに現れるのは、そういう特定の仕方で変異する傾向を持つように創造されているためとか言うだろう。そして個々の種は、世界の遠く離れた場所に住む種と交雑したなら、自分の親と同じ毛色でなく、同属の他種と同じ縞模様に似た雑種を生む強い傾向を示すように創造されているとも。だが、私が思うに、そんな意見、神の御業を単なる模倣や欺きにしてしまうみたいなものだ。むしろ、昔の無知な宇宙創生論者たちのように、化石はかつて昔の生物の遺骸でなく、現代の海に生息する貝を模倣した石が創造されたものだと信じるほうがましかもだ」

 しかし、現代のダーウィン主義者の中にも普通に創造論者がいるということを考えると、ダーウィンが創造論を明確に否定していることは、少し奇妙な話かもしれない。ダーウィンは自らの進化論的世界の中で、どのように創造神の仕事がありえないと考えるようになったのか。その始まりの時に、進化システム、進化世界そのものを創造したというような発想は、彼にとって何が問題だったのだろう(そもそもそんな発想がなかった、とは思えない。彼の祖父も含めて、古い進化論者の多くの記述に、そのような考え方が垣間見れるから)

問題点と、それへの反論

 ダーウィンは自らの理論をなかなか公表しなかったが、秘密にしていた間、何もしていなかったわけではない。
彼はとても用意周到だった。あらかじめ自分の理論に突きつけられるだろう否定の根拠を、逆にさらに否定できるように、いろいろ考えていた。
そして、「公正に見ると、私の理論の前に立ちふさがる難題群は、見かけ上にすぎないことが多く、実際に難題といえるものは少ない。だが難題がないとは言わない。しかしそのようなどれも、私の学説への致命的な攻撃にはならないように思う」と、それなりに自信も見せている。
実際にいくらかは予言的であった。

 ダーウィンは進化論の重要な問題として、以下の4つを挙げている(いずれも共通して、現代では、ダーウィンの時代に考えられてたほど深刻な問題とはされていない)
(1)種の分岐プロセスが、短い時間では気づかないほどゆっくりとしたものとする(そう考えないと、生きている生物の数世代とかを観察した人が、これまで進化に気づかなかった理由が説明できない)、それなら、移行途中の中間段階にあたる種がいたるところで見つからないのはなぜか。
(2)たとえばコウモリのようないろいろ独特に見える生物が、まったく異質な他の生物が変化することで形成されたなどということがありうるか。あるいは自然淘汰が大した役にも立たない器官(例として、ハエを追い払うために使うらしいキリンの尻尾が紹介されている)を生む一方、(完璧さが示唆されているが、完全には理解されていないとしている)眼のような素晴らしい構造を生み出せたなんて信じられるか。
(3)自然淘汰の作用は、本能と呼ばれるものの獲得にまで関わっているだろうか(というかか関われるものなのだろうか)。ダーウィンは、ミツバチが幾何学的に見事な巣房を作る本能を、どう説明すればいいのか疑問としている。
(4)異なる種間の交雑では不稔(不妊)や、不稔の子が生まれたりすることがある一方、品種間の交雑で稔性(妊性)が損なわれないことはどのように説明できるのか(ようするに、不妊の雑種はなぜ不妊か、不妊でないとはどういうことかを進化論的に説明できるか、という問題と思う)

「(1)について」
ダーウィンは、ある2つの種について考える時に、両者のまさに中間的な種を想像するのは(少なくとも自らが提唱する進化論の世界観においては)間違っている方法としている。探すべきは、個々の種と、それらに共通する未知の祖先種との中間的な(化石)種のはずだと。
また、化石記録を調べると、様々な生物種の登場の時期は異なっているらしいものの、類縁種のグループ全体は、ある時期に一斉に出現する傾向が、進化論の反証にされていた。アガシ(Jean Louis Rodolphe Agassiz。1807~1873)、ピクテ(François Jules Pictet-De la Rive。1809~1872)、セジウィック(Adam Sedgwick。1785~1873)などは、それが進化論にとって致命的な事実としていたらしい。
しかしダーウィンは、地質学的記録の完全さは過大視されすぎていると反論。特に、よく例として示されたという、白亜紀初期の地層の硬骨魚類の出現について、「私は、硬骨魚類が世界中で、同じ時代の全世界に突如として同時多発的に出現したということがはっきり示されない限り、それが私の学説にとって克服し難い難題であるとは思わない」としている。
ようするにダーウィンは、(中間種化石も含めて)化石記録から、ゆっくりとした進化の痕跡が中々見いだせないのは、つまり記録が不完全のためとした訳である。

「(2)について」
(進化を完全に否定する創造論者には驚きだろうとしている)習性と構造が全く一致していない動物もいる。水かきがあるのに水辺に近づかない鳥や、逆に水かきを持たない水鳥など。
そして、重要そうには見えない器官を、有益な変異を持つ個体を保存するはずの自然淘汰が保存することがあるのはなぜか。
多くの生物の実際の営みについては、わかっていない事があまりにも多いとダーウィンは指摘する。つまり、実際問題、我々が重要でなさそうと思うことでも、実は結構重要なのかもしれないとか、あるいは、現在ではどうでもよくなったわけだが、初期の祖先にとっては重要な器官だった可能性もあると。
または、直接的に自然淘汰と関係ない、二次的な作用が、そのようなどうでもいい器官を発生させるかもしれないとも。

「(3)について」
非常に重要かつ、説明困難な問題として、形体面だけでなく、本能的にも親と全く似ていないように思える働きアリのような、社会性昆虫の不妊ワーカーの謎が示されている。つまり、そのワーカーとしての本能が、次世代(のワーカー)にどのように引き継がれているのか、とそういう謎。 
ダーウィンとしては、(後の多くの進化論者と同じく)これは本当にとてつもない難題だったようだ。彼は「こんな事例を自然淘汰説と調和させることなどはたして可能だろうか。これは問われて当然の疑問だ」としている。
プロセスは複雑化するかもしれないが、しかし結果だけを見る場合、自然淘汰は個体だけでなく家族にも適用可能なはず。だとすれば、望みの目的が達せられる集団の特定メンバーの不妊性と相関した形態や本能の変更などが、その集団にとって有利だったというように説明できるかもしれない。同じ集団の妊性のあるオスとメスが繁栄し、同じ変更を保有する不妊メンバーを生む傾向を妊性のある子孫に伝えたのかもしれない。そしてそうした過程が繰り返され、ついには妊性のあるメスと、不妊のメスとの間に、多くの社会性昆虫で見られるような大きな差異が生じたのかも。
「完全な分業を実現するには働きアリが不妊になるしかなかった。働きアリが妊性だったら、交雑が起こり、その本能や形態が混ざり合ってしまいかねないから。そして自然は、アリの集団におけるこの見事な分業を、自然淘汰を作用させることで達成したのだと私は信じている」
つまり不妊のワーカーは、ワーカーという存在を維持するための進化の結果だったのかもしれないと、ダーウィンは推測しているわけである。ようするに、なぜそうなったのかほとんどわからないといってもいいが、しかし絶対にありえないようなことではない、確かにそういうことを自然淘汰で考えることは可能なはず、としているわけである。
しかしダーウィン自身が自分のそのような説明は少し苦しいと考えていたのかもしれない。
彼は「しかし私は、もし昆虫の中性個体という存在によって確信を抱かなかったとしたら、自然淘汰の威力がここまで大きいなんて予想しなかっただろうと告白する」と書いた。

「(4)について」
祖先が共通と思われる変種同士が交雑した場合の生殖能力、それによって生まれた雑種個体の生殖能力は、種の区別の基準になるかもしれないとダーウィンは考えている。当たり前のことのようだが、全ての生物種が共通祖先の分岐によって誕生したのだと考える場合、この区別基準の重要性は増すだろう
また彼は、不妊の雑種に関して、異なる性質の2種が混ぜ合わされた影響のために生じた体質の乱れが、生殖機能を弱めたのかもしれない。というような推測もしている。

現代の生物が、これまでの進歩の結果なのかどうかの考察

 ダーウィン曰く「古生物学上の発見において、生物種が世界中でほぼ同時に変化している事実ほど衝撃なことはない」らしい。
様々な地質時代として定義される地層が、世界中のどの地域でも見つけることができるというのは、今では当たり前のことだが、ダーウィンはその事実にかなり驚いていたようだ。地層ごとに、生物化石群の共通性が見られるという事実が。
各地層は、それぞれ別の時代に由来するものであり、それぞれの地層で発見できる生物化石は、まさしくその時代に生きていた生物の化石。そのような考え方は、まだ仮説の1つとされていたのかもしれないが、すでに有力な仮説だったのだろうと考えられる。そしてダーウィンは、現在のその状況を生んだのだろう、世界中での同時多発的な生物の変化の流れは、唯一、進化論でのみ上手く説明できると考えた。

 ところで、古代生物に比べ、現代の生物の方が高度に発達しているかどうか、そういうことについても、ダーウィンは言及している。
ただし、はっきりと答が示されているわけではない。というかそもそも、ある生物を高等だとか下等だとか、そういう判断は今はまだできないとしている。

進化論を今でも否定することができるか

進化論者たちは何を議論しているのか

 進化には方向性があるのか否か。漸進的か激変的か。淘汰が唯一の(でなくてもかなり強い)影響か、それとも他にも何か原因があるのか。多くの人がそうしたことを議論しているが、進化そのものを否定するのは、普通はナンセンスと考えられる。

 DNAが発見されて以降の遺伝学研究の躍進は、ダーウィンの驚くべき先見性を明らかにしてきた。しかし例えば、遺伝的変化の多くの部分が自然淘汰の影響を受けていない可能性が示唆されたりと、ダーウィン進化論をいくらか修正するべきだと考える向きも結構ある。
またダーウィンは、少しずつの変化、つまりは中間的段階を経て漸進的に進行する進化世界観にこだわりを持っていたような節すらあるが、実際問題、彼は自然淘汰の速度に関してはほぼ何も語っていないともされる。そこで進化は(ダーウィンの考えた作用によるものだけに限定したとしても)彼が予想していたよりもずっと早く進むことがあるのではないかと考える者もいる。実際に自然淘汰の作用による変化が漸進的であっても、複雑なシステムの内部の要素同士の相互作用が、結果的には全体的な変化を加速させたり、停滞させたりする可能性もあるだろう。断続平衡説はそのような考えだとされることもある。

中間種は見つかったか

「進化的移行の中間段階の化石は見つかっていない」というのは、進化否定論者のお気に入りの根拠の1つだとされている。

 実際には、ある種とある種の中間種といえるような化石は見つかっているとも、実は見つかっていないとも言える。正確には、見つけることが多分できないとも言える。問題は化石記録の不完全さとかより、むしろ我々の認識の方法にある。普通、進化否定論者が唱える、例えば「猿人と人間の中間の種はいったいどこにあるのか」というような問いかけは、かなりずるい。
ある種とある種を区別して、それぞれに名前を付けてわかりやすくするというのは不連続的(デジタル)的な方法である。だがこの方法では、究極的にはある種とある種の中間を見つけることなど絶対に不可能であろう。はっきり区別するということは、それらが混ざり合わないようにすることに等しい。すると両者が合わさった状態の真ん中というものはなくなってしまう。例えばヒトとサルのどちらの特徴も強い化石種が発見されたとして、議論してみると、それは結局ヒトかサルかに含まれることになるだろう。あるいは、その間のエンジンというカテゴリーを新たに作ったとして、ではエンジンとサル、エンジンとヒトの中間種はあるのか、というような話。

 それでもたしかなことは、はっきりと分けたがる我々の基準という障壁にもかかわらず、たいていの人が中間種であると納得してくれるだろう化石種が、今では結構見つかっている。
例えば、昔のクジラ種であると考えられているのだが、完全な水生ではなく、まだ足のあるパキケトゥス(Pakicetus)。すっかり水中生活に馴染んだのか、手足をかなり退化させたプロトケトゥス(Protocetids)。そして前足をほとんどヒレに変化させていて、小さな後ろ足はもはや何のためかもわからないみたいになっているバシロサウルス(Basilosaurus)。現在のヒレになった前足そして後ろ足を失っているクジラ。
ダーウィンの時代から、20世紀の後半までは、クジラ類の進化はかなりの謎だった。いったいどうして、陸上の4本足の動物が、魚みたいな見かけの動物に変化するというのか。今ではその見事な変化の流れが化石種によって示されているわけだが、進化否定論者の中にはおそらくそのことを知らない者がいて、今だにクジラ類の進化の謎が否定の重要な根拠になりうると考える人もいるらしい。
だが今、これだけはかなりはっきり言えることなのである。「陸のクジラと海のクジラ類との中間種は見つかっている」

どのくらい計画通りか

 少なくともダーウィン的な進化論は、遠い未来への計画などは想定しない。仮に生息地が海に沈み、水中生活に適応するような形質を持っていた生物が生き残ったとして、その生物は陸地が沈むことを予測して、計画的に自らの形質を変化させたわけではない。進化によりある環境に適応した形質を得るというような話は、たくさんの偶然の中の、一番幸運な例みたいなものとも言える。
だがそのようなシステムの世界において、なぜ翼のような、十分に発達してからじゃないと(例えば飛ぶという)目的を果たせないような形質が、保存されたりするのだろうか。空を飛ぶ生物が有利になる環境というものはたくさんあると思われるが、手が少しずつ翼に変わっていく過程の、その途中の翼に関しては役立たずであろう。

 しかし、ダーウィン自身も推測しているように、最終的な形質へ至る途中段階においては、まったく別の使用目的があった可能性もあるだろう。

 普通、構造が洗練された場合に、たまたまほかの役割に適応するという現象に関して、元々の役割を担っていたその構造、あるいは現在の洗練された構造の要素を『前適応(preadaptation)』と言う。
複雑な構造の起源に関連する前構造の考えられるパターンは、前適応だけではない。たとえば適応的な他形質に引きずられるかたちで、それ単体では機能を持たないような形質が生じる場合もあろう。
ヒトの脳はよく自然に生まれたコンピューターのようだと言われる。それは様々な機能を生んでいるようにも思えるが、それが初期の頃に果たしていた役割とはなんだったのか。現実のコンピューターが、おそらくは製作者が意図していた以上に様々な機能や使い道が与えられているように、これは思っていたよりも優れものだったということだろうか。

コメントを残す

初投稿時は承認されるまで数日かかる場合があります。
「※」の項目は必須項目となります。
記事内容の質問などについて、(残念ながら管理人の知識的に)お答えできない場合もあると思います。予めご了承ください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)