ヒンドゥー教とは何か。インドの神話、伝説
どの神が、どの神の配偶者であり、どの神が子供であるか。
そういう神々の系譜について、インド人達が関心を持ち始めたのは、ヒンドゥー教の時代になってからだとされている。
ただしヒンドゥー教という宗教が、いつ形成され、人々に広く進行されるようになったのかに関しては、意見が一致しない。
ヒンドゥーとは、本来ペルシア人達が、インド人達を指していた言葉。
このヒンドゥーはさらにギリシャにて、インドと呼ばれるようにもなった。
つまりは、ヒンドゥー教とは、インドの宗教そのものを指すのである。
ヒンドゥー教、インド神話は、 インドにおいて誕生したいくつもの伝説の物語が 混じり合ったものなので、多くの矛盾を含んでいたりもする。
トリムールティ、三神一体。ヴィシュヌ派、シヴァ派
ヒンドゥー教の主神は通常は、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァとされていて、これら三大の神は、トリムールティ(三神一体)と呼ばれる。
ブラフマーは、最高神であり、宇宙の創造を司っている。
ヴィシュヌは、この宇宙を維持している存在。
そしてシヴァは、新たな創造のために、今の宇宙を破壊する存在。
しかしブラフマーは、その存在自体が、抽象的すぎたゆえか、人々の支持をあまり得られず、ヴィシュヌ、シヴァと比べれば、だんだんと、人気を落とし、中世の頃には、もうすっかり威厳を失ってしまっていたそうである。
またヒンドゥー教には様々な宗派があるが、主としてヴィシュヌを最高神とする場合、それをヴィシュヌ派。
シヴァを最高神とする場合、それはシヴァ派とされる。
基本的に、ヴィシュヌ派は、シヴァをヴィシュヌの単なる一側面として、シヴァ派は、ヴィシュヌをシヴァの単なる一側面としているという。
ヴィシュヌ。繰り返す世界に現れる化身
チャクラム、棍棒、法螺貝、蓮の花
ヴィシュヌの名は、「広く行き渡る」という意味
他には、ナーラーヤナ(宇宙の水を住居とする者)、アチユタ(不死者)、チャトゥルブジャ(四つの武器を持つ者)などの別名も持つ。
世界の中心にあるらしい、 黄金と宝石に溢れた天国、ヴァイクンタに住むとされている。
かつてのインダス文明を侵略し、滅ぼしたとされるアーリア人が、 光り輝く太陽をイメージして考え出し神だという。
腕を4本持っているとされる。
ひとつの手は、チャクラムという、輪っか型の投擲武器。
ひとつの手は、棍棒。
ひとつの手は、法螺貝
ひとつの手は、蓮の花、を持っている。
チャクラムは武器で、棍棒は権力の象徴ともされる。
法螺貝は、正式名をパンチャジャニヤといい、もとは海底に住む悪魔、であったが、ヴィシュヌの化身で有るクリシュナにタイジされ、その身を貝にされたのだという。
だから。この法螺貝の音色は、悪魔達を怯えさせると言われる。
蓮は、古くからインド宗教において、再生と創造のシンボルとして神聖視されてきた植物。
龍の上に寝ていたヴィシュヌ
主にヴィシュヌ派に伝わる神話では、かつて宇宙が混沌の海であった頃。
ヴィシュヌは、アナンタという千の頭を持つヘビ(龍)の上で眠っていた。
ある時に、彼のヘソから、蓮の花が咲き、そこからブラフマーが誕生した。
また、ヴィシュヌの額からは、シヴァが誕生したのだという。
ダシャーヴァターラ。十のアバターラ
ヴィシュヌは温和、親愛の神とされ、世界のダルマ(正義、道徳)が乱れ、アダルマ(不正義、不道徳)が増大した時に、そのアバター(化身)を世に出現させ、世界を救うとも言われる。
そういう事は、これまで何度もあったようである。
例えばブッダ(釈迦)も、ヴィシュヌのアバターのひとつという説がある。
「釈迦の生涯」実在したブッダ、仏教の教えの歴史の始まり
アバターの数も、諸説あるが、特に有力とされているのが10あり、ダシャーヴァターラ(十化身)と呼ばれている。
ダシャーヴァターラと呼ばれる十の化身は以下の通り。
マツヤ(魚)。
クールマ(亀)。
ヴァラーハ(猪)。
ナラシンハ(人獅子)。
ヴァーマナ(侏儒(小人))。
パラシュラーマ(斧を持ったラーマ)。
ラーマ(ヒンドゥー教の聖典のひとつとされる叙事詩、ラーマーヤナの主人公。アヨーディヤー出身の王子。パラシュラーマとは別人)。
クリシュナ(闇)。
ブッダ(仏陀)。
カルキ(永遠)。
マツヤ。ヒンドゥーの洪水伝説
ある時、ブラフマーの息子マヌが、川に手を浸した際に、一匹の魚が、手の中に入ってきた。
彼はすぐに、その魚を川に返そうとしたが、魚は、「川に戻さないでくれ、大きな魚に食われてしまうんだ」と頼んできた。
マヌは魚を哀れに思い、壺に入れて買うことにした。
しかし魚はまたたく間に大きくなり、壺では狭いと、池に放してやった。
だが、魚はさらに成長を続けたので、今度は池から湖に移してやった。
それでも成長する魚を、マヌはついには海へと放った。
そして、海でもさらに成長を続けるその魚を見て、マヌはついに、魚がヴィシュヌの化身であることを悟った。
魚のヴィシュヌは、マヌに告げた。
「七日後に世界は大洪水に見舞われる。地上はすべて水の底に沈んでしまうが、お前は船を準備して助かるがよい」
その予言通り、七日後に大洪水が起こり、人類の中で唯一生き残ったマヌは、その祖となった。
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クールマ。永遠の命の霊薬
ある時、地上で権力を振るっていた神々は、 徐々に、魔族アシュラに脅かされるようになっていた。
神々は、自分達が住む、世界の中心にあるという、メール山(須弥山)に集まり、アシュラへの対策について話しあった。
神々は結局、最高神たるヴィシュヌに助けを求め、ヴィシュヌは、神々の勢力を維持しようと、ある策略を企てる。
ヴィシュヌは、神々と魔族を招集して、「永遠の命を保証する霊薬アムリタを手に入れようではないか」と提案。
世界中から、あらゆる植物が集められ、大海に投げ込まれた。
そしてマンダラ山に、ヴァースキ龍を巻きつけ、そのヴァースキ龍を神々と魔族が綱引きのように引き合う事で、大海をかき混ぜる。
ヴィシュヌは、そのかき混ぜ棒代わりのマンダラ山を軸受けとなる巨大な亀となったのだという。
やがて、霊薬が完成すると、神々と魔族達との間に、それをめぐる争いが起こったが、ヴィシュヌは、一旦魔族達がそれを手に入れたところで、美女に変身し、魔族を誘惑して、霊薬を神々のものとした。
こうして神々は、永遠の生命を得たそうである。
ヴァラーハ。大地を持ち上げる
大地が水中に没していた時の事。
マヌは、大地を再び、水中から引き上げてくれるように、ブラフマーに頼んだ。
ブラフマーはその願いを聞き入れたが、方法がわからなかった。
そこでブラフマーもまた、ヴィシュヌに、再び大地を陸地としてくれるように願った。
すると、ブラフマーの鼻の穴から、いきなりイノシシが現れて、あっという間に大きくなり、その巨大な牙で、大地を持ち上げたという。
ナラシンハ。獣でも人でもなき者
イノシシのヴィシュヌが大地を持ち上げた時、巨人魔族ダイティヤのひとりヒラニヤークシャ(黄金の眼を持つ者)が棍棒を持って、イノシシに襲いかかったが、あっさりと返り討ちにあってしまったという。
そのヒラニヤークシャの兄であった、ヒラニヤカシプ(黄金の布をまとった者)は、イノシシのヴィシュヌに殺された弟の死を嘆き、復讐を誓った。
ヒラニヤカシプは、ヴィシュヌに復讐する力を得るために修行を開始したが、それに伴い、地上に火災が発生し、世界中が苦しんだ。
そこでブラフマーが、ヒラニヤカシプに対し、「なんでも願いを叶えてやるから、もう修行を止めてくれ」と告げた。
ヒラニヤカシプは、「それならば、どんな人間にも獣にも神にも、決して俺を殺すことができないようにしてくれ」と頼み、ブラフマーは、その望みを叶えてやった。
そうして、無敵の力を得たヒラニヤカシプは、すぐに魔王となり、三界を征服した。
ヒラニヤカシプには、四人の息子がいたが、その内のプラフラーダは、父の敵であるヴィシュヌを信仰していた。
やがて、この息子を憎んだヒラニヤカシプは、彼を殺そうと、怒りまかせに。宮殿の柱を蹴り砕いた。
するとそこから、人間でも獣でもない、人獅子が現れ、鋭い爪で魔王を切り裂いた。
その後、ヒラニヤカシプの息子でありながら、厚い信仰心を持つプラフラーダにヴィシュヌは、「願いを申せ」と言った。
プラフラーダは、「願わくば、父の罪が全て清められんことを」と願った。
ヴィシュヌは、「汝はまことに、私の信者達の鑑だ」と答えたという。
ヴァーマナ。世界の全てをとる小人
ある時、巨人の魔族王バリは、苦行によって無敵の力を得て、インドラ神の都を攻撃。
都に住まう神々を追い出してしまった。
結果、バリ王は、三界とも呼ばれる、天界、地上、地底界の全てを支配するようになった。
それから、神々の母アディティは、ヴィシュヌに救済を願った。
それを受けてヴィシュヌは、アディティの息子として生まれ、婆羅門(司祭)の身なりで、魔王バリの宮殿を訪ねた。
可愛らしい小人が、自分を褒め称えるのに、気をよくしたバリ王は、「望みのものを与えようではないか」と告げた。
小人は、「それならば、三歩で歩けるだけの土地を頂きたい」と願った。
バリ王は、笑いながら、部下の「奴はヴィシュヌの化身かもしれない」 という忠告にも耳を貸さず、まんまと小人の願いを聞き入れた。
すると小人は、いきなり巨人に変わり、第一歩で地上の全てを跨ぎ、第二歩で天界の果てまで踏みしめ、第三歩で、バリ王の頭を踏みつけて、地底界に封じ込めたのであった。
パラシュラーマ。クシャトリヤの時代
ヴァルナやカーストと呼ばれる、バラモン、クシャトリヤ(王族、武人)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(奴隷)の四階級身分の内の、クシャトリヤが世界を制圧した時代。
ブリグ族の聖者ジャマダグニの息子として生まれたのが、パラシュラーマ。
パラシュラーマは斧の達人であり、その生涯において、クシャトリヤとよく敵対し、最終的には、一時期、世界からクシャトリヤを失わせてしまったともされる。
ラーマ。羅刹と敵対した王子
叙事詩ラーマーヤナの主人公であるラーマは、 インド文化において、理想的人間像とされている英雄である。
ラーマは、古代インドに存在したとされるコーサラ国の首都であったアヨーディヤーの出身。
ラーマが生まれた時代、神々は、苦行によって 強力な力を得た羅刹王の非道に悩まされていた。
助けを求めてきた神々に、ヴィシュヌは、人間の姿となり、羅刹王を殺すと約束。
そして、ヴィシュヌは神々に約束した通り。
後に羅刹族と戦う英雄王子ラーマとして、地上に生まれたのだった。
クリシュナ。黒き英雄の多彩な能力
クシャトリヤ(武人階級)の英雄とされ、叙事詩マハーバーラタにも、主人公アルジュナ達の王子軍参謀として、登場する。
この神は非常に人気が高く、広く信仰されてきたという。
また、実在の英雄をモデルとしている説もある。
生まれつき、その体は真っ黒だったので、「闇」、あるいは「黒き者」という意味の、クリシュナの名を与えられたのだという。
幼い頃から、彼に殺されるという予言を聞いていた王に従う魔族達に、たびたび命を狙われたが、その強力な力で、全て返り討ちにしてしまったとされる。
クリシュナは、その優れた容姿と武勇により、多くの恋人や妻を得たが、その一人一人を、分身する事で、同時に相手したりした。
また、お相手の夫を、変身能力で欺いたりと、かなりその能力を、俗物的な目的で使っていたようである。
ブッダ。異端宗教の役割
仏教はヒンドゥー教からすれば異端である。
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実際に、ヒンドゥー教の立場からすれば、ブッダこと釈迦として化身したヴィシュヌは、異端の宗教をあえて開いたのだという。
これは、魔族に悩まされる神々のためであったとされる。
つまり、ブッタとして生まれたヴィシュヌは、異端宗教に、魔族達を引き込むことで、その力を失わせた訳である。
カルキ。時代サイクル思想
ヒンドゥー教的世界観においては、世界は周期的に生成と消滅を繰り返すとされる。
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そのような思想をユガと言う。
基本的には以下のサイクルだという。
一期、クリタ・ユガ。
正義が世の中を支配し、人は病気に苦しむこともなく、あらゆる目的を達成できる。
二期、トレーター・ユガ。
正義がクリタ・ユガに比べて、1/4欠けた時代。
三期、ドヴァーパラ・ユガ、
クリタ・ユガに比べ、 正義が半分となり、混乱が激しくなった時代。
四期、カリ・ユガ。
正義が失われつつあり、寛容や誠実や慈悲の心が忘れられてしまった時代。
ギリシア神話の時代の流れと少し似てるかもしれない。
「ギリシア神話の世界観」人々、海と大陸と天空、創造、ゼウスとタイタン
今は、カリ・ユガに近づいているというのが、通説である。
そうして、地上に悪が満ち、世界が危機に瀕した時に、カルキは現れ、世界の悪を滅ぼす。
そして、その後は悪の滅びた世界で、再び黄金時代が始まる。
カルキという名前には、「汚物を破壊する者」という意味もあるとされる。
シヴァ。再生のために全てを破壊する神
暴風雨神ルドラ
シヴァは、創造神かつ破壊神。
三界の全てを支配する王ともされる。
シヴァは、また、嵐を起こし、世界を破壊する暴風雨神ルドラ(咆哮する者)の別称ともされる。
シヴァという存在自体、ヴィシュヌの最後のアバターであるカルキに近い。
ただしシヴァは、悪も正義もない。
ただ、その全てを破壊し、その後の、再生の土壌を形成するのである。
修行僧の姿。多くの異名
シヴァは、青白い体に、虎の皮をまとい、首には蛇を巻きつけた姿で、よく描かれるという。
「ヘビ」大嫌いとされる哀れな爬虫類の進化と生態
普通その手には、稲妻の象徴とされる三叉槍を持つ。
ギリシア神話のゼウスやポセイドンの武器との関連はあるだろうか。
「ギリシア神話のアイテム一覧」武器、防具、道具。神々の品
シヴァの姿は、典型的な修行僧だともされる。
さらに、額には第三の眼があり、この眼は火炎を放射する武器なのだとされる。
シヴァはまた、バイラヴァ(恐怖の殺戮者)、ハラ(万物の破壊者)、パシュパティ(獣の王)、ガンガダーラ(ガンジス川を支える者)、シャルベーシャ(有翼の獅子)などといった、様々な異名を持つ。
その数は、1000を超えるとされていて、それら一つ一つの名前は全て、その時々における、シヴァの属性を示しているのだという。
シヴァとヴィシュヌとブラフマー
昔、 混沌の海をさまよっていたヴィシュヌの前に、突然生じた光の中から、ブラフマーが姿を見せた。
ヴィシュヌもブラフマーも互いに驚いた。
なぜなら彼らは、それぞれが、自分こそがこの宇宙で最初の神であり、万物の創造者であると信じていたからだ。
それなのに、互いに、自分よりも先に存在していたかもしれない相手と出会い、衝撃を受けた訳である。
ヴィシュヌとブラフマーが、どちらが真の創造神であるかを決めるために口論する中、あらたに彼らの周囲に、閃光が生じ、巨大な、リンガと呼ばれる、生命を象徴する置物が現れる。
ヴィシュヌは猪となり深く潜水し、ブラフマーは白鳥となり飛び上がり、そのリンガの果てを見てやろうとしたが、 いくら飛翔しようと思う いくら潜ろうとも、その果てが見える気配もない。
そこで自分達以上の能力を超越したような存在を、ヴィシュヌもブラフマーも、認めざるをえなくなった。
そして、突如炎に包まれたそのリンガから、1000本の手と1000本の足と、3つの眼を持つ、シヴァが現れたのである。
シヴァは、雷鳴のような声で告げたのだという。
「聞け。我々は本来は一体であったが、 ブラフマーは私の右腰から生じて、ヴィシュヌは左腰から生じたのだ。 後には、ブラフマーはヴィシュヌのヘソから生まれ、私はヴィシュヌの額から生まれるだろう」
それから、またシヴァは消え去ったのだという。