「三体」11次元の考察。三重連星の世界観。心に隠された計画。宇宙の最期の時

三体問題、三重星系の生命体をテーマとしたSF

 『三体問題さんたいもんだい(three-body problem)』と言えば、それぞれが重力効果を及ぼし合う三つの質点の系に関して、その運動を計算予測することが可能かどうかという問題である。
ニュートン力学が確立されて以来、多くの数学者、物理学者が挑戦してきたが、『ラグランジュ点(Lagrangian point)』のような、極端な状況を想定した場合での特殊解しか発見されていないとされる難問である。
アンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré。1854~1912)の研究などにより、一般的な解を一般的とされる方法で求めることは不可能だとされている。

 その三体問題と、実際に大きな重力を発する三つの恒星の系、つまり『三重星系(Triple star system)』の惑星に発生した生命体と、テクノロジー文明がいきつくだろう未来をテーマとしたSF小説。
全3部作

三体

 1作目。
基本的には、いろいろな予想を貪欲に詰め込んだエンタメSFという感じではある。

謎のオンラインゲーム。粒子のコンピューター、智子

 『宇宙背景放射(cosmic background radiation。CBR)』は、だいたい等方的に観測される、ビッグバン現象の名残りとされるマイクロ波である。
主人公的存在であるワン・ミャオ(汪淼)の前に突然ちらつき、宇宙背景放射まで利用しているようであった謎のカウントダウン。
ビッグバン「ビッグバン宇宙論」根拠。問題点。宇宙の始まりの概要  三体世界、つまりは三重星系の生物の発生と発展を、かなりデタラメな歴史観と合わせて体感する、まさしく「三体」という名前のVRオンラインゲーム。
そしてそのゲームの中で繰り広げられる、どこか面白おかしいような展開の数々。

 実際の三体世界の生物たちが直面した問題と、それに立ち向かおうとする様子。自分たちがこれから関わる事になるのだろう、地球生物の研究。
そしてその三体世界における、折り畳まれた次元を利用した粒子コンピューター『智子ソフォン』などが、特に興味深いファクターであろう。
コンピュータの操作「コンピューターの構成の基礎知識」1と0の極限を目指す機械

11次元の領域を3次元から利用する

 おそらく超ひも理論からの設定であろう。次元空間はごく小さな要素の中に大半閉じ込められているから、実際の空間次元が11次元であるにもかかわらず、我々は3次元しか認識できないというような設定があり、智子という、1個の陽子であるコンピューターは、この空間構造を活用している。
11次元理論「超ひも理論。超弦理論」11次元を必要とする万物理論  外部からそれを確認した場合のスケールは小さくとも、構造の次元が1つ上がるごとに、その内部で利用できる情報量はかなり増えていく。三体世界は、9次元までを操作する技術を有している。
少し恐いのが、この一連の開発話の中で、粒子すら、当然高次元を圧縮した、内部に凄まじい情報量、つまりは複雑性を実は持っているものと語られること。その内部には、それこそ複雑性が生み出すもの、生命体が存在していたりすることもある。その話を飛躍して解釈してしまうと、我々のこの世界までも、そういう折りたたまれた次元の中、つまり、大きく見えて小さな世界かもしれないという発想もありうるだろう。
作中で、粒子同士の崩壊現象の度に、そのような小宇宙は壊れてしまっているという例の通り、この宇宙も突然に崩壊してしまうということもありえるかも、とイメージすると、やはり恐い。
四次元「四次元空間」イメージ不可能、認識不可能、でも近くにある

三体世界の設定について

 三体世界は、3つの恒星の動きのパターンの複雑性のせいで、(その星系の惑星の生物にとって)恐ろしき破滅危機が、定期的にどうしても発生する。
作中では、その破滅的危機の時期を『乱紀』、そうではない、比較的安定した時期を『恒紀』と表現している。
また、そこで生きている生物は、太陽が接近した時の熱さなどに堪えるための手段として『脱水』という能力を獲得している。体内の水分をすべて放出し、ゲームキャラ曰く「干し椎茸のような」状態になること。ある意味すごく高度なエネルギー節約術であり、復活するためにはまた水に浸せばいいというもの(作者は、地球のクマムシなどを参考にしたのかもしれない)
それはゲーム、三体の設定であるが、実はそのゲーム自体ある程度の真実を元にしているという感じである。

 三体世界の実際の生物と、通信を取れることになった者たちは秘密結社的な組織『地球三体組織(ETO)』を作ったが、実は例のゲームは、自分たちの賛同者を集めるために、このETOが作ったものという設定。
彼らは、自分たちが得た三体世界の知識を、そのゲームに適用している訳である。
物語的には、これは自分たちの思想を広めるためという、なかなか面白い仕掛け(ギミック)であるが、メタ的な視点で見るとしても、読者にその世界観を、自然な形で認識させる、見事なエンタメ的演出となっているように思う。物語の終盤で、実際の三体生物たちが描かれる頃には、すでにある程度、その性質の知識を、読者が持てる構成になっているわけである。

知性の発達は生命体の規定路線なのか

 しかし肝心の生物の描写に関してはどうだろうか。
宇宙全体(でなくとも天の川銀河系)の構造から見ると、三体世界の星系と、太陽系は距離的に近いが、それでも、それぞれに孤立した生態系を生み出すくらいには遠い。この物語においても、通信技術が開発されて、初めてふたつの世界はコンタクトを取ることに成功している。
それにも関わらず、この二つの別世界の生命体たちは、その精神構造、進化の道筋など、ある程度似ているところがある。地球外生命体側の描写も描いたコンタクトものでは普通ではある。
「地球外生物の探査研究」環境依存か、奇跡の技か。生命体の最大の謎「宇宙生物が地球に来る目的」いくつかの問題点、ロボットの可能性  知性が発達する方向へ生物は変化していくものだろうか。
少なくとも地球生物のモデルでは、一度発生したパターンは、その表面上の生物が変わったとしても、消えないことが多い。それは複雑性がどんどん増えていくことにも繋がる。そして知性というもの(複雑性がおそらく必要)も、だんだんと増えていく。という流れは想像しやすくはある。
だがこれが生命体という現象の普遍的なパターンかは、実際には謎な所である。

 しかし、生物がその系に含ませるような複雑性のパターンの中には、例えば我々のこの思考とかも含まれてたりするだろうか。そういうふうに定義することは可能だろうか。

やはり似てはいる

 それもよくある設定ではあるが、三体生物は科学技術や社会も、地球の人類社会と似たようなものを確立している。宗教など、地球の言語を自分たちの言語に翻訳した場合に、そのまま変換できると思われる概念もたくさん持っているようである。つまりこの生物は、物理的原理がどこか違っているとしても(孤立した系で発生したにも関わらず)地球生物とそれなりに似ている。

 また、地球生物を攻撃的な種族と考えられてること。どういうわけだか、地球生物が科学技術という概念を獲得してから、それを発展させる速度が凄まじく速いことなど、よくも悪くも地球生物の方がむしろ少し特殊みたいなイメージで描かれてる感じである。

エンターテイメントとしての魅力

 ETOは、だんだんと人員数を増していくと共に、いくつかの派閥に別れることになる。
人類という種に絶望し、三体世界生物のもたらすであろう侵略による滅びを期待している者たち。
訪れることを願ってはいても、結局三体問題が完全に解決され、どちらの種も生き残る方向性を目指すことを理想としている者たち。

 この1作目は、個々の画面を切り取った場合、(なぜそれが今重要なのかも含めた)三体問題に関しての話などの一方で、三体生物の捉え方から生じる、人類世界の対立が、わりと強調されて描かれてるように思う。
おそらく科学に最も関心がないメインキャラである、警察官の史強(シー・チアン)の考え方や行動、その活躍のためがある。

 科学に関して素人ながら、見たままや、素直に思ったことを、自分や仲間を奮い立たせる言葉として使える彼は、作中通して、なかなか興味深い人物と言えよう。

三体2-暗黒森林

 第二部。内容的には、前作でその存在が明らかとなった、地球に迫る三体文明と、地球人との駆け引き戦が主に描かれている。

また、その過程で重要な要素ともなる、フェルミのパラドックス(なぜ銀河の中にたくさんいてもおかしくないような知的文明が互いをなかなか見つけられないのかの謎)に対する解答例とも言うべき『暗黒森林』の理論などが、物語全体をよく盛り上げる形になっている。
前作に比べると近未来の話なので当然であるが、より近未来SF的な描写も多くなっている。

 前作から明らかとなっている、地球の科学発展を止めるための極小コンピューター『智子(ソフォン)』の機能のために、常に地球のあちこちが監視されている中、唯一の希望が、思考と言葉という概念。
三体人は、脳の思考をそのまま外界に表示するシステムを有しているのである。だから最初は、考えたことを言葉にしてという地球人のコミュニケーションシステム自体が理解しにくかった、というようにも描かれる。
それが鍵となる。智子は、心を読み取ることができないのだ。

 そうして、面壁者と呼ばれる、特別な権限を与えられ、とにかく何らかの方法で三体危機を切り抜ける計画を孤独に巻かせられた者たちを使う、『面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)』なるものが発動。一方で、地球文明を憎み、三体文明を招こうと考えて、それの協力者にもなっている地球三体協会(ETO)は、面壁者の計画を見破り無効化させる、破壁人なる者たちを用意する。
その四人の面壁者のそれぞれの計画も、重要なガジェットとなる。

暗黒森林とは何か

 ETOの指導者、前作の重要人物でもあるイエ・ウェンジエ(葉文潔)が、今作の主人公的な存在である天文学者で、面壁者のルオ・ジー(羅輯)に、かつて意味深に伝えていたある情報。しかしその真意が結局最後まで明かされないことは興味深い。
宇宙の星々の文明群、超社会の性質を研究する『宇宙社会学』、その基本的な2つの公理。すなわち「生存は文明の第一欲求である」という第一、「文明は絶えず成長して拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定」という第二。

 基本的な2つの公理は、ほとんどそのまま答に直結していると、最終的には明かされる。
そしてそれを利用した呪文と表現した方法が、ルオ・ジーの対抗策。

 重要なことは、フェルミのパラドックスに対するこの作品なりの答である、暗黒森林という考え方。
離れたいくつもの星系にいくつもの文明があるとする。しかし(例えば地球のような)いくつもの近しい生態環境が存在するような領域とは違って、離れた星系同士の文明の生物は、文明的思想や基準などが大きく異なっているのが普通となる。しかも科学技術というのは、時々急激に進歩するから、力関係もその時々で(宇宙的な時間からするとごく短い期間で)簡単に変わりうる。
考え方としてはそれほど複雑なものではない。まさしく、どこにいるかを正確には知らない、潜在的脅威ばかりが互いに存在しているような広大な宇宙。そこで知的生物は、生きるためにどのようにふるまうのか。繋がりを持てないのはなぜなのか。
その理由のために、宇宙にはいくつもの知的文明があっても文明の痕跡はなかなか広まらない。それがまさに暗黒森林状態なのだとされるわけである。そして地球人類がその原理というか、宇宙の状態の理由に気づくことこそ、三体文明の最大の危惧。それは防衛策に利用できることでもあるとして。

 終盤に、そもそも地球人が長く(宇宙の多くの知的生物には常識かもしれない)暗黒森林に気づかなかった理由としては、例によってよくある説が語られるが、単純なエンタメ物語として見るなら、それを伝えた存在はよかったかと思う。

自爆テロ。太陽系の破壊。精神操作

 ルオ・ジー以外の面壁者たちの計画は、実際のところ失敗するから、本編とはそこまで関係がないのだが、どれもなかなか、SF的に興味深い話である。

 太陽系の水を大量に集めて、それを献上することで、なるべく好条件で降伏する。と思いきや自爆テロ。
太陽系「太陽と太陽系の惑星」特徴。現象。地球との関わり。生命体の可能性  水爆をうまく使い、水星の公転を止め、太陽へと取り込ませ、そこから崩壊の連鎖により、太陽系自体を破滅させる可能性を示唆して、三体文明を脅迫。

 人類の知能レベルを強化する目的で研究していると見せかけて、実は強烈な逃亡主義を生み出す。

 3人全員、地球人が三体文明には勝てないと考えているのが、また面白いところであろう。

言葉を使わないコミュニケーションに関して

 智子に決して理解できないコミュニケーション方法が見つかるなら、もちろんそれはその監視を逃れるための方法になる。そういうものがあるのかどうかという話の場面で、視線や微笑み、表情を使ったコミュニケーション能力を高めることができたら、という発想も出される。

 実際問題、表情のみで完全なコミュニケーションをとるなど、ほとんど不可能なようにも思える。しかし、原始人が初めて言葉を話し始めたときは単純な意味を伝えることしかできなかったはず。鳥の鳴き声よりもシンプルだったかもしれない。だが言語は徐々に複雑さを増していった。
表情によるコミュニケーションも、もっと複雑さを増して、使いやすいものになる可能性も十分に考えられる。加えてそれは、人工知能にも理解させるのが特に難しい領域であるから、その概念の初心者である三体人にも、理解はできないはず、などの理屈は、なかなか説得力がある。
人工知能の基礎「人工知能の基礎知識」ロボットとの違い。基礎理論。思考プロセスの問題点まで機械学習「機械学習とは何か」 簡単に人工知能は作れないのか。学ぶ事の意味

宇宙軍が戦う戦場

 宇宙軍の結成において、海軍の者が多めに集められた理由もなかなか興味深い。宇宙空間での戦闘は、空中戦というよりも、むしろ海の戦場を、二次元から三次元へ拡張したものに近い。よって海軍を核として宇宙軍が形成される。という訳である。

 また、科学力の発展が制御されてしまっている現状、400年後の戦いにおいても、実際勝利できる見込みなど薄いから、それよりは今の技術でも何とか作れるだろう、逃亡用の宇宙船で逃げたほうがいいという逃亡主義の考え方も広まっている。三体人もそれに関しては警戒するが、結局のところ倫理の問題などが足かせとなり、すぐには実行されないだろうとETOが伝えたりするのも、面白い流れと思う。

冬眠技術と200年後の世界での戦い

 これは数百年という長いスパンでの、登場人物の再利用を行うためのガジェットであろうが、冬眠技術はすでにかなり実用的になっている。
それと、宇宙船内部に完全に閉鎖された生活環境を作る技術などの実用化も、夢物語ではないはずというように描かれている。
「クライオニクス」冷凍保存された死体は生き返ることができるか  メインキャラ何人かが冬眠技術による眠りから目覚めた、200年後の地球社会に関しては、また相当に夢がある感じである。
現在の情報化社会が、そのままものすごく強化されたみたいな感じになっている。
軍事技術もかなり強化されて、むしろ迫る戦争には普通に勝てるんじゃないか、という楽観主義すら広がっている。そういう状況で、強力と考えられる宇宙艦隊が、水滴の形をした探査機1つにボコボコにやられてしまう場面などは、なかなかに上手く絶望感が描かれている。
その水滴探査機は、質量的にはそれほど驚愕的なものではないのに、異常なまでに分子群がきっちりとくっつきあっている。ようするに究極的に滑らかの状態で、何より硬いと言えるような物質構造という設定。その原理に関する仮説としては、本来は原子核内でしか効果を発揮しないはずの、強い相互作用のコントロールが推測されている。
中間子「中間子理論とクォークの発見」素粒子物理学への道

三体3-死神永生

 三部。
過去2作であったいくつかの理論や、三体文明の行動などに関する理論的な描写が多くなっていて、それらは楽しい。
議論が繰り返される背景では、危機の紀元からの様々な変化も語られていくが、そのたび社会の中で変容する大衆の変化はなかなか滑稽。しかし、人類の最後の抵抗攻撃とも言うべき決定がされて、実行もされる場面などは、追いつめられた人類の底力も見せているように思う。

2つの文明の平和的な関わり

 前作で確立された『暗黒森林抑止』が働いている時代の、地球文明と三体文明との情報交換。
科学情報を出し惜しみすると考えられていた三体文明だが、遠慮なく人類に様々な新情報を与えてくれる。有力な仮説として出されるのが、地球科学を発展させることで、そこから自分たちも新たな知識を得られるという利点。自分たちを教師として学ぼうという別文明を知識のバッテリーとして使おうとしているというもの。
三体世界でも、さらなるテクノロジー躍進があり、それは抑止紀元の始まる前か後かというような話も出てくる。

 そして、地球文明が三体文明に与える影響という現象の証拠として、『文化反射』なる現象も。
三体文明は、映画や小説など人類の芸術文化を模範したような作品も科学情報と一緒に送ってきたが、それらは最初から高い水準で、基本的にキャラクターなどがみんな地球人であり地球舞台の話のために、クリエイターがどちらの文明の人なのか言われなければ、わからないくらいと。

智子のブラインドゾーン、光粒の自然現象可能性

 智子ソフォンシステムの影響がどこかで途切れてしまう『ブラインドゾーン』、それにそもそも三体文明がその暗黒森林抑止によってしっかり侵略をやめてしまったという事実などから、暗黒森林説の正しさはかなりもっともらしくはあるのだが、それが本当にあるのかという疑問もまた出てくる。
そもそも、人類が暗黒森林現象の実在を確かめた唯一の例に関して、偶然に自然的な超新星爆発などによって説明できそうなこと。
三体文明が「(非常に高度な技術文明にとって、おそらく経済的にそれが有利であるため)基本的にそれが方法」とも後に語る『光粒フォトイド』という現象なども、そもそも自然現象として説明できるかもしれないと。

 しかし結局、暗黒森林理論が完全に決定的となった唐突な出来事は、いろいろあっさりしてて衝撃的。

暗黒森林抑止、執剣者

 暗黒森林抑止の核である、重力波宇宙送信システムの起動スイッチを握る存在、『執剣者ソードホルダー』となった羅輯(ルオ・ジー)は、もはや沈黙している時間が長すぎて喋れなくなったと言うようにまでされているが、普通に喋るシーンもあり、とても印象的。
結局、次を引き継いだ程心(チェン・シン)は、抑止を終わらせてしまうきっかけにもなるが、彼女と羅輯、そして三体文明を背後にする智子ソフォンとの会合の時。
そして彼の質問と、三体文明でも彼に敬意を表しているからこその、三体文明が必ず真実とした答が、次の話、「暗黒森林攻撃を止めるための安全通知とは」というのにつながっていく。

 しかし、状況の変化による智子ソフォンの態度などの変化は、人類社会の動きと同じくらい滑稽とも言えるかもしれない。そもそも暗黒森林が成り立つ全体から、単体の文明まで、知的生物の愚かな面が描かれている感じか。
その後も大衆の動きに関しては、特に愚かさが強調されているように思える。

戦いの場での男らしさ、女らしさのこと

 執剣者の引き継ぎ失敗と関連する男らしさ、女らしさというものの話がわりと興味深い。危機紀元においてすら、結構平和な時間も長く、結局進歩していくテクノロジーの恩恵を受けれてはいた人類社会の中で、おそらく男性らしさの遺伝要素が駆逐されていっている。というような印象もある。
ここでいう男性らしさとは、作中では見かけの話としても語られるわけだが、それだけでなく、暴力性とか積極性とか言うべきものとしても考えれるように思う。
執剣者には、「負けるくらいなら全て道連れに自爆特攻してやる」くらいの気持ちが必要だが、2代目にはそれがなかった訳である。そういうものを男性らしさとしているような感じもする。そして三体人の逆襲計画も、それ(女らしさ)を利用した(ような解釈もできそう)。
平和な世界を平和に保てるのは女性らしさかもしれないが、負け戦を勝ちか引き分けに変えられる可能性があるのは、男性らしさと言ったところだろうか。
別に男女というような言い方にこだわるまでもなく、社会の中で、色々な状況で、どういう性質が有利になるのか。そしてあらゆる条件に備えて色々な性質が共存する社会を安全に続けるのは、しかしいかに難しいか。とか、そういう問題も示唆されているようにも思う。

四次元のかけらの謎

 暗黒森林の時点で、すでに他に多くの文明があることが確定してるわけだが、今回はその別の文明との接触の描写も描かれる。この三次元空間宇宙に現れた、『四次元のかけら』と呼ばれる四次元領域。
そこに残されていた謎の知的存在は、元々地球の言語を三体人に教えるために開発されたというデータベース、(地球の自然史や人類史に関する大量の文字資料の他、大量の動画や静止画が収録されているソフトウェアも付属し、言語とそれに対応する映像を結びつけることで、地球の言語の解読と学習ができるようになっている)『ロゼッタシステム』を送られるや、すぐに人類側とメッセージによる会話ができるようになる。

 そしてその会話。それは語る。
「ここは墓、作った者の。かつては宇宙船だったが、今は死に、墓となった。まだ墓でないものもあるが、まもなくそれも墓になる。全てについて知っているわけでもない。自分自身遠くから来たが、それらもまた別の遠いところから。四次元のかけら自体は海、というよりむしろ潮溜まりのようなもの。海は干上がってしまっている。海が干上がると魚は潮だまりに集まるが、潮溜まりも干上がると、魚も消える。海を干上がらせた魚はここにはもういない。海が干上がる前に陸に上がったから。ある暗黒森林から別の暗黒森林に移動した」
そして最も興味深い情報。「私は墓でもう死んでいるから誰も攻撃できない。次元の数が異なる空間同士の間に暗黒森林状態はない。低次元空間は高次元空間の脅威にはならない。低次元空間の資源は高次元空間にとって何の意味もない。同一次元空間を共有する者同士の間では、あちこちに暗黒森林」

結局、三体文明とはどのような世界であったか

 地球人のおとぎ話の短編集が売れて人気作家となれるような世界。地球よりもずっと文明が進んでいて、宇宙の構造、暗黒森林、多次元空間、そして空間曲率、繰り返す宇宙のことを知っていた文明。
しかし結局、多くは謎のヴェールに包まれたままで終わる。どの生命体も生存のための環境の条件はある程度共通する狭い範囲のようだから、あまり極端に異なるような生物ではないと思われるが。

空間曲率を利用した光速エンジン。光速を遅くした平穏なブラックホール

 三体人の文明の中にいた地球人、雲天明(ユン・ティエンミン)が残した地球文明を救うための手がかりである、おとぎ話に隠されていたメッセージを、三体人が気づいていなかったのかどうかは、普通に謎な感じである。何にしろ、そこから得られる可能性はまた興味深い。
宇宙船の後方の空間を平らにすることで、曲率が大きい前方の空間に引っ張られる現象を推進力とする光速宇宙船は目指すべきもの。それだけでなく、そうした光速の軌跡の影響が関係する、光速度の減少。さらにはのろまな光のために完全に外部から、つまり暗黒森林から隔絶された暗黒の領域という、実質的に平和なブラックホール世界。

宇宙の崩壊。物理法則を利用する攻撃と防御

 三体文明とも違うまったく別の文明は、ほとんど記録の形でだけ描かれるわけだが、第一部での三大人たちの描写のように、少しだけはそれなりに直接的なものがある。別の知的生命体らしき存在、低エントロピー体の集団、歌い手と呼べるような存在を有する集団側の(その歌い手の)視点もある。暗黒森林攻撃は「浄め」、それを確実に行うための、ただのエネルギー兵器とは違う『双対箔』。
歌い手の前に漂ってきた双対箔は、梱包された状態、綺麗に透き通っている。ごくありふれているが、歌い手はそれを気に入っている。高価な道具は暴力過ぎてあまり好きではないから。歌い手は双対箱が体現する屈することのないしなやかさが好き。それは死を歌に変えられる美学があるから。

 双対箔は二次元空間。それを三次元空間と隔てている、防護フィールドとしての力場が外されると、接触する3次元空間を崩潰ほうかいさせていく。余分な次元を量子レベルで小さく折りたたんでいく
抑えがなくなると、三次元空間において、(次元の少なさのために?)急速に拡大したその二次元の面に、三次元の宇宙空間は滑落していく。この辺りと、四次元の欠片での描写、第一部の三体人による智子生成の描写などは合わせて考えると、特に面白いだろう。

 さらには技術的にほとんど無限の能力を持つ文明に対して、最も脅威となる武器は何かという問題において、物理法則が示される。
それはもちろん恐ろしい武器であり、効果的な防御手段でもある。物理法則の攻撃の中で最もよく使われるのが、空間次元と光速。空間次元を減らすことは攻撃手段となり、光速を遅くすることは防御手段になる。
しかしある高次元の、低次元への崩潰を止める方法は知られていない。おそらくは存在しない。そこで究極の攻撃の方法である次元を減らす攻撃は、長い目で見るなら自爆攻撃とも言える。だが、そこで攻撃する側は、自分たちを低次元生物へと改造してしまうという抜け道がある。
とにかく宇宙にはもちろん様々な文明がある。しかし誰かが低次元への変換を一度した瞬間に、遅かれ早かれ、やがてすべての宇宙すべてが低次元化することは免れない。
さらにはビッグバンとビッグクランチを繰り返していくような宇宙の世界観が語られる。次の宇宙に行くための、一時的な時空の外側、避難所のような人工宇宙も、質量を本体宇宙から奪うかもしれないから、ビッグクランチという、必然的な収束地点を失ってしまう危険性があるかもなど。