「ギルガメシュ叙事詩」英雄同士の友情。不老不死への憧れ

古代メソポタミアの英雄伝説

 ギルガメシュ叙事詩の原典には欠けている部分が多い。むしろこの作品が残っていることが、後の時代にこの物語を楽しもうとする我々にとっての幸運であろう。
一般的にこれは神話というよりも、英雄ギルガメシュの活躍を描く、文学だとされている。しかし、この物語を最初に文字で記録したとされているシュメール人たちの、宇宙観、神々の捉え方など、その辺り参考になることも間違いないだろう。

 ただ、英雄ギルガメシュに関する物語が、1つの叙事詩としてまとめられたのは、紀元前13世紀くらい、中アッシリア時代(紀元前1365~紀元前934)の頃とされていて、それはバビロニア語(アッカド語)で記録されていたもの。
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 他、この物語の記録は、いくつか別々の時代のものが見つかっているのだが、どれも断片的。現在知られている(限りの)物語の全容は、それらの断片情報をつなぎ合わせたものである。

ギルガメシュ

 ギルガメシュは、力強く、神がその姿を仕上げ、天なるシャマシュ(太陽神)が美貌を与え、アダド(天候の神)が雄々しさを授けた。
(彼の背丈は)11歩尺、胸幅は9(指尺)

 ギルガメッシュの2/3は神(ゆえに1/3が人間)。
彼の武器の扱いは非常に優れている。そして彼の太鼓(?)により仲間たちは立ち上がる。
ウルクの貴人たちは(彼らの部)屋にあり、腹を立てた。ギルガメシュは父親に息子を残さない。昼も夜も彼の横暴ぶりは収まらない。

エンキドゥ

 (ギルガメシュの暴君ぶりに関して)訴えがあり、アヌ(天空神。創造神)はアルル(創造司りし女神)を呼んだ。アルルは、「ギルガメシュに似た者を造り、彼らを戦わせよ。ウルクに平和がくるように」と聴かされる。そして彼女は、手を洗って、泥を平地に投げつけ、エンキドゥを創った。
それはニヌルタ(ニンギルス。戦いの神)に力受けし者。 その全身は毛に覆われていて、ニサバ(穀物の女神)のように波うつ毛髪を持っている。人も国も知らないで、スムカン(家畜の神様)のような衣服をつけている。彼は獣たちと草を食べて、水を飲んで、楽しんだ。

英雄ふたり。フンババの征伐

 ある時に、エンキドゥと獣たちに遭遇した狩人から、ギルガメシュも彼のことを知る。

遊び女を使った策略

 ギルガメシュは(狩人の父のアイデアを受けたみたいな流れでもあるが) 「宮仕えの遊び女(聖なる娼婦)を1人連れて行って、エンキドゥが獣に水飲み場で水をやる時、着物を脱いで女の魅力を示すことで、彼が近づいてくるように仕向けさせろ。そうしたら、野で育った獣たちは彼を見捨てるだろう」と狩人に言った。

 そしてその計画はうまくいく。水飲み場で遊び女はエンキドゥを誘惑。彼は見事にその心を女に奪われてしまう。そして、6日と7晩で、ようやく満足した彼は、再び野の動物たちに自分の顔を向けたが、動物たちは逃げてしまった。
そして野生でなくなってしまったためなのか、彼の体は弱くなり、速さも以前のようでなくなった。その代わりに知恵はついた。
エンキドゥは人間の仲間が欲しくなり、遊び女にあっさり説得されて、ウルクへと向かった。

芽生えた友情と、夢のお告げ

 ウルクにて出会ったギルガメシュとエンキドゥは戦ったが、それはまるで、ウシ同士が強くつかみあうようなものだったという。
しかし結局、決着はつかず、両者の間には友情が芽生える。

 その後の話部分には欠損部分が多いらしいが、内容的にはおそらく、森の怪物フンババ征伐を決めたギルガメシュを、夢のお告げのために胸騒ぎがしていたエンキドゥが、 止めようとする場面があったようである。

森の番人フンババ殺し

 エンキドゥは、フンババについて語る。「その叫び声は洪水、その口は火、その息は死」
エンキドゥは、野生時代からそれを知っていたかのような印象もある。

 森の番人たるフンババは、言葉も喋る。
ギルガメシュは、フンババの森で杉を斬り倒したが、フンババは怒り狂って言った。「誰かやってきたんだ。そして私の山に生えた木を切り倒したのだ?」
天空神シャマシュは、「恐れることはない」と言った。
シャマシュはさらに、ギルガメシュの8つの風をフンババに対して起こした。 すなわち、大なる風、北風、南風、つむじ風、嵐の風、凍てつく風、怒涛の風、熱風。 それらを受けたフンババは、もう進むことも、戻ることもできずに、降参した。
フンババは、「殺さないでくれたら家来になる」と言ったが、エンキドゥは、「聞く耳持つな、友よ。こいつを生かしておいてはならぬ」と言った。
ギルガメシュは、フンババの首を切り落とすことで、殺した。

イシュタルの願い。天のウシ

 女神イシュタルは、ギルガメシュを夫にと望んだが、(よくわからないが)侮辱の言葉を受けて激怒、父アヌと母アントゥムの前で涙を流し、さらにアヌに頼む。
「父よ、天のウシを作りたまえ、ギルガメシュを滅ぼすために。だがもしウシを作ってくださらないなら、私は門を壊してやる。死者たちを蘇らせ、生者のように食べさせてやる。死者が生者よりも多くなるようにしてやろう」
アヌは「もし私が、お前が頼んだことをなしたならば、7年間の不作がやってくるだろう」
だが、イシュタルはさらに「人々のための穀物、獣たちの草も用意しています。7年間の不作がやってきたとしても」と語り、アヌは納得。

 天のウシは、強力な存在なのだろう。だがここでは、それを作ってもらえなかった場合の脅しの方が興味深いか。
門を壊して、死者を蘇らせるとは、死者の世界との境界を失わせるということなのだろうか。
またアヌは、天のウシを造った場合、7年間の不作が来ると言っているが、これは天のウシが、地上に害をもたらすことを示していると考えられる。 

相棒との死別

 造られた天のウシは、しかしギルガメシュ、エンキドゥの2人に殺されてしまう。
だが、2人の戦いの描写もそこで終わりとなる。

 フンババに、天のウシ殺しは大変な業であるようで、ギルガメシュ、エンキドゥの何かは死ななければならないことに決まる。
それでエンキドゥは弱り、死に、ギルガメシュはとても悲しむ。

ウトナピシュティムの洪水伝説

生命を見た者

 友の死を目の当たりにしたギルガメシュは、自分もやがて死ぬことを悟る。そして死を恐れた彼は、ウバラ・トゥトゥの息子ウトナピシュティムに会いに行った。
途中の山で、夜になって、ライオンどもと遭遇し、ギルガメシュは恐怖する。だがシン(月の神)に祈り、夜の間をやり過ごし、朝、夢から覚めると、彼は斧を手に、また帯から剣を引き抜き、矢のようにライオンたちの中に入って、彼らを斬り殺した。

 彼が上っていたのは、マーシュ(双生児?)という山。その頂上は天の岸にとどき、そのふもとは冥界に達している。死の姿のサソリ人間どもはその門を見張っていて、その恐ろしい輝きが山を包んでいる。
「お前はなぜこんな遠いところにやってきた?」と聞いてきたサソリ人間に、ギルガメシュは正直に「わが父ウトナピシュティムに会いにきた。死と生命について聞くために」と答える。
サソリ人間は、「山を抜けたものはこれまでにいない」と言いつつも、ギルガメシュが門を通っていくことを許す。
真っ暗闇を抜けて到達した場所は、大量の宝石や、様々な種類の木が生えた楽園ともされるが、例によって記録があまりない。

 ウトナピシュティムは、バビロニアにおける名前で、シュメールではジウスドラ(生命を見た者)と呼ばれていたという。

大洪水伝説の起源か

 ギルガメシュはウトナピシュティムとも会えて、いかにして生命を求め、神々の集いに加わることができたのかを尋ねた。
ウトナピシュティムは、「ギルガメシュよ、お前に神々の秘密を明かしてあげよう」と言い、語り始める。
「ユーフラテス(の河岸)に位置するシュルッパクの町は知っているな。あれはとても古い街で、神々が住んでいたのだ。彼らは大なる神々に洪水を起こさせた。(そこには) 彼らの父たるアヌ、彼らの助言者たるエンリル、彼らの代表者ニヌルタ、彼らの水路監督エンヌギ。ニニギク、すなわちエアーも彼らと共にいた。彼らは彼らの言葉を芦屋に向けて叫んだ。「葦屋よ、壁よ、聞け、考えよ。シュルッパクの人、ウバラ・トゥトゥの息子よ。家を打ち壊し、船を作るのだ。様々な物は諦め、命を求めよ。命を救え、お前自身の。全ての生き物の種子も船に乗せろ。お前が造るべきその船は、その寸法を定められた通りにせねばならぬ、開口と奥行きも等しく。アプスー(冥界の原初の深淵)を覆いかぶせるようにせよ」

 ウトナピシュティムは葦屋(葦を売る商売人)だったとも受け取れそうだが、壁よ、とか言ってる事から家(葦屋)の外から呼びかけている、ということと思われる。船を含め、多くのものが葦を材料として使っていた時代の話である。
そしてこの、来る洪水とその警告に関する話は、明らかに、旧約聖書のノアの洪水伝説に影響を与えていると思われる。このギルガメシュ叙事詩は、旧約聖書が書かれたとされる伝説的な年代(紀元前16~13世紀頃?)、つまりそれをモーゼが書いた時期よりも古くから、メソポタミアでは親しまれていたようだから、その中の洪水伝説を取り込み、独自解釈したのかもしれない。
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もっとも、洪水伝説自体はもっと古くからあって、ギルガメシュ叙事詩のそれも、あくまでその伝説を取り入れたもの、とする説も、けっこう有力なようである。
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悲劇の前触れと後日

 ウトナピシュティムは、用意した船に、自分の持ち物、金、銀、家族や親戚、野の獣や生き物、あらゆる職人たちを乗せた。
洪水が起こる前には、前兆があった。(嵐の布告使である)シュルラッドとハニシュが山々、国々を行く。エルラガル(冥界の神ネルガル)は船柱をなぎ倒す。ニヌルタは水路を溢れさせる。アヌンナキは火を取り上げ、国土はその輝きによって燃えさかる。アダドに対する恐れは天にまで達した。
そして凄まじい台風と洪水が起こった。
それは大神たちが決めたことで、普通の神々も知らなかったのか、彼らもまた、洪水に驚いて、慌ててアヌの天へ逃げている。イシュタルなどは(人間の) ただの女のように叫びわめいたようだ。
神々の寵姫は、洪水の理由らしきものを語っている「古き日々はみんな粘土に帰ってしまった。私が神々の集いで禍事を口にしてしまったからだ。人間たちを滅ぼす戦いを言い出してしまったから。この私こそ人間たちを生み出した者だったのに。魚の卵のように彼らは海に満ちたのに」
嵐は7日間続いたようである。

 多くの洪水伝説とは違い、ここで助かっている人間は、ウトナピシュティムとその家族だけとかではないようである。

神々の仲間になった賢き者

 どうも洪水を起こしたのは、勇ましき神エンリルで、全ての命を滅ぼそうとした彼に対し、せめて一部だけでも助けようと、すべてを知っていたエアが考えた、というのが、大洪水という悲劇の真相らしい。
エンリルは「考えなし」と言われるが、彼の方は生き残った人間たちもいたことに怒りを見せている。
エアは、「神々の師匠でもある勇ましき君が、なぜ考えなしにこんなことをしたのか。洪水なんて起こさず、人間を減らすようにライオンを、オオカミを仕向ければよかったのに。飢饉でも起こせばよかったのに。イルラ(ペスト。あるいは戦争の神)を仕向ければよかったのに」などとも言っている。
「だいたい私は、大いなる神々の秘密など明らかにしていない。アトラハシス(ウトナピシュティム。賢き者)に夢を見せたら、彼が勝手に神々の秘密を聞き分けたのだ」ともエアは弁明しているが、本当だろうか。
さらに続く「今や彼のために助言してやるべきだろう」というエアに、エンリルも納得したようで、ウトナピシュティムに告げる。「 このまでお前は人間だった。だが今より、ウトナピシュティムとその妻は、我ら神々のごとくなれ」

ヘビに食われた最後の希望

 いろいろ話を聞いたが、結局のところギルガメシュ自身が、その死の運命を克服する方法はわからなかった。
「だがせっかく来たのに骨折り損ではかわいそうだろう。何かをあたえてやるべきです」という妻の助言(?)もあり、ウトナピシュティムは、生命を得るための草について教えてやった。

 その草は深い海の底にあるようで、ギルガメシュは重い石を両足に結びつけて、そこに沈み向かった。そして草を見つけて取ると、石を両足から離して、また水面へと浮かび戻った。
ギルガメシュは、ウトナピシュティムに仕える船頭ウルシャナビに、その喜びを伝えている「とても特別な草だ。人間はこれで生命を新しくするだろう。私はこれをウルクの城に持ち帰る。これの名前はシーブ・イッサヒル・アメル(老人を若くするもの)。私もこれを食べて若返るとしよう」
しかし、その未来は夢に消えた。帰り途中で冷たい水の泉を発見したギルガメシュは、そこで水浴びをしたのだが、その間にヘビが現れて、草を取ってしまった。
ギルガメシュは嘆いた。「苦労したのに全て無駄だった。その恵みを大地のライオン(ヘビ?)に取られてしまった」

 そして、また自分の国へと戻ったギルガメシュ。そして不老不死を得る夢は結局叶わなかったとされる。

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