「サイクリック宇宙論」繰り返す宇宙モデルの基礎知識

ブレーンワールド

ビッグバンは別世界の衝突か

 1999年8月19日。
ケンブリッジの、アイザックニュートン数理科学研究所の講義室で、 ペンシルバニア大学のバート・オヴルトは、超弦理論(superstring theory)に関する講演をおこなっていた。
11次元理論「超ひも理論。超弦理論」11次元を必要とする万物理論  後に『サイクリックモデル』を提唱するポール・J・スタインハートとニール・トゥロックは、どちらもこの講演を聞いていたが、席は離れていた。
ふたりは普通に知り合いであったが、この時までに共同研究についた事はなかったという。

 オヴルトは、ある形式の超弦理論から、素粒子に関する新しい理論が導かれることを説明していた。
彼の語っていた、超弦理論によると、この我々の三次元世界とは別に、我々のものとは違う三次元世界があり、隣り合っているふたつの世界は四次元の隙間によって、重力以外のあらゆる影響が閉ざされているという。
素粒子論「物質構成の素粒子論」エネルギーと場、宇宙空間の簡単なイメージ四次元「四次元空間」イメージ不可能、認識不可能、でも近くにある そのような四次元の隙間は余剰次元(Extra dimension)と呼ばれ、通常、弦理論の法則では、原子や光が、 その方向に行くことは禁じられている。

 講演が終わった後、スタインハートとトゥロックは、オヴルトに聞いた。
「ふたつの世界が余剰次元の方向に動ける、という可能性はないのですか?」
「もし動けるとしたら、ビッグバンは、ふたつの世界の衝突として説明できるのではないでしょうか?」
ビッグバン「ビッグバン宇宙論」根拠。問題点。宇宙の始まりの概要

インフレーションモデル、サイクリックモデル

 様々な証拠によって、ビッグバン理論というのは説得力を持っていたが、問題がなかったわけではない。
代表的な問題は3つ。

 ひとつが、「一様性問題」
これは全体的に見ると、宇宙全体でかなり均一に星々が分布しているように思えることである。
現在の観測データからなどから、ビッグバンから1秒後には、宇宙は数光年程度の大きさはあったと考えられている。
しかし、相対性理論の制約により、光速度よりも早く情報が伝播することはないので、宇宙の初期の短い時間に、粒子がその数光年の宇宙に、均一に散らばる時間などないはず。
時空の歪み「特殊相対性理論と一般相対性理論」違いあう感覚で成り立つ宇宙  次に「非一様性問題」
一様性問題は、宇宙がそもそも誕生した瞬間から一様な状態で発生していたとすれば解決するが、問題はその場合、領域ごとの密度の違いが、重力によって銀河などの構造を生み出しそうにない。
生み出すとしても、やはりそれが確認できる時代までには時間が足りないだろう事。

 そして「平坦性問題」
相対性理論的には、宇宙空間の曲率が平坦であるには、かなり絶妙なレベルで膨張速度とエネルギー密度がバランスを保っていなければならない。
つまり平坦である可能性はほぼ皆無なのである。
ところが、様々な観測データから、どうも曲率は平坦であるらしい事が明らかとなっている。
平坦性は絶妙なバランスで保たれているのだろうか。
そういう事なら、もうこれは偶然でなく、神様の存在を認めた方がいいような気さえしてくるようなもの。
神はいるか「人はなぜ神を信じるのか」そもそも神とは何か、何を理解してるつもりなのか  インフレーションモデルは、上記の問題を全て解決出来るものであったから、大きな支持を集めた。
インフレーション「インフレーション理論」ビッグバンをわかりやすくした宇宙論  サイクリックモデルは、インフレーションモデルと同じく、やはりビッグバン理論の様々な問題を解決出来る宇宙モデルとして、後から登場した。

どのようなサイクルか

 サイクリック宇宙モデルでは、 ビッグバンという瞬間が何度もあった。
宇宙は何度も何度も繰り返し誕生してきて、これからも何度も何度も繰り返し誕生する。

 基本的に宇宙は、高温から低温、高密度から低密度、一様から非一様へ、そしてその逆の変化を、おそらく1兆年ほどの周期で繰り返す。
その繰り返すサイクルは、6つの段階で構成される。

ビッグバン

 まず、サイクリックモデルにおいては、温度と密度が無限大になる瞬間というのは存在しない。 

 ビッグバンの前、 ダークエネルギーの崩壊によって、空間は平坦になり、エネルギーは滑らかに広がっていた。
ビッグバンの時、広がるエネルギーの一部が、超高温の物質と放射へと変化する。
その温度があまりにも高いため、通常の物質は、クォークと電子に分解される。
中間子「中間子理論とクォークの発見」素粒子物理学への道  高エネルギーの衝突が様々な粒子を生成するが、空間の構造自体はビッグバン前後で、何も変わりはしない。

 もちろん、どの段階においても、インフレーションのような極端な事が起こることはない(というかわざわざ起こる必要がない)

放射優勢時代

 ビッグバン以後、しばしの間、滑らかな放射優勢な宇宙が生成される。
反物質よりも物質の方がわずかに余分に生成され 宇宙が冷えていた時反物質粒子と物質粒子は衝突して対消滅しあい、最終的には、放射の海と、少量の物質が残される。
ビッグバンから、1/1000000秒後に、残されたクォークは結合し、陽子と中性子を形成する。
ビッグバンから1秒経つ頃には、 水素やヘリウムなどの軽い原子の核が作られる。
化学反応「化学反応の基礎」原子とは何か、分子量は何の量か

物質優勢時代

 ビッグバンから7〜8万年後くらいには、 物質が支配的な形態のエネルギーとなる。
最初の原子が形成されるのがビッグバンから38万年後。
この時、宇宙はそれまでより透明となる。

 それからは物質が重力の影響で集まりだし銀河を形成し始める

ダークエネルギー優勢時代

 ビッグバンから90億年くらい経つと、ダークエネルギーの時代となる。
ダークエネルギーが支配的になると、宇宙の膨張が加速し、あらゆる物質は距離をおきはじめ、宇宙全体の物質密度は劇的に下がる。

 そしてビッグバン以降の、しかし以前のサイクルの痕跡は失われていく。

加速膨張の終わり。そして収縮へ

 加速膨張は永久に続くわけではない。
サイクリックモデルにおいて、ひとつの鍵となっているのが、ダークエネルギーの特性である。

 ダークエネルギーは、ある時を境に崩壊する。
ダークエネルギーはその物理的特性を変化させ、結果、宇宙の膨張は収縮に転じるのである。

ビッグクランチ

 収縮することで、宇宙はビッグクランチを迎える。
つまり収縮していた空間は最初の状態となる そしてこの状態でダークエネルギーの一部が高温の物質と放射に転換され、それが、次のビッグバンの原因となる。
というように、サイクリック宇宙は、ひたすら繰り返されていく。

繰り返す宇宙

超弦理論、M理論のブレーン

 弦理論は、5つのタイプがあり、そのいずれかが正しいと考えられていた時期があった。
しかし、5つのタイプには、それぞれ問題があり、結果的に、全てを合わせたM理論が登場した。

 弦理論は、最初の構成要素を、弦やヒモに例えられる一次元の物体とする。
M理論は、さらに、基本要素として、二次元のブレーン(膜)も要求する。
弦理論においては、二次元膜だけでなく、一次元のヒモもブレーンという。
というか三次元以上の膜もあるとされ、次元数nのブレーンを「n-ブレーン」と言う。

余剰次元で隔てられたブレーンワールド

 オヴルトが1999年8月19日の講演で、語っていたのは、M理論であった。
彼が語った宇宙像は、ホジャヴァ・ウィッテンモデルというのを単純化したもので、ブレーンワールドと呼ばれるものだった。

 観測できる宇宙は一枚のブライアンの上に広がっている そして実は余剰次元の隙間を隔てて同じような 隠れたブレーン宇宙が隣同士である。
というかいくつも並んでいる。

 ブレーンワールドモデルに関して、オヴルトら研究者は、超弦理論において、丸まった六次元が適切な形でさえあるなら、ブレーンワールドにいるとする我々が、観測できる物質粒子や力の媒介粒子の物理的性質が、現実世界のそれとほぼ一致するということを示している。

 そして、ブレーンがぶつかる可能性があるか問われたオヴルトは、「イカれた推測ではないと思う」と答えた。

量子運動と、ブレーン間の引力

 ブレーンワールド自体も量子の振動によって、動きを見せる事はありうる。
しかし想定しているような、ビッグバン代わりになるような衝突をするためには、ブレーンワールド間で引力が必要であった。

 どのブレーンにも、量子振動は存在する。
量子「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ その振動が引力により増幅される。
振動によってブレーンがより近づいた場所では、引力もさらに強くなる。
そしてその部分では、衝突が先に起こり、膨張によって放射性物質が引き伸ばされ結果、密度が低くなる。
ブレーンの後から衝突した部分では、放射と物質はあまり吹き飛ばされず、密度が濃くなり、そういう部分が、銀河や銀河団の種となる。

 ブレーンが近づくにつれて、急激に強くなるような力を想定した場合、ブレーンの衝突によって生じる密度の違いは、現実の宇宙にちょうど当てはまるような形となることが、計算でも示された。
新しい宇宙モデルはこうして生まれた。

 そして、古典学者に相談してみたところ、その宇宙論のシナリオが、宇宙が火から誕生したとする、古代ギリシャの考え方、エキピロシスに似ているということで、このモデルは当初、「エキピロティックモデル」と名付けられた。

ダークエネルギーの役割。エキピロシスからサイクリックへ

 エキピロティックモデルにおいて、インフレーションを必要としないようなメカニズム。
衝突前に、ブレーンを引き伸ばして、平らにするようなものとして、ダークエネルギーがあった。

 ダークエネルギーは、ブレーン間に働く、おそらくはバネのようなポテンシャルエネルギー。
そしてブレーン衝突前、長い時間をかけて、ダークエネルギーは、ブレーンを平坦で滑らかにしていく。
衝突が近づいた時、そのポテンシャルエネルギーは、ブレーンの運動エネルギーに変換される。
さらに、ブレーンの衝突の時、ブレーンの持つ運動エネルギーの一部が、物質や放射へ変換。
ブレーンは跳ね返って離れ、バネのポテンシャルエネルギーは復活する。
それから、衝突によって生じた物質や放射が、衝突後のポテンシャルエネルギーを下まわるくらいに、(おそらく90億年ほどかけて)その密度を低くしたら、優勢となったポテンシャルエネルギーがブレーンを加速膨張させる。
つまりまた、ブレーンを平坦で滑らかにし、引き合わせ、ビッグバンと呼ばれている衝突を起こす。

 そうして、ダークエネルギーの新たな解釈により、エキピロティックモデルはさらに進化させられ、サイクリック宇宙モデルとなったのだった。
それはまさに、一定周期のサイクルで事象を繰り返す宇宙。

 そして、このブレーンワールドを基盤とするサイクリック宇宙論は、以降も多くの派生を生んでいる。

 繰り返す宇宙と言う発想自体は、もっと古くから、それこそ神話の時代からある。
弦理論から誕生したと言える、サイクリック宇宙モデルは、その21世紀基準のものと言えよう。