「ジャータカ物語集」動物王、人間王、仏陀の前世の物語

ジャータカ

ジャータカ。釈迦の前世譚

 仏教の開祖とされるゴータマ・シッダールタ、すなわち釈迦が生を受ける以前。
その偉大な王より前には、気の遠くなるような、長い長い輪廻転生があったという。
お寺「仏教の教え」宗派の違い。各国ごとの特色。釈迦は何を悟ったのか  「ジャータカ」という書には、後の釈迦の、膨大な前世譚が記録されているとされる。

 伝説によると、 その神通力により悟った、自らの前世の様々な出来事を弟子達に語って聞かせたのは、釈迦自身だという。
 民話的な話が多いことから、当時流布していたそのような話を、釈迦が利用したのではないか、という説もある。

スメーダ。ヒマラヤの大バラモン

悟りへの旅。わずか七日で会得した神通力

 昔。
まだ人の歴史が始まって間もない頃。
 ヒマラヤ山中に、スメーダという修行者がいた。
彼はもともと、アマラワティーという都に住む、バラモン(僧)だったが、 ある時、不滅の悟りを得るために家を出たという。

 美しい風貌に、最高の教養と学芸を身につけた彼は、7代前からの莫大な財産を受け継いでいた。
しかし賢者だった彼は、ある時、真実の「悟り」を極めぬ限り、苦しみや、悩みから抜け出せることはできない、と理解した。
その方法は、全てを捨てて、精進の旅に出る以外にはなかった。

 そうしてスメーダは、自身の莫大な財産を人々に分け与えてから、たった一人で。都を旅立った。
それからヒマラヤにて彼は、樹木の皮を身に纏い、深い山中で瞑想にふける日々を送り始める。

 よほど才があったのか、努力をしたのか、スメーダは、わずか7日で、絶妙な神通力を得ることができたという。

賢者の誓い。燃燈仏の予言

 ある日、空高く、ランマの都の上を飛んでいたスメーダは、その目がとらえた光景に衝撃を受けた。
人々は最高の喜びに沸き立ち、その歓喜の渦が、天を突き上げんばかりであったのだ。

 「ディーパンカラ(燃燈仏)が聖なる40万の弟子達と、その都においでになる。それで人々は、供養させていただくありがたさを喜んでいるのです」
そう聞いたスメーダは、それならば是非自分も一緒に供養させてほしいと頼んだ。

 スメーダは、洪水でとぎれた道を修復を、神通力をあえて使わずに行おうとした。
それが彼なりの仏への供養であったのだ。
 だが、道の修復が完了するよりも早く、ディーパンカラ一行は来てしまった。

 その姿のなんて尊いことか。
112の瑞相(吉兆)、眩いばかりの聖なる光。
そして金色に輝く美しい体。

 だが、このままでは、その聖なる仏様が、泥に汚れてしまう。
スメーダは、 今こそ自らの命を捧げる時だと決意する。
彼は自らの体を引き伸ばし、橋代わりとしたのである。

 そして、彼は誓いを立てた。
「私はいつか煩悩を焼き尽くし、あの仏様のように光り輝く最高な存在となろう。多くの人々を導きの船に乗せ、迷いの海から救い出すことを誓う。いつの日か必ず、私はそれを成し遂げよう」

 仏の一行は、スメーダの近くまで来ると、一度立ち止まった。
既に全てを見通していた仏は、豊かな微笑みを浮かべ、こう予言した。
「この修行者は、今ここに身を捨てて仏になろうとする、偉大な誓いを立てた。遠い未来ではあるが、彼はゴータマ・シッダールタという名の、尊い仏になるであろう」

 仏が去ってから、スメーダが立ち上がると、1万の天人天女達が、目の前に降り下って、限りない喜びの声を、一斉に彼に浴びせてきた。
「あなたは偉大な仏となることが定められました。仏となった全ての菩薩の前兆が、残らず今、あなたの前に現れましょう」
その全ての言葉を理解したスメーダは、仏への修行の知識を得て、ヒマラヤへと帰った。

動物達と人間達の王

猿王と人間王の果樹園

 長い時間の中で、スメーダは、 ありとあらゆるものに生まれ変わって、修行を続け、善行をし、仏の教えを広めた。

 猿の王として生まれたある時。
飢えに苦しんだ500の配下達が、人間の国王の果樹園を荒らしてしまった。
そこの監視人達は、ひそかに猿達を取り囲む。
 猿の子は責任を感じて、自らの体を橋として、配下の猿達を逃した。
しかし力を使い切った彼自身は、捕らえられてしまう。
 猿の王は、 人間の王に対して頭を深く下げた。
「此度の罪は全て私にあるのです。他の者達はみな、私の命令に従っただけなのです。私の肉はわずかですが、どうか王様の朝の食事の一皿に加えください。それでどうか、他の物達はお許しください」

 国王は、人間の王にも勝る配下の行いに感動し、全てを許してやったのだった。

馬王と鬼女の罠

 またある時、彼は馬の王に生まれた。
その時、彼は海岸の近くに暮らしていたが、対岸には大勢の恐ろしい鬼女が住んでいた。
筆使い「鬼」種類、伝説、史実。伝えられる、日本の闇に潜む何者か そこに旅人が通るとき、美女に化けて近づき、契りを結んでから、旅人を殺し、その血を吸って、肉を喰らったのだという。
 馬王は、そのような惨劇が続くことを涙を流して悲しんでいた。
そして、危険を犯して海を渡り、近づく旅人に大声で告げた。
「私に乗りなさい。ここにいてはいけない、女の誘いには恐ろしい企みがあるのだ」
馬の言葉に従った者は、故郷に無事に帰ることができた。

水牛王と悪しき心を持つ猿

 水牛の王に生まれた時。
彼が一族を連れて歩いていると、心の狭い一匹の猿が、嫉妬と怒りから、石や瓦を投げてきた。
しかし水牛の王は、全く意に介さない。

 森の神は、なぜあんな事する猿に、何もお仕置きをしないのか、その理由を尋ねてきた。
水牛は答えた。
「私達に悪行を働いた彼は、また別の者にも同じことをするだろう。どのみち彼は、いつか誰かに討たれて滅びるに違いないよ。私達が手を下す必要など全くないのだ」

 それからしばらくして、猿は通りがかったバラモンの一行の怒りをかい、撃ち殺された。

鹿王と人間の裏切り

 鹿の王に生まれた時。
彼は金色の毛皮を持ち、1000の配下を統率していた。
しかしある時、慈悲を持って助けたはずの人間に裏切られてしまった。
そしてその裏切り者の策略によって、狩猟好きの国王の標的になってしまう。

 別に逃げることもできたのだが、彼はあえて国王の矢の前に立った。
すると不思議なことに、裏切った人間の両手が地に落ちた。
 それで国王は疑いを持って、真相を探り、恩を仇で返そうとする人間の恥ずかしい行いが露わになった。
また、鹿王がやがて、大菩薩になる身であることもわかった。

 それから宮殿へ招かれた鹿王は、集まった王族、貴族、民衆の前で語った。
「仏の教えはここにある。この教えを守れば、心穏やかに日々を暮らすことができよう。悩みなど残らず消えて、喜びだけに満たされるだろう」
国王はこれに感動し、以後、一切の殺生を断ったという。

人間王とハトとタカ

 人間の王に生まれた時。
彼はシビという名で、善政を行っていた。

 ある日、1羽の白いハトが、彼の胸の中に飛び込んできた。
聞けば、大きなタカに追われているのだという。
猛禽類「猛禽類」最大の鳥たちの種類、生態、人間文化との関わり  ハトを隠してやった王のもとに、タカが舞い降りてきて、「自分の餌を返せ」と迫った。
シビ王は、生命の尊さを説いたが、タカはハトを食わなければ自分が死ぬのだと主張したら。
そこで王は告げた。
「わかった。それでは私の腕の肉を持っていけ、それでどうだ?」
しかしタカは納得しない。
王は続けた。
「まだ足りないのか、それでは足の肉もたっぷり持っていくがいいだろう」
それでようやく納得したタカは去った。

 腕も足も失い、血まみれのシビ王は、優しい笑みを浮かべていた。

兜率天、そして再び人間の世界へ

 スメーダは、数え切れないほどの転生を繰り返した後、ヴィシュバンタラという名前の王に生まれた。
そしてその寿命が尽きた後に、彼は兜率天(とそつてん)に昇った。
兜率天は、次の時代に、仏となることが決まっている菩薩が棲む、天の領域である。

 ただ、ひたすら果てしない美しさと、きらびやかさがある、この天上世界においても、彼は修行の心を忘れず、仏の尊い教えを学び続けた。

 ある時、天上世界に、ある詩が響きわたった。
はるか昔、スメーダであった時から、数え切れない生涯を繰り返し、その間、一時たりとも厳しい修行を怠らなかった彼を褒め称えた詩であった。
「時は来た。人のように速やかに降りるとき、人の世に降りて輝く仏となる時、教えに飢える人々に、仏の大慈悲を与える時。さあ菩薩の道を指し示し、偉大な導師とおなりなさい。今は早く降りる時です」

 彼はいよいよ、再び人間界に下りることを決心した。