「カナダ」国立公園、イヌイット、二つの公用語、アイスホッケー

カナダの街

氷河期に形作られたカナディアン・ロッキー

 『ロッキー山脈』は、北アメリカとカナダを跨ぐ広大な山脈。
そのアメリカ合衆国との国境から、カナダ側に続く領域を『カナディアン・ロッキー』と言う。

 プレート同士がぶつかると、 片方が盛り上がり高い山となる、造山ぞうざん運動(orogeny)というのが発生する場合がある。
プレート地図「プレートテクトニクス」大陸移動説と地質学者たちの冒険 高いところでは標高4000メートルに達するロッキー山脈は、白亜紀末くらいに、大規模な造山運動によって形作られたと考えられている。
隕石衝突「恐竜絶滅の謎」隕石衝突説の根拠。火山説の理由。原因は場所か、生態系か。 その後、幾度かの氷河期の度に、大地をおおった氷河の侵食により、起伏きふくがより激しくなっていった。

豊かな自然と国立公園

 カナダは自然豊かな国であるが、その自然を保存するために、「国立公園保護地区」が設定されている。
国立公園は、その中での工業や農業など、資源利用を禁止し、資源保護活動に徹している。

 ただし先住民の自給自足的な資源利用は認められている。

 また、やってくる人たち向けに、様々な体験や教育プログラムを用意し、様々な自然のメカニズムや生態系を理解してもらうことに努めている。

 カナダにおいて国立公園制度の起源は1885年にまでさかのぼる。

最初の国立公園、ケイヴ・アンド・ベイスン温泉

 1883年に大陸横断鉄道の工事の最中、二人の職員がスルファー山の北斜面の辺りに、温泉を発見した。
その「ケイヴ・アンド・ベイスン温泉」の発見のニュースはすぐに広まった。

 実は当時、ヨーロッパ系の人たちの間では健康のための温泉がブームとなっていたのだ。
そこで、一攫千金いっかくせんきんを目論む民間からの照会しょうかい(問い合わせ)が政府に多く寄せられた。

 結局、政府は1885年に、その温泉を公式に保護することにして、それが後の「バンフ国立公園」で、それはカナダ最初の国立公園となった。
バンフという名称は、元々は鉄道の駅名であったようだが、それが街の名としても採用され、さらに国立公園にもそのまま付けられたわけである。

 それから時が経って、1911年に、カナダは世界で初めて内務省内に国立公園局を作った。
さらに1930年には、「国立公園法」が制定されている。
これには基本的な理念として、「国立公園の利益と教育と楽しみは、カナダの人に捧げるためにある」というようなことが書かれているという。

カナダ先住民、ツンドラのイヌイット、混血のメーティス

 アメリカ大陸では、影響力の大きかったコロンブスが、そこをインドだと勘違いしたため、先住民たちが「インディアン」と呼ばれるようになった、という流れがある。

 永久凍土えいきゅうとうど(permafrost)とは、氷でなくとも、0度以下の温度が長く続いた土地のことである。
そしてその永久凍土が地下に広がる地域を「ツンドラ地帯」という。

 北アメリカの先住民の中でも、特に北極海沿岸側の方のツンドラ地域を、伝統的な生活の場としている先住民を「イヌイット」、あるいは「エスキモー」と呼び、それ以外の 先住民とは区別されている。
「イヌイット」かつてエスキモーと呼ばれた、北の地域の先住民たち  エスキモーは他の部族が敬称的に使うような呼び名ともされているので、現在のカナダではあまり使われなくなっている。
イヌイットというのは彼ら自身の言葉で、「人間」という意味である。
アイヌ語のアイヌみたいなものだ。
アイヌ文化「アイヌ民族」日本の先住民(?)どんな人たちだったのか?  一般的に、単にインディアンとかネイティブアメリカンといった場合、イヌイットは含まない先住民たちのことを指している場合も多い。
彼ら自身も、生活環境の違いや、ヨーロッパ人たちとの関わり度合いの違いから、一緒くたにされるのを好まない傾向があるようだ。

 当然のことながら、イヌイットとかネイティブアメリカンという呼び方自体、様々な部族を一緒くたにした名称である。

 また、法的には先住民とヨーロッパ人の混血である「メーティス」も先住民とされる。

 植民地時代の、特に初期にアメリカ大陸に移住してきたヨーロッパ人は男性がばかりで、先住民の女性と結婚した者も多かった。
そういう者たちの子孫もけっこういる。
しかし実際には、メーティスとはどのくらい先住民の血が濃い人を指すのか、意見の一致を見ていないという。

二つの公用語、英語とフランス語

 カナダには、「アングロフォン」、「フランコフォン」、「アロフォン」という分類がある。
カナダの公用語は英語とフランス語とされているが、 英語を母国語としているものがアングロフォン、フランス語を母国語としている人がフランコフォン、それ以外の人がアロフォンというもの。

 母国語と言ってもいろいろ解釈できるだろうが、一般的にはこれらは日常的に使用する言語の違いによる区分なようで、別にアングロフォンがイギリス系とは限らないし、フランコフォンがフランス系とは限らない。
例えば、日系や中国系の人であったとしても、幼い頃からカナダに住んでいて、フランス語を日常的に使っているのなら、フランコフォンというわけだ。

 両方話せるバイリンガルも含めて、英語話者の方が全体的な総数は多いようだが、歴史的にフランス系の街であったケベック州などは、ほぼフランス語が公用語状態だという。
カナダ「カナダの歴史」重要な出来事、移民たちの文化、先住民との関わり  また、カナダの国歌「オーカナダ」は、 英語の歌詞とフランス語の歌詞があるという。
この歌は元々ケベックの方で歌われていたもので、フランス語の歌詞であったが、 郷土愛の歌として人気を博し、英語版も作られたのだという。
そしてその人気のままに国家になったわけである。

RCMP。王立カナダ騎馬警察

 カナダの国歌警察として有名な「王立カナダ騎馬警察」は、英語では「Royal Canadian Mounted Police」を略して「RCMP」。
フランス語では「Gendarmerie royale du Canada」を略して「GRC」と呼ばれる。

 この警察組織はもともと1873年に、白人と先住民との間のトラブルを少しでもなくすために、連邦政府によって創設された。
当初の名称は「北西騎馬警察(North-West Mounted Police。NWMP)」で、メンバーは150~300人程度だったそうである。

 NWMPは、1904年6月には、海外の戦いである南アフリカ戦争で 活躍し、その貢献を讃えたイギリス王エドワード7世(1841~1910)からロイヤル(王立)の称号を授与された。
そして1920年の再編の際に、RCMPという名称となった。

 もともとNWMPは、植民地における先住民のトラブルがなくなり次第解体される予定ではあったが、国家警察としての役割を確立し、恒久的こうきゅうてきな存在になったのだった。

アイスホッケー。国民的スポーツ

 体の国民的スポーツとされる「アイスホッケー」は、単に『ホッケー』ともいう。
そのホッケーに対して、氷の上ではなく、普通の土の上で行うホッケーを「フィールドホッケー」とも呼ぶ。

 氷上にて、棒でパック(特殊ボール的なもの、古くは普通にボール)を操るゲームは、古くはイングランドの北部で遊ばれていたようだがそれが19世紀の初頭に、イギリス軍人によってアメリカに伝わった。
しかしこのゲームにはちゃんとしたルールが設定されていなかった。

 このホッケーというゲームが、モントリオールの学生たちにより正式なスポーツとしての形式を整えたのは、1875年のこととされる。
実際にルールが整備された地域については、他にも候補があるようだが、とにかくちゃんとしたルールが発表されて以来、このスポーツは瞬く間に知名度を上げたという。