「ゴリラ」種類と生態、本当は肉嫌い(?)なコング

ゴリラ

ゴリラのイメージの変遷と、本格的研究の幕開け

シャイユの恐ろしいゴリラ像とキングコング

 「凶暴で、好戦的で、悪夢に出てきそうな奴だ」
 1861年に、探検家のポール・デュ・シャイユは、自身のアフリカ冒険記の本の中で、遭遇したゴリラについて、そのように述べた。
 彼は、また現地に伝わっていた「ゴリラは人間の女性をさらう」などという噂を鵜呑みにし、その事もしっかりと本に書いた。

 幼い頃にシャイユの本を読み、影響を受けた子供達の中に、後に映画監督となるメリアン・C・クーパーがいた。
 彼が抱いたイメージがどのようなものであったかは、彼の製作した有名な怪獣映画「キングコング」を見ればよくわかるであろう。

ダーウィンの「人間の由来」

 シャイユの報告からちょうど10年後の1871年。
 進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは「人間の由来」という本の中で、人間とアフリカ類人猿(ゴリラとチンパンジー)が解剖学的によく似ていると主張した。
その事を根拠にダーウィンは、人類は、アフリカにて、類人猿から進化したのだろうと推測した。

 しかしダーウィンの時代には、まだまだ類人猿に関する(信頼できそうな)データが不足していた。
その為、ゴリラやチンパンジーが人間と比較されたりする事はなく、ダーウィンは、その(類人猿から人類への)進化過程、連続性を示す事が出来なかった。

 進化論を信じたとしても、どう見てもゴリラは、猫やより人間に似ていても、まだ「人間と類人猿が近しい事」の証明にはならない。
 なぜならば、似た環境で異なる生物が似たような姿に進化する事はよくある。
哺乳類の分類としては、クジラは牛やキリンに近いが、その姿はに近しいではないか。
並ぶ哺乳類 哺乳類の分類だいたい一覧リスト
 見かけなどでなく、もっと独自性の強い共通点がなければ、「人間は神に選ばれた特別な生物」なのだと信じていた大半の人を納得させる事は出来ない。

ゴリラの精神性

 遺伝子検査という新兵器の開発を待つまでもなかった。
人間の独自性など、明らかだったから。
それは科学者も宗教家も、共に精神性とか感情とか呼んでいるものだ。

 1920年。
心理学者のヤーキス夫妻は、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンの子を飼育下で観察した。

 結果、ヤーキスらは、類人猿同士で、その気性に違いがある事に気づいた。
これはつまり、精神性を基準に、「人間と、その他のサル」という分類をするのが難しい事を示している。

 さらにヤーキスは、ゴリラに、非常に大人しいという印象を受けた。
それどころか、「ゴリラの感情変化の様は、人間のそれに似ている」とまで述べている。

古人類学者達の関心事

 類人猿がはっきりと、人間に近しい生物として認識されるようになってくると、古人類学研究も、ゴリラへの関心を後押しした。

 人間が人間になる前、どのような生物であったかを調べるのに、人間に近しい類人猿の生態は、大きな手がかりになる可能性があるからだ。
 特にゴリラは、1頭の雄と、複数の雌に、その子供達という小さな社会集団で行動している。
このような集団は人間の家族や一族と呼ぶコミュニティの原型であるように思われた。

 そこで、多くの人の興味は、現に生きている野生のゴリラに向けられる事になったのだった。

 このように人類に近しい存在としての、ゴリラ研究は幕を開けたのである。

ヴィルンガ火山群のマウンテンゴリラ

アフリカ初の国立公園

 ゴリラにはいくつか種があるが、真っ黒な体毛のマウンテンゴリラは、昔から研究対象にしやすいとされている。
マウンテンゴリラは、ゴリラ生息地の中でも東端にある、ヴィルンガ火山群の種である。

 ゴリラはたいてい地元民からは、食肉として認知されてたり、害獣として敵視されてたりしていた。
 しかし、ヴィルンガ火山群の人達は、あまり野性動物を食肉とする習慣がなく、マウンテンゴリラは畑などをあまり荒らさなかったから、害とも見なされてなかった。
 結果的にマウンテンゴリラは、人間への警戒心が薄く、観察もやりやすかったのである。

 また、ヴィルンガ火山群という場所の知名度もまた高かった。
 1921年。
ニューヨーク自然史博物館のカール・アケレイは、ゴリラの剥製を入手しようとアフリカに訪れた。
しかし、しっかりと5頭のゴリラを仕留めたものの、ヴィルンガ火山群とマウンテンゴリラの美しさに直面した彼は、考えを改めた。
 そして、その地を植民地としていたベルギーの国王を説得し、ヴィルンガ火山群は、アフリカ初の国立公園となったのである。

特殊な食性

 ゴリラの主食は地上性の草木である。
特にマウンテンゴリラは、ヤエムグラ、ジャイアントセロリ、ヒレアザミ、ムカゴイラクサの4種を好むようだった。
 また果実はほとんど食べない。

 化石記録などから、霊長類の共通先祖は昆虫食だったらしい事がわかっている。
これがどうやら、霊長類は、昆虫食から果実食へ、そして葉食に適応していったのだと考えられている。

 つまりゴリラのような葉食性は、霊長類としては、かなり特殊な食性なのである。

 葉は、果実に比べると、時期や場所に関係なく豊富だから、選べるなら確かに葉食性は、生存に有利である。

バクテリアによる分解

 しかし植物を餌とするのは案外難しい。
 
 動物が食物をエネルギーへと変換するには、とりあえずはその食物を分解する必要がある。
しかし、動物は基本的に、植物繊維を分解する酵素を持たないので、バクテリアを体内に住まわせて、その力を借りる。

 大量のバクテリアを胃に住まわせている動物を「前胃発酵動物」。
大腸にバクテリアを住まわせている動物を「後腸発酵動物」という。
 人間やゴリラ含む類人猿は、みな後腸発酵動物である。

 後腸発酵は、前胃発酵に比べて消化効率は悪いが、消化可能対象が広い。
だからこそ、この後腸発酵を極めたかのような種である人類は、野菜から肉まで多彩な食物を食べられるのだ。

社会集団

集団と子

 豊富な食物を巡りゴリラが争う事はあまりない。
しかしゴリラ社会には恋愛関係の争い事があるのは知られている。

 ゴリラはやはり、雄1頭に複数の雌という社会集団を形成するが、雌は、集団から、別の集団に移籍する事がある。
 面白いのが、集団を離れようとする雌を、雄が強引に止める事はない。
代わりに雄は、雌の移籍先の集団の雄を攻撃するのだ。

 ただ雄同士の友情は薄くても、兄弟の絆はそれなりに深いらしく、血縁関係にある複数の雄が、集団を成している場合もあるという。

集団はどのように形成されるか

 ゴリラの雌はいくつかの集団を移籍していくが、雄はそうではない。
雄の子は、所属する集団の核である雄が死んだ場合に、2代目、3代目と、核の役割を引き継ぐ場合もある。
しかしそうでない雄も多く、通常は、集団内で成熟するとまず群れを離れ、単独の存在となる。

 それから、集団を見つけると、たいていはこっそり後をついてまわり、しばらく経つとまた単独となる。
というような事を繰り返し、慣れてきたら、雄は尾行していた集団の雌を1頭引き抜く。
そうして雄と雌による最小のペア集団が出来る。
 この時、雌のスカウトが完了する前に、核雄に見つかってしまう事がたまにある。
そういう時、核雄は、単独雄に対して、腹を両手で叩いて威嚇したり、直接的に攻撃したりするという。

 ゴリラの集団単位での接触は、すなわち核雄同士の会合であるらしい。
しかしあまり話が弾むことはないようで、集団同士の接触はたいてい長くは続かない。
しかしその短期間の接触の間に、雌は移籍するのである。

 ただし集団接触の際に、複数の雌が移籍する事はないという。
移籍は必ず1頭の雌のみ。

 雄が正攻法で、複数の雌を一気に集団に加えられるパターンはひとつしかないらしい。
それは、ある集団の核雄が、跡継ぎなしに死んだ場合である。
この時ばかりは、なくなった集団に属していた雌達は、一緒に他の集団へと加わるのだという。
 
 ただし、どの場合でも雌同士は必要最大限しか馴れ合わず、同じ集団内でいる時の繋がりは、ただ同じ雄に付き従っているという事だけのようである。

 ゴリラの社会では、同性同士が馴れ合うのは、基本的に子が生まれてから、成長し、集団を出ていくまでの期間のみという事になる。
 特に雌同士が強い関わりを持つのはこの期間のみと考えられている。

どのように継承されるのか

 たいてい、単独になった雄が最初に尾行する集団は、親集団である。
これは未練があるのだろうか?
そうかもしれない。
実際、雄の、集団からの旅立ちは、雌のそれより納得いかないものなのかもしれない。

 雌は基本的に自らの意思で他の集団に移る。
 だが雄はどうか?
 成長した雄は基本的に、父親に追い出される形で、集団を離れる。
 
 ただ核雄も老齢になると、息子の存在に寛容になり、雄が立派に成長しても、集団に留まるのを許してくれるようになる。
 そうなった集団の核雄が死ぬと、集団の継承が起こるという訳である。

ニシローランドゴリラとチンパンジーとの共存

 ヴィルンガの高い山々に暮らすマウンテンゴリラに対し、低い森林に暮らすのが、ローランドゴリラである。
 
 特に分布域の西側に生息する、茶褐色か灰褐色の体毛のニシローランドゴリラは、チンパンジーと生息域がもろに被っているという。
 しかし、乾燥地帯を好むチンパンジーに対し、ゴリラは湿地帯を好んでいて、住み分けは上手くいっているらしい。

 また、ニシローランドゴリラは、チンパンジーと同じく果実を好み、ゴリラの食物消化機構の対応力を裏付けている。

 ただ、やはりチンパンジーに比べると、ゴリラは葉もよく食べるらしく、果実が不作の時は、ゴリラが、果実食いを諦めることで、競合を避けているらしい。
 しかし、食物の内の果実の比率はチンパンジーより劣っているのに、ゴリラの方が食べる果実の種類自体は多いので、まったく全ての果実は諦めないですむようである。

 また、虫は、ゴリラもチンパンジーもよく食べるようだが、哺乳類は、チンパンジーしか食べないという。
どちらかというゴリラはベジタリアンな訳である。

ゴリラの分配行動

 4種の大型類人猿、チンパンジー、ボノボ、オランウータン、ゴリラの内、チンパンジーとボノボが食物を分け合う習性は早くから知られていた。

 単独行動を好むオランウータンでさえ、ゴリラよりは早く果実を分け合う行動が観察された。
食料を求めて見つけた、果実の実った樹の前でオランウータン同士が出会うと、分配行動が起こるのである。

 ゴリラにも結局、この習性は確認されるのだが、それが遅れた理由は明らかである。
 生きているゴリラといえば、そもそも分けなければならぬようなものでもない、(そこら中にある)草ばかり食べてるマウンテンゴリラばかりが観察対象となってきたからである。
 
 しかしゴリラも、果実はしっかりと分け合う行動が見られるという。
その分け方というのが、チンパンジーのように互いの手や口から直接という訳ではなく、一度地面に置く過程があるようである。
あまり接触を好まないゴリラらしい分配方法といえる。

遺伝学的に明らかにされた系統

 ミトコンドリアDNAを用いた遺伝学的調査により、マウンテンゴリラと、同じく黒い体毛のヒガシローランドゴリラは、系統的に近い事が判明した。
そしてヒガシローランドゴリラとニシローランドゴリラは遺伝学的に(チンパンジーとボノボほどに)やや遠いという。
そこで、ゴリラの系統分岐の順番が推測出来る。

 つまり、まずゴリラは、ニシゴリラ、ヒガシゴリラに分岐した後、ヒガシゴリラは、ヒガシローランドゴリラと、マウンテンゴリラに分岐したのである。

 またニシローランドゴリラも、二種に分けられるという。
片方がニシローランドゴリラで、もう片方はクロスリバーゴリラと呼ばれている。

 現在は、ニシゴリラとヒガシゴリラが別れた時期は、175万年前だと推測されているという。
ちなみにチンパンジーとボノボの分岐は、100万年くらい前とされている。

調査方法

ネストと個体数

 大型の類人猿は毎晩、木の枝や葉を使って、『ネスト』と呼ばれる寝床を作る。
類人猿全体では、木の上で作られる事も多いのだが、ゴリラは地上にもよくネストを作る。
 
 ゴリラは、1個体が毎夜1個のネストを作るので、放棄されたネストは、その生息域でのゴリラの個体数の手がかりとなる。

 ただし、日にちが経過したネストは、いつ頃のものなのかを判断しにくい。
 それにゴリラは明確ななわばりを持たず、ひとつの地域に複数の集団が集まっている事も珍しくない。
 なので、単にネストの数を数えただけでは、ひとつの集団の密度などの情報が得られず、正確な個体数を導き出すのは難しい。

 そこで研究者のシャラーは、ネストのあった場所の数を、調査距離で割って、集団の密度を相対的に推測した。
 そして推測された集団の平均密度と、いくつかの確認できた集団の数を照らし合わせ、シャラーは、ヴィルンガ火山群のマウンテンゴリラの個体数は400~500頭だと推定した。

 シャラーの調査は1960年頃に行われたが、それから10年以上経った1970年代に、ヴェダーとウェーバーは、シャラーのと似た方法で、再びヴィルンガを調査した。
 ふたりが推定したマウンテンゴリラの数は300頭程度だった。

 これはつまり、シャラーかヴェダーとウェーバーのいずれかが間違ってるか、ゴリラは着実に絶滅に向かっているのだろう。

排泄物の調査

 ゴリラの糞は、匂いと形から識別しやすく、様々な情報をもたらしてくれるという。
 それにネストに糞が残されてる事も多く、別々のネストから採集する事で、確実に違う個体のものを集められる。

 特に果実は、種子が残される事が多いので、特に人に馴れにくく、かつ果実を好むニシローランドゴリラの食性調査に、糞は大いに役立ってきたという。

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