「リグ・ヴェーダの神々」バラモン教のデーヴァとアスラ、多神教的哲学

リグヴェーダ

リグ・ヴェーダとは何か

アーリア人が持ってきたバラモン教

「アーリアン(インド・ヨーロッパ語族)」に属していた「インド・アーリア人」 と呼ばれる人たちが、インドにやってきたのは、一般的には紀元前1500年頃。
そして彼らが持ち込んだ宗教、すなわち『バラモン教』、『ヒンドゥー教』の文献の中でも、最古のものである「リグ・ヴェーダ」が成立したのは、紀元前1200年頃とされる。

 『ヴェーダ』には、「知る」という意味が根底にあると言われる。
その知識は、誰かが作ったものというわけではなく、はるか昔、おそらく世界が誕生した頃から存在していた、大いなる知識である。

 だから、ヴェーダは「シェルティ(天啓てんけい)」に分類される。
それは「ディー(詩的霊感)」を有する賢者が悟った大いなる叡智を、言葉として表現したものなのだ。
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四種のヴェーダと聖典

 ヴェーダは要素的に四種に分けられる。
「マントラ(讃歌さんか、歌詞、祭詞まつりごと呪詞じゅし)」を集めた『サンヒター(本集)』。
祭式さいしきの手順や神学的な意味を説明する『ブラーフマナ(祭儀書)』。
祭式や哲学の説明である『アーラニヤカ(森林書)』。
哲学を扱う『ウパニシャッド(奥義書)』。

 ヴェーダ聖典そのものを4種に区別する分類もある。
『リグ・ヴェーダ』、『サーマ・ヴェーダ』、『ヤジュル・ヴェーダ』、『アタルヴァ・ヴェーダ』の4種。
サンヒターは、4種のヴェーダの主要部分をまとめたようなもので、例えば単に「リグ・ヴェーダ」と言った場合、「リグ・ヴェーダのサンヒター」を指している場合があるという。

デーヴァとアスラに関する一次資料

 リグ・ヴェーダは、 現存している中で最も古くに成立したヴェーダ文献とされていて、もうすでにかなりの昔から、難解すぎて全てを理解することは不可能と確定されてしまっている。
しかしこれは、最も古くから伝わるアーリア人の宗教の根本を理解するのに役立つ、最高の一次資料とも言えよう。

 リグ・ヴェーダは多神教を伝えているが、その神々は『デーヴァ』と呼ばれる。
これはギリシア語の「テオス」、ラテン語の「デウス」と、語源を同じくするとされる。
「神」と訳されるが、本来は「輝かしいもの」という意味なようである。

 その輝かしきデーヴァとは、神格を異とする存在として『アスラ』はあったという。
これは本来、一概に悪い意味ではなかったようだが、時代が進むにつれてデーヴァに対する敵としての要素が強まり、今では基本的には「悪魔」と訳される。
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 興味深いことに、バラモンと紀元を同じくする「ゾロアスター教」においては、アスラに対応する「アフラ(アフラ・マズダー)」が善神となり、デーヴァに対応する「ダエーワ」が悪神となっている。

ヴェーダの神々

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インドラ。マルト神群を率いる雷神

 リグ・ヴェーダにおいての最高神はインドラである。
多くの賛歌がこの神のためのもので、天候の神々「マルト神群」を率いて、敵を破壊する雷神であるという。
アーリア人的な理想の戦士の神とも考えられる。

 マルト神群は、モンスーン(季節風)の神格化とされるルドラの子たちとされる。
ルドラはアスラでもあるが、後のヒンドゥー教では、最高神シヴァの別名となった。
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 インドラはまた、工巧くぎょう(工芸)の神トゥヴァシュトリの造った「ヴァジュラ(金剛杵こんごうしょ)」という武器を使い、悪の竜ヴリトラを倒した伝説から「ヴリトラハン(ヴリトラを討つ者)」という異名を持つ。
このヴリトラハンは、ゾロアスター教における英雄神ウルスラグナとよく同一視されるが、インドラ自身は、やはりダエーワ(悪魔)扱いと、区別されているという。

 ウルスラグナはより古くはイランで信仰されていて、ヴェーダにおいて、インドラと合体させられたか、あるいは元は同じ神だったが、ゾロアスター教にて分けられたのだとするのが普通。
どちらにしても、インドラはかなり古い(少なくともインドとイランが別れる前)から知られていた神であったろうと考えられている。

ディヤーヴァー・プリティヴィー。天空と大地の神

 インドラは天空の神ディヤウスと、大地の女神プリティヴィーとの子という説がある。
基本的には天地合わせて、「ディヤーヴァー・プリティヴィ」とまとめられることが多いという。

 古くは、実は最高神はディヤウスであったとされる。
天地のような、世界そのものの構造に関連付けられている神というのは、あまり恒常的に信仰されるということがない。
そこで、たいていが最高神の座をいつのまにか降ろされているものだが、リグ・ヴェーダにおけるディヤウスは典型的なそれであろう。

ヴァルナとミトラ。宇宙の法則の神

 リグ・ヴェーダにおいて、最も重要なデーヴァがインドラだとすれば、最も重要なアスラがヴァルナともされる。
この神は、ゾロアスターのアフラ・マズダー、ギリシアの天空神ウラノスなどと関連があるという説を持つ。

 ヴァルナは宇宙の秩序を支配する法則である『リタ(天則てんそく)』を定めた、あるいは守護する神であるともされる。
リタは、神々を含め、宇宙のすべてが従わなければならぬもので、従わない者にヴァルナは罰を下す。
ただし、ちゃんと悔い改めた者に対しては、しっかり慈悲も与えるという。

 ヴァルナはまた、契約の神ミトラと深い繋がりを持つようで、共に『アーディティヤ神群』という一団の頭領扱いである。
アーディティヤは、天空、意識、時間などの女神、あるいは無限の神格化であるアディティの子たちとされる。

アシュヴィン双神。美しき命の双子神

 高名な神話学者ジョルジュ・デュメジル(1898~1986)は、「三機能仮説(Trifunctional hypothesis)」というのを提唱した。
これは、インド・ヨーロッパ語族系の神話の多くに、「主権(sovereignty。第一機能)」、「戦闘(combat。第二機能)」、「生産(production。第三機能)」という三区分を基本とする共通的な思想があるという仮説。

 ヴェーダにおいては、ヴァルナとミトラが第一機能、インドラが第二機能を代表している。
そして第三機能を代表するのが、アシュヴィン双神である。

 アシュヴィンは若く美しい見た目の双子の神であり、後には医学神となるように、命をうるおし、寿命を伸ばす力を有するという。

アグニ。仲介者である火の神

 火の神アグニの名は、ラテン語の「イグニス(火、篝火かがりび)」と同じ語源とも考えられている。

 この神は、インドラに次ぐほど、リグ・ヴェーダ内に多くの賛歌があり、よく信仰されていたようだ。

 かつて火はどこにでもあるとされた。
天には太陽、空には稲光、地上では炎、そして心の中においては燃える感情となる。
そこでアグニは、人間と神々との仲介者であるとされた。
神々への供物は火で燃やす。
それをアグニが、神々の元へと持っていくわけである。

ソーマ。酒か幻覚剤か

 ソーマは古代に好まれた何らかの飲料(酒)の原料であった植物の名前らしいが、それがその名のまま神格化された、酒の神でもあるという。

 この神もまた賛歌が多く重要な存在である。
ソーマは、神々に好まれただけでなく、人間が詩的霊感を高めるためにも使用されたようだから、何らかの麻薬(幻覚剤)だったという説も有力。

ヤマ。閻魔と呼ばれるようになる死者の神

 最初の人間であり、太陽神の子らしいヤマは、最初に死んだ人でもある。
そこでリグ・ヴェーダにおいては、ヤマは最高天の楽園を支配する死者の王とされている。

 ヤマは時代とともに、死者の審判を下すようにもなり、さらに仏教において閻魔えんまとなった。

 諸説あるが、ヤマと妹ヤミーは恋仲であったという。

太陽神たち

 太陽神は、スーリヤ、サヴィトリ、プーシャンなど、様々な名前があるが、これらはそれぞれ別の神ともされる。

 各種の太陽神は、 太陽が持つ様々な要素の一つ一つをそれぞれ司っている神なのだという説もある。
例えばヒンドゥー教において最高神にまで格上げされたヴィシュヌは、太陽神というか、太陽の光を神格化した存在らしい。

 あかつき(夜明け)の女神ウシャスは、太陽神スーリヤと恋仲。
ウシャスは美しい姫とされ、夜の女神ラートリーと姉妹の関係にある。

自然の神々。雨、水、風、森、川の神

 パルジャニヤは雨の神だが、性質上、雷神インドラと近しい感じがある。
大地を潤す、植物の保護者ともされる。

 アーパスは水の神で、水そのもの。
様々な効能の根源であり、偽りなどを浄化もする。

 ヴァーユ、あるいはヴァータは風の神。
例によってそもそも別々の存在であるとも考えられることもある。
天においてインドラにも並ぶ存在であるという説もある。

 アランヤニは森の女神で、森の動物たちの心に住まうともされる。

 ナディーは川の女神であり、後には言語の女神ヴァーチュと同一視されて、学問や文芸の守護神サラスヴァティーとなった。
また、弁才天べんざいてんとして、仏教にも取り入れられた。
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創造神話の仮説。神々すら知らない領域

 リグ・ヴェーダにおける創造神話は、その多くが成立過程の後期に作られたとされる。
知識は宇宙の成立共にあるから神々ですら、その始まりの瞬間を見れたわけではないのだ。
創造に関する知識というのは、ある意味で究極の天啓なのである。

 創造に関しては、いくつかの仮説があると言った方が正しいかもしれない。

 まず、後には万物の根本原理とされるようになる、ブラフマン(祈禱賛歌きとうさんか)の神ブラフマナスパティ。
あるいは、全ての方向に手足や目を持つというヴィシュヴァカルマンなどが、万物をきたえ、宇宙を鍛造たんぞうしたという説がある。

 他には、原初の水の中に「ヒラニヤ・ガルバ(黄金の胎児)」が突如出現したという説。
万物でもある原人プルシャが、犠牲となり、その分割された各部位が宇宙の諸々もろもろの要素となったという説などがある。

 また、「創造があったのかすら誰も知らない」というような表現を含む賛歌もあるという。

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