「カスパーハウザーの謎」木馬と地下牢で育てられた(?)不思議な少年

ニュルンベルク

ニュルンベルク駐留第六連隊、第四騎兵中隊長殿

 カスパー・ハウザー(1812?~1833)は、ドイツの孤児であり、19世紀最大のミステリーのひとつである。

 1828年5月26日の夕方。
ドイツ、バイエルン州、ニュルンベルク。
ウンシュリット広場という場所で、彼は発見された。

 彼は、おそらく15~16歳くらいの少年。
野良着のような服装。
まるで泥酔しているように、直立したり、歩くのも困難そう。

 彼と最初に出会った市民が、近づいた時、彼は一通の手紙を差し出した。
その表書きには、「ニュルンベルク駐留第六連隊、第四騎兵中隊長殿」とある。
 市民は、とりあえず衛兵の詰所まで彼を案内した。
詰所の兵達は、この謎の少年にいくつか質問してみたが、どんな質問にも、上手く答えてくれない。
彼はどんな質問に対しても、
「Ä sechtene möcht ih wähn, wie mei Vottä wähn is」
あるいは、
「woas nit」
とよくわからない言葉を繰り返すだけであった。

市民と少年との謎の会話

 これは非常に奇妙だが、謎の少年がちゃんとした言葉を話すのを、最初に彼を見つけた市民は聞いているのだという。
(一方で、少年に何か質問しても全く理解していないようだった、という矛盾する記録もあり、真相は不明)

 市民がどこから来たのかと問うと、少年は、
「レーゲンスブルクから」
と答えた。
 さらに市民と共に、新しい門と呼ばれる所を通ろうとした時には、
「新しい門というだけあって、なるほど、新築ですね」
と述べたという。

従者の証言。馬小屋で眠った少年

 詰所の衛兵達は、少年の持っていた手紙の、宛名の人物と思われるフリードリヒ・フォン・ヴェッセニヒ大尉の家まで、彼を連れて行った。
 家から出てきた大尉の従者に対し、謎の少年は例の手紙をまた差し出し、やはり例の言葉を繰り返したという。

 従者は彼について、後に証言している。
「彼は、かなり疲れ、空腹な感じで、足をひどく痛めているようだった。
肉をあげても、一口食べるや身震いし、吐き出してしまう。
ビールを与えても、数滴飲んだだけで、ひどく嫌悪感を見せた。
しかし、黒パンとコップ一杯の水には、非常に満足を示してくれた」

 謎の言葉以外には、ただ叫ぶか、泣くしかしない彼を、家の者達は野蛮人として、馬小屋に入れた。
そこで彼は、藁の上に寝ころがり、すぐさま寝たという。

身に覚えのない手紙

 それから帰宅した大尉は、従者や家族から話を聞き、その少年が眠る馬小屋へと向かった。

 なかなか起きない少年がようやく起きると、やはり彼は大佐に対しても、同じ言葉を繰り返すだけであった。

 手紙の内容は、以下のようなものだった。

 大尉殿へ。
貴殿に、国王に忠義をつくそうという少年をあずけます。
この子は1812年10月7日に、私の元に来ましたが、私は貧しく、養わなければならない子が、他に10人もいるのです。
この子の母は、教育の為に子を私にあずけたのですが、今は行方知れずです。
私はこの子を1812年以来一度も外に出しておらず、ものをよく知らないですが、ちゃんと教えておりますので、私と同じくらいには読み書きは出来ます。
何になりたいかと聞くと、父のような騎兵にと答えました。
その気なら、教養を身につけ、立派にやっていけると思います。
しかし世話出来ないというならば、追い出すなり、いっそ殺すなりしてください。

 またラテン語で書かれた、別の紙には、同じような筆跡で以下のように書かれていた。

 この子はカスパーと言うが、名前はあなたがつけてくれていい。
この子の父は第六騎兵連隊に所属しておりました。
この子は1812年4月30日の生まれです。
私は貧しい女で、この子を育てる事は出来ません。
父親は死んでしまっています。

 それらの手紙にも少年にも、全く身に覚えのなかった大尉は、結局、少年を警察に預ける事にした。

狂人か詐欺師か

 少年が警察に連行されたのは、夜の8時頃であったという。
少年の身ぶり手振りは、まるで幼児のようで、警官たちの間で、こいつは野蛮人なのか、狂人かと話し合いがなされ、一部の者は、もしかしたら巧妙な詐欺師かもしれないと考えた。

 そして、やはりどんな質問にも、同じ言葉を繰り返すだけ。
 そこで筆談はどうかと、彼に紙とペンを渡してみたところ、驚くべき事に、彼はその紙に、しっかりした、わかりやすい文字を書いた。

 Kaspar Hauser(カスパー・ハウザー)と。

 たがそれ以外、彼は何も書かなかった。

パンと水だけ

 カスパー・ハウザーはすぐに世間の注目を集めることとなった。
ろくに言葉を喋れない。
常識的、日常的な概念や現象に関して全く無知。
基本的に無関心だが、生活上の習慣や欲求に対しては嫌悪感を示す。

 まるで獣に育てられたような狂人。
もしくは地下で育てられたか、何らかのの原理で地球に現れてしまった異星の住人だと考える者までいたという。

 また、彼は、ただのパンと水以外は、とにかく食べれず、飲めなかった。
コーヒーなどを一滴だけ水に混ぜるだけでもダメ。
水と偽って飲ませてもダメ。
彼は顔を青くして、それらをすぐ吐いてしまった。

 またパンの内部に他の食べ物が含まれているのを、彼は匂いだけで気づき、無理に食べさせても、やはり吐いたという。

異常な習性

 カスパーは、ロウソクの火を見た時、それを掴もうとして火傷した。
間近で刃物で刺したり、斬る風な動きをしても、それが危ない事だと、まるで知らないように、彼は身動きしなかった。
鏡に映る自分には怒りを見せ、鏡の背後に隠れてる、いもしない誰かを探したという。

 彼は少なくとも、生物と無生物の形質の違いは知覚出来るようだった。
ただし彼の知っていた、それらを示す言葉はふたつだけ。
 彼は人間の事は、年齢にも性別にも関係なく、Buaと呼んだ。
そして動物は、それがどのような動物でも、Robと呼んだ。
また、黒い動物には恐怖を、白い動物には満足感を得るようであった。

馬だ、馬だ

 カスパーのわずかな語彙の中で、かれ自身にとって最も重要な言葉は、どうやら「馬」という言葉のようだった。
彼は様々な物事に対して、この言葉を用いたが、たいてい泣きながら、哀願するような調子で、この言葉を使ったという。
リボンや、絵や、硬貨を見るや、
「馬だ、馬だ」
と叫んだとされる。

 そして、ある時、彼に世話をやいていた警官の一人が、白い木馬を彼に与えてやると、彼は旧友と再会したかのように、喜んだという。

それでもあの男は悪くない

 彼を哀れんだり、興味を抱いた人達の世話を受ける内に、彼は次第に、言葉を話すようになり、自らの過去すら語るようになっていった。

 ニュルンベルク市長だったビンダーは、彼を自宅に招き、家族達とも遊ばせ、とにかく様々な話を試みて、引き出した(と本人は少なくとも考えていた)カスパーの経歴を、世間に公表した。

 カスパーは自分が何者かを知らず、故郷も知らない。
彼はニュルンベルクで発見された日まで、いつも一緒にいた男を除き、他の人間を見た事なかった。
 カスパーはいつも、暗い部屋で裸足で座っていて、その部屋には窓もなく、彼は空を見た事すらなかった。
大小便は、横に置かれていた壺にした。
 寝て、目覚める度に、パンと水が用意されていた。
時々、水からは嫌な匂いがし、そういう時はいつも、水を飲んだあとに眠たくなり、寝てしまう。
そしてそのように寝て、次に起きた時は、爪を切られ、新しい服を着せられていた。
 彼は、彼を世話する誰かを見た事なかった。
ただ部屋に置かれていた2頭の木馬だけが友達であった。
 男が、カスパーに危害を加えたのは一度だけ。
木馬遊びで、大きな音を立てすぎて、棒で叩かれたのだという。
 それからしばらくしてから、男は彼に、ペンの使い方と、歩き方を教え、ニュルンベルクに連れてくると、手紙を握らせ、姿を消した。
例の言葉は、男が何度も口にしていた言葉の真似であった。

 彼は後に、もっとちゃんと言葉を使って、このような不可思議な過去を語るようになったが、彼は世話してくれた男は、自分にひどい事はあまりしなかったと、何度も述べたという。
彼は自身を監禁するよう命じた人物こそが、悪党だと考えていたようである。
彼は何度も言ったとされる。
「あの男は悪くない。私に何も悪い事はしなかった」

星空を見て

 しっかり教育を受け、学校にも通うようになって、彼はだんだんと常識なども身につけていった。
肉食などの普通の食事にも徐々に慣れていき、チェスやボール遊びなども教えられた。
 
 彼が自分を監禁していた男を初めて悪く言ったのは、星空を見た時だったとされる。
彼はあまりに美しいその星空を見せてくれなかった事への恨み言の後に、あの男も監禁して、自分と同じ気持ちを味わわせてやりたいと述べたという。

暗殺

 1829年10月17日。
カスパーは面倒を見てくれていた家にて、侵入してきたという男に教われた。
刺し傷をおった彼は、家主の夫人に発見された際に、
「あいつだ。あいつだ」
となんとか声を出したという。

 それから、ほぼ2日間意識不明だった彼は、時折めちゃくちゃな順序でうわ言を述べた。
 「市長さんに言って。閉じ込めないで。あいつが来た。鈴をのけて。エアランゲンじゃない。やめて、死なないぞ。ハウザーはどこ行った。あっち行け。あんたも好きなんだ、やめて。やめてくれ、あんたが牢に入れられないよう頼んでやるから。なぜ私を閉じ込めた。牢から出さなくてもあんたは私を。生きてるという事を知れたのに、あんたは。わけを言ってよ」

王族の隠し子かやはり詐欺師か。今なお謎である正体

 そして暗殺未遂から4年後の1833年12月14日。
公園にいた彼を再び何者かが襲撃し、結果、その時の刺し傷が原因で、17日に、彼は命を落とした。

 カスパーの生前から、彼は王族か貴族の隠し子ではないかという説はあり、彼の暗殺も陰謀めいたものとして、よく語られてる。
 一方で、彼を希代の天才詐欺師として、刺し傷は自作自演だったという説もわりと人気であるという。

 一説によると、彼の最後の言葉は、
「私じゃない」
だったという。