虚数と複素数
マイナスの数の平方根
普通、どんな数でも、同じ数をふたつ、掛け算(multiplication)したなら、その答えは必ずプラスの数になる。
マイナスの数の平方根(square root)というのは、かなり確実に実在していない。
ところが、実のところ、実在性は純粋数学では、そう問題にされない。
実用的であるなら、物理学や工学における応用数学においてすら、そこまで問題とはされない。
上記の式のような、-1の平方根を『虚数(Imaginary number)』と言い、式のように、iというアルファベットひとつで表す。
このi(虚数)はいろいろと便利なので、現実のどこを探しても、存在しない数なのに、まったく平然と、よく使われる。
マイナスと虚数で何が違うか
しかし、そもそも実在性とは何か。
実在する数とは何なのか。
自然界には普通、マイナスの数自体存在しない。
根拠もなく断言するが、この世界の誰一人として-3個の物体を見た事のある者はいないだろう。
マイナスという数は、電子コンピューターのデータ上においてはよく現れる。
「コンピューターの構成の基礎知識」1と0の極限を目指す機械
だがそんなものが、(おおよそありえない話だが)古代メソポタミアや古代エジプトに存在していたのだとしても、たかだか5000年くらい前のお話である。
「古代エジプトの歴史」王朝の一覧、文明の発展と変化、簡単な流れ
この地球に初めから存在していたわけではない。
しかし、マイナスの数を普通に許容している人でも、虚数というものを初めて知った時に、混乱してしまう事はよくある。
それはなぜなのか。
虚数もマイナスも、定義して初めて出現するような、架空の数なのではないだろうか。
虚数と実数を混ぜた数式。複素数
マイナスの数も含め、実在すると思われる数を『実数(Real number)』と言う。
である。
実数aとbを用意する。
のような形の、iと実数を混ぜた数式を、『複素数(Complex number)』と言う。
上記の式の場合bが0なら、実数。
bが0以外の数ならば虚数となる。
また、複素数におけるiを、『虚数単位(Imaginary unit)』と言う。
それと、明らかなように、複素数は、あらゆる実数も含む定義である。
(注釈)複素数の範囲
実数は、有理数(Rational number。あらゆる分数と整数)と無理数(Irrational number。平方根やπのような無限に続く少数で表される数)を合わせた数字群。
さらに、実数と虚数をまとめた数字群が、複素数。
虚数は虚構か
方程式の解として創作された数
方程式(equation)の解として考え出されたような、少なくともそういう想定が出来る数字はけっこうある。
例えばマイナスと同じくらい、やはり自然界に存在しなさそうな、分数という数は、そうである。
というような方程式のxの解として、それがないとするなら、6/7という数を新たに作るしかない。
平方根も、もしかしたらマイナスの数もそうと言えるかもしれない。
虚数も似たようなもの。
の解として、創り出された訳である。
なぜ定義されたか。平方根とピタゴラスの定理
数学の世界には基本的にいくつもルールがあって、それらは大半、あるいは全てが創作である。
がなぜそうなるのか、極論を言えば、「そう定義されたから」である。
実際にはどのように2の平方根が定義されるようになったのかは謎である。
しかし例えば、直角三角形に関する、「直角を構成する二辺の二乗の和は、残り一辺の二乗」という、「ピタゴラスの定理」を成り立つと仮定したなら、そのような数が、なければおかしい事になる。
直角三角形が重要なのではない。
という式が重要なのである。
上記の式で、xとyが1だとしたら、zはどうなるのか。
そこで2の平方根というものが創られたわけである。
そういう数が存在しないなら、(古くから、あらゆる方法で証明されている)ピタゴラスの定理が間違ってるか、あるいは平方根が登場するような辺の長さを持つ直角三角形が存在していない、という事になる。
1個のリンゴはなぜ1個なのか。神様は数を定義したか
数学は、思考、空想上における学問と言える。
実在性などどうでもよい。
例えば、それを我々は当たり前だと考えがちだが、はっきり言ってしまえば、目の前にリンゴが1個あった時、それが1個なのだと何の根拠もなしに思うのと、虚数という数があると根拠もなしに考えるのは、わりと同じレベルである。
つまり、「それは1とする」と定義されたから、1個のリンゴは「1」個なのだ。
虚数は-1の平方根として定義された数な訳である。
定義されたからあるのだ。
ブラックホールがあって、こういうものが存在するかもしれないと提唱され、それが発見されるのとは違う。
「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎
昔、恐竜という絶滅した動物たちがいて、後に残った化石などを調べて、それがどういう生物だったのかを推測するのとも違う。
「恐竜」中生代の大爬虫類の種類、定義の説明。陸上最強、最大の生物。
数学は、何か、架空か実在かはともかく、とにかく何かを定義して、それが成り立つ為に必要なものも定義してきた。
神様が、リンゴ1個だけあるのをアダムに見せて、これが1個だ、と教えた訳ではない。
仮に教えたのだとしても、それは神様が定義した事であって、最初から世界に存在してた訳ではない。
もちろん、事実は、神様は最初から、世界の設計の段階から、数学というシステムの設定を考えておられて、それを適用したのかもしれない。
つまり、全ての数はそもそもあって、それを我々は見つけていっている。
だが、そうだとしても、そんな事は聖書にも書かれてないので、そうだとする根拠はまるっきりない。
「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か?
目下のところは、定義していると定義していくのが、有効な方法、少なくとも使える方法だとは、これまで様々な数を見つけてきた、人類の歴史が証明している。
数直線上のあらゆる数
定義したモノとは、言ってしまえば、勝手に作ったモノなので、設計のどこかでミスがあった可能性もある。
だから、数学を重んじる人は、細かい事まで、必死に証明したがる訳で、時には、ある数の矛盾を解消するために、新たな数を定義してしまう。
虚数も、そういうふうに考えだされ、定義された数のひとつであり、つまり1の仲間な訳である。
しかし、そうは言っても、やはり我々にとって、虚数は鬼門のように思われる。
なぜならそれがどういうものかは、数式の上でしか定義出来ないからである。
例えば、無限に続く直線をひこう。
そして、どこでもよいので、その直線上に点を打ち、その点を0とする。
そこからいくらでも点を新たに打つ事で、それらを様々な数と出来る。
マイナスの数だろうが、分数だろうが打てる。
平方根ですら、打てないとしても、だいたいの位置を示せる。
だが、虚数という点は、直線上のどこにも打てない。
方程式の解として存在するだけの数。
逆に言えば、数直線上における位置など、幾何学的な事を無視すれば、虚数にもたちまち実在性が現れよう。
空想の学問である数学において、それの何が問題だというのか。
虚数を視覚化する術。ガウスの複素平面。数体系の完成
2の平方根、マイナスの数の許容
平方根、マイナスの数、虚数。
四則演算の知識があるなら、いずれも発見するだけなら、そう難しい事はなさそうである。
むしろ問題は、それが許容出来るか否か、あるいは、許容するべきか否かである。
2の平方根などは、数学史において最も偉大とされるギリシャ文明にて、すでに許容されていたようである。
ピタゴラスの定理は、原論においても、構成的に、やや特別感があるので、当然かもしれない。
なぜ数学を学ぶのか?「エウクレイデスと原論の謎」
マイナスの数は、インド人には古くから許容されてたらしいが、他の文明では微妙な時期が続いた。
それが広く受け入れられるようになった大きなきっかけのひとつは、数直線の登場以後らしい。
数直線は、おそらくは17世紀か、18世紀に発明されたものらしいが、マイナスの数は、かなり一気に普及したようだから、(我々にとって)幾何学的な図として表す事の重要性がよくわかる。
実軸、虚軸で描かれた平面
やはり虚数も、実際に図示が出来るようになって、許容する人が一気に増えたようである。
実のところ、それを図示出来なかったのは、全ての数が、実数の数列に含まれていると、我々が勝手に思い込んでいたためにすぎない。
「数列の基礎」和の公式。極限と無限。単純な増加、減少
簡単な事である。
横に伸びるx軸と、縦に伸びるy軸を交差させた点を0とする、座標平面を描き、x軸が実数、y軸が虚数を表すと考えればそれでよかったのである。
そのような座標平面のx軸を『実軸(Real axis)』と言い、y軸を『虚軸(Imaginary axis)』と言う。
また、実軸と虚軸で構成される平面自体を『複素平面(Complex plane)』、あるいは『ガウス平面』と言う。
虚数は特別か、普通の数か
複素平面は虚数のみならず、それを含む、文字通り複素数の点を打つ平面である。
もちろん、実軸に重なったまま点を動かす事で、実数にも出来る。
複素平面を発明したとされる数学者ガウスは、そもそも「虚数という名前が、我々の理解の邪魔になっている」と述べていたという。
「ガウス」数学の王の生涯と逸話。天才は天才であるべきなのか
つまり、「プラス、マイナス、虚数」でなく、「横方向の0より右側の単位、横方向の0より左側の単位、縦方向の単位」としていたら、我々ももっと容易にこの数を理解出来たはずだと言う訳である。
複素数以外の数は存在しているか
さて、複素数以外の数。
つまりガウス平面を用いてすら図示できない数は存在しているだろうか。
存在していないというのが、今のところの結論らしい。
驚くべき事だが「有理数のみを使ったn次方程式の解は、n個の複素数解を持つ」という事。
また、「複素数を使ったn次方程式の解は、n個の複素数解を持つ」という事が、証明されているのだ。
つまり、少なくとも、複素数を使ったどんな数式の答も複素数になるから、もう無理に新たな数を作る必要はない。
全能の神がいらっしゃるなら、おそらく、複素数を作った訳だ。
(注釈)超越数。実数の謎。ゲーデルの悪夢
今は、虚数より、実数の方が奇妙と言われる事もある。
πという数字は、3.141……という無理数だが、なんとこの数は、有理数のみの方程式の解としては、決して登場しない事が証明されているのだ。
πのような数は、『超越数(Transcendental number)』と呼ばれている。
超越数のような明らかに奇妙なものをなんとかしようと、19世紀以降、数というものを定義しなおそうという運動が起こり、数は数列や集合論で定義されるようになった。
しかしゲーデルという人が、そのように定義された数の体系の法則は、確実に全て真という事は証明できないと、証明してしまい、数学で世界の全てを証明しつくせるだろうという思想は、過去のものになってしまったのだという。
そこで今も多くの人が、心のどこかで自問自答している。
数とは何なのだろうか?