「犬」人間の友達(?)。もっとも我々と近しく、愛された動物

犬と犬小屋

犬はいつから犬か

 遺伝学的な検査で、犬とが分岐したのは13万5000年前くらいという結果がある。
かつては狼とジャッカルの混血が犬の祖先だとする考えもあったが、現在では否定されている。

 ただ犬、狼、コヨーテ、ジャッカルは少なくとも非常に近しく、不妊でない混血を作る事が出来るという。

 昔は、数万年くらい前から、人間に飼い慣らされた狼が、犬になったと考えられていたが、13万年前の分岐は、そう考えるのに古すぎる。

 遺伝学的な結論は、以下のような事を示している。
 ・犬はおそらく、人間社会に近づいてくる前から狼と分岐していた。
 ・10万年以上くらいの期間、人間は犬を意図的な混血などで、生物的に改造しようとはしなかった。
 ・自然界での犬と狼などとの混血は、かなり珍しい事。

人間と犬

犬を作ったのは人間か?

 犬という生物の謎のひとつは、遺伝的なわずかな違いに対して、亜種ごとの形態の大きな違いである。
 だが形態は実際に、わずかな遺伝子の違いに左右されるので、これはあまり大した謎でもないという意見もある。

 人間が、自分達の都合のよいように、犬を品種改良したという説は有名だが、これは逆の可能性もある。
つまり犬が人間に気に入られる為に、人間の様々な役割に対応した独自の形態進化をした。
進化の分かれ道「進化論」創造論を最も矛盾させた生物学理論 
 もちろん犬が人間に恋して、人間に気に入られようとしたのではない。
天使の恋愛人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」 単に人間が満足いくように動いた時、ご褒美という餌をもらえたから、犬は人間社会に溶け込もうとするようになったのだろう。

 犬は野生で生きる為の能力を失っていると言われる。
もしかしたら社会というのは、自然界よりもずっと特化した才能を求められるのではあるまいか?

 わずかな遺伝子の違いでも、形態を変化させる事は出来る。
しかし自然界で形態の大きな違いはあまり生じない。
 これはあまり何かに特化する必要性がないからであろう。
何かに特化しても、他の何かで周りより劣っていては、野生では生きていけない。
しかし劣っている部分を他に補ってもらえる社会ならば、特化能力は重宝されるはずだ。

 そう考えると、やはり犬を品種分けしたのは、人間が作った社会。
結局、人間という事になるのかもしれない。

狼の面影

 人間社会の中で、犬がとる行動の理由を、狼に求める者もいる。
 例えばペットの犬が、飼い主に忠義を誓っているように見えるのは、まさしく、群れのリーダーに使える狼の行動が元である、などと考えられたりする。

 実際、飼い犬の主人への行動。
舐めようとしたり、遊びをせがんだり、という行動が、子狼が親狼に甘える行動に近い。
 しかしその内に立派な大人となる狼に比べて、犬はいつまでも子供と言える。
そういう意味で、犬は永遠の子狼とさえ言えるという。

 狼の習性の何もかもが残っている訳でも、犬が新たに身につけた習性がない訳でもないであろう。
しかし、明らかに、狼の習性であり、しかも人間には嫌われる行動もある。
 狼は自分の縄張り、テリトリーに自分の匂いを染み付けようとする習性がある。
つまり縄張りの、ある程度決まった場所に、糞や小便をする。

 犬はどうか?
しつければ辞めるという事はあろうが、しかし室内犬などは本能的に、家のあちこちでも用を足したがる事もあるだろう。

最初に、真に人間の仲間になるのは

 今、犬を人間と対等に見て接する人と、そうでない人がいる。
対等に接する人とは、つまり犬をペットとしてでなく、友達や家族として見てる人。
同じくらい近しい人間と犬の命を天秤にかけたとして、犬の方を選ぶかもしれないような人の事を言ってる。

 しかし今はまだ、犬は人間と対等では決してない。
なぜなら犬は完全に人間社会に馴染んでいる訳でない。
服を着せようと、シャワーをかけてやろうと、犬と人間が完全に意志疎通出来てる訳でもない。
 それでも犬は狼より、ずっと人間に近づいている。
いつか犬が本当に人間世界の、対等な一員となったなら、今、犬をペットやマスコットのように見てる人達はどんな反応するだろうか。
そういう時代ならそういう人達はいないだろうか?
 しかし歴史を見ると、人間は、同じ人間にすら、恐ろしい差別をしたがってきた。

 チンパンジーやゴリラなどの霊長類や、クジラ類などの方が、それこそデイヴィッド・ブリンの「知性化シリーズ」のように、先に人間の完全な仲間となる確率が高いと見る向きもあろう。
チンパンジーの足跡「チンパンジー」人間との比較、ニホンザルとの比較。どこに違いがあるか しかし個人的にそんな事があるなら、最初は犬と思う。
なぜなら犬を愛する人はあまりに多い。

知性化シリーズ

 知性を持つ生物が知性を持つ生物をを生み出してきた、宇宙で、誰にも作られた形跡なしの異端児、つまり人類がいろいろするSF小説シリーズ。
 作中で、人類も知性化を行うのだが、最初の対象がチンパンジーで、第二の対象がイルカ

嗅覚で嗅ぐ世界

 犬の目はあまりよくない、我々にはカラフルな世界も、犬には白黒に見えるし、焦点もろくに合わないとされる。
 しかし代わりに犬は鼻がいい。
場合によって何kmも離れた匂いをかぎ分ける。
密閉された箱の中に何があるか匂いでわかる。
犬一匹一匹の匂いは異なっているが、犬にはもちろんその違いがわかる。
我々には無理な芸当であろう。

 これらの能力の実現に必要なのは、優れた目や鼻という道具だけでなく、それを使いこなす脳の構造だというのがわかってきている。

 つまり我々が犬の鼻を手にいれたとしても、犬が我々の目を手にいれたとしても、互いにそれを同じようには使いこなせないのである。
使いこなすには、脳の神経構造まで真似する必要があるのだ。

 犬は人間の「目で見る世界」を知れないだろうが、我々は犬の「鼻で嗅ぐ世界」を知れない。
しかも、優れているのは犬のそれの方かもしれない。
なぜなら我々には、見えない領域も、犬は見れるに近い。

 よく考えると、犬も結局、匂いにより、世界を立体視し、色すら見極めてるのかもしれない。
我々のような匂いなど重視しない生物には理解できなくとも、最終的に見てる世界は同じである可能性も少しはある。

 犬の目が悪いように、我々は鼻が悪いし。

 ちなみに、実は色に関しては、少しくらいなら見分けられるようである。
そうであるらしい事を示す実験結果がけっこうあるらしい。

友達か、ペットか、商売道具か

 単純に数としての問題もあろうが、犬が人間に危害を加えた事件の犯人は、ペットとして飼われてる犬である事が多いという。
野良犬も、狼も、人をあまり襲わない。
しかし飼い主に噛みつく犬は多い。

 攻撃性という問題は厄介である。
だが番犬が泥棒を襲っても、ニュースにはなっても、多分問題にはならない。
一見可愛らしい、害なんてまるでなさそうな飼い犬が、突然人を噛むから問題となるのだ。

 実際、飼い主を下に見ている犬が、こういう事件を起こしている場合も多いらしい。
もちろん飼い主は気づかず、あんなに愛情深く接していたのに、こんなのはおかしい、となる。

 必要以上に飼い主のせいにされてる感はある。
とにかく犬が異常になった、精神病になったと考えたがる人もいる。
もちろん責任や金の問題が背後にある。
処分する上での良心の呵責を弱める役割もあるのだろう。

 犬は確かに人間の友達かも知れないが、人間ではない。
しかし人間同士ですら、心から交流するのは難しいのだ。
思うに犬の相手をして、やがて後悔したりする人は、覚悟が足りない。
誰かと友情を深めるというのが、どれほど難しいかをちゃんと理解するべきなのだと思う。
 友達である犬を、商売道具のように考える人達が、犬との交流は容易いかのように宣伝するのは、金の為である。

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