「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン

大地が浮かび上がる様子

目次

オリンポス山。デルポイの聖地

 古代ギリシア人達は、世界の中で、大地は平たくて、円盤のようなものとしていた。
自分達の国はその中央にあり、そしてさらにその中心には、『オリンポス山』がそびえ立っていた。
『デルポイの聖地』とも呼ばれるこの山は、偉大な神々の住まいでもあったという。

ギリシャ神話の人々の大陸

地中海。エウクセイノス海

 世界は巨大な大海洋に囲まれていた。
その西側では、南から北へ、東側では、北から南へと、ひたすらに流れる巨大な大海洋。
その世界周囲の大海洋こそ、その内部に存在する我々の世界の全ての水の源泉である。

 その我々の世界に存在する二つの海。
西から東へと横切って、大地をニ等分している『地中海』。
それに、その地中海から続く『エウクセイノス海(黒海)』。
その他、内陸に存在する、ありとあらゆる川の水も、全て、元を辿れば、世界の周囲の大海洋から流れ込んできたものであった。
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北のヒュペルボレオス。ギリシアに吹く北風

 大地の北には、『ヒュペルボレオス』という民族が暮らしていた。
彼らは、高くそびえる山々の向こうで、喜びと、永遠の春を楽しみながら、幸福に暮らしていた。
その地は、太陽の光で金色に輝き、風は常におとなしく眠り込んでいるという。
国の人々は病気にかかることもなければ、歳もとらない。
労働も戦争も知らずに、自由気まま。

 しかし陸からだろうが、海からだろうが、中央の国に住まうギリシア人は、そのヒュペルボレオスの国に行くことは決してできない。
また、ギリシアの地に吹く、凍てつくような北風は、ヒュペルボレオスと中央の地を隔てる山々にある、大きな洞窟から吹いてくるものとされている。
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アイティオピアー。神々に愛された者達

 世界の南側でも、大海洋に接する地『アイティオピアー』で、幸福で徳の高い人達が住んでいた。
彼らは、オリンポスの神々からも大きな好意を寄せられていた。
そういう訳だから、神々は時々、アイティオピアーに来ては、そこに暮らす者達と、宴などを共にしたという。

エーリュシオンの原。祝福された人々の島

 世界の西の果てでは、大海洋近くに、『エーリュシオンの原』と呼ばれる地があった。
ここもまた。幸福な土地であるが、ここに暮らす人達は、もともと中央の世界の人たちである。

 エーリュシオンの原は、神様達から目をかけられた人達が連れてこられる場所。
そこでは、死の苦しみがなく、永遠の幸福を楽しむことが出来るとされている。
そのため、この地は、『幸運の野』とか『祝福された人々の島』とも呼ばれている。

オリンポスの神々

神々の館。季節の女神が守る門。ゼウスの召集

 テッサリアのオリンポス山の頂上に、 神々の館はあった。
館の門は雲でできていて、春夏冬の季節を司る三柱の女神達に守られている。
基本的に門が開かれるのは、神々が出入りする時だけ。

 オリンパスの頂上では、雨も雪も決して降らず、嵐に見舞われることはない。
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そして、曇りなき光が昼を照らし、神々は永遠の喜びを味わうことができる。

 偉大な神々の父ゼウスから召集がかかった時は、普段は、オリンポス山から離れて暮らす神々も、一柱らずその宮殿に集まってきたという。

神々の宴。アンブロシア、ネクタル。アポローンとムーサの音楽

 オリンポスの大神達が住まう宮殿の大広間では、多くの神々が、神々の食べ物である『アンブロシア』、神々の飲み物である『ネクタル』を用意して、毎日、宴を楽しんでいた。

 その宴では、美しき女神へーベーが、ネクタルの瓶を持って、酌をしてまわった。
さらに、音楽の神アポローンが竪琴を奏で、その音楽にのせて、ムーサと呼ばれる九柱の女神達が見事な歌を披露した。
宴に参加した神々は、自分たちの身近にあった様々な出来事を語り合った。
そして太陽が沈むと、神々はそれぞれ、自分たちの住まいに帰っていったという。

太陽、月、夜空に輝く星々のサイクル

 太陽も月も、その他、夜空に輝く星々は全て、大海洋の東側から昇り、地上の神々や人々に光を与えながら天空を駆け抜け、大海洋の西側へと沈んでいく。
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星々の神々は、大海洋の西に沈んでくると、そこで翼のついた船に乗り込む。
その船は、世界の北側を巡り、神々を再び、東側へと連れ戻すのだという。

アテーナーとカリスの衣服。ヘーパイストスの道具

 神々の着る衣服は、知恵や芸術の女神アテーナーと、カリスと呼ばれる三柱の美の女神達によって織られている。
カリスの三柱の女神に関しては諸説あるが、美しき水の女神エウリュノメーの娘達である、輝きの女神アグライアー、喜びの女神エウプロシュネー、花盛りの女神タレイアと三柱とするのが、おそらく最も一般的。

 神々の持つ様々な固いものは、オリンポス一の建築技師であり、鍛冶屋でもある、火山の神ヘーパイストス(ウゥルカーヌス)が作った。
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彼は、あらゆる金属を使い、神々の家や、空中や水上を様々な速度で動くことができる黄金の靴など、様々なものを作る事が出来た。

 ヘーパイストスが打った、青銅の蹄鉄を足につけた天馬、神々のニ輪戦車(チャリオット)をひけば、天空や海上を走ることができたとされる。
さらにヘーパイストスは、自分の作品に自動で動く機構を授与させることもできた。
彼が作った三脚の台は、それが椅子にしろテーブルにしろ、オリンポスの宮殿の広間を自由自在に出入りすることができた。
また、彼は、黄金に知力を与え、自らの小間使いとして仕えさせたという。

ゼウスとヘーラー。ヘーパイストスの聖地

 ゼウスはひどい浮気癖があったとされているが、正妻とされてるのはへーラーであり、 彼女は母性を司る女神とされる。
へーラーは、虹の女神イーリスを侍女とし、鳥のクジャクを愛していたという。

 神々の家や武器などを多く作ったとされる天上世界の名工ヘーパイストスは、ゼウスとヘラとの間に生まれた息子だが、生まれつき片足が短かったので、その醜い姿を嫌ったへーラーが天上から追い出してしまった。
あるいは、ゼウスとヘラが喧嘩した時に、ヘーパイストスが母親の方に味方したため、ゼウスが起こって彼を天から蹴落とし、その時にヘーパイストスの片足は短くなってしまったとされる。
いずれにしても、彼は地上に落とされ、足が短かったようだ。
そして彼が落ちた場所は、『レームノス島』であり、この島は『ヘーパイストスの聖地』とされている。

アプロディーテ。キュプロス島。エロース

 愛と美の女神アプロディーテ(ヴィーナス)は、ゼウスのディオーネーどの間に生まれた娘。
あるいは海の泡から生まれたとされる。

 ある時、アプロディーテは、西風(ゼピュロス)に運ばれ、『キュプロス島』にたどり着いた。
その島で彼女は、季節の女神達に迎えられ、美しい衣を着せられて、神々の集う宮殿へと連れて行かれた。
宮殿の神々は、彼女の美しさにすぐに心を奪われ、自分の妻にしたいと望んだが、ゼウスは彼女を、醜いヘーパイストスに与えた。
自身の雷や、最強の盾アイギスなど、様々なものを作った仕事を労っての事だったとされる。

 愛の神エロース(クピードー)は、アプロディーテの息子とされている。
愛というのは、彼に矢を打たれた時に発生する感情だという。
ここで少し奇妙なのが、このエロース(愛)は、世界が創造されたばかりの時代にはすでに存在していた説がある事。
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ギリシア世界創造神話

混沌、カオスとは何か

 世界ができて初期に誕生した神々は、それを司るものそのものともされる。
例えば、愛の神エロースは、愛という感情そのもの。
夜の神ニュクスは、夜そのもの、というような感じである。

 創造神話のパターンはいくつかあるが、いずれも、最初に作られたもの、あるいは最初に存在していたものが、混沌(カオス)であったということだけは共通している。

 混沌とは、形のない魂。
ただ重いだけの不動の塊。
陸、海、空、とにかく後に、世界のものとなる要素全てが混ざり合った存在。
どんなものでもなく、どんなものでもあるということ。

クロノスとレアー。ウーラノスとガイア

 あらゆる神々と人間たちの父はゼウス、あるいはユピテル(ジュピター)である。
そのゼウス(ユピテル)の父が、大地の神クロノス(サートゥルヌス)で、母親が大地の女神レアー(オプス)であった。

 クロノスとレアーは、『ティーターン(タイタン)神族』である。
ティーターン神族は、ウーラノス(天空神)とガイア(地母神)から生まれた神々で、ウーラノスとガイアはまた、全てを超越した混沌神カオスから生まれたとされる。

 だとすると、この世界には最初、混沌のみがあったのだろうか?

大地と暗黒があり、まず愛が生まれた

 別の世界創造説もある。
例えば最初に存在していたのは、大地(ガイア)と暗黒の神エレボス(タルタロス)だったという説。

 まず混沌(カオス)があり、続いてガイア(大地)が生まれ、次に地下の冥界(タルタロス)が生まれた。
そして、美しきエロースが生まれた。
または、カオスより生まれたものは、暗黒(エレボス)と暗き夜(ニュクス)。
さらに夜より、天の気(アイテール)と、光(へーメレー)が生まれた。

 世界はそのようにして始まった。
 
 あるいは、ある時、やはり混沌に満ちた暗黒の大地を漂っていた、夜(ニュクス)の卵から、愛(エロース)が生まれた。
そして愛は、その手に持っていた、矢と松明で、全てのものに生気を与え、生命と歓喜を生み出した。

ティーターン十二神

 クロノス以外の男のティーターン神族として、海神オーケアノス、太陽神ヒュペリーオーン。
レアー以外の女のティーターン神族として、法の女神テニス、記憶の女神ムネーモシュネーなどがいる。

 ティーターン神族はもともと、世界の様々なものを司っていた神々なのだが、後にその役割をオリンポスの神々に、取られたか、譲り渡し、それからは古い神々として語られるだけの存在になってしまった者達ともされる。

 単にウーラノスとガイアの間に生まれた十二柱の神々、オーケアノス、コイオス、クレイオス、ヒュペリーオーン、イーアペトス、クロノス、テイアー、レアー、テミス、ムネーモシュネー、ポイベー、テーテュースを指すともされ、その場合は、『ティーターン十二神』と呼ばれる。
ディオーネーやポルキュースが含まれるとする説もある。

 ティーターン十二柱に加え、ヘーリオスやセレーネーやエウリュノメー、プロメーテウスやオピーオーンなど、ゼウスに与しない神々をティーターン神族とする場合も多い。

ティーターン神族との戦い

 オリンポスを元々支配していたのはオピーオーンとエウリュノメーだとする説もある。
やがてこの二柱は、クロノスとレアーに王位を奪われた。
そしてそのクロノスとレアーも、後に王位をゼウスに取られてしまった。

 クロノスの治世は、罪のない清らかな黄金時代だったとされるが、一方で、彼は自分の子供をむさぼり食う怪物神だったいう話もある。
ゼウスは、この父に食われる運命であったが、そこから逃れ、成長し、思慮の女神メーティスを妻に娶った。
メーティスは、義父であるクロノスに薬を飲ませ、彼が飲み込んでしまった、夫の兄や姉たちを吐き出させた。

 それからゼウスは、吐き出された兄や姉たちと共に、父クロノスとティターン神族とに対して反乱を起こした。

 激しい戦いに勝利したのはゼウスたちであった。
そして彼らは、征服したティーターンの神々に、様々な罰を与え、世界を乗っ取ったわけである。

ゼウス、ハデス、ポセイドーンの世界分配

 ティーターン神族との戦いに勝利した後、ゼウスは、兄であるハデス、あるいはプルートーン(ディース)と、ポセイドーン(ネプトゥーヌス)と共に、世界の支配領域をわけ合ったとされる。
ポセイドーンは弟という説もある。

 三柱は、地上とオリンポスを共有の領土とし、ゼウスは空、ポセイドンは海、ハデスは冥界を支配する事になった。
これは話し合いとかでなく、くじで決めたという説がある

世界創造。より具体的なシナリオ

世界の始まり

 全てのものが一体となっていたカオス状態。
やがて神々である大自然が、間に入って、この混沌を終わらせた。
あるいは、この混沌は勝手に終わったという。

 混沌から海と陸と天が別れた。
そうなった時に燃えていた部分が一番軽かったので、その部分が舞い上がって、空となった。
空の次に、空気、それよりも重い陸は下へ落ちた。
さらに水が、陸よりもさらに下へ沈み、一番低いところで、陸を支えることとなった。

 それから神か、あるいは神々は陸地を整理した。
山を起こし、谷をえぐり、森や泉や荒野をあちこちに置いた。
空気は澄んできて、星が輝き始め、魚は海を、鳥は空を、獣は陸を、それぞれ自分たちのものとした。
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創造の神プロメーテウスの火

 高度な動物として、人間は作られることになった。
創造の神プロメーテウスは、自分と同じ材料で人間を作った。
あるいは、天から別れたばかりの土の中に、まだいくらか天上の種子が宿っていたから、プロメーテウスはその土を使った。

 最初に作られた人間は、みんな男だったとされる。

 プロメーテウスと、その弟のエピメーテウスは、ティーターン神族で、人間を作ったり、人間や他の様々な動物に、それらの者達が生きていく上で、必要な能力を与えてやったりする仕事を任されていた。
エピメーテウスがまずこの仕事をやり、その後プロメーテウスが出来上がった者たちを監督するということになっていた。
そこでエピメーテウスは、様々な動物に、勇気とか力とか速さとか 知恵とか、いろいろな贈り物を与えた。
あるものには翼、あるものには鉤爪、あるものには殻。
そしていよいよ人間の番になった。
しかしあらゆる動物よりも優れたこの人間には、いったい何を与えるべきか。
エピメーテウスは少し気前がよすぎて、もう手持ちの贈り物はほとんどなくなってしまっていたのだ。

 困ったエピメーテウスは、兄であるプロメーテウスに相談した。
事情を聞いたプロメーテウスは、アテーナーの助けを借りて、天に昇り、松明に太陽の火を移した。
そして彼は、それを人間に与えたのだった。

最初の女パンドーラー

 火を与えられたことで、人間は他の動物を寄せつけない圧倒的な存在となった。
火を使い、武器を作れるから、それで動物を征服することもできたし、道具を作って、土地を耕すこともできた。
住居を暖め、寒さをしのぐこともできる。
様々な芸術も生み出せる。
さらに、貨幣を鋳造し、複雑な社会を形成する事もできた
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 だが天の神々は、天から火を盗み、しかもそれを受け取った人間たちを許さなかった。
ゼウスは、彼らを罰するために、女を作ったという。

 最初に作られた女はパンドーラーと呼ばれていた。
彼女は天で作られ、アプロディーテーは美しさ、ヘルメースは説得力、アポローンは音楽を、という具合に、神々からひとつずつ授かりものを受けて、完璧な存在となった。

エピメーテウスの失敗。パンドラの箱

 「ゼウスとゼウスの贈り物には注意しろ」、とエピメーテウスは兄から警告されていたが、彼は与えられたパンドーラーを喜んで妻にしてしまう。
エピメーテウスの家には、あらゆる有害なものを封印した壺が置いてあった。
有害なものなんて、人間には必要はないだろうから封印しておいたのである。

 だが、パンドーラーは強い好奇心にかられ、この壺にはいったい何が入っているのかと思い、その蓋をとってしまった。
すると中から、病気や嫉妬や復讐といった、ただ苦労の種となるようなあらゆるものが放たれ、広まってしまった。
パンドーラーは慌てて蓋を閉じたが、その中にはもう全然何も残っていなかった。
しかしただひとつだけ。
残っていたのが、希望だった。
だから、どんな災いが世界にはびころうとも、希望だけはけっして人々を見すてないのである。

 パンドーラーに関しては、ゼウスが人間を祝福するために贈ってきたという説もある。
彼女は神々からの祝いの品物が入った箱を持っていた。
だが彼女は、ついその箱を開けてしまったため、贈り物はみんな飛び出してしまい、希望だけが残った。

意志の力の象徴。肝臓を喰らう不死のワシとプロメーテウス

 プロメーテウスとエピメーテウスは、イーアペトスの息子とされる。
プロメーテウスは、ゼウスが人間にひどく腹を立てた時にも、人類のために仲立ちをしてくれたり、人類に文明や技術を与えてくれたりしてくれたとされる。
しかしそのために、彼はゼウスの怒りをかい、カウカソス山の岩の上に鎖で縛られてしまった。

 縛られたプロメーテウスの元には、定期的に不死のタカがやってきて、彼の肝臓を食ってしまう。
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だがプロメーテウスの肝臓は食われてしまっても、すぐにまた新しいのが生えてくる。
実はそうした苦しみは、プロメーテウスがついに全てを諦め、ゼウスに服従する気になってさえいたら、いつでも終わらせることができた。
プロメーテウスは、ゼウスの王位の安全に関するある秘密を知っていたから。
その秘密を漏らすことで、彼はすぐにでも、ゼウスの機嫌をとり結ぶことができたのである。
だが、彼は、それを潔しとしなかった。
だから彼は、ひたすら苦しみ続け、人々は彼を、不当な苦しみに対する高潔な忍耐力とか、暴虐に反抗する意志の力の象徴とするのだ。

先を知る者だけが知っていたゼウスに関する秘密

 プロメーテウスが知っていた、ゼウスに関する秘密とは、 未来においてゼウスの地位を脅かす、ゼウス自身の子の存在だとされる。
プロメーテウスは「先を知る者」 であり、ゼウスの天下が永遠に続かないことも、もう知っていたのだ。

人間の時代へ

黄金の時代。真実と正義だけの幸福な時代

 世界に人間が作られ、最初は罪悪などない幸福なだけの、『黄金の時代』であった。
真実と正義が誰からも尊ばれ、法律や刑罰なんてものは必要すらなかった。

 森も、人間から木を盗み取られて、物の材料になったりすることはなく、剣とか槍とかいった武器もなかった。
大地は、人間が耕したり、種をまいたりしなくても、必要なものを何でも生み出してくれた。
季節はずっと春で、草花はいつでも生え揃い、川にはミルクやぶどう酒が流れ、樫の木からは蜂蜜が滴り落ちていた。

銀の時代。季節を知り、家を持った時代

 やがてゼウスが春を縮め、一年をいくつかの季節に分けたことで、『銀の時代』となった。
人間は厳しい暑さや寒さを知り、家が必要となった。

 洞窟が最初の住居となって、それから木の葉に覆われた隠れ場所が、そして小枝を編んで作った小屋が家となった。
農作物は栽培をしなければ成長しなくなり、農夫達は種をまかねばならなくなった。
牛も喘ぎながら、鋤をひかねばならなくなったのである。

青銅の時代。武器と争いが生まれた時代

 人々が争いを覚えた時、銀の時代も終わり、『青銅の時代』となった。
人々の気性は荒くなり、何かと言えば、すぐに武器を手にして争った。

 だがまだそれでも、完全に何もかも邪な世の中というほどではなかった。

鉄の時代。邪悪な欲望に支配された暗黒時代

 最も荒んだ、最も悪い時代は、『鉄の時代』である。

 真実も名誉も、罪悪の洪水に押し流されてしまった。
そしてそれらの美徳に変わり、欺瞞や暴力や、邪悪な欲望が溢れかえってしまった。
木は森や山から切り出され、船の材料にされた。
船乗りたちは、帆を張っては風をかき乱し、海を荒らした。
それまでは共同で耕されていた土地も分割され、私有財産にされ始めた。
人々は表面上のものだけでは満足できなくなり、大地をえぐって、そこから様々な鉱石を引きずり出し、それらは有害なだけの鉄や黄金となった。

 人々は鉄で武器を作り、黄金で賄賂を行い、あちこちで戦争が起こった。
誰もが、友人も家族も信じられなくなった。
子供たちは財産欲しさに親の死を願い、愛なんてものも地に落ちた。
大地は殺戮の血で染まり、神々も次々と地上を見捨てて消えた。
そして、最後まで残っていた正義の女神アストライアーもついに去り、地上に神はいなくなった。

天の宮殿と天の川。ゼウスの決定

 ゼウスは地上のひどい有様を見て、心を怒りに燃えあがらせた。
そして神々を、天の宮殿へと招集した。

 天の宮殿に続く道は『ミルキーウェイ(天の川)』と呼ばれていて、澄み渡った夜なら、地上からでも確認できる。

 ゼウスは集まった神々に、地上の恐ろしい状態の説明を始め、 その最後に、宣言した。
「この地上の住民達を一人残らず滅ぼし、その後に全く新しい種族を住ませることにしよう。そうすればその者たちは、もっとましな生涯をおくり、もっとがあつく神々を崇拝するであろうから」

大洪水神話

 ゼウスは最初、雷の矢を地上に放ち、世界を焼き払おうとしたが、そんなことをすれば、大火事が天にまで危険を及ぼす可能性があった。
そこで思い直したゼウスは、新たに世界を大洪水で溺れさせようと考えた。

 ゼウスは天上から、大量の雨を降らし、ポセイドーンにも協力を要請して、海や川を氾濫させてもらった。
ポセイドーンはさらに地震を起こし、水が海にすぐかえってこないようにコントロールもした。
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 やがて地上は、パルナッソス山だけを残し、全て水中に没してしまった。
パルナッソス山では、プロメーテウスの息子デウカリオーンと、エピメーテウスの娘ピュラーが避難し、生き残っていた。
ふたりは正直者で、神々の忠実な崇拝者でもあった。
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デウカリオーンとピュラーへのテミスの神託

 ゼウスは、地上でデウカリオーンとピュラーのみが生き残ってることを確認して、雨を降らせていた雲を、北風に吹き払わせた。
ポセイドーンも、息子のトリートーンに、合図の法螺貝を吹き鳴らさせ、水をひかせた。
 
 唯一生き残ったはいいものの、途方にくれた夫婦は、朽ちた神殿を訪れ、神託を求めた。
そしてテミスの女神像の前に、ひれ伏したふたりに神託がくだる。
「顔を覆い、衣を解いて、あなた達の母の骨を背後に投げなさい」

大地こそ万物の大いなる母。石から生まれた我々の先祖

 ピュラーはすぐに言った。
「このお告げに従うことはできません。母の遺体を汚すなんてこと、私にはとても」
デウカリオーンも同じ気持ちだった。

 しかし神々のお告げが、そのような不敬なものではずはない。
何か意味があるのだと二人は考えた。
そして、そのうちにデウカリオーンはある考えに行きついた。
「この大地こそ万物の大いなる母、つまり我々の母でもある。ならば、石はその骨なのだ。私たちはこの石を、ただ後ろに投げればよい。きっとそれがお告げの意味だ」

 そうに違いないと、ふたりは石を拾い上げ、顔を覆い、衣を解いて、その石を背後に投げた。
すると投げられた石はだんだんと柔らかくなり、そのうちに人間の形になった。
水分と泥が肉として取り込まれ、石の部分が骨となった。
男の手で投げられた石は男となり、女の手で投げられた石は女となった。
こうして作り出された新たな人間は、たくましく、労働によく適していた。
これが今日の我々の先祖なのだという。

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