「イリアス・オデュッセイア」ホメロスの二大叙事詩。ギリシア神話文学源流

イリアス。トロイア戦争と共に巻き起こる神々の戦い

 紀元前8世紀ぐらいの詩人ホメーロス(Homer)が書いたとされる『イリアス』は、表向きはアカイア(ギリシア)軍と、イリアス(トロイア)軍との戦いの(終盤の)記録。しかしその裏側で起こる、オリュンポスの神々の画策、思惑のぶつかり合いなども書いた長編叙事詩。

 これを読むと、紀元前8世紀という時代に、すでにギリシア民族の神話世界がかなり完成していたことがわかる。
大地が浮かび上がる様子「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン  しかし、ギリシア神話の中でで描かれる戦いとは、まるで、さまざまな人間(動物?)たちの運命を操ることができる神々が、肩入れしてる国や、特定の個人をどうにか勝たせようとしあう、ウォーゲームのようである。

遠矢の神アポローン

 ある時にアカイア(ギリシア)軍は、エエティオンの治める聖都テベを征服して、様々なものを奪った。奪った品々はアカイア人の間で分配されたが、アトレウスの子アガメムノンには、見目麗しきクリュセイスが与えられる。
彼女はレトとゼウスの御子、遠矢の神アポロンの祭司クリュセスの娘だった。そしてアガメムノンはアポロンの怒りに触れてしまい、アポロンはアカイア軍側(都市国家アルゴス)に呪いの矢を降らせた(疫病を流行らせたともされる)
アポロンの銀の弓は凄まじい音を響かせ、初めは動物たち、次には兵士たちを、炎が襲ったという。

 アポローン(Apollōn)は、詩や音楽の神としても有名だが、イリアスにおいて「遠矢の神」と称される彼は、基本的にギリシア軍と敵対する神である。
この、イリアス序盤の部分では、テベ(Thebe Hypoplakia)という都市の祭司の祈りにアポロンは応え、ギリシア軍を苦しめる。攻撃は矢で行われているが、動物や兵士たちを襲ったのは炎(あるいは疫病)というのは興味深いか。

恐ろしき百手の巨人

 優れた占い師であった、テストルの子カルカスは、アポロンの怒りの理由(クリュセイスの件)を悟るが、アガメムノンはそれを聞くと激怒。しかし駿足のアキレウスの説得もあり、結局クリュセイスは父の元へと返されることに決まる。
クリュセイスを、クリュセスへと送り届けるための船には、賢者オデュッセウスも乗っていた。
その後、アガメムノンはアキレウスに対して怒り、彼の優れた愛人ブリセイスを奪う。
アキレウスは、母なる女神テティスに「もしあなたにその力があるのならば、どうか息子をお守りください」と願う。
「ゼウスにも協力をお願いできませんか。父上の屋敷で、あなたが得意げに話しておられるのを聞いたことがあります。ヘラ、ポセイドン、パラス、アテネたち、オリュンポスの神々が、ゼウスに縄をかけようと企んだ時、ゼウスを助けたのは母上だったのでしょう。この時あなたは、神々がブリアレオレス、人間どもはアイガイオンの名で呼ぶ、恐ろしい力を有し、百の手を持つ怪物を、ゼウスの番犬として遣わされた」

 アキレウスは、このイリアスという書の主人公的存在で、オデュッセウスは、同じくホメロスが書いた叙事詩『オデュッセイア』の主人公的存在である。
オデュッセウスは、 とにかく度々賢者として語られていて降りかかる危機を、その知恵で乗りきったというような伝説が多い。

 ゼウスを助けるために、女神テティスが遣わした怪物アイガイオンとは、ヘカトンケイル(百の手を持つ巨人)で、どうも3人の存在らしい。ギリシア神話には巨人とされる怪物がわりと登場するが、その中でもこれは特に恐ろしげなイメージが強い。

ゼウスは最強の神か

 険悪な状態になった妻ヘラに、ゼウスは言っている。
「おとなしく座っておれ。わしがそなたにこの無敵の腕を振るうとなれば、オリュンポスにある限りの神が挙ったとて、向かってゆくわしの前のは何の役にも立たぬのだから」

 ゼウスの神としての圧倒的な実力が示唆されている。また他に、神としてゼウスとも近い位置にいるようなイメージもある、ポセイドンなども、彼の強さを恐れているようなセリフなどがイリアス作中にはある。

神とはどのような種族なのか

 ゼウスは夜も眠れずに、アキレウスの面目を立て、アガイアの戦士たちを斃すにはどうすればよいかを考え、アガメムノンに惑わしの夢(オネイロス)を送るのが最上の策だと考えた。

 神々は、例えば大地の神を司っているのが大地の神なのか、それとも大地自身がその神なのかとか、そういうところは少しややこしいところがある。
自然環境の中の何か物理的存在でなくとも、夢のような事象や、気まぐれなどのような感情も、そういうの自体が神か女神というようなイメージを思わせる描写も多い。
しかしここまで来ると、また別の疑問が浮かんでくるだろう。人間とか動物とかは神様でないのだとして、そういうものが存在している世界のあらゆるものというのは、神様なのか、ということ。つまりこの世界は、神様か、神様でない生物だけで成り立っているのか、という謎。

巨大なヘビの前兆

 士気を低くしていた兵たちへの、オディッセイアが説得の演説は印象深い。
「我らはあの日のことをまだ覚えている。死霊(ケーレス)にさらわれなかった諸君はみなその生き証人だ。アカイアの水軍がプリアモスとトロイア人に鉄槌を下すべく、アウリスに集結した時。泉の周りの祭壇に、その前兆が現れた。見るも不気味な1頭の大ヘビが、祭壇下から出てきて、鈴懸の樹に突進した。樹には可憐なスズメの巣があり、母と雛と合わせて9羽をそのヘビは食って、しかしその時にヘビもまた、クロノスの御子により石に変えられた。占い師カルカスは即座に神意を察した。「これはゼウスが示された偉大なる前兆だ。ヘビが食った鳥は9羽、これは我らも9年の歳月この地で戦い、10年目にして道広き町(トロイア)を攻め落とすこと」と」

 ここで語られた話はかなり興味深い。死ぬことを、死霊にさらわれると例えていること。聖なる祭壇に姿を現した巨大な蛇と、それが示した前兆。占い師のカルカス。
しかしこのような演出が、本当に神が人間に示した何かの前兆なのだとすると、それのために巨大ヘビという生物が使われていることになろう。こういうのは、生物が利用された演出なのか、あるいはこのヘビ自体が何らかの特別な存在なのか。

神の衣、神の血

 勇士テュデウスの子デュオメデスは、仮借なき槍をかざして、キュプリス(アプロディーテ)に迫る。
デュオメデスは、彼女の腕をついた。槍は優雅の女神たち(カリテス)が自ら仕立てた、この世ならぬ神の衣を貫き、掌の付け根辺りを裂き、神の血が流れた。その血とはすなわち、至福なる神々の体内を巡るイーコール(霊血)のこと。穀物を食べず、きらめく酒を飲むこともない神々にこそ特別に流れる、アタナトイ(不死なるもの)とも呼ばれる血。

 神々という存在を考える上で、 語られる物語の中での描写がヒントになることはあるだろうか。
デュオメデスがアプロディーテを攻撃するこの場面では、この世ならぬという神の衣、そして特別な神々の血というものが出てきている。ただしそれらの特別性に関して、具体的な説明はない。
神の血に関しては、穀物を食べず、酒を飲まないからこそのもの、というように解釈できそうな感じはある。

神と人間では種族が違う

 ディオメデスは、神であるアポロンが自ら援護の手を差し伸べているのを知りながら、その名高い武具を剥ぎ取ってやろうと、アイネイアスに踊りかかる。遠くから矢を放つアポロンは凄まじい声で叱咤した。
「落ち着け、テュデウスの倅よ。お前、神々と対等であるなどと自惚れるなよ。不死なる神と地上を歩く人間とではそもそも種族が違うのだぞ」

 神と人間では種族が違う。そう明言されている点で、アポロンのこのセリフは非常に興味深いか。
神は、その不死性こそが特別だと思わせるような描写はかなり多いが、ここでは人間を「地上を歩く人間」と表現していることから、天の存在という特別性を思わせる。

神馬が駆け抜ける世界

 神馬は、大地と星を散りばめた天空の間を飛び、見渡す限りの海原、長い道のりも、ひとっ飛びで進んでいく。
女神ヘラは、馬を停めて戦車から解き放った。辺りには霧が深くなり、シモエイスの河が、神馬の飼葉として、アンブロシア(神仙草)を生え出させた

 神馬という存在そのものも、いったいどのような存在なのか気になるところだが、それが走る場面などは、この物語が書かれた時代の、一般的な世界観がどのようなものだったのか、ということの手がかりになるだろうか。
ヘラが馬を休ませる場面では、有名な神の世界の食物であるアンブロシアも登場している。
アンブロシアは食物だが、例えば女神が、自分の体の汚れを取るためにアンブロシアを使っている場面などもあるから、おそらく洗剤としても使えるのだろう。

屍を腐らすウジ虫たち

 戦友パトロクロスの遺体を前に泣くアキレウスに、彼の母である女神テティスは、ヘーパイストスから賜った特別な武具を渡す。
武具を受け取り、怒りと嬉しさを激しくするアキレウスは母に言う。
「これらの品々は、神々の細工にふさわしく、人間の作れるようなものではないでしょう。これを身につけて出陣します。ただし1つ心配なのが、そうしてる間にもハエどもが傷口からメノイティオスの倅(パトロクロス)の体の中に入りウジ虫を産みつけ、痛めつけないかということ、肉が腐ってしまいはせぬかということ」
テテュスは答える。
「そのようなことを気にかける必要は今はない。戦死者の遺体を貪り食うあのハエども、あの厄介な奴らからは、私が遺体を守ってあげよう。1年あのまま寝かしておいても、肌はそのまま、むしろもっと美しくなるかもしれぬよ」
女神はパトロクロスの遺体が腐らぬよう、アンブロシアと赤いネクタルを、鼻の穴から体内へと染み渡らせてやった。

 明らかにアキレウスらは、ウジ虫がハエの子だということをしっかり認識している。そして、腐敗の原因を完全にウジ虫のせいにしている。
そのウジ虫どもから遺体を守るために、神々の食物であるアンブロシア、それに神々の飲料とされるネクタルを利用している。

神々の介入により激化する戦い

 ゼウスは、怒りに燃えるアキレウスの様子と、その姿を見ただけで怖気づくトロイア側の者たちを確認し、定まっている運命に逆らって、アキレウスが城壁まで破ってしまいはしないかと心配した。
そしてゼウスは、神々に戦闘への介入を許す。
アカイア側にはヘラ、ポセイドン、アテネ、恵みの神ヘルメイアス、ヘパイストスたち。トロイア側にはアポロン、アレス、アルテミス、レト、クサントス、アプロディテらが応援に出動した。

 ゼウスの恐れから考えると、時にとてつもない英雄は、運命すらねじ曲げてしまう可能性がある、ということが伺える。
それでゼウスは神々の戦争への介入を許すわけだがここから戦いは かなり ファンタジー的な方向で激化していく。
雷が鳴り響く中、大地が揺らされたり、矢の雨が降らされたり、さらには深く渦巻く大河が暴れたりもする。
ちょっと面白いのが、神々が戦いに参戦することにわりと反対気味だったはずのゼウス自身も、いざ参戦した神々の凄まじい戦いぶりを見ると、ちょっと興奮した様子を見せたりする。

オデュッセイア。帰国の旅から、自らの栄光を取り戻すまで

 イリアスの続編だが、直接的なつながりはけっこう薄い。イリアスで描かれたトロイア戦争の後、賢き英雄オデュッセウスが、いくつもの苦難を乗り越えてこきょうに帰国。それから、自分の不在をいいことに、美しい妻の周りで好き勝手していた悪党どもを、成敗するという話。

 イリアスもそうだが、ギリシア神話世界観らしく、人間と神との距離が近い。例えば物語の中で、女神アテネは何度も変身し、オデュッセウスを助けてやったりする。

 構成としては、オデュッセウスと仲間たちに、数々の不思議な出来事が降りかかる有名な冒険譚は前半の話。
後半は、家に帰ってきたオデュッセウスが、すぐに再会した息子と共に、悪党共から妻らを救おうという話にシフトする。
やはり、特に興味深い描写は、ファンタジー風味な前半に集中しているように思う
しかし後半も、ファンタジー要素がすっかりなくなってしまうというわけではなく、旅の間もよく助けてくれたアテネが天から降りてきて、「私がついてるから、そう心配するな」みたいなことを告げる場面とかがある。

神様の世界。そして人間の世界の中の奇妙な領域

 金髪のメネラオスは、2人の子供に言葉をかけた
「子供たちよ、人間がゼウスと競うことのできるものではないよ。ゼウスのお住まいも持ち物も全て不滅だから。人間界には、わしとその財宝で競えるものもいるかもかも知れぬがな。思えば様々な苦しみに遭いながら、各地を放浪し、これらの財宝を船で持ち帰ったのは、実に8年目の帰国。キュプロス、ポイニケ(フェニキア)、アイギュプトス(エジプト)と渡り歩き、アイティオペスの国、シドン、エレンボイ人の国を訪れ、さらにはリビュエ(リビア)にも行った。この国では、なんと子羊に生まれた時から角があるのだ。それにそこでは、羊が1年の間に3度も子を生むから、チーズや肉、それに美味な乳に事欠くことがなかった、母羊は授乳のために、年中休みなく乳を出すから」

 どうも、神様はもちろんのこと、神様の世界自体がかなり特別なようである。 しかし様々な自然環境のものが、それ自体が神様という可能性を考えるとどうだろうか。もしかすると、神様の世界の自然こそが真の世界であり、我々の世界は、神様がそれらを投影したものとか、そういう感じだったりするのかもしれない。
また、リビアに関する話は、かなり眉唾な情報に思えるが。

死んだ後にも生きるのか

 夢の中、姿朦朧たる幻に、イカリオスの娘ペネロペは言った。
「もしあなたが真実神でいらっしゃるなら、あるいは神のお声をお聞きになれる存在なら、どうかあの人のことを話してください。あの人はまだ生きて、陽の光を仰いでおられるのですか。それともすでに死んでいて、冥王の館にいるのですか」
幻は答える。
「あの男が生きているか死んでいるか、それをここで話すわけにはいかない。風のごとく定かならぬことを語るのはよろしくないのだ」

 死んだ後に人間が行く世界のように冥王の支配する世界が出てくる。オデュッセイアの作中では、実際にその(死後の)世界にやってきたオデュッセウスが、トロイア戦争を一緒に戦った戦友たちと再会する場面もある。
また、作中においてオデュッセウスが生きたまま、冥界に行ったことは、1度死んだ扱いになっている。オデュッセウスらは死後の世界に行って、しっかり戻ったことで、2度死ぬことになるとされているのだ。

宇宙の構造をどう考えていたのか

 オデュッセウスは、眠る間も惜しんで、ひたすらにプレアデス(スバル)の星群、沈むに遅いポオテス(牛飼座)。そして、アマクサ(車座)の異名を持ち、オリオンを窺いながら同じところを旋回し、ただひとりオケアノスの水に浸からぬともされたアルクトス(大熊座)に、目を凝らした。
アルクトスは、カリュプソがオデュッセウスに教えた、「常に左手に見つつ海を渡れ」と教えた、目印の星だった。

 ギリシア哲学の時代には、地動説と天動説の、どちらが真の宇宙の構造なのか、ということが議論されたりもしたとされるが、ここでは、星は海へと沈んでいくものとして扱われている
太陽系「地動説の証明」なぜコペルニクスか、天動説だったか。科学最大の勝利の歴史「天動説の宇宙」アナクシマンドロスの宇宙構造。プトレマイオスの理論

オデュッセウスのどうしようもない失敗

 キュクロプス族は野蛮な種族で、不死なる神々を当てにし、種子をまいて畑を耕すということをしなかった。しかしそれでも、なぜか小麦や大麦、酒を作るための葡萄の木など、いろいろと勝手に生え育っていた。
彼らの間には何らかの掟とかもなく、ただ高い山の、空ろな洞窟に住んでいて、それぞれ自分の妻子は取り締まっているものの、それ以外では互いに無関心で暮らしている。

 キュクロプスのような、巨人系統の種族は、神々に近しい存在というように書かれている。
オデュッセウスが、その目をつぶすことになった、ポリュペモスというキュクロプスも、作中で「神々なんて恐くもない。あんな連中など我らは何とも思っておらんのだ。我々の方がはるかに強いのだから」というように、平然と語る場面がある。

 キュクロプスのところから逃げる時に、オデュッセウスが、部下の反対を押し切り、無意味にポリュペモスに挑発の言葉を投げかけるのは、後の悲劇を招いた原因と考えると、なかなかひどい。
オデュッセウスのキャラクター性は、リアリティあるともいえるかもしれないが、やや作り物的な印象もある。実際には、もうそれがどちらなのかは、確かめようもないことだろうが。
とにかく、けっこう遠くまで逃げてから、自分をからかってきたオデュッセウスの挑発に腹を立てて、「どうかあいつを無事に帰してくれるな」とポリュペモスは、父であるポセイドンに祈る。
そうしてオデュッセウスは、強大な力を持つ神ポセイドンの憎しみを買うことになってしまったわけである。

セイレーン、スキュラ、カリュブディス

 オデュッセウスらの船は、自分に近づく人間を惑わす魔力を持ち、草原に座って、透き通るような声で歌い、人の心を誘惑するセイレーンたちの海域。オデュッセウスは、部下の耳を蝋で塞ぎ、自分は船の柱に縛られることで、そこを越える。
一般的にギリシア神話におけるセイレーンは、人魚として描写されがちだが、オデュッセイアのこの話の部分からは、セイレーンが人魚(半人半魚)なのかははっきりしない。

 セイレーンたちの海域を抜けた後は、不気味な声で吠えるスキュラという怪物の棲家も越える。スキュラを避けようにも、そのとなりは、カリュブディスなるまた別の驚異があり、犠牲は避けられない。

 スキュラは、ぶらぶら垂れている12本の足、すこぶる長い6つの頸部の1つずつに、見るも恐ろしい首が載っている。ぎっしり詰まった歯が3列に並んでいて、胴体の半分は洞窟の中に隠れているが、いくつもの首が穴から出て、獲物を漁る。岩の周りを見渡し、イルカか、さらに大きいもの、海の女神アンピトリテが無数に養っている巨大魚を捕らえることもある。というように説明される。
スキュラという怪物自体はもちろん、海の女神が養っている、イルカより巨大な魚が気になるところか。それはクジラか、あるいはクラーケンなのか。
クジラとイルカ「クジラとイルカ」海を支配した哺乳類。史上最大級の動物「クラーケン」海で最大、島ほども巨大とされた怪物の伝説の起源と変化  カリュブディスは海水を吸い込む何か。日に3度吐き出し、3度吸い込む。カリュブディスが吸い込む時に近くにいる者は、大地を揺るがす神にすら救うことができないとまで語られる。スキュラの岩にぎりぎり近づき、急いで船を進めて通り抜ければ、6人の船員が失われるかもしれないが、(カリュブディスの方を選び)全員失われるよりはよいとも。

神々ははなからオデュッセウスの運命を決めていたのか

 とにもかくにも、危惧されてた通り、スキュラに6人の部下を奪われながらも、オデュッセウスらは次の海域へ。
だが次に着いたトリナキエの島にて、陽の神ヒュペリオンの島で、オデュッセウスの部下たちは、家畜に危害を加えてはならぬという禁を破ってしまう。そのためにオデュッセウスは部下を全員失い、自分自身の帰国も大幅に遅れることになってしまう。
しかしここでの描写は、ゼウスが激しい風で海を荒らして、島からの出発を遅らせたり、助けを祈願するオデュッセウスに神々が眠りを振りかけたりと、(オデュッセウス自身も言っているが)かなり企て感がある。