「超ひも理論。超弦理論」11次元を必要とする万物理論

11次元理論

物理学界の大いなる混乱

二十世紀、大理論の衝突

 20世紀以降の物理学界は、それまで誰も体験した事がないほどの混乱が続いている、とも言われる。
それは20世紀の始めに登場し、今なお物理学を支える支柱となっている二つの理論に関係している。

 二つの理論とは、『時空間(Space-time)』を説明する『一般相対性理論(general theory of relativity)』と、『原子(Atom)』以下の世界の振る舞いを記述する『量子力学(Quantum mechanics)』。
時空の歪み「特殊相対性理論と一般相対性理論」違いあう感覚で成り立つ宇宙量子「量子論」波動で揺らぐ現実  まず問題なのは、この二つの理論に欠陥らしき欠陥があまり見つかっていない事である。
この世界で、確かにありうる特定の状況で、この二つの理論を併用して適用出来ないという事以外に。

たったひとつ欠けてただけの時代

 今の物理学に詳しく、しかし歴史をあまり知らない人には衝撃的な話であろうが、十九世紀後半の時代、物理学というのは、もうほとんどパラダイムシフトなど起こりえない、どころか解決すべき難題すらほとんど残されていないような分野だとされていた。

 それ自体は不変的にただ存在している空間。
ただ刻一刻とすぎるだけの不変的な時間。
それら絶対的な時間と空間の中で、物質に働く『ニュートン力学(Newtonian mechanics)』。
リンゴの木「ニュートン」万有引力の発見。秘密主義の世紀の天才 通常物質を構成する原子群。
化学反応「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か 実験室「原子の発見の歴史」見えないものを研究した人達 そして空間内に広がる特殊物質『エーテル(ether)』と、それを媒体にして伝わる『電磁気(Electromagnetism)』の波(『電磁波(Electromagnetic waves)』)。
雷「電磁気学」最初の場の理論。電気と磁気の関係  たったこれだけの要素で世界のどんな現象も説明できた。
(現在考えられている物理学的世界観からすれば)単純で、理解しやすい世界。

 物理学者に残されていた重要な課題は、ほぼ全てが理解されているような時代において、いまだ成されていなかった、エーテルなるものの確認のみ。
だがその探求は、物理学時代の終演でなく、始まりとなる。

エーテル確認されず

 光というのは電磁波と同じ(つまり水と氷みたいなもの、状態が違うだけ)だと、マクスウェル(James Clerk Maxwell。1831~1879)という人が説いた。
電気実験「電気の発見の歴史」電磁気学を築いた人達「マクスウェル」電磁気学の方程式、土星の輪、色彩、口下手な大物理学者の人生 彼はまた光の速度を(約)秒速30万キロほどだと示した。
と、それだけなら別になんて事もなかった。
秒速30万キロなんて凄く速い。
しかしそれだけだ。
問題とされたのは、この光の速度が、どんな観測者のどんな状況にも左右されない絶対的なものである事。

 例えば、直進する光の隣で、光と同じ方向に同じ秒速30万キロで移動している人が、隣を進む光の速度を計測すると、どういうわけだか、秒速30万キロほどと計測してしまうのである。
十九世紀までの物理学の知識しかない人なら仰天する結果である。

 普通、個人個人が認識する何かの速度は相対的なものであり、例えば時速60キロで走る車に、あなたとあなたの友人が共に乗っている時、(外の人から見たら)あなたも友人も時速60キロで動いているはずなのに、互いの目線的には、互いに静止しているように見えたりする。
だが、光の速度で動く者にも、光は静止しているように見えないのである。
この結果は、光という波の媒体、エーテルを捉える為の実験によって導きだされたものである。

 この地球という星は太陽の周りを常に動いている。
太陽系「太陽と太陽系の惑星」特徴。現象。地球との関わり。生命体の可能性太陽系「地動説の証明」なぜコペルニクスか、天動説だったか。科学最大の勝利の歴史  そしてこの宇宙にエーテルが満ちているなら、地球の動きに影響を受けているはず。
水中でボールが動くと、水が影響を受けるように。

 仮にエーテル自体が、観測不可能な(実際にそう考えられていた)機構なのだとしても、エーテルを媒体とした波である光(つまり電磁波)は観測出来る。
一方向へと動く地球の上で、いくつかの方向から同じ距離を進む光の、方向に応じた相対的速度を計り、それらの相対的速度のズレ具合から、エーテルが地球に対し、どのような動きをしているのかがわかるはず。

 だがどんな精密な実験でも、地球の動きに対する光の相対的速度はズレなかった。
つまり光の速度は絶対的なものだったのである。

原子に内部構造?

 また、最小要素であるはずの原子の内部構造がはっきりと明らかになりだしたのも19世紀と20世紀の境目である。
原子が崩壊するという事が明らかとなり、さらに、原子とは別物だとも考えられていた『電子(Electron)』が、原子内部に潜んでいる可能性も示唆され始める。
最終的に物理学者たちは、「『陽子(proton)』と『中性子(neutron)』とで成る『原子核(Nucleus)』と、その周囲を漂う「電子の雲」という原子の内部構造モデルを構築。
素粒子論「物質構成の素粒子論」エネルギーと場、宇宙空間の簡単なイメージ  だが漂う電子の雲とはどういう事か?
電子はたったひとつでも、複数個でも、それを形成するという。
もちろん文字通りの雲ではなく、それはいわば「存在確率の波動」などという容易には理解しがたいものである。
もちろん、いきなりこんな奇妙なモデルが提唱されたわけでもない。

 なぜ電子はさっさと(回転(?))エネルギーを失い、反対の電荷を持つ(電磁気学的には、マイナスの電荷を持つ電子は、プラスの電荷を持つ原子核と引き合うはずなので)原子核に落ちてくっついてしまわないのか?
という疑問になんとか上手い解答を返す為の苦心の結果が、そんなモデルだというだけの話である。

光に関する更なる謎

 光の奇妙さは、その絶対的速度だけではなかった。

 金属などに光をぶつけると、電子が放出される『光電効果(Photoelectric effect)』という現象があるのだが、これは、金属原子などが、内部の原子核と電子の結びつきが弱いために、光のエネルギーによって弾き出される為に起こるとされている。

 そして水の波を見ればわかるように、波の道筋は、周期的に曲がりくねり、その瞬間、瞬間に少しずつ上下に方向を変え、連続した山と谷を作る。
波が作る、その連続した山と谷の中で、隣り合う山と山の間の距離を波長と言うのだが、当然、光も波なので、その波長なるものがある。

 奇妙なのは光電効果が起きる際に、光量を増やしても(つまり光を明るくしても)金属から弾きだされる電子の数が増えるだけで、電子が弾き出される勢いは強くならない。
しかし波長を変えれば電子が弾き出される勢いが強くなったり、あるいは弱くなったりする。
具体的には波長が短くなるほどに、電子は力強く弾き出されるのである。

 何よりもおかしいのは、ある波長以上になった光は、もうどれだけ量を増やしても、光電効果を一切起こさなくなってしまうという事だった。

 モノはエネルギーを持つ、当然光も。
そしてモノの量を増やせば、当然エネルギーも増えるはず。
しかし光はどれだけ量を増やそうともエネルギーが増えないらしいのである。
それどころか、ある波長以上の光は、エネルギーを持たないのかもしれない。
熱力学エントロピーとは何か。永久機関が不可能な理由。「熱力学三法則」  波長の長い光がエネルギーを持たないなんてのが、明らかにおかしい結論なのは、ストーブで暖まった経験がある人なら理解しやすい。
我々は波長の領域により光を分類しているが、ストーブは、比較的長い波長の『赤外線(infrared ray)』という光を発する。

 赤外線は波長が長く、光電効果的にはエネルギーが大したことないように思える。
しかし実際に、ストーブの間近で、それが発する大量の赤外線を浴びれば、(たいていの人の基準で)相当に熱い。
あの熱を生んでいるのがエネルギーでないなら何なのか?

 一方、波長の短い光としては、太陽から降り注ぐ『紫外線(Ultraviolet rays)』がよく知られている。
紫外線も近くで大量に浴びれば危険だろうが、雲に遮られた太陽が、なんとか届けてくれるわずかな紫外線なんて全然大した事ないみたいに思える。
雲「雲と雨の仕組み」それはどこから来てるのか?温度「気温の原因」温室効果の仕組み。空はなぜ青いのか。地球寒冷化。地球温暖化  しかしそんなわずかな紫外線でも光電効果によって、(数はわずかでも)電子に強烈な衝撃を与えるらしい。

 大量の赤外線のエネルギーは本当に、僅かな紫外線に負けているのか?
光電効果で飛ばされる電子の勢いを参考にするなら、明らかに負けている。
まったくバカバカしい事だが。

万有引力の定理、静かな崩壊

 十九世紀末期から二十世紀初期。
物理学者たちはエーテルを見つけようとしたが、見つけられず、代わりに自分達がいかに無知であったかを思い知らされた。
ここまでに紹介したもの以外にも、数多くの既存理解の崩壊があった。
極端なのも、静かに地味に壊れた考えもある。

 『万有引力の定理(law of universal gravitation)』は、多分静かな崩壊だった。
人類史上、最も偉大な発見のひとつとされ、数百年以上にわたり、科学者たちに崇められてきた、今だって使われる(使える)単純な数式。
万有引力の公式
質量と質量が引き合う強さを述べたこの数式は、地球の重力の強さ(それからの脱出速度)や、惑星の動きなど、この世界で見られる多くの現象を上手く説明した。
だからこそ、この定理のみでは説明出来ない現象をどう考えればよいかは意見が割れた。

 万有引力の定理で(もちろん無視できない余計な要素が多すぎた場合などではなく)予測出来なかった現象として代表的なのは、『水星の近日点移動(Mercury’s perihelion shift)』であろう。
これは太陽の周りを巡る水星が、一周ごとに、太陽に最も近づく位置を変えていく現象。
この水星の近日点移動に関しては、周囲に(太陽と水星に比べれば)大きな質量もなく、運動エネルギーを奪う摩擦を生じさせるものもないので、近日点がどのように変化していくのかを万有引力の定理で予測するのは容易いはずだった。

 ところが万有引力の定理を用いて予測した水星の近日点の変化経路は、実際のそれとズレてしまう。
それが意味する所は明らかだった。
つまり万有引力の定理は不完全な理論だったのである。

そして二十世紀へ

 光の絶対的な速度。
原子よりさらに深く、小さな基本要素の存在。
光電効果の謎。
そして間違いなく完全ではない万有引力の定理。

 十九世紀の物理学者たちは、自分たちは全てを知りつつあると自覚しながら、大量の問題を残してくれた。
そして二十世紀。

アインシュタインの相対性理論

 光がなぜ絶対的な速度を持っているのかを、誰もが納得出来るレベルで説明してみせたのは、当時、特許局で働いていたアインシュタイン(Albert Einstein。1879~1955)なる人物だった。
 
 アインシュタインは、光の速度に関する性質を説明する為の最初の一歩として、まずエーテルを捨てた。
そしてそれは明らかに成功した。
「アインシュタイン」人類への功績、どんな人だったか、物理学の最大の発明家  アインシュタイン以前の者たちは、「確認こそされてないがエーテルは確かに存在している」という考えに囚われすぎていた。
だが実際は、エーテルにどんな新機能を考えるよりも、彼が提唱した理論は、上手く(光の速度に関する謎について)全てを解決した。
 
 今では特殊相対性理論という名で知られるその理論では、まずこの世界を四次元と考える。
だが縦、横、奥行き、明らかに空間は三次元である。
四次元「四次元空間」イメージ不可能、認識不可能、でも近くにある  第四の次元として当てられたのは、基本的にはそういうものでないと考えられてきた、時間。  
そうして、それまではそれぞれに全く別の概念とされていた空間と時間は、ひとつとされ、時空と名付けられた。

 そして当時、空間に対して、そういう事が起こるかもしれないと考えられていた『ローレンツ収縮(Lorentz contraction)』なる現象。
「運動する物体は、静止しているか、より遅い運動を行う観測者から見たら縮む」というこのローレンツ収縮を、単に空間を動く物体にでなく、個々の物体ごとが個々に認識する時空に適用すれば、問題は解決した。

 つまり相対的だったのは光の速度でなく、時間と空間だったのである。

 例えばあなたが、僕の前を、光速にかなり近い速度で走ったとする。
静止している僕にはローレンツ収縮により、あなたが縮んで見える。
しかし当然走っているあなた自身には、自分の姿が縮んで見えてはいない。
ここで、光速に近いが、それよりは遅いあなたを、さらに光が横切る場合を考えてみればよい。

 速度というのは、対象の速度をv、ある時間をt、ある時間tの間に移動した距離をdとして、
速度の公式
という式で求められる数値である。

 普通に考えるなら、あなたの視点と、僕の視点にて、(あなたの体の長さが違ってるなら)あなたを追い越す光が進まなければならない距離は、あなたと僕の視点によって違っている。
とすると当然、僕とあなた、それぞれが計測する光の速度は違っているはず。

 しかし光の速度は、誰がどういう状況で観測しようと変わらない。

 矛盾をなんとかするには、ローレンツ収縮を時間にまで適用するしかないであろう。

 僕が見るあなたの長さを0.1m、あなた自身が見るあなたの長さが0.5mだとして、さらに(簡単のために)光の速度を秒速0.5mだとする。
あなたにとっての1秒が、僕にとっての5秒ならば(つまりあなたの時間がローレンツ収縮により縮んでいるなら)我々は公式より、当然、光速度を同じ値として計算する。

 ここでこう思う人もいるかもしれない。
「時間が縮むなんて考えなけれぱならないのは、そもそも空間にてローレンツ収縮が働くとした場合だろう」と。
だがそもそもローレンツ収縮を適用しなければ、「誰が観測しようと光速度は不変」だという事実を説明するのは難しい。

 というわけで特殊相対性理論はかなり説得力があったが、実はそれだけではまだ駄目だった。

一般相対性理論

 特殊相対性理論は、「光速に近づく者の時間が縮む」と示しているだけでない。
その計算結果から導かれる重要とされるふたつの結論がある。

 ひとつが、有名な、
エネルギーと質量の変換式
すなわち、質量とは実は姿を変えた(持った(?))エネルギーというものである。

 そしてもうひとつが、「光速より速く加速する事は出来ない」という結論。
特殊相対性理論の計算式によると、光速を越えて加速するのに必要なエネルギー数値は、無限なのである。
無限とは、何よりも大きい数である。
森の扉「無限量」無限の大きさの証明、比較、カントールの集合論的方法 つまり加速するためにどれだけエネルギーを高めようとも、そのエネルギーは無限よりは小さい。
よって光速を越える事が出来ない。
タイムトラベル「タイムトラベルの物理学」理論的には可能か。哲学的未来と過去  問題とは万有引力が瞬時に伝わるとされていた事だった。
光速より速いはずがないのに。

 こうして万有引力の定理と異なる、特殊相対性理論と矛盾なき新たな重力理論が必要となる。
一般相対性理論はその為の、つまり新たな重力理論であった。

重力は加速

 周囲に大きな天体(重力源)のない宇宙空間を、ロケットに乗って進む時、ロケットが十分勢いよく進んでいるなら、あなたの体はロケット内の壁に、まるである程度の重力があるかのように立てるであろう。
しかしロケットが停止すると、(元からだけど)いきなりの無重力状態で、あなたの体は宙に浮くと考えられる。

 あなたは、地球の上に立ってるか、座ってるか、寝転んでるかしてると思うけど、今、いきなり地球が跡形もなく消えてしまえば、やはり(今回はほんとの意味で)いきなり無重力状態で、あなたは宙に浮くはず。

 一般相対性理論によると、これらは状況、原因は違えど、あなたが体感する経験は同じだという。

 つまり重力は引力でなく、加速させる力なのである。
加速なので、十分に重力が強ければ、特殊相対性理論のような時間の縮みが発生する。
逆に加速は、重力に引っ張られるのと同じなので、加速するモノは重くなる(質量(エネルギー)が増す)。

 だが重力はどのようにモノを加速させるのか?

時空の歪み

 球体上などでの諸々を数学的に記述する、「リーマンの幾何学」を実際の宇宙に適用して考えたなら、上手くいった。
宇宙が球体上だとか考えるのではない。
重力が、時空間を曲げてしまうものだとしたのである。
重力の正体は、時空間の歪みであり、加速するのは、曲がりくねった時空間を滑る為だったのだ。
平行線問題「第五公準、平行線問題とは何だったのか」なぜ証明出来なかったのか  質量は空間を歪ませる。
そしてその歪みが広がる速度は光速度と同じだとして、計算すると、万有引力の定理では出来なかった「水星の近日点移動の変化予測」も出来た。
当然そうなると、重力が伝わる速度は光速度と同じで、越えないために、一般相対性理論は、特殊相対性理論と矛盾しない。

 そうして、一般相対性理論もまた、かなり確からしいとなったが、それは、今ではすっかり有名となった二つの奇妙な結論を生む。

ビッグバンとブラックホール、それに特異点

 どう数字を割り当てようとも、一般相対性理論の計算式をそのまま使えば、この宇宙は広がり続けるか、収縮しているかを続ける。
この考えをそのまま受け入れ、宇宙は小さな点から広がる事で始まったという『ビッグバン理論』は誕生した。
ビッグバン「ビッグバン宇宙論」根拠。問題点。宇宙の始まりの概要  そしてもうひとつ。
あるモノが、ある質量以上になった時、そのモノから発せられる重力は、この宇宙で最速であるはずの光が進む経路すら、その場でループしてしまうほどに(空間を)ねじ曲げてしまう。
そうなるともうその重力の範囲からは何も逃れられない。
人はいつしか、その全てを逃がさない何かを『ブラックホール(Black Hole)』と名づけた。
ブラックホール「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎  ビッグバンやブラックホールの何が問題なのかというと、ビッグバンは最初の点、ブラックホールはその中心の点である。
『特異点(Gravitational singularity)』と呼ばれる、いくらかの質量が無限に収縮していく点。

 本当に二つの相対性理論が正しいのなら、確かに存在するはずの、その(名前通りに)特異な点をどう解釈すればよいのか?
まともな解釈が出来るというなら、ぜひともしてみてほしい。

 特異点はまさに、「開かずの扉の先にいた不死身の怪物」みたいなものだ。
怪物を殺す事はどれほど難しいのか?
開かずの扉はやはり開けないまま、別のルートを探す方がよいのか?
ホログラフィック「ホログラフィック原理」わかりやすく奇妙な宇宙理論

量子力学

 光速度に近づく時や、高重力場に関して相対性理論が解き明かしていったのと、ほぼ時を同じくして、原子以下の世界を記述する量子力学は誕生した。 

 始まりはいつであったか?
少なくともプランク(1858~1947)の発想は、ごく初期だった。

 十九世紀末期、彼は密閉された空間内における電磁波の持つエネルギーの問題に取り組み、まったく予想外のとんでもない可能性を導いてしまう。

 問題とはこうだ。
密閉された空間内を熱した時、その空間内には熱に応じたエネルギーが発生する。
アインシュタインが、質量はエネルギーなどと言い出す前から、光や電磁波はエネルギーだと考えられていたので、つまり密閉空間内には、光(電磁波)が発生する
その発生する光の強さを計算式で導こうとすると、従来のように光を波としていては上手くいかなかったのである。

 熱が高まり、エネルギーが増す時、エネルギーの波は様々なパターンを見せる。
それら全てのエネルギー密度を計算したら、密閉空間内のエネルギーは無限だという結果が出てしまう。
宇宙全体ならともかく、単に密閉された小さな空間内のエネルギーが無限だというのは何かおかしく思えるであろう。

 そこでエネルギーは連続的なものでなく、物質が原子の塊であるように、何か小さな構成要素の塊だというアイデアをプランクは採用してみた。
そうすると上手くいった。

 こう想像すればいいだろう。
あるエネルギー領域について考える。
右端が数字で1という弱いエネルギー。
左端が数字で5という強い(?)エネルギー。
この領域全体のエネルギー密度を考える場合、右端は1、左端が5だとして、後はその間のエネルギーを調べ、合計すればいいであろう。
しかしエネルギーが連続的に変化するものならば、例えば1と5の間には2や3だけでなく、1.1とか2.0264312とか、無限の数字が存在する事となり、当然その全てのエネルギーを計算したら無限になってしまう。
だがエネルギーが1の倍数の数字にしかならないとしたら、1と5の間のエネルギーは単に2、3、4しかなくなり、全エネルギー密度が無限になるのを回避出来る。

 つまり、エネルギーには最小単位があったのだ。
エネルギーが変化する時、その変化は不連続だったのである。
エネルギーを数字で表す時、その値はかならず、『プランク定数』と呼ばれる数の整数倍となる。

 そしてこのプランク定数こそが鍵となる。

光電効果の解明

 プランクのアイデアに影響を受けたアインシュタインは、光を波でなく粒子とすれば、光電効果を説明出来るとした。

 そもそも光電効果の問題は、光の量を増やしても、つまり総エネルギーを増やしても、弾き飛ばす電子の量を増やしはするのに、勢いは強くしない。
そしてどういう訳だが、波長を短くすると、電子は強く弾き飛ばされるという事だった。

 だが光が波でありながら、実は粒子の集まりだとしたらどうだろうか。
エネルギーを持つのは『光子(photon)』と名付けられた、その粒子ひとつひとつであり、そのエネルギーの強さが波長の短さとして我々に捉えられるのだとしたら、謎は解ける。

 光、つまり光子の集まりが、鉄などに当たる時、不安定な電子に当たった光子は、それを弾き飛ばす。
その強さは当然、光子ひとつひとつの抱えるエネルギー量(波長)に比例する。
だから波長が短くなれば飛ばされる電子の勢いが増すのだ。

 そして光量を、つまり光子の数を増やせば、当然、不安定な電子に当たる光子の数も増える。
だから光量を増やすと飛ばされる電子の数は増すのである。

 ある波長以上の光が、量をどれだけ増やそうと、光電効果を起こさない理由も今や明らかだ。
つまりその光を成す光子それぞれのエネルギーが電子を弾き飛ばせないほどに弱いのである。
光子の数を増やせば、全体の総エネルギーは増す。
しかし光子ひとつひとつが弱いので、いくら不安定な電子に個々で当たろうと、効果はないというわけだ。

二重スリット実験

 エネルギーの最小単位。
そして波であるはずの光を構成する粒子は、いつしか『量子(quantum)』と呼ばれるようになった。
さらに研究が進むと、原子以下の世界はこの量子なるもので構成されているという事がわかってきた。
例えば電子も量子のひとつとされた。
現在、その内部構造が明らかとなっていない、最小要素候補は全て量子だとも言われる。

 量子は粒子であるように思われる。
それが集まって物理的な何かを形成するのだから。
しかしまた量子は波の性質を持っている。
この事は、『二重スリット実験(Double-slit experiment)』という方法ではっきり確かめられている。

 二重スリット実験に必要なのは、単体の電子(量子)の発射台と、電子を焼き付けるスクリーン。
そして発射台とスクリーンの間に置かれた、二ヶ所にスリット(隙間)がある板。

 この実験はかつて、まだ電子を単体で放つ事が出来なかった時代に、光が波である事を証明する為に行われた。
単体の電子でなく、光をスクリーンに向けて放つ。
すると二つのスリットを潜った先にて、光はスクリーンに縞模様を映したのである。

 仮に、光が粒子であるなら、縞模様でなく、単に二つの模様がスクリーンに映されるはずである。
単純な考え方だ。
スリット二つのいずれかを、それぞれ潜った光の粒子は、それぞれがそのままその先の模様を作る。

 だが光が波なら、スリットを潜った先で、それは広がり、重なった部分部分で(波というのはそういう性質があるので)打ち消しあい、結果、縞模様が出来る。
流体「流体とは何か」物理的に自由な状態。レイノルズ数とフルード数  実際、光が波だとされた最大の証拠のひとつが、スリットの先で、光が縞模様を作るというこの実験の結果であった。

 では時代を戻して、単体の電子でこの実験をやればどうなるか?
電子をひとつ発射すると、スクリーンにはひとつの点が出来る。
当たり前である。

 しかし電子をさらに次々と放ち続けるとどうなっていくか?
それをただの粒子として認識する人には、多分全く信じられない事に、電子ひとつひとつは、最終的に縞模様を作るのである。

 ひとつひとつ放たれた電子はどこにいる?
電子を放つと、それはスクリーンに到達する。
その次も、その次も。
しかしどこかで波のような打ち消し合いが起こる。
まるで電子が辿った経路の記録が、新たな電子の経路を打ち消しているように。

 この事実は不死身どころでない。
もしかしたら人間の知能では理解できない怪物であった。
物理学者たちはこの世界を暴こうとして、自分たちの目を潰してしまったのかもしれなかった。

シュレーディンガー方程式の波動関数

 量子の振る舞いを数学的に記述する最も一般的な式のひとつがシュレーディンガー方程式である。
シュレーディンガー方程式
この数式に、i(虚数)が現れる理由についてわからないという人や、そもそも「虚数って何?」という人は、これについては気にしないでいいと思う。(原因は数学側の仕様のせいであり、物理学はあまり関係ないので)
虚数「複素数とは何か」虚数はどれほど実在してないか。実数は本当にリアルか 他は、ここでの議論に重要な『ψ(プサイ)』以外は、時間の変化とかエネルギーに関係してる部分であり、はやりここではそんなに気にしなくていい。
問題は『波動関数(Wave function)』と呼ばれるψで表される要素である。

 波動関数は、まさに量子が持つ未知の要素を示している。
波動関数は、量子の持つ波の性質を数式上にもたらす為の要素である。
それは粒子としての量子の不確実性とも言える。
実際に波動かどうかは知らないが、とにかくそれがあれば、かなり量子の効果を予測出来るのである。

 だがそれは本当に波なのだろうか?
現在主流とされている解釈は、その波とは、量子の存在確率の分布だというものである。
ちょっと意味不明である。

 つまりある量子は、波の性質を発揮している時、その波の範囲のあらゆる場所に確率的に存在している。
それが波の性質を影を潜めた時に、確率的に存在していたどこかが定位置となる。

 もっとシンプルな解釈がある。
それはつまり、確率的に存在してるのでなく、その全ての場所に存在している。
その全てのいずれかが定位置のパラレルワールドが無数に存在しているのだという解釈。
正直、こちらの方が理解はしやすい人も多いだろう。

 パラレルワールドを怪しく感じる人もいるだろうが、それは多分フィクションのテーマとして、それがよく扱われてるが故の「パラレルワールド=フィクション」という先入観のせいだと思う。

不確定性原理

 確率の波動にせよ、パラレルワールドにしろ、量子の存在する位置が、その瞬間瞬間になるまで決まっていないのだとしたらどうか。
それはある量子が、次の瞬間にどうなっているのか、確実な予測が出来ないという事を意味している。
 
 そんな事は当たり前だろうと思ったかもしれないが、少なくとも『不確定性原理(Uncertainty principle)』と呼ばれるこの事実が示される以前の物理学者にとっては、それは当たり前などではなかった。
今でさえ、誰もがこの不確定性原理なんてものを受け入れているわけではない。

 想像してみればいい。
あなたは例えば、ボールを適当に投げた時に、それが最終的に、どこに落ち、止まるのかを、数センチ、数ミリ、もっと小さなレベルでの誤差もなしに、予測する事は出来ないかもしれない。
しかしそれはあなたが無知であるからにすぎないというのが、不確定性原理を信じない全ての者の意見である。

 仮にあなたがボールの質量、より正確な形、というよりこの宇宙の全ての物質についての情報全てを知っていて、かつそれら全てを考慮に入れたシミュレーション構築能力を有しているなら、あなたは、ボールがどこに落ち着くのかを知れるはずである。
不確定性原理なんてのが存在しないなら。
宇宙プログラム「宇宙プログラム説」量子コンピュータのシミュレーションの可能性

真空にすら揺らぎ

 不確定性原理はそれ自体恐ろしいが、それだけではない。
真に恐ろしいのは、予測出来ない事ではない。
そこに必ず何かがある事た。

 かつて、ある閉じた空間の中のどんな粒子も、エネルギーも一切取り去ってしまった時、そこは間違いなく真空になると信じられていた。
物も力もない。
あえて言うなら「空っぽという概念」だけがある、そんな空間。
ループ量子空間「ループ量子重力理論とは何か」無に浮かぶ空間原子。量子化された時空  だが不確定性原理は、その真空とか、空っぽとかいうのを、ありえないものとして拒否する。

 不確定性原理は、次の瞬間、そこにある量子の状態を予測出来ないと説く。
だがもし真空なんてものがあるなら、量子は0という状態を簡単に予測出来てしまう。
ゼロの空間的な何か「ゼロとは何か」位取りの記号、インド人の発見  我々が真空だと定義するような場にも、量子は現れる事がある。
常にその可能性は存在している。
量子の可能性か必ず広がっている、それはまるで揺らぎだ。
この世界の中ならば、どこにでも生じている揺らぎ。
実際に、それを『量子揺らぎ(Quantum fluctuations)』とか呼ぶ人はけっこういる。

あまりにも小さく、大きな中心問題

 物理学の『中心問題(Center problem)』ともされる対立の原因は、量子揺らぎのせいだ。
量子力学と一般相対性理論の対立。

 量子揺らぎは真空の存在を許さないが、常識的なスケール(例えば1メートルとか、1センチとかの範囲)では、空間のあちこちに(例え極わずかではあっても)常に存在する量子の存在確率は打ち消しあい、我々からしたら真空といって問題ないような空間範囲も全然ありうる。

 しかしスケールの小さな領域、つまりスケールの大きな領域にて打ち消し合う個々のひとつだけを切り取ったような領域においは、そうはいかず、量子揺らぎははっきりと現れる。

 それは、もしも視覚的に表現するなら、上下左右、過去未来という時間すら入り組み、グチャグチャに混じり合う、少なくとも平らなどとは言えないような領域だと考えられている。
実は問題とはそんなグチャグチャバラバラな領域である。

 例えば大した質量のない(一般相対性理論的に)平らな空間があるとする。
その空間の一部を、具体的には1センチの1/1000000000くらいの範囲を拡大する。
全体として平らなその空間の、その一部も当然平らである。
さらにその1/1000000000の1/1000000000を拡大する。
やはりそれは平らである。
しかしその1センチの1/1000000000の1/1000000000のさらに1/1000000000の1/1000000の空間領域を拡大して見た時、我々は、だいたいの想定とは全く違うだろう世界を発見するのである。

 ついさっき述べたばかりのグチャグチャな領域である。
一般相対性理論的な考え方では平らなはずの領域である。
しかし量子力学的な計算の上では、それほどにミクロな領域では、普通は小さすぎて無視できるような量子揺らぎ的なグチャグチャが存在している。

 これはかなり明らかな、ある事実を示している。

 つまり一般相対性理論か量子力学の、少なくともどちらかは間違っていて、0.000000000000000000000000000000001センチ以下のスケールでは、そのボロが出てしまうというわけである。

混乱から混沌へ

 十九世紀が残した混乱を解決しようとして生まれた様々なアイデアが、二十世紀の物理学に更なる混乱を生んでしまった。
それはあまりにも混沌。

 特異点。
宇宙誕生以前。
存在確率の波動。
どうあっても予測不可能な未来。
理論上にすら存在出来ない真空。
そして中心問題。

 それに四つ。
四つの力。

四つの力

 原子以下のスケールが知られてから、そのスケール以下にしか影響を及ぼさない二つの力が明らかとなった。
二つの力とは原子核を構成する陽子や中性子を結びつけている『強い核力(Strong interaction)』と呼ばれる力。
中間子「中間子理論とクォークの発見」素粒子物理学への道 それと、粒子にある種の崩壊をもたらしたりする『弱い核力(weak interaction)』

 もともと(十九世紀には)知られてはいた電磁気力と重力と、これら非常に狭い範囲でのみ働く強いのと、弱いのと、たった四つの力。
この世界に、実は力と言えばその四つしかないとされている。

 だが四つの力は何が違うのか?
この世界には、四つしか必要でないのか?
あるいは四つも必要なのだろうか?

量子場とメッセンジャー粒子

 電磁気学では、電磁気が影響を及ぼす範囲を『電磁場(Electromagnetic field)』と呼ぶ。
電磁気が発生した時、それは場を形成し、力はその場に及ぶ。

 電磁場は強い力、弱い力よりずっと以前からあった考え方だが、同じように強い力、弱い力も場を形成してるのかもしれないとは自然な発想だろうか?

 電磁場の最小要素を光子として、その最小要素が力というものを、場のあちこちに伝え合う。
同じように強い力は『グルーオン(gluon)』、弱い力は『ウィークボソン(weak boson)』なる最小要素が、その場内にて、力を伝え合う。
力はそうして伝わり合う。

 これらは『素粒子(Elementary particle)』と呼ばれる、内部構造のない量子だとされていて、これらが力を持っていたり運ぶというわけではない。
というより力とは何か?

 光子、グルーオン、ウィークボソンは、その場内の物質を構成するような量子それぞれが、その時々に応じて、近づいたり、離れたりするような命令(?)を伝えてわたるのだという。
それが積み重なり、力という概念は生まれている。
そういう仕組みの為に、光子、グルーオン、ウィークボソンは『メッセンジャー粒子(Messenger particles)』とも呼ばれる。

 本当にメッセンジャー粒子に内部構造はないのだろうか?
メッセンジャーと言っても、命令といっても、それが言葉通りの意味ではないのは確かだ。
言葉通りの意味である訳がない。

グラビトン

 四つの力だからひとつ残っている。
重力のメッセンジャー粒子はあるのだろうか?
あるとする人たちからもう『グラビトン(Graviton)』という名前まで与えられているが、理論上、計算上にすらそれを(他の要素と矛盾なく)定義するのは難しいという。

 ここでようやく名前を登場させるが、この前置きが長い記事にて、説明を試みようとしている『超ひも理論(Superstring theory)』。
この超ひも理論は、グラビトンという要素を、組み込む事に成功した、そういう理論なのである。
そしてそれは現在、中心問題の解決策をも(それなりの自信をもって)具体的に提示している、いわゆる統一理論の一種なのである。

2、ヒモ、あるいは弦理論

オイラーのベータ関数

 1960年代半ば。
ガブリエレ・ヴィネチアーノという物理学者が、強い核力について、ある発見をする。

 紙の上のあらゆる幾何学を生んだ古代ギリシャ。
幾何学なぜ数学を学ぶのか?「エウクレイデスと原論の謎」 それに0の発見や、数字の簡単な表記方など、計算式の進化に多大な貢献をした古代インド。
それらの時代以降では、最も偉大な数学者のひとりレオンハルト・オイラー(Leonhard Euler。1707~1783)。
「オイラーの生涯」研究と計算ばかりの伝記。家庭的で、ユーモアがあって  そのオイラーが発明した『ベータ関数(beta function)』と呼ばれる数式を用いれば、強い核力に関して、数学的に上手く記述出来そうだとヴィネチアーノは気づいたのである。

 しかし確かに、ベータ関数は上手く働いたが、なぜこの数式が上手く働くのか、ヴィネチアーノにはわからなかった。

一次元のヒモという最初のアイデア

 伝統的に物理学では、素粒子のような、内部構造のない最小構成要素を、点として扱ってきた。

 しかし1970年に入り、南部陽一郎なんぶよういちろう(1921~2015)、ホルガー・ニールセン(Holger Bech Nielsen)、レオナルド・サスキンド(Leonard Susskind)らがそれぞれ独立に、素粒子は、点でなく、一次元のヒモ(のようなもの)かもしれないと最初に唱える。

 彼らは、素粒子をヒモだと考えたなら、強い核力の記述に、ベータ関数が上手く使える事を示したのである。

 しかしながら、この最初のヒモのモデルは、それから成された予測が、精度のより向上した素粒子の実験結果といくつも矛盾した為に、間違いだったとして、すぐに廃棄処分となった。

美しいが正義

 ヒモ理論は矛盾が見つかり捨てられたが、忘れ去られはしなかった。
その数学的構造の美しさの為に、この理論の深淵には何かが必ずあると、一部の者は感じていたのだ。

 ヒモ理論は強い核力のメッセンジャー粒子、グルーオンについて「ヒモの振動パターン」というアイデアにより、上手く記述したが、しかしまた強い核力とは関係なさそうなメッセンジャー粒子(らしい何か)、あるいはヒモの全く未知の振動パターンを前提として含んでしまっていた。

 1974年、ジョン・シュワルツ(John Henry Schwarz)とジョエル・シェルク(Joël Scherk)は、その未知の振動パターンの、(メッセンジャー粒子としての)特性が、重力のメッセンジャー粒子として仮定されていたグラビトンの(予測されていた)それらと一致する事に気づいた。

 シュワルツとシェルクはこの(例え間違いであったとしても、それでも間違いなく)素晴らしい発見を武器として、ヒモ理論が捨てられていたゴミ箱を破壊する。
二人はこう主張した。
「ヒモ理論が間違いだと思われたのは、それが単に強い核力のみを対象とするものだと勘違いされていたせいだ」

 それはとんでもない主張であった。
ヒモ理論は、グルーオンだけでなく、グラビトンをも包括する素粒子理論だという主張。
そしてそのトンデモ具合の為か、似たような、しかし失敗した試みの残骸の山で、誰も周りが見えなくなってしまっていたのか、この主張は、全世界の物理学者たちに、見事無視された。

統一理論か?

 だが全世界に無視されながら、シュワルツは諦めなかった。
彼は信念を持って研究を続け、1984年、マイケル・グリーン(Michael Boris Green)とともに、ヒモ理論の状況をついに変えた。
 
 その1984年という時代のヒモ理論には、量子力学との矛盾も見つかっており、もう完全に破綻しているというのが多くの者の見解だったが、シュワルツとグリーンは、なんとその量子力学とヒモ理論の矛盾を取り除くのに成功したのである。

 さらに彼らに修正されたヒモ理論は、強い核力と、重力だけではない。
今度はこの世界に存在する四つの力全てを含む壮大なものと化していたのだ。
それはそのままヒモ理論が、真の統一理論である可能性を示していた。

第一次ヒモ革命

 シュワルツとグリーンの成功と、示されたヒモ理論の可能性に触発され、多くの物理学者が、自分のノートに、(もはや単なる応用数学とは思えないほどに)複雑で難解なヒモ理論の数式を書いた。

 もはや戦いは孤独な兵士の者ではなくなっていた。

 1984年から1986年、『第一次ヒモ理論革命(First string theory revolution)』と呼ばれるこの3年間、世界中の優れた物理学者達が、ヒモ理論を研究、発展させ、この宇宙で知られる数多くの物理特性のいくつもが、ヒモ理論から自然と導き出されると証明されていった。

 ただしこの一度目の革命の熱はすぐに冷め、あっさりと終局していく。
原因は明らかに、ヒモ理論を構築する難解すぎる数式の山であった。

 物理学の研究では、難解な数式に直面することなどよくあるようなイメージだが、ヒモ理論の場合は、必要な数式を特定する事すら難しかったのだ。
それでも物理学者たちは苦労の末にヒモ理論を記述するための数式、でなくその近似をなんとか見つけ、近似的にでもそれを上手に使った。

 だが近似的にでも、ヒモ理論に関して様々な事を明らかにしながら、まだ多くの問題も残っていて、ついに物理学者たちは行き詰まる。
近似的に記述出来る限界に到達してしまったのである。

 その素晴らしい財宝の島を確認しながら、彼らの船はそれ以上進めなくなってしまったのだ。
かくしてヒモ理論、最初の革命は幕を閉じた。

素粒子は全てヒモ

 ヒモ理論以前のように、素粒子を点として考える場合の重大な問題のひとつは、素粒子に複数の種類があり、かつその特性の違いについて、ろくな説明が出来ないという事である。

 例えば同じく素粒子とされる電子と『クウォーク(quark)』(陽子とか中性子を構築する素粒子)では質量が違っている。
相対性理論によると、質量とはエネルギーなので、つまり最も基本的なモノであるはずの素粒子は、種類によって別々のエネルギー量を抱えている。
内部構造がない素粒子に種類ごとのエネルギーとは奇妙である。

 しかしヒモ理論ならば、素粒子を(我々が種類分けしてるどんな素粒子も)一次元の小さなヒモとして扱い、素粒子の抱えるエネルギーをヒモの振動パターンとして解釈する。
そうする事により素粒子に種類がある(ヒモの振動パターンの違いという)理由を提示出来る。

 弦楽器がその弦の振動パターンによって音を変えるようなものだ。
ただし忘れてならないのはエネルギーは最小単位を持つ不連続なものだという事。
つまりヒモの振動パターンは不連続なのである。

 そしてもうひとつ気にした方がいいのかもしれない。
それは、必ずしも振動パターンは無限でない事を意味してはいないという事。(エッセー1)
当たり前だが、エネルギーが「ある数の整数倍の数」しかありえないのだとしても、「ある数の整数倍という数」は無限なのだから。

 また、電子などのように、素粒子だと考えられながら、明らかに特性(役割(?))の異なっているメッセンジャー粒子についても、ヒモ理論は、電子などとの本質的な違いは、振動パターンの違いに過ぎないと説く。

 ヒモ理論が正しいとするなら、ヒモのありうる振動パターンが生じさせうる特性が、観測(あるいは計算)される素粒子の特性と一致するはずである。
とりあえず残念な事は、これに関しては現在上手くいってない。
だが異なる素粒子の違いについて、ヒモ理論が説明出来る可能性がそれで消える訳ではなく、これは明らかに点粒子モデルよりも優っている要素である。 

(エッセー1)無限?

 ヒモの振動パターンは本当に無限だろうか?

その可能性は高い。
ヒモに、例え1(でなくともある数)の整数倍の振動パターンしかないのだとしても、普通に考えればそれの揺らし方を強くし続ける事は出来る。

 楽器の弦ならば、それが実は原子が結びついた物である為に、原子同士の結びつきを破壊するほどの勢いで扱ってしまうと、千切れたりする。
だが素粒子のヒモは内部構造がないので、そもそも千切れるという事はありえない。

 しかし、ある数の整数倍の振動パターンしかないとはこのようにも考えられる。
振動パターンをヒモの波と山、つまり波長の量として考えると、最小の波長が、ヒモ全てを占めているパターンが、ヒモの奏でられる最高エネルギーだと。

 しかし最小構成要素のヒモに整数倍振動パターンとその限界(?)

 ヒモ理論が正しいとして、また新たな疑問がどうしても浮かんでしまう。
ヒモに内部構造は本当にないのだろうか?

かなり強い張力、小さな長さ

 1974年にシュワルツとシェルクが、ヒモ理論はグラビトンを含むものかもしれないと示した時、二人は計算式より、そのグラビトンと思わしき振動パターンが伝える重力の強さが、ヒモの張力(ヒモがどれほど強く張られているか)に反比例する事を見いだした。
これは重力の強さから、ヒモの張力を予測出来ることを意味し、実際二人はヒモの張力を予測した。

 張力というのはしばしば重さの単位で示されるが、参考までにギターの弦の張力が平均して50グラムくらいである。
ヒモはというと、シュワルツとシェルクが予測したヒモの張力は1000000000000000000000000000000000000000000000グラムであった。
これは『プランク張力(Planck tension)』と呼ばれる張力の強さで、この張力からさらにヒモの長さを計算できるという。
そして典型的なヒモの長さは『プランク長さ(Planck length)』と呼ばれている、0.000000000000000000000000000000001センチくらいだという事も示された。

 ヒモの張力の莫大な強さは、ヒモを少し揺らすのにも莫大なエネルギーを要する事を意味している。
そして、それはそのままヒモの少しの振動、もっとはっきり言えば「ある数の整数倍」の「ある数」すら莫大なエネルギーを生む事をも意味している。

グラビトンの場合

 莫大なエネルギーといってもそれは素粒子のスケールでという話だ。
例えばヒモが生み出す、プランクエネルギーと呼ばれる最小のエネルギーは、質量で表すと「一粒の塵」ほどであるという。

 だがこれは明らかにおかしい。
一粒の塵は、我々から見たらわずかな質量にすぎないが、それでも電子とかクウォークとかより明らかに大きな質量である。
5を整数倍していって、どこかで2や3が現れるなんてあるはずがないだろう。

 そこで量子力学の不確定性要素の出番となる。
不確定性要素は、最小要素のヒモにまで不確定性をもたらす。
つまり常に完全に静止しているヒモなどありえない。
ヒモのスケールでは、量子揺らぎは激しく、その揺らぎは、ヒモの実際の振動パターンと打ち消しあう事がある。
こうして我々に知られた電子やクウォークの質量が生まれてくる。

 ところで、(それは明らかにいかなる重力下でも不変の速度で伝わる為に)グラビトンの質量は0かもしれないと予想されているのだが、ヒモの振動パターンと量子揺らぎが完全に打ち消しあう可能性もあると、シュワルツとシェルクは示していた。
つまり、ヒモ理論では、質量0の振動パターン、グラビトンも全然ありえるという事だ。

中心問題の解決

 ヒモ理論の最も魅力的なところのひとつは、中心問題を解決している事であろう。

 中心問題はあるスケール以下では、量子力学的な量子揺らぎと、一般相対性理論的な歪みがない場合の穏やかな空間を合わせて考える事が出来ないというものだ。

 しかし最小構成要素すら、空間的な広がりを持ったヒモだとするなら、そしてそのヒモの最小スケールが、中心問題で舞台になるスケールよりも大きいとすれば、問題は消え去る。
というか中心問題など、最初からなかったという事になる。

 しかしヒモかどうかはともかく、最小構成要素にすらいくらかのスケールを持たせるなんて単純なアイデアが、ヒモ理論以前にはなかったのかというと、普通にあった。

 最小構成要素にも大きさのスケールがあるという可能性は、ヒモ理論以前にも、幾度も考えられてきたが、しかし上手くいかなかったのである。
最小構成要素、つまり素粒子にある大きさを持たせてしまうと、たいていの物理的要素が壊れてしまったのである。
ヒモならば上手くいくから(あるいはいきそうだから)この理論は革命的だと言われたわけだ。

スピン

 1925年、ジョルジ・ユーレンベック(George Eugene Uhlenbeck。1900~1988)と、サミュエル・ハウトスミット(Samuel Abraham Goudsmit。1902~1978)が、明らかとなっていた電子の磁気的性質を、電子が回転運動を行っていると考えれば、上手く説明出来ると示し、この回転運動は『スピン』と呼ばれるようになった。

 点だと考えられていた素粒子である電子が回転運動など意味不明だが、スピンの性質は、やがて、素粒子(とされるもの)全てに備わっているらしい事が明らかにされる。

 量子力学的尺度によるスピン速度を数値として表す事もされている。
それによると、電子など、『フェルミ粒子(Fermion)』と呼ばれる、物質を構成する量子のスピンは1/2、『ボース粒子(Boson)』と呼ばれるグラビトン以外のメッセンジャー粒子のスピンが1、そしてグラビトンは(存在するとしたら)スピン2だと計算により示されている。

 もちろんスピンと呼ばれていても、それはコインを回転させたりする回転運動とは全然違うものである。
素粒子のスピンは、不変の性質のようなもので、スピンしているのとスピンしてない素粒子があるとかではなく、素粒子が存在するという事は、それは必ず固有のスピンを持っているのである。

超対称性

 この世界には『対称性(symmetry)』があるとされる。
「右から見ても左から見ても同じである」という事でなく、ある物理法則は、宇宙のどの場所でも等しく働くというもので、「物理学的な対称性」などと呼ばれている。
反物質「反物質」CP対称性の破れ。ビッグバンの瞬間からこれまでに何があったのか?  例えば重力の法則は宇宙のどこでも働くから、我々は行った事のない火星などで、人間がどれくらいジャンプできるのかを予想したり出来るのである。

 この自然で何より決定的な対称性とは、観測される互いの運動である。
誰もが自分の視点を持ち、ある物が回転している時、他のどんな止まっている者にも、それは回転している。

 通常の回転とは違う、しかし回転運動ではある素粒子のスピンに対応するような対称性があるだろうか?
あるとして、そんな対称性を物理学者は、『超対称性(supersymmetry)』と名付けた。

 ヒモ理論は元々、フェルミ粒子の振動パターンを上手く示せずにいたのだが、超対称性を組み込む事で、その問題は回避できた。

 そういう感じで、着実にその物理学界におけるその立場を強めていったヒモ理論であるが、まだまだ道は険しかった。
それに何より、トンデモだった。

カルツァ・クライン理論

 アインシュタインが相対性理論により、時空間の性質を暴きだしたのと同じくらいの頃、テオドール・カルツァ(Theodor Franz Eduard Kaluza。1885~1954)という人が、この世界の空間次元は、実は三次元でないのかもしれないと主張した。

 これはとんでもない事のように思えるかもしれないが、実はそれほどでもなかったりする。

 例えば一本の棒を想像しよう。
棒の表面は明らかに二次元である。
棒の表面に乗る虫の位置を説明するためには、棒の上下左右の位置情報がいる。
虫取り網「昆虫」最強の生物。最初の飛行動物 しかし棒を遠く、その横幅が全くわからないほど遠くから見たらどうか?
棒には上下しかないように、つまり一次元に見えるであろう。
本当は二次元であるのに。

 同じことは三次元に思えるこの空間全体にも言える。
例えばこの空間が実は四次元だとして、四つ目の次元が十分小さく、折りたたまれていたなら、それを我々の認識できるスケールでは確認出来ないという事はありえるとカルツァは述べたのである。

 カルツァのアイデアは後に、オスカー・クライン(Oskar Klein。1894~1977)という人がより具体的な形で示した事で有名になり、今ではそのような、小さすぎて確認されていない次元があるという考え方は、『カルツァ・クライン理論(Kaluza-Klein theory)』と呼ばれている。

実は四次元であるならば

 カルツァは空間が四次元だとしても、適切な修正を行えば一般相対性理論が成り立つ事も示し、アインシュタインもそれを認めた。
それにアインシュタインはカルツァの論文を素晴らしいと褒め称えた。
それは実は空間は四次元であるというカルツァのアイデアが、重力と電磁気力を繋ぐ鍵であるかもしれなかったからである。
 
 人の目には一次元にしか見えない棒の表面でも、実は二次元であるならば、より小さな虫にとってはしっかり二次元であろう。

 同じように我々には感じとれない小さな次元でも、その次元と同程度か、より小さなものにとっては、それはちゃんと次元なのである。

 カルツァは重力が四次元空間にて働く場合の相対性理論の式を実際に書いてみたが、その形はなんと電磁気力のそれと似ていたのである。

 重力と電磁気力には何か関わりがあるのかもしれない。
もっとはっきり言ってしまえば、実は四次元のこの世界にて、力といえば一つであり、四つ目の次元に影響を受けた力が電磁気力、受けなかった力が重力なのかもしれない。

 しかしそうだと考え、実際の世界に、その考えを適用しようとしても上手くはいかなかった。

実は10次元

 カルツァは失敗したが、彼以降、強い核力と弱い核力が知られると、高次元モデルが上手くいかなかったのは、単にデータ不足だっただけなのかもしれないとも、考えられるようになった。

 だが電磁気力、重力に加え、強い核力、弱い核力まで同じ力として扱う為には、カルツァが前提としたような四次元空間ではまだ足りない。
五次元、六次元とさらに空間次元の数を増やす必要があるのは明らかである。

 ここでヒモ理論は奇妙な進化を遂げる。
ヒモ理論は、中心問題を回避するほどには、よくあるヒモを大きく仮定しているものの、それでもプランク長さという大きさは量子力学的な効果を無視できるようなスケールでは決してない。
そのスケールに関係する量子力学的計算の中には「マイナスの確率」など不安要素がいくつもあった。

 これはまた量子力学とヒモ理論の対立だった。
しかしそれも物理学者たちは上手く解決する。
問題が残ったとすれば、その解決策がカルツァ・クライン理論だった事だろう。

 二次元のヒモと三次元のヒモでは、その振動に使える次元が異なっている。
縦横上下にしか振動出来ない二次元と違って、三次元では奥手前にも振動出来る。
このように振動に使える次元を増やしていき、ついにその空間が九次元に達した時、その空間内でのヒモの振動パターンは、量子力学的計算からでる無意味な(と思われる)答を回避出来たのである。

 つまりヒモ理論は、高らかにこう述べていたのだ。
「この世界は(時間を合わせて)実は10次元である」と。
 

隠された次元の幾何学的形体

 ヒモが小さく、小さな隠された6次元を含んだ9次元を振動するものなら、ヒモ理論を形成する上で、必要なヒモの振動パターンが全て可能な6次元の形を求めるという方法で、隠された6次元の幾何学的な形を探る事が出来る。

 実際にそうして、隠された6次元の形は数万程度に絞られ、それらの形は『カラビヤウ図形(Calabi–Yau figure)』と名付けられた。
数万といえば、まだまだだと思うかもしれないが、幾何学的形体なんてのは、それこそ無限にあるのだから、これは凄い進歩である。
仮にいつか、隠された6次元空間が見つかり、その形が、カラビヤウ図形のどれかなら、ヒモ理論のかなり強力な証拠になるくらいには。

五つある

 ヒモ理論には、数学的、とか幾何学的とかそういうの関係なく、統一理論としてもっと致命的な問題もあった。
研究が進むにつれ、ヒモ理論には、導き出される物理はどれも同じなのに、その機構の細部が違う五つのタイプがある事が明らかとなってきたのである。

 五つのタイプは、それぞれ名前をつけられている。
すなわち、『I型(type I)』。
『ⅡA型(typeⅡA)』。
『ⅡB型(typeⅡB)』。
『ヘテロO(32)型』あるいは単に『ヘテロO型』。
『ヘテロE-8×E-8』あるいは単に『ヘテロE型』。
以上の五つ。

 これはいったいどういう事か?
ヒモ理論は統一理論ではなかったのか?
普通、物理学者が統一理論という言葉を使う時、それは、唯一何の矛盾もなく、この宇宙全てを記述する唯一無二の理論を指している。
それが五つも?

ヒモ結合定数

 その五つもあるヒモ理論自体をひとつに統一する試みこそが、1995年から始まったとされる『第二次ヒモ理論革命(Second string theory revolution)』であった。
 
 ヒモが量子揺らぎの影響により二つに別れたりする事があり、それがどれくらい起きやすいかを表す『ヒモ結合定数(String coupling constant)』という数がある。
このヒモ結合定数は、ヒモの振動パターンにもかなり関係する数の為に、理論全体においても重要な数である。

 ヒモ結合定数(以下、単に「結合定数」)は、五つのヒモ理論いずれにもあり、そのどれも結合定数が1以上になると、途端にわかる事が少なくなる為、基本的にヒモ理論研究者は、結合定数1以下の場合を想定し、研究を進めてきた。

 しかし1995年、エドワード・ウィッテン(Edward Witten)は高らかに述べた。
鍵は結合定数1以上の場合だと。

 I型理論の結合定数を1以上に増大させる。
するとどうか?
I型理論に関してわかる事は極端に少なくなる。
しかしわずかにわかる要素は、なんと結合定数1以下の場合のヘテロO理論のそれと一致していたのである。

 すなわちI型理論は、ヘテロO型理論と裏表一体、『双対性(Duality)』と呼ばれる関係にあったわけである。

 そしてさらに驚くべきは、ⅡB型理論の結合定数を大きくしていくと、なんとかすかにわかる要素が、自身、つまりⅡB型理論の結合定数の低い場合と一致したのである。

I型とヘテロO型

 ヒモ理論も、大きなスケール、低エネルギーの状態を考える場合は、伝統的な点粒子の考え方で近似的に記述出来る。

 カルツァ・クライン理論は、普通に点粒子的なモデルにも影響を与えていたので、点粒子モデルにも多次元のものがあるが、ヒモ理論は10次元か、あるいは11次元時空の点粒子モデルが近似としてよく使えた。

 もちろん超対称性を点粒子モデルに組み込む事も出来るが、その組み込み方によって、10次元点粒子モデルは、4つの別タイプを作れる。
その4タイプの内、3つはⅡA型ヒモ理論、ⅡB型ヒモ理論、ヘテロE型ヒモ理論の近似として有効であったが、4つ目はⅠ型とヘテロO型のどちらの近似としてもよく使えるように思われた。

 やはりI型とヘテロO型には何かがあるのだろうか?

11次元目

 ⅡA型やヘテロE型の結合定数を大きくした時に見えてきたものこそが、おそらく答だった。

 その時、現れたのは引き伸ばされ、「ヒモでなくなったヒモ」だった。
理論の上で、ヘテロE型の結合定数を大きくすると、ヒモは引き伸ばされ、一次元でなく、二次元の膜に変化したのである。
それは予想外に現れた11番目の次元であった。

 これはある事を示しているように思えた。

 すなわちそもそも10次元宇宙のヒモ理論モデル自体が、実は結合定数が低い場合の(ヒモが一次元に見える場合の)真なる11次元モデルの近似でしかなかったのかもしれなかった。

 この宇宙は4次元でも10次元でもなく11次元だったのである。
11次元目はヒモ自体に隠されていたわけだ。

大統一

 やがてⅠ型とヘテロO型の間にあるような双対性は、結合定数でなく、ヒモそのものの幾何学的パラメーターを変更するという手順により、ⅡA型とⅡB型の間、ヘテロO型とヘテロE型の間にも示され、五つの理論の繋がりは徐々に強化された。

 さらに注目すべき事は、ⅡA型やヘテロE型の結合定数を上昇させる事で姿を見せる11番目の次元という要素か、その後に他の型の理論へと変化させても残るという事であろう。

 これは何を意味しているのか?
五つあると思われていたのは、実は深淵にてひとつとなり、そこでは、さらにもうひとつの次元が存在していた。

 こうして本当の意味での、唯一無二の統一理論。
すなわち、たったひとつしかない11次元宇宙のヒモ理論、『M理論(Theory of M)』がついに物理学界に転がり出てきたのである。

ブラックホール=素粒子?

 ブラックホールらしき天体は、宇宙にいくつも観測されている。
この不可思議な天体をヒモ理論は、どのように説明するのだろうか?
実はけっこう普通な説明がされる。(出来る可能性がある)

 鍵は、ブラックホールと素粒子の類似性である。

 ブラックホールの内部では、その中に取り込まれるまでに、どんな物であったものも、全て等しく完全破壊されていると考えられている。
つまりブラックホールの一部であるまでの事は関係なく、ブラックホールになってしまうと、後はただブラックホール。
せいぜい残る情報は質量くらいである。
つまり素粒子と似たような感じなのである。

 そういうわけで、「ブラックホールは巨大な素粒子」というアイデアはわりと昔からあるのだが、ヒモ理論は見事にその考えを取り込む

 ヒモ理論モデルでは、宇宙には折り畳まれた六次元、カラビヤウ空間が、敷き詰められているはずだが、そのカラビヤウ空間は、引き裂かれた場合に、自動修復し、また別の型のカラビヤウ空間になるという計算結果がある。

 ヒモ理論の宇宙でのブラックホールの内部ではまさにそれが起こっているとされる。
カラビヤウ空間は裂け、しかしまた別のカラビヤウ空間となる。
そうして変化したカラビヤウ空間の中には、計算上、なんと周囲の質量を0にしてしまうものがあり、つまりヒモ理論宇宙では、「質量0のブラックホール」なんてのが存在する事になる。
 
 その質量0のブラックホールを、質量0の素粒子だと解釈すれば、まったく自然に思えるシナリオが浮かび上がる。

 つまりブラックホールはやがて、素粒子に転移する。
考えようによっては、特異点も回避出来るだろう。
中心問題を回避したように。
ブレーンワールド「サイクリック宇宙論」繰り返す宇宙モデルの基礎知識

統一理論について個人的に

 統一理論について批判的な人は多い。

 しかし量子力学がそこまで完璧なものを拒否しているとはいえ、今でも多くの物理学者が理想としているのは、「この世界の事象全てに合理的な説明が出来るたったひとつの理論」だと思う。
それはまさに理解というものの到達点みたいだが、ゲームというものは、クリアしてからより、クリアするまでの方が楽しいものである。

 例えば、その場所か時間によって、物理法則が変わってしまう、いわば完全に非対称的な宇宙は、物理学者にとっての悪夢だと言われる。

 しかし刻一刻と目まぐるしく変わる世界。
修正しても修正しても不完全でしかない法則。
それが本当ならなんて楽しい世界であろうか。
と個人的には思う。

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