「微生物の発見の歴史」顕微鏡で初めて見えた生態系

理科室

顕微鏡

 物の『発酵(fermentation)』や『腐敗(putrefaction)』、『伝染病(Infectious diseases)』のような現象は古くから知られているが、その原因が、凄く小さな生物である事は、なかなか知られなかった。

 まあ当然であろう。
それを知識として知る現代人にすら、微生物(microbe)を感覚として実感出来ないのだ。
我々が認識出来るのは、せいぜい微生物の集団、つまり『コロニー(colony)』である。

 我々が微生物を想像するだけでなく、確認する事すら可能なのは、『顕微鏡(microscope)』という、素晴らしい発明品のおかげだ。

発明者は誰か?

 顕微鏡は光学的、または電子的な技術を用い、視覚的に物体を拡大する装置。
光学顕微鏡はあくまでタイプの1つだが、これをを単に顕微鏡と呼ぶ事も多い。

 光学顕微鏡は、主に下から光をあて、観察対象を透過した光を2枚のレンズで受けて拡大するような構造。
顕微鏡を使用する技術を顕微鏡法、または検鏡法という。
また何かを顕微鏡で観察できる状態にしたものを『プレパラート』という。

 最初の顕微鏡は1590年、
発明者は諸説あるが、
オランダのミデルブルフで眼鏡屋を営んでいたサハリアス・ヤンセン(1580~1638)と、その父のハンス・ヤンセン。
同じく眼鏡製造者であるリッペルスハイ(1570~1619)のいずれかが有力とされる

発酵、腐敗とは何か?

 微生物が引き起こす現象として代表的なもの。
 食品などから、何らかの有機物が生成される過程全般を指す。

 昔は様々な食物に、時と共に起こる不思議な変化とされていたが、現在では、微生物の代謝などに由来しているというのが常識。
(この微生物の生命活動自体を「発酵」という場合もある)

 生成される有機物が、人にとって有益な場合が発酵。
有益でないものが生成されるが腐敗と、区別される。
 また、生成物の種類によっても、『アルコール発酵』、『乳酸発酵』などと呼び分けられる。

微生物学史

レーウェンフックの発見

 科学の領域で、最も最初に顕微鏡で大きな成果をだしたのは、オランダのレーウェンフック(1632~1723)とされる。

 レーウェンフックは顕微鏡で身の回りの様々な物を観察した。
また、知識欲の深い彼は、観察した物を、とにかく絵にかいて記録した。
 『酵母(yeast)』や『細菌(bacteria)』など、彼はとにかく様々な微生物を、初めて記録したのである。

 また、『白血球(leukocyte)』や『精子(sperm)』も彼の発見である。

パスツール効果

 レーウェンフックは確かに微生物を見つけたが、それを発酵とか腐敗、病気とかと結びつけはしなかった。

 しかし、微生物が発見されて以来、ドイツのシュワン(1810~1882)など、発酵や腐敗は微生物が引き起こす現象ではないか、と考える者が現れだした。
 一方で、同じくドイツのリービッヒ(1803~1873)のように、それらの現象は、単に化学反応にすぎない、という者もいた。(注釈1)(コラム1)

 発酵や腐敗は、微生物か、生物の関係ない化学反応か。
フランスのパスツール(1822~1895)は、この論争に大きな影響を与えた。
 ある発酵現象を研究し、そこから、酸素により活動を活発化する微生物が存在している事を見いだしたのである。
 パスツールは、逆に無酸素状態で活動を活発化する微生物も発見し、酸素を好むか否かで、それらを『好気的(aerobic)』、『嫌気的(anaerobic)』と分類した。

 さらにパスツールは、酵母は、酸素が存在しない時は、アルコール発酵を行うが、酸素がある時は発酵をあまりせず、細胞を増殖させる事を示した。
 酸素に発酵を遅延させられるという現象を『パスツール効果(Pasteur effect)』。
そしてパスツール効果を発生させるような微生物を『通性嫌気性菌(facultative anaerobe)』という。

 パスツールの発見は、例えば酵母が、苦手な酸素がある時にエネルギー獲得手段として、アルコール発酵を引き起こしている事を示している。

(注釈1)境目の判断は難しい

 どちらかと言うと、正しかったのはリービッヒである。
確かに発酵という現象は、基本的に微生物が発生させているが、別に必要な酵素さえ、用意すれば、生命体の活動自体はなくてもよい。

 例えば人は音を出せるが、音自体は生命活動ではない。
風を加速させれるが、風の流れも生命活動でない。
そういうのと同じようなものだ。
 微生物は発酵を起こせるが、発酵自体は、生命活動ではないのである。

(コラム1)全て単なる化学反応

 これは今でも、そういう考えは出来る。
 我々は、生命体関連とそうでないのを区別したがるが、この世界で我々が現象と呼ぶ、分子以上のスケールのものは全て、単なる化学反応にすぎないのではないだろうか?と。

 例えば我々が意識と呼ぶものすら、化学反応によって生み出せるのではないだろうか。
もしそうなら、本当に化学反応を自由に扱えるなら、人を操る事すら、それで可能という事になろう。

低温殺菌、パスツーリゼーション

 パスツールは、いわゆる『殺菌(sterilization)』のスペシャリストでもあった。

 彼は、食品の劣化を引き起こす微生物を抹殺するには、50~60℃くらいの熱で充分という事を示した。
それは食品の風味には大した影響を与えない、絶妙な温度であり、そのような低温の殺菌法は、『パスツーリゼーション』と呼ばれる。
もちろん、このパスツーリゼーションは、食品業界で重宝される。

病気は微生物の仕業?

 外科手術は今も恐ろしいが、昔に比べたらずいぶんマシになったろう。 
かつては手術後も恐ろしいものであった。
 感染症などで、臓器などにダメージを受ける『敗血症(sepsis)』というのがある。
外科手術後に、この敗血症で死ぬ患者が非常に多かったのである。

 イギリスのリスター(1827~1912)は、外科手術後の敗血症の原因は、微生物かもしれないと考え、手術前に、道具を殺菌する事にした。
 結果はどうであったか。
今の人にしてみれば、火を見るより明らかな事だが、当然、手術後の死亡率は劇的に減った。

 そしてこのリスターの成功は、病気の原因が微生物であるという説を、かなり有力にした。

コッホの方法

 ドイツのコッホ(1843~1910)は、リスターよりもさらに決定的に、病気と微生物の因果関係をはっきりさせた。

 コッホは、どの病気が、どの微生物によって引き起こされているのか、という事を調べる方法まで提唱している。

 まず、特定の病気にかかった動物の組織に、特定の微生物が存在する事を確認する。
 次に、病気主から、その特定の微生物を分離し、培養、つまり人工的に増殖させる。
 その微生物を、また別の個体に接種する。
 その個体が、元の病気主と同じ病気にかかり、その組織、またその微生物がいたなら、原因はそいつの可能性が高い。

 コッホは自ら考えた方法を駆使して、1876年に『炭疸菌(bacillus anthracis)』、1882年に『結核菌(Mycobacterium tuberculosis)』、1883年には『コレラ菌(Vibrio cholerae)』を発見している。

いかにして培養するか

 微生物を培養するにあたって、特定の1種を培養する事を『純粋培養(pure culture)』。
複数種類の微生物をまとめて培養する事を『混合培養(mix culture)』という。
 もちろん特定の微生物を研究するには、いかに純粋培養を行うかが鍵となる。

 病気の原因を突き止めるという、その目的からすると当然であるが、コッホは、純粋培養を非常に重要視していた。
しかし技術的な問題もあり、彼の実験はたいてい混合培養で行われ、苦労したという。

 コッホはジャガイモやゼラチン(動物の組織の結合などに使われてる成分)など試した末に、『寒天(agar-agar)』を見いだした。
寒天とは、テングサなどの植物の粘液などを抽出し、凍結、乾燥させたもの。
 寒天は微生物に分解されにくく、一度溶解させたら50℃くらいまでは固化しないという、扱いやすいものだった。

 さらにコッホは、生物に宿る微生物を、生物外で繁殖させるのに最適な、タンパク質入り肉汁培地を考案。
 この肉汁培地は、寒天と共に、後々も多くの微生物学者に使われる事となる。

集積培養法

 食品や病気だけではない。
この地球上で起きる多くの化学反応に、微生物が関与している事も明らかとなってくる。

 地球上の、他の惑星などには見られない様々な分子は、実は微生物の生体反応の副産物として、放出されたものだったのである。

 また、ロシアのヴィノグラドスキー(1856~1953)とオランダのベイエリンク(1851~1931)は、便利な培養方法として、『集積培養法(enrichment culture)』というのを開発。
 これは、複数種の微生物の集団から、特定の種の微生物のみを増殖させ、分離をしやすくする方法である。

微生物学と生物学

 20世紀に、遺伝生物学が確立されると、デルブリュック(1906~1981)やルリア(1912~1991)らの、大腸菌(Escherichia coli)やファージ(細菌に感染するウイルス)の研究によって、細菌すらも変異を起こす事が示される。

 遺伝子の研究でも、扱いやすい大腸菌やファージはよく使われた。
 遺伝生物学は、また、微生物学と、目に見えるサイズの生物学との架け橋にもなる。

 今では、微生物学も生物学も同じ。
地球生物学の範囲である。

ウイルスとファージ。細菌遺伝学の始まり

物理学者の生物学

 1937年9月。
量子論で有名なニールス・ボーアの弟子の一人、デルブリュックがドイツからアメリカに渡った。
量子「量子論」波動で揺らぐ現実  デルブリュックは理論物理学者であったが、生命学にも強い興味を持っていた。
しかしアメリカでいろいろな生物学者に会うも、いまいち話が合わない。

 ある時、デルブリュックは、生物学者達の前で講演をする事になったのだが、開口一番に「細胞を均一な球と考えてみると」など言ってしまう。
彼の発言は大爆笑を呼び、講演後の質問は一つもなかったという。

 彼はめげなかった。
そしてその内に、細菌を攻撃するウイルスの『バクテリオ・ファージ』を研究していたエリス(1906~2003)に出会う。

バクテリオ・ファージ。むさぼり食うもの

 寄生生物であるウイルスの中で、細菌に寄生するのを、バクテリオ・ファージ、あるいはファージと呼ぶ。
ウイルスは古代ローマでは動物由来の毒素を意味する言葉だったが、やがて『濾過性病原体』を意味するようになる。
 濾過性とは、病原体の入った液を素焼きの板などで濾した時に、液と共に流れ出てくる病原体の意味。
細菌はウイルスより大きいので板の上に残りる。
そしてより小さなウイルスは、板のごく小さな孔から流れてしまう訳である。

 バクテリオ・ファージの名をつけたのは、カナダのデレル(1873~1949)という人。
ファージはギリシャ語の『むさぼり食う』、バクテリオ・ファージとは、「細菌をむさぼり食うもの」の意である。
 デレルはファージを粒子と考え、あの相対性理論で有名なアインシュタイン(1879~1955)も賛同したとされる。

 また、デルブリュックも、ファージを生物界の原子だと考えた。

 デレルは1940年代には、ファージが細菌に感染して増える過程を次の3段階に分けていた。
1、ファージ粒子が細菌を攻撃
2、ファージが細菌の中に入り、中で増えていく。
3、細菌を壊し、増えた子孫ファージ放出。

 また、1920年代末頃、アメリカのマラー(1890~1967)が、放射線によって突然変異が起こると示していた。
遺伝子が何らかの形で破壊されると変異が起こると。
 デルブリュックは、マラーにも影響を受け、遺伝子の大きさを放射線を使って物理的に計算したりした。
デルブリュックは、ファージを遺伝子だとも考えるようになっていったのだ。

免疫の獲得

 ファージの実験は、とりあえず餌の細菌を用意する必要がある。

 まず、10センチくらいのシャーレ(微生物培養によく使われるガラス製の平皿)に、栄養を含んだ寒天を入れ、固まったら、上から細菌の浮遊液を一滴たらし、寒天の上に塗り広げる。
それから適切な温度(例えば37℃)で暖めたら、寒天表面に細菌が増殖し、一晩も待てば、白い膜みたいになる。
(この白い膜はコロニーである)

 細菌を塗る時に、ファージ入りの液もいっしょに混ぜたなら、細菌はやはり白い膜をつくるが、ファージは細菌に感染する。
そして細菌を溶かしては増え、また細菌に感染するというサイクルを繰り返す。
結果、ファージが感染した部分は膜がなくなり透明になる。

 ファージの量を増やせば、当然、膜が溶ける範囲はどんどん増える。
膜を全部は溶かさないくらいの量のファージが、白い膜にあける透明な斑点を『プラーク』という。
たいてい1匹のファージは、一晩でだいたい直径1mmくらいのプラークを作る。

 デルブリュックはそういう実験を繰り返し、ファージの数を数えた。
そして、1匹のファージが1匹の細菌細胞に感染すると、37度では20分で細菌を溶かし、100匹ほどに増える事を確かめた。
 細菌とファージを試験管に入れて、栄養液の中で生育すると、まず液体は白く濁り、透明になってくる。
細菌が増え、その細菌をファージが食べつくし、結果、液は透明になるのだ。
 しかし透明になった液体を、さらに37度に保ち放置しておくと、液体は再び白く濁ってくる。
デルブリュックは、これは変異の結果と考えた。

 後から増えてきた細菌は、変異によってファージへの免疫をつけたのだという。
だからファージが増えきった液体内で増える事が出来るのだ。

変異の始まりはランダムか適応か

 第二次世界対戦が始まり、ドイツに帰れなくなったデルブリュックは、イタリアから来ていたルリアと出会う。
ルリアもファージは遺伝子と考えていた。
気の合ったふたりは、ファージに強い細菌が元々集団内にいたのか、後から生まれたのか、どちらかという問題に取り組んだ。

 ルリアはよい方法を思いつく。
まず、試験管の中で培養した細菌を、シャーレの寒天上に、たくさんのファージと一緒に塗りつける。
このような寒天上では、通常の野生の細菌はファージに食べられ、数を増やせないだろう。
結果的には、ファージに抵抗できる細菌だけが増えて、コロニーをつくるはず。

 1本の試験管で生育した細菌を、10枚のシャーレにファージと塗りつけた場合と、10本の試験管で生育した細菌を、10枚のシャーレにファージと塗りつけた場合とで、発生するファージに抵抗性のある細菌の比率を調べる。
 ある細菌集団で、初めからある程度のファージ抵抗性細菌がいるなら、10本の試験管を用いた方の比率は、大きく揺れるはず。
もしファージ抵抗性細菌が、ファージに触れて初めて生まれるなら、結局、比率は一定になるはず。

 この方法での実験結果で、比率は大きく揺れたので、変異体はファージなしで生じる事が明らかとなった。
そして、このルリアとデルブリュック式の実験が、細菌遺伝学の始まりだったとされている。

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