「日本神話」神々の国造りと戦い。現代的ないくつかの解釈

日本神話

天の神の時代

別天津神による宇宙の安定化

 宇宙が生まれた時、そこに初めにあった最初の万物は、どれも名も形もなく、ただ存在しているだけのものだった。
 それがやがて天となり、地となり、そして最初の三柱の神が生まれた。
 宇宙の中心にあって、至高の神、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。
物質(※1)創造の神である、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)。
それに神物(※2)創造の神である、神産巣日神(かむむすひのかみ)。

 それからしばらくしてから、まだ固まりきらない地より、新たに二柱の神が生まれた。
万物を繋ぎ止め、動を生じさせる力(※3)の神である、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)。
それに、最初の天の神である、天之常立神(あめのとこたちのかみ)。

 天之御中主より、天之常立までの五柱は、『別天津神(ことあまつかみ)』と称される。
五柱の別天津神は、まだ時空すら曖昧な頃に誕生した、特別な神々であり、この宇宙を安定させ、万物をはっきりとした存在に変えた。

(注釈)万物、神物、力

 (※1)万物の内、物質とは原子や素粒子から成るあらゆるモノ。
量子「量子論」波動で揺らぐ現実  (※2)神物とは、現代物理学では説明できない、人には知れないような存在であるモノ。
 (※3)エネルギー、あるいは力を伝える粒子。
中間子「中間子理論とクォークの発見」素粒子物理学への道

イザナギ、イザナミの恋

 宇宙の状態を安定させた別天津神に続き、10柱の神々が生まれ、その後に伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)が生まれた。
 この時、天は既にその姿を完成させていたが、地にはまだ無秩序に大海が広がっているだけだった。
海洋海はなぜ塩水なのか?地球の水分循環システム「海洋」  伊邪那岐、伊邪那美の二柱は、互いに強い魅力を秘めていたという。
そこで、ある時、先に生まれていた他の神達は、伊邪那岐、伊邪那美に、協力しあって、地の世界に、陸を作り、国を築くようにと命じた。

 伊邪那岐、伊邪那美は、天に住まう神達から、『天沼矛(あめのぬぼこ)』を授かった。
天沼矛はあらゆる物を引き、絡め混ぜる事が出来るという、特別な槍である。(※4)
仲良き二柱は、その天沼矛で、大海をかき混ぜ、固める事で陸を作っていった。(※5)

 作られた陸の内、
(淡道之穂之狭別島(あはぢのほのさわけのしま)(淡路島)』
『伊予之二名島(いよのふたなしま)(四国)』。
『隠伎之三子島(おきつみつごのしま)(隠岐諸島)』。
『筑紫島(つくしのしま)(九州)』。
『伊伎島(いきのしま)(壱岐島)』。
『津島(つしま)(対馬)』。
『佐度島(さどのしま)(佐渡島)』 。
『大倭豊秋津島(おほやまととよあきつしま)(本州)』。
以上の八つは、『大八島国(おおやしまぐに)』と称して特別とされた。

 ところで、最初の陸である『淤能碁呂島(おのごろしま)』が出来た時、伊邪那岐と伊邪那美は、初めて地の世界に降り立った。
そして、互いの姿も初めてしっかりと確認した二柱。
この時、勇ましい男神と美しい女神との間に芽生えた、それまでになかった特別な感情は、互いを誘い合い、二柱は夫婦となった。
 また、こうして生まれた特別な感情は、後に人によって、恋(※6)と名付けられる事となる。
天使の恋愛人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」

(注釈)天沼矛、島の事、恋愛感情の事

 (※4)神話に描かれた描写から推測した能力。
 (※5)淤能碁呂島を除けば、まるで島も伊邪那岐、伊邪那美が生んだ子のように描かれる日本神話だが、そこは普通に間違いだと思ってる。
島とかに関しては、作ったんだと思う。
 (※6)多分それまで、恋愛という概念はなかった。

 

火の神と、イザナミの死

 夫婦となっても、伊邪那岐と伊邪那美に与えられた使命が変わる訳ではない。

 島々を作り出した後は、そこに国を築くために、二柱は自分達の子を産む事にする。

 仲睦まじい二柱から産まれた子達の中には、よい神もいれば、悪い神もいた。
中でも特に、水蛭子神(ひるこ)と淡島神(あわしまのかみ)は、呪われし子として忌み嫌われ、他の神達の元より去らなければならなかった。

 また、伊邪那岐、伊邪那美以外の神達も子を生み、この宇宙に神はどんどん増えていった。
 
 そしてある時、火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだ時に、伊邪那美の体は焼かれてしまい、彼女は死んだ(※7)。

(注釈)死について

(※7)死ぬとは多分、地の国で存在できなくなるという事。
物質の身体を持っているという事。

黄泉の国

 伊邪那美が死んだ後、伊邪那岐は、『天尾羽張(あめのおはばり)』という剣で、火之迦具土を殺し、それからはしばらく悲しみに沈んだ。

 しかしその内に、愛する妻に会いたい一心で、伊邪那岐は死者の暮らす『黄泉国(よみのくに)』に向かう事にした。
この時、まだ地の世界『葦原(あしはら)』と、黄泉国を繋ぐ『黄泉比良坂(よもつひらさか)』は、生者でも通り抜けられたから、伊邪那岐が死んだ伊邪那美に会うのは簡単な事だったのである。

 ところが、伊邪那岐が会いに来たところで、伊邪那美はもう死した存在。
しかし帰ってきてほしい、という伊邪那岐の嘆願を無下にも出来ず、伊邪那美は黄泉国を支配する神に相談する事にする。
 「しかし決して、あの神に会っている間、私の姿をご覧にならぬように」
そうして黄泉国の神の住まう御殿(ごでん)へと入っていった伊邪那美。
 それから長い間、伊邪那岐は待っていたが、なかなか再び現れない伊邪那美に痺れを切らし、ついに御殿の中を覗き見てしまう。
するとそこに見えたのは、体中に穢(けが)れと、雷神達を纏(まと)った、変わり果てた妻の姿であった。
 
 「よくも、よくも私にここまで恥を」
もはや怒りのあまり、幾年月の恋心も忘れさる伊邪那美。
 伊邪那岐もまた、もうかつて愛した存在は、自分とは全く違う何かに変わり果ててしまった事を知ってしまった。
まだ生きている自分に理解できるのは、その恐るべき恐怖だけであった。

 それから伊邪那岐は逃げ、伊邪那美は雷神達にそれを追いかけさせた。
伊邪那岐は逃げながらも、天尾羽張で、迫り来る雷神達を次々に斬り倒し、そして黄泉比良坂まで来た時、そこにあった桃の実を三つ投げて、まだ追ってきていた者達をも追い返した。
 
 そしてついには自ら追いかけてきた伊邪那美より逃れる為に
、伊邪那岐は大きな岩によって、黄泉比良坂を塞いでしまう。
 こうして、全ての生者は黄泉国に行けず、全ての死者は葦原に戻れなくなってしまったのだった。

最も優れた神

 葦原に戻ってきた伊邪那岐は、まだ生者ではあるものの、自分もずいぶん穢れを纏ってしまったと感じていた。
 そこで筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)にて、禊祓(みそぎはらえ)を行った。
 
 この時にも、幾柱かの神が誕生したが、その最後に、天照大神(あまてらすおおかみ)、月読神(つくよみかみ)(※8)、須佐之男神(すさのおのかみ)の三柱は産まれた。
そしてこの三柱は、別天津神が去って以降、最も優れた神だと、伊邪那岐には思われた。
 だから伊邪那岐は、ずいぶんと老いてしまった自分に変わって、天照に天の世界『高天原(たかまがはら)』を、月読に夜の闇を、須佐之男に海を治めるように命じたのだった。
アマテラス。スサノオ。ツクヨミアマテラス。スサノオ。そして謎のツクヨミ「記紀の三柱神」

(注釈)個人的には等しく尊い

 (※8)月読や須佐之男は、神でなく命と書かれる事が多い。
神は尊い存在で、命はそれより劣るとされる。
ただどの神を、尊いと考えるかは誰かでなく、それぞれの意思で決めるべきだと思っている。

地の神の時代

スサノオ

 伊邪那岐が命じた通り、天照は高天原を、月読は夜をちゃんと治めたが、須佐之男だけは、任された海などほって、ずっと泣きじゃくり続けた。
 「なぜ、あなたは私の言い付けを守らず、いつまでも泣いてばかりいる?」
伊邪那岐の問いに、須佐之男はこう返した。
「私は黄泉国におられる母に会いたいのです」
しかし黄泉比良坂が閉ざされた今、その願いの代償は取り返しがつかないのだ。
「もしあなたが本気であの方に会うならば、ここにいてはいけない」
伊邪那岐がそう告げた時、須佐之男はもう泣くのを止めて、上に目を向けていた。
「なら私は、天の姉に、許可をもらいに行く事にします」

 こうして須佐之男は姉である天照のいる高天原へと昇って行った。

千本の矢のアマテラス

 自身が治める高天原に、須佐之男が向かっていると感づいた天照は、ひどく不安にかられた。
「あの弟がよい心で私を訪ねてくるとは思えない。きっと私のこの高天原を奪おうとしているに違いない」

 天照はすぐに、勾玉で身を飾り、千の矢を背負い、そしてやって来た弟に尋ねた。
「何が目的でここに来たの?」
須佐之男は答えた。
「父が、私の望みを叶えるには、葦原にいてはいけないと、だからここに来ただけです。敵意はありません」
だが天照はその言葉を信じはしなかった。 
「あなたに、悪い心がないとして、私にそれは知れない」
須佐之男は動じずに提案した。
「では、こうしましょう、ここで私とあなたはお互いに誓いを立て、子を生み、そうして生まれた子を比べるのです」
天照は応じた。
「よいでしょう」

 そして天照は、弟から剣を借り、そのひと振りで女神を生んだ。
 一方で須佐之男は、姉から勾玉を借り、そこから男神を生んだ。

 「私の剣から生まれた子が、女の子であったのは、私の心が潔白であったからです」
弟の勝ち誇った言葉に、天照は二の句も告げれず、彼が高天原に居着く事を許すしかなかった。

天岩戸

 しかし、姉を打ち負かし心境に変化があったのか、最初から邪な考えを持っていたのか、須佐之男はすぐに高天原で、乱暴を働きだした。

 ある時は畑を滅茶苦茶にしてしまい、またある時は機織り小屋の女を驚かせて大怪我させたりもした。

 最初は我慢を続けていた天照も、さすがに恐ろしくなってきて、『天岩戸(あまのいわと)』に引きこもってしまう。

 すると高天原、葦原を照らしていた、天照の光も閉ざされ、そこはただ闇だけの世界となる。

 そこで、神々は相談し、一計を企てた。

 閉じられた天岩戸の前に集まり、躍りの神である天宇受売神(あめのうずめのかみ)が前に出た。
そしてその愉快な躍りにより、神達の間にも笑顔が浮かび、次第に笑い声は、引きこもった天照にも届いてきた。

 「私がいなくて真っ暗になってしまったというのに、あの者達は何が楽しいのでしょう?」
と、疑問に思い、ついには好奇心に耐えきれず、天照は岩戸から、少しばかり姿を見せてしまう。
 その時、待ち構えていた力強き手力男神(たぢからおのかみ)が天照を強引に外に引っ張りだした。
さらに岩戸の出入口は、二度と神物を通さぬように、『注連縄(しめなわ)』で防がれた(※9)。

 こうして高天原、芦原は、再び明るく照らされるようになったのだった。

(注釈)神を防ぐ術

(※9)実際に注連縄なんて、物質的な存在には無視出来るから、あれが神を防ぐ為のものなのは間違いない。

出雲国と八俣大蛇

 神達は須佐之男を責めて、高天原より永久に追放した。

 そうして芦原に戻ってきた須佐之男は、さ迷い歩く内に、大倭豊秋津島の『出雲国(いずものくに)』へとたどり着いた。

 そこで須佐之男は、泣きじゃくる老夫婦と少女に出会う。
須佐之男が尋ねたところ、老夫婦は山の神である大山津見(おおやまつみ)の子達であり、少女は老夫婦の娘で櫛名田比売(しなだひめ)といった。

 須佐之男は、老夫婦になぜ泣いているのかを尋ね、老夫婦は涙を拭い、事情を説明した。
 元々、老夫婦には八人の娘があったが、それが毎年、『八俣大蛇(やまたのおろち)』という怪物によって、食われてしまい、そしてこの時、ついに末の櫛名田比売の時が迫っていたのだった。
 八俣大蛇は恐ろしい存在で、八つの山に匹敵するほど巨大なひとつの身体に、八つの頭、八つの尾。
その目は真っ赤で、その身体に木々が生い茂るほどに長く生きてきた化け物である。

 須佐之男は八俣大蛇を退治する代わりに、櫛名田比売を嫁に欲しいと告げる。
老夫婦も、須佐之男が天照の弟だと知り、願ってもない事だと喜んだ。

 そしてそれから須佐之男は、巨大な八つの桶にたっぷりの酒を用意した。
現れた八俣大蛇の八つの頭は、愚かにもそれぞれにあてがわれた酒を飲み、やがて酔いつぶれてしまう。
 須佐之男はすかさず、斬りかかり、大蛇を粉々の肉片に変え、その体内にあった見事な刀、『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』は、天照に献上した。
天皇家の社「天皇家の雑学」宮家とか、三種の神器とか  それから須佐之男は、老夫婦との約束通り、櫛名田比売と結婚し、出雲国に腰を落ち着けた。

因幡の白兎

 須佐之男の子孫はたくさんあったが、彼もついに隠れ去った後、出雲国を治めたのは大国主(おおくにぬし)だった。

 大国主は、最初はみなをまとめるような立場にはなかったが、ある時、意地悪な神達に騙され、苦しんでいた兎を助けてやった事で、運命は変わった。
可哀想に、鰐に毛を食われた『因幡白兎(いなばのしろうさぎ)』は、「ひたすら川の水に当たればよい」という誰かの嘘を信じ、痛いのを耐え続けていたのである。
 大国主は、兎に、もっと綺麗な水で体を洗った後に、花粉にくるまれて、転がると悪いところは全て治ると教え、実際にその通りになった。

 白兎は礼と共に、「美しい因幡の八上比売(やがみびめ)があなたを待っているだろう」と告げた。
そしてそれもその通り、大国主の兄弟達も含めて、多くの神が八上比売に求婚したが、彼女はその度に、会った事もないはずの大国主の名前を出して、断った。

根の国とスセリビメ

 それからついに出会った大国主と八上比売は共に、大きな権力を持って出雲国を治めたが、渦巻く妬みは激しく、大国主は命を狙われるようになる。

 そこで大国主は、海の底の『根之堅洲國(ねのかたすくに)』にいる須佐之男に相談しようと、訪ねた。
しかし須佐之男の娘、須勢理毘売(すせりびめ)と恋に落ちた為に、大国主は相談どころではなくなり、怒る須佐之男から追いかけられる事になってしまう。

 かくして追ってくる須佐之男から、大国主と須勢理毘売は共に逃げて、ついには芦原まで逃げきったのである。

 そして須佐之男は、二人にはもう追いつけないと知るや、大きな声で叫んだ。

 「いいか、須勢理毘売をちゃんと妻としろ」

 その、須佐之男の最後の言いつけは守られ、須勢理毘売は大国主の妻として迎えられた。

オシホミミノミコト

 大国主には多くの子がいたが、もうこの時代の神には、かつてのように泣いたり、禊したりするだけで、子を産む事は出来なくなってきていた(※10)

 人は、神から生まれた。
 芦原は人の世界になりつつあった。

 そうなるのを高天原から多くの神が見ていた。
天照大神も。
 彼女は言った。
「芦原に出来た国は私の子である忍穂耳尊(おしほみみのみこと)が治めるべきであろう」
高御産巣日神もそれがよいと賛同した。

 そうして忍穂耳尊が、芦原へと下る事になった。

(注釈)力を失う神

 (※10)もうこのくらいの段階で、記紀からはそういう描写がほとんどなくなっている。

人の時代へ

国譲り

 しかし忍穂耳尊が近づいてきた芦原を確認すると、そのあちこちには、乱暴な神達がまだ自分勝手にしていて、まずはこれを平定せねばなるまいと考えた。

 そこで天照、高御産巣日とも相談の末に、適当な神を先に向かわせ、なんとかさせようとなった。

 だがなかなか上手くはいかなかった。
最初に向かわせた神達は、誰も芦原へと下るや、自らの欲望を優先するようになり、世の平定どころではなくなった。

 しかし建御雷神(たけみかづちのかみ)は、雷による恐怖で上手くやり(※11)、さらに人の欲にも負けず、大国主を訪ねた。
そして子である事代主(ことしろぬし)共々に告げた。
 「天の神は、芦原のこの国を治めるべきは、天照大神の子であるべきだと考えているが、あなた達はどのように考える?」
大国主は事代主に返事を任せ、事代主はこう答えた。
 「では、この国はあなた方に譲りましょう。その代わりに、私にも、天の優れた神のそれと同じくらいに立派な御殿を建ててほしい」
 天の神は了承し、『出雲大社』が建てられた。
そして芦原の国は、須佐之男の子から、天照の子へと譲られたのであった。

(注釈)雷とは何であったか

(※11)多分そうしたんじゃないかなと思う。昔は今よりずっと雷が恐れられてただろうから。

ニニギノミコトと三種の神器

 国譲りが成されるまでの間に、忍穂耳尊には子が生まれたので、その子、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が改めて芦原に下る事になった。

 天照大神は、芦原の国を治める瓊瓊杵尊に、その権力の象徴として、あるいは護身の為のお守りとして、三種の『神器(じんぎ)』を授けた。(※12)
すなわち、草薙剣、『八尺瓊勾玉(やさかのまがだま)』、『八咫鏡(やたのかがみ)』の三種である。

 そうして瓊瓊杵尊は、いよいよ芦原に下り、自らの国を持った。

(注釈)神器とは?

 (※12)「三種の神器」でなくて三種の「神器」だと解釈してる。
 神的、あるいは特別な性質の神器という道具があり、この時に与えられたのは、三種類の神器だった。
 例えばこの時の以外の神器としては、伊邪那岐神の使った天尾羽張とか

美しく一瞬の命の理由

 瓊瓊杵尊は、ある時出会った、美しい木花咲耶比売(このはなさくやびめ)に結婚を申し込んだ。
木花咲耶比売の父である大山津見は、結婚するのはいいが、それなら同じく娘である石長比売(いわながびめ)も共に世話してほしいと告げた。
しかし妹に比べ、美しさから遠い石長比売を、瓊瓊杵尊は拒絶し、大山津見の元へと送り返してしまう。

 大山津見は石長比売が返された事を大きく悲しんだ。
木花咲耶比売には華やかな美しさ、そして石長比売には岩のごとく長い生命力があったのである。
 しかしこの時、瓊瓊杵尊は、刹那の命であろうとも、一時だけの美しさに心を奪われてしまった。

 こうして以降、地の神の子、人々は、ただ一時美しくあるだけの、短い命と化してしまったのである。

最初の天皇

 神倭伊波礼毘古命(かむやまいわれびこのみこと)は、瓊瓊杵尊の曾孫にあたる。
 筑紫の日向の地に生まれた彼は、幼い頃から気品溢れ、十五歳で皇太子となった。

 そして四十五才の時、天下を太平とするによりふさわしい場所として、東の『大和(やまと)』の地に向けて旅立つ事を決意。
 しかし万事上手くとはいかず、大和や、周辺のの豪族達の激しい抵抗にもあい、神倭伊波礼毘古命は、三人の兄達を相次いで失ってしまう。
 さらには土地神の発した毒に当てられ、軍も壊滅寸前となった。

 だがその時、高倉下(たかくらじ)という人が、夢を通して天照大神より授かった神器、『布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)』を神倭伊波礼毘古命に届けてきた。
 布都御魂剣の力は凄まじく、土地神の毒など、そのひと振りで全て消し飛んだ。

 さらに道案内役として、高御産巣日神が天の鳥である『八咫烏(やたがらす)』まで使わしてくれた。

 そして八咫烏の道案内と、布都御魂剣の力を持って、神倭伊波礼毘古命はついに大和を平定した。

 その後、自身の御殿として『橿原宮(かしわらのみや)』を築き、神倭伊波礼毘古命は、自信の呼び名を『神武天皇(じんむてんのう)』と改めて、末長く君臨した。
歴代天皇「歴代天皇」実在する神から、偉大なる人へ  こうして天皇の、日出でる国の歴史は始まったのである。

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