「メキシコの文化」明るい音楽、要塞化した教会

メキシコの街

メキシコ民族舞踊

 1952年。
 メキシコの首都メキシコシティにて、アマリア・エルナンデスという人が始めた、『バレエ・フォルクロリコ・デ・メヒコ(Ballet Folklórico de Mexico)』というバレエがある。
日本ではしばしば「メキシコ民族舞踊」と紹介されるこの伝統的なバレエには、メキシコという国の文化や民族意識(ナショナリズム)が散りばめられているという。

 演じられるのはメキシコの歴史である。

 まず先住民的な民族衣装を纏ったダンサーが、太鼓やマンドリンで奏でられる、先住民的な音楽に合わせて踊る。
太陽と大地の神々への祈り。
それにメキシコのいくつかの地方の伝統音楽と舞踊により、先スペイン時代の古い文化が表現される。
 続いて1910年からのメキシコ革命がポルカ調の曲をバックに演じられる。
 メキシコの伝統的な生死観を表現しているらしい、悪魔だか、妖精だかよくわからない着ぐるみを使った、よくわからないが、どことなくコミカルなシーンなどを挟み、さらにさまざまなメキシコ文化を紹介していく。
 そして最後は、いかにもなポンチョとソンブレロのマリアッチの演奏と、それに合わせたダンスが披露され、「ビバ・メヒコ(メキシコ万歳)」の声で、舞台は幕を閉じる。

というような内容である。

 メキシコシティを訪れる観光客の中には、このバレエが目当てという人も結構多いらしい。

バケリーアとメキシコの音楽文化

 メキシコには、村祭りの日などに開催される『バケリーア』という舞踏会がある。
バケリーアはもともと聖職者が神を称えるために開催するものであったらしいが、だんだんと出会いを求める人達の社交場のようになっていったのだという。
現在では、ただ楽しい祭り的な認識も強くなり、おじいちゃんと孫娘が踊ってたりといった、微笑ましい1シーンも見れたりするようである。

 ちなみに、このバケリーアという舞踏会は、たいてい入場料を取られるものらしい。
実際参加する際は、心に留めておこう。

 みんなでわいわい踊るものなので、もちろん音楽は(メキシコ人にとっては)馴染み深いサルサやクンビアなどである。
それに基本的には、生演奏を行う楽団も招かれる。
参加者数は演奏する楽団の知名度にかなり左右されるという。

 現在のようにテレビなどのメディアが普及する以前、バケリーアの音楽や、それを演奏する楽団は、各地で独自に発展を遂げた。
そうして誕生したのが、メキシコ伝統音楽として名高い、ベラクルス地方の『ソン・ハロッチョ』や、ウアステカ地方の『ウアパンゴ』。
それにハリスコ州の『マリアッチ』などである。
特にマリアッチは、どちらかというとメキシコの伝統音楽そのものを指す名称として、日本でもよく知られている。
 しかしこれらの伝統的な従来の民族舞踊は、だんだんと大衆向けの音楽にとって変わられ、現在では、どちらかというみんなで踊るものでなく、プロがみんなの前で演じるものになっている。

恋人にはセレナーデ、子供にはピニャタ

 「メキシコ人はフィエスタ好き」だという話がある。
フィエスタとは、つまり祭の事であるが、身内だけのパーティや聖人聖母への祝祭など、とりあえずお祝いする事全てを指す言葉である。

 メキシコ人がフィエスタ好きだと呼ばれる理由として、メキシコ人のフィエスタの際の伝統的な様々な行動がよく指摘される。
これが独特で目につきやすいのである。

 例えば、愛する女性の誕生日には、セレナーデを歌う。
 子供の誕生日には、お菓子などが入ったハリボテ人形『ピニャタ』を気に吊るしたりして、目隠しした子供に叩き割らせたりして遊ぶという文化。
 また、女の子には、15歳になると、お祝いのフィエスタを開催し、ドレスを着て、エスコートしてくれるパートナーとワルツを踊るという文化もある。

仮面の文化

 メキシコ文化の中でも、仮面は重要なアイテムとされる。
アステカ時代の先住民達は、宗教儀式の際に、多様な神々の仮面を、その神を演じる者がそれぞれに被ったという。
 
 メキシコの仮面文化は、古典記(4世紀から9世紀までくらいの時代)には既に、マヤ人の間に根付いていたと考えられている。

 仮面文化は、スペインに征服されてからも続いた。
というより、ヨーロッパの仮面文化の影響も受けて、メキシコの仮面文化はより一段と豊かになった。

 そして、仮面の宗教的価値が薄まり、アートのような扱いをされる事が多くなった現在では、はなから観賞用で、装着すら出来ないようなデザインの仮面まで、作られたりするらしい。

メルカドとティアンギス

 メキシコでは、(特に、定期的に)常設の建物で開かれる公的市場を『メルカド』。
(定期的か、不定期かは関係なく)大勢の参加者が、自分達の用意した様々な品を売買するフリーマーケット的な市場を『ティアンギス』という。

 メルカドとティアンギスはどちらも「市場」の意味があるが、メルカドはスペイン語で、ティアンギスはナワトル語(アステカ人が使っていた言語)である。
 ティアンギスという文化は、アステカ帝国時代からの風習で、もともとは、どんな市場もメルカドでありティアンギスであったと考えられている。

 つまり市場の事をスペイン人はメルカド、先住民はティアンギスと呼んでいた訳だ。
 それがいつ頃からか、ナワトル語の話者が減るにつれ、よく使われるティアンギスという言葉自体はメキシコのスペイン語に取り入れられた。
 そうして、メキシコに、メルカド、ティアンギスという市場分類が生まれたのである。

 特にティアンギスは、伝統的、文化的に、自分で生産した物を自分で売りたがる先住民にとっては、なくてはならない商売の場となっているという。

 また、かつて、先住民に対して、都市の人達が差別的だった頃は、先住民は正当な商売もしづらく、価格設定を控えめにしなくてはならなかった。
 「同じ品なら、メルカドよりティアンギスの方が安く買える」という風な噂があるのだが、これは昔は真実だった訳である。
しかし、(少なくともビジネスの場では)先住民が不当な扱いを受ける事の少なくなった現在では、別に都市から買うより、先住民から買う方が安くなるという事はあまりないという。

メキシコの教会

 メキシコはカトリック教徒の人が多い国なので、かなり当たり前だが、教会も多い。
都市だろうが、小さな村だろうが、教会は必ずある。

 これらの教会の多くは、西洋の修道会が、キリスト教を布教する為に建設されたもの。
もちろん、(そういう時代に作られた)それらの教会はヨーロッパのものに準じた作りになっている。
 ただしいくつか、メキシコ特有の特徴もあるという。

 まず、窓が小さく、壁も厚く、屋上にも防壁が備えられている。
これらは、まず間違いなく、いざという時、先住民の攻撃などに備えたものであろう。
 また、教会前方には『アトリオ』と呼ばれる四角い庭があり、先住民を相手にしたミサなどをよく、この庭で行ったという。
キリスト以前の宗教儀式を基本、野外で行っていた先住民への配慮である。

 アトリオには、野外礼拝堂である『ポーサ』も設置されている。
また、アトリオ自体も、教会内と同じく、聖なる場所である事を示す為、中央に石の十字架が立っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA