「ナメクジ」塩で死ぬけど、水で復活するヌメヌメ

ナメクジ

どんな生物か?

殻をとったカタツムリか?

 カタツムリ(snails)の殻をとると、ナメクジ(slug)になるわけではない。
確かに両者は近縁種であり、よく似ている。
ナメクジは「裸のカタツムリ」という表現は、あまり的外れでもない。
しかし「殻を失ったカタツムリ」がナメクジなのではない。
あくまでもナメクジは「殻のないカタツムリのような存在」であり、やはりカタツムリではない。
カタツムリ 「カタツムリ」殻を捨てなかった陸の巻き貝
 では実際にカタツムリの殻を取ったらどうなるか?
カタツムリの殻には、臓器が入っているので、殻をとったらカタツムリは死ぬ。

 ナメクジとカタツムリは、実は陸上生活に対応するように進化した『貝(Shellfish)』なのである。
貝時代の名残とも言える、殻を持ち続けているのがカタツムリであり、殻を捨て去った(あるいは完全には捨て去ってないものの、ほとんど意味なくなってるくらい退化している)のがナメクジというわけである。

 しかし別に、ナメクジくらいのサイズの生物にとって、この陸上は、海と比べてあまり安全な場所でもない。
カタツムリは天敵から身を守る盾として殻を使う。
殻のないナメクジは無防備に見えるが、殻を失うメリットなどあるのだろうか?

 つまりそれは、身を守るのに重要なステータスは防御力ばかりではないという事だろう。
殻を捨てた事で、ナメクジはカタツムリより身軽になり、狭い場所に隠れるのも得意となったはずである。

 それに殻は、カタツムリの成長に応じ、オートで巨大化するのではない。
カタツムリは成長するにあたり、自身を守る殻も少しずつ大きくリフォームしているのである。
それには、当然その為のエネルギーがいるだろう。
殻を持たないナメクジは、そのエネルギーコストをスルー出来る。
熱力学 エントロピーとは何か。永久機関が不可能な理由。「熱力学三法則」
 少なくとも、殻を捨てた理由が、「陸上ならではのもの」ではないと思われる。
なぜならウミウシ(Sea slug)など、海にも、「殻を退化させた貝類」がいるから。

形体。触覚、目、鼻、口

 ナメクジらしいナメクジは普通、「触覚しょっかく(tactile sense)」を二対持つ。
触覚の一対は短く、一対は長く、長い方の先に(黒い点みたいに見える)目がある。
目を構成する細胞の構造や、視覚の使い方を調べる実験などから、ナメクジの目は、明暗を知るのには適しているが、物の細かい特徴まで正確に捉えるのは苦手らしいと判明している。
また、人間とは違い、目をえぐりとったとしても、永久に光を失ったりはしない。
たいてい一ヶ月もすれば、触覚は再生し、その先には新しい目が作られる。

 二対、つまり四つある触覚は、そのどれもが匂いを感知出来る、人間でいう鼻の機能がある。
その匂い感知能力は、目のある方、つまりは長い触覚の方が、短い方より優れているようである。
 
 短い方の触覚の間に、口がある。
歯もあるが、噛むというより削るの適していて、基本的に食べ物は粉砕せずに、少しずつ削って食べる。

生理。呼吸器、脳

 ナメクジも陸上生物であるので、肺をしっかり持ち、呼吸するのだが、『呼吸孔こきゅうこう(Breathing hole)』なる呼吸専用の器官を持っているため、(呼吸するのに)鼻や口は使わない。

 呼吸孔は体の右側についている穴で、普段は閉じていて、時折開き、大きな呼吸をしてから、また閉じる。
役割的に呼吸孔は、呼吸器というより、肺に新鮮な空気を注入する為の空気清浄機せいじょうきみたいにも考えられよう。

 脳は神経の塊が環になっているような形で、学習した記憶を三週間程度は覚えていられるという。
記憶はともかく、ナメクジの学習については、実験ではっきり確かめられている。

 例えばあるナメクジの前に、好みのジュースを置いてやる。
そしてナメクジが美味しそうな匂いにつられ、ジュースに近づくと、苦味成分を含む物質を与える。
それから少ししてから、再びナメクジの前にジュースを用意する。
するとどうなるか?
というと、ナメクジは苦い思い出が忘れられず、大好きなはずのジュースをスルーしてしまったりするのである。

 環境にもよるが、たいていナメクジの体の85%ほどは水分である。
つまりほぼ水分である為に、塩を浴びせられ、水分を奪われてしまうと、見るも無残な縮小を見せてくれる。(注釈1)
ここから「ナメクジは塩で溶ける」などという噂が誕生したが、これは普通に誤解である。
塩は確かにナメクジを小さくさせるが、すっかり溶け去ったりする事はない。

 だいたいなぜ塩なのかはむしろ謎である。
塩で小さくなるのは水分を奪われるからなのだが、それなら水分を吸うものならなんでも効果覿面てきめんと考えられるだろう。
全くその通り。例えばナメクジは砂糖をかけても小さくなる。
そしてその小さくなった後だが、(当たり前の話だが)水をかけたらかなり復活する(本来の大きさに戻る)という。

 (なぜ塩なのかはやはりわからないが)溶けるという誤解が生まれた原因として、ナメクジの「体に異物を感知すると(おそらく皮膚を守る為に)粘液ねんえき分泌ぶんぴつする」という性質もあると思われる。
いつ頃の事か、塩をかけられてから、去ったナメクジの残した粘液を、ナメクジが溶けた残骸だと勘違いした人がいたのだろう。

 平時の時でも、ナメクジが通った後に粘液が残ってたりするが、あれは体を摩擦まさつから守る為に分泌しているとされている。

(注釈1)人間も塩で縮んでしまうのか?

 人間だって60~70%くらいは水分だというのだから、大量の塩で小さくなるのでは? と疑問に思ったかもしれない。
これは「人間は体を構成する水分の結びつきが強く、ナメクジは弱いから、外部に水分を奪われやすい」からと考えられるが、「人間は内部に水分を閉じ込めている。ナメクジは構成水分むき出し気味」だからという理解でもよいかな、と思う。

生態。日常、食生活

 ナメクジは基本的に夜行性であり、昼間は暗がりでじっとしてる事が多い。
子供の頃に、植木鉢うえきばちをどけてみたら、そこにナメクジがいたという経験があなたにもあるかもしれない。

 また、ナメクジは湿った場所を好み、雨の日には、昼間でも活動的になる。
雲 「雲と雨の仕組み」それはどこから来てるのか?
これはナメクジが水分を消費しやすい体質な為に、乾いた場所が危険だからであろう。
水分を消費しやすいというのは、陸上で生きる生物としては、致命的な欠陥に思えるが、これはやはり(貝類が)陸上に進出した時期が、それほど昔ではないという事を示しているのだろうか。
雨の日というか、実際には雨上がりに活動的になる事が多いのは少し奇妙にも思えるが、あの程度のサイズの生物には、雨でもけっこうな圧力なので、それはそれで危険なのかもしれない。

 多くのナメクジは雑食だが、たいてい植物がお好みのようである。
新鮮であろうが、腐りかけであろうが、腐ってようがお構い無しらしい。
肉を与えれば、普通に食べたりするし、また他のナメクジの死骸も積極的に食べる。
共食いの文化は知られていないが、時には、まだ死骸でない弱っている個体も食われるようである。

 日本では確認されていないが、完全に肉食のナメクジもいて、ミミズなどを獲物としている。

 ナメクジは『雌雄同体しゆうどうたい(hermaphroditic)』で、どのナメクジもオスであり、またメスである。
また、卵は適度に湿度が保たれてる場所に、数個程度から20個くらいまでの数を一気に産み落とすらしい。

日本の茶色い種

茶褐色で縞模様の外来種

 現在日本で最もよく見られるナメクジは『チャコウラナメクジ』という種である。
茶褐色をベースに、2~3本の黒い線が縞模様を成している見た目のこの種は、実は「外来種(exotic species)」であり、第二次世界対戦より前の時代には、日本にいなかったとされている(注釈2)

 ちなみにアメリカ軍が持ち込んだという説が有力である。

 もちろん、日本にそれまでナメクジ(つまりナメクジ科の生物)がいなかったわけではない。
日本には在来種として、単にナメクジと呼ばれるナメクジ(つまりナメクジ科のナメクジ)が生息していて、外来種が幅を利かせだす前は、日本人にとってナメクジといえば、このナメクジたった。

 しかしながら現在、日本で最も普通に見られるナメクジはチャコウラナメクジである。
のたが、実はこのチャコウラナメクジは、日本で最初に全国的規模にまで広がった外来種ではないとされている。

 世界対戦の時代よりさらに昔。
明治時代に、貿易船に乗って来たのだと思われる『キイロナメクジ』なるナメクジの生息域は、かなりの規模の広がりを見せていたという。
ところがキイロナメクジは、チャコウラナメクジの到来時期くらいから数を減少。
現在では、もうすっかり確認されなくなってしまった。

 チャコウラナメクジが、キイロナメクジの生態圏を奪ったのかどうかは定かでなはない。
ただチャコウラナメクジが分布域を急速に広げていった時期と、キイロナメクジが姿を消していった時期がかぶっているのは確かな事実である。

(注釈2)土着の者とよそ者

 ある地域に、自然的に住み着いていた生物を在来種と言い、そこに後から、人為的な理由で住み着いた生物を外来種と言う。
主に、野生化した家畜やペット、荷物にくっついてきた虫などが多い。

チャコウラナメクジ(Ambigolimax valentianus)

 茶褐色な体色で、背面に黒い線が2~3本ある、体長5cmほどのナメクジ。
ヨーロッパ原産とされるが、現在は日本全国に分布。
畑や家の庭など様々な場所でよく見られるが、標高高い山にはあまり見られない。

ナメクジ(Meghimatium bilineatum)

 体長8cmの在来種ナメクジ。
体色はうすい灰色だが、背面に黒い線が2~3本ある。
黒い線が3本の場合、真ん中の線は短く途切れてる場合も多い。

キイロナメクジ(Limax feavus)

 体長6cm、黄色いナメクジ。
ヨーロッパ原産で、かつては日本国内にてよく見られたが、第二次世界対戦以降、その数は減少し、現在はほとんど見られない。

季節によって変化する

 チャコウラナメクジは、温度への耐性を、季節によって変化させる事が確かめられている。
当然だろうが夏は暑さに強くなり、冬は寒さに強くなる。
寒さへの耐性はかなりのもので、北海道のチャコウラナメクジは、積もった雪の下で、普通に生きてたりするという。

 しかしチャコウラナメクジはどうやって季節の変化を知るのか?
一日の陽に照らされた長さを参考にしているという説が有力である。

 またチャコウラナメクジは、繁殖時期も地域的(温度的(?)に)に調整しているようで、その時期は、たいてい涼しくなりだしたくらい(つまり秋くらい)の時らしい。
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これはほぼ間違いなく、チャコウラナメクジの卵が、チャコウラナメクジ本体よりも熱に弱いからであろう。

 またチャコウラナメクジの寿命も約一年ほどだという。
つまりチャコウラナメクジの世界では、年に一回、世代交代が行われているという事になる。

ナメクジは嫌われ者か?

 少なくとも現在、農家の人などには害虫として嫌われている。
後、単純に「生理的に気持ち悪いので嫌い」という人も多い。

 しかし、とりあえず日本では、これまでの歴史において、ナメクジは単なる嫌われ者でなかったはずだという説もある。
なぜなら、ナメクジは身体によいと考えられてたらしい記録が残されているから。

 実はナメクジを使う民間療法はけっこうあり、生で食べたら病気に効き、患部に生で擦り付ける事での治療にもなるという。
これが「良薬、口に苦し」というやつなのかはわからないが、薬扱いされるくらいなら、誰しもが嫌う存在ではなかったと思われる。

 ちなみにナメクジには、寄生虫などの危険性がある為、間違っても生で食べてはいけない。
焼けば寄生虫は死ぬだろうので食べられるはずだが、その味は多分(近縁の仲間なので)貝類やカタツムリ(エスカルゴ)に近いと思われる。

ビールは本当に武器となるか?

 ナメクジに悩まされる農家の人たちにとって、その対策は切実な問題である。
そして対策の武器として非常に有名なものに、ビールがある。

 その使い方は簡単、畑などナメクジ駆除を行いたい場所にて、一定量以上のビールを入れた適当な器を置いておくのである。
すると一日くらい経つ頃には、ビール(の美味しそうな匂い(?)に)に引き寄せられたナメクジが、(どういうわけだか)溺れ死んでいるそうである。

 しかし実際にビールトラップで、ナメクジを撲滅、あるいはもう見なくなるほど駆除出来るかは怪しい。
ビールの匂いでそれほど遠くのナメクジは引き寄せられないという話もあるし、そもそもビール嫌いな(ビールに引き寄せられない)ナメクジもいるようなので。

 ビール嫌いのナメクジがいるという事はつまり、「環境に適応出来る者が次世代を築いていく」という「自然淘汰の原理(The principle of natural selection)」により、ビールトラップを長期間に渡り続ければ続けるほど、(そこにビール嫌いのナメクジが増えていくので)その効果は薄くなっていってしまう。
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 まあ、ナメクジと人間の戦いは、どちらが勝つにせよ、まだまだ続いていくだろう(エッセー)

(エッセー)人間が勝利後の世界。選択される命

 ナメクジが勝つなんて事、ありえるだろうか?
それはつまり人間が絶滅して、ナメクジが生き残るという事に他ならない。
人間にとっては恐ろしい未来である。

 一方、ナメクジに限らず、人間以外の多くの生物にとって、恐ろしい未来は、人間が地球を離れ、地球外の様々な星に暮らし始めた時代かもしれない。

 例えば今現在、ナメクジが絶滅の危機にあると判明したとしたら、保護しようとする人も大勢いる事だろう。
しかしたくさんの星にナメクジがいて、その内ひとつの星にてナメクジが絶滅の危機となったならどうだろう。

 世界がどこからどこまでなんて、きっとそんな遥か未来にも、まだ判断できるようなもんじゃない。
にもかかわらず、地球だけが世界の我々よりも、たくさんの世界のひとつに生きるナメクジの命は軽いかもしれない。
それどころか、ある星の環境を、誰かが移住する為に変えるとする。
「ナメクジは気色悪いから、この星にはなし、と」
その誰かはこんなふうに考え、選択するかもしれない。

 もうそうなったら人間以外の生物なんて、インテリアみたいなものだ。
自分がそういう存在だったらと想像したら、ちょっと恐ろしくはなかろうか。

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