「性の進化」有性生殖のメリット、デメリット。オスとメスの戦い

性別は何のために存在しているのか

 そもそもなぜ性別というものが存在するのだろうか。
オス(male)とメス(female)の『配偶子(Gamete)』を結合させ、『有性生殖(Sexual reproduction)』をするという種は多くいる。
しかし性別というものを持たない種もかなりいる。細菌は『細胞分裂(Cell division)』により子孫を作るが、この場合は文字通り分裂であり、子は母のクローンである。

雌雄同体。あるいはメスだけの生物

 部分的に性別を有する種もいる。オスの器官と、メスの器官をどちらも持っている『雌雄同体(hermaphroditism)』の生物は、交尾相手に『精子(sperm)』を渡すことも、受けることもできる。自分の精子と『卵子(Egg)』を『受精(Fertilization)』させる場合もある。
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 おそらく雌雄同体の生物よりも珍しいと思われるが、ニューメキシコハシリトカゲ(Aspidoscelis neomexicanus)のような、メスしかいない動物種もいる。
しかしニューメキシコハシリトカゲは、通常、1頭では子を産もうとしないという。メス同士でパートナーとなり、卵子と卵子を重複させることで、性別のある種が受精によって行う過程をそのまま行う。つまり『減数分裂(Meiosis)』や『染色体の組み換え(Chromosome recombination)』を起こし、卵は『胚(Embryo)』となる。
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 ニューメキシコハシリトカゲのような種が、なぜオスを失ったのかはともかくとして、このような生物が、メス同士でなおも、子を作るのにパートナーを必要とするのは、やはり1世代ごとの遺伝子の組み換えが、それほど重要なのだということだろうか。

性別は絶滅のリスクを招く

 遺伝子組み換えが重要なのは間違いないはず。だからこそ有性生殖のような、むしろ絶滅の原因となっておかしくないような機能が、これほど多くの動物に共有されているのだろう。
『無性生殖(Asexual reproduction)』をする種は、すべてがメスで、すべての個体が子を産める。一方で有性生殖をする種は、全固体の内、メスしか子を産めず、しかもそのメスも、子を産むためにはオスと出会って『交配(Mating)』しなければならない。さらに産まれた子の半分はオスであり、彼らは子を産めない。
性別は、期待できる繁殖個体数を半分以下に減らしてしまうと考えられるのだ。

有性生殖は集団では有利か

 有性生殖の重要な利点として、やはり新たな遺伝子型の子を素早く生み出すことで、環境に早く適応できるというのがあるのだろう。
無性生殖をする生物では、主に有利な突然変異が生じたとしても、その変異は直接の子孫にしか伝わらない。しかし有性生殖をする生物の場合、ある個体に生じた有利な突然変異は、有性生殖を通じて、種の集団全体に伝わっていく。

知的生物にこそ性別は重要か

 しかしこうなると、すべてがメスで、かつ交配を行う生物が有利なのではないか、と考えてしまいたくもなるが、実際はどうなのであろう。
メスとオスの性別が分かれているということは、それだけで何か利点があるのだろうか。

 単純に交配が選択的なものである場合、つまりどの個体も、基本的に魅力ある相手と交配をしたいと思う場合、性別は意味を持ってくるのかもしれない。もし交配というのが、生きてる生物にとって何の感情的利益ももたらさないのだとしたら、交配する個体は減って、それこそ絶滅につながってしまうのかも。

 自分の行動を意識的に選び、むしろ遺伝子の存在を知って、それに逆らいたくなる気持ちとかも持つ場合がある知的生物にとってこそ、性別というのは重要だろうか。

 しかし、同性愛者のような、自分たちだけでは子供を作れないだろう恋愛をする人たちにも、性別は意味あるものだろうか。同性愛に関して考える時は、知的生物ならではという、例えば環境の影響とかが、どのくらいその好みに影響しているのか、ということもわりと重要かもしれない
天使の恋愛 人はなぜ恋をするのか?「恋愛の心理学」
 多細胞生物のような複雑なネットワークのような生命体は、あるいは賢くなれる代わりに、様々な外的要因に対して物理的には脆くもなってしまうのだろうか。
だとすると、だからこそ性別は必要だったのかもしれない。

赤の女王仮説

 多くの生物は、『寄生生物(Parasite)』の犠牲となる危険にさらされている。
寄生生物に感染すれば個体は弱る。
寄生者は宿主を殺すこともあるし、交配相手を探せないほど弱らせたり、生殖器官を機能不全にしたりすることもある。単純に考えると、寄生者に抵抗力のある宿主は、自然淘汰的に有利になるだろう。
しかし、寄生者も生物である以上、抵抗力のある宿主ばかりになれば、その抵抗をなんとか突破する方向へと進化するはず。

 仮に寄生者が、宿主の集団の中で最も多い遺伝子型αに感染するのだとする。そしたら感染される遺伝子型αの宿主は数が減ってくる。代わりに、宿主集団の中には、寄生者に対して抵抗性が高い、別の遺伝子型βを持つ者が増えてくる。すると今度は、この遺伝子型βの宿主をターゲットとする寄生者が進化によって増えてくる。そのために、次には遺伝子型βの者の数が減っていく。
上記のような、寄生者と宿主の進化が周期的に起こることが、1970年代以降に示され、『赤の女王仮説(Red Queen’s Hypothesis)』と呼ばれている。

 赤の女王はルイス・キャロル(Lewis Carroll。1832~1898)の小説「鏡の国のアリス」の登場人物であり、この物語の中でアリスは、女王を走らせてから言うのである。
「同じ場所にいるためには走り続けなければならないの」

 宿主と寄生者の進化的な競争が本当にあるなら、宿主は同じ場所で生存し続けるためには、防御の術をひたすら進化させ続けなくてはならない。つまり寄生生物が宿主生物の(寄生者に素早く対応できるだろう)性別という機能をも進化させたのかもしれない訳である。

性別を捨てた動物の例

 寄生生物のスケールから考えると、あらゆる動物は、赤の女王仮説が適用できる領域に生存しているはずである。しかし現存する動物の中には、ずっと昔に性別を捨てたと思われる種もいる。

 輪形動物門(Rotifera)に属するヒルガタワムシ(Bdelloidea)は、淡水に生息する無脊椎動物で、おそらく1億年ほど前に、無性生殖型に変化した系統とされている。
この生物はいかにして、赤の女王というプランから離れているのか。重要なヒントが、ゲノム研究から得られている。

 ヒルガタワムシは乾眠状態、つまりは代謝を停止することで、完全脱水状態となり、一時的に厳しい環境も生き延びれる。
環境がよくなると、吸水して元に戻るわけだが、乾燥から吸水の過程で、細胞膜に破損が生じる。そしてその破損を修復する時に、ヒルガタワムシは、他者のDNAを取り込み、ゲノムに組み込むことがある。そうして得られた外来遺伝子が、遺伝的問題を避けるように上手く働いているのではないか、とも考えられる訳である。

性的対立。共食い、浮気、直接的戦い

 多くの種において、基本的に子育てはメスがする。
子育てという行為に関する、オスとメスそれぞれの利点の問題だろうと考えるのは容易い。
メスは、自分の体から生まれた子が、確実に自分の子とわかるが、オスの場合は、それが本当に自分とメスの間に生まれた子供かわからないものだ。
小さな領域 「利己的な遺伝子論」進化の要約、恋愛と浮気、生存機械の領域
 子を産むために必要なエネルギーも、基本的にメスが大きいだろう。その代わりにオスは、生殖細胞である精子を、メスの生殖細胞である卵子に比べ、はるかに多く作ることができるのが基本。

 しかし、オスが子育てをまったくしない種の場合でも、オスが子の成長に協力できる場合はある。
オスが交配にメスを誘うのに、食物などを持ってきたりする種もいる。 普通に考えるなら もらった食物はこう育てるのに使えるわけだから、多くの食物を献上してくれるオスは、メスにとって魅力的なはずである。
オスを選り好みしないメスもいるかもしれないが、そうだとしても、食物をもらうメスの子の数は、その栄養の余裕から多くなるはずだから、自然淘汰的に有利になると考えられる。

婚姻贈呈で何を贈るか

 メスの気を引くため、オスが贈り物をする行為は、『婚姻贈呈(Nuptial gift)』と呼ばれることもある。 そしてこれを極限に推し進めた結果が、カマキリや、ある種のクモに見られるような、交尾中にメスがオスを食べてしまうという習性だとされる。
性的な共食いである。
元々、捕食者である種は、このような傾向を進化で持ちやすいともされる。その場合、メスはオスを単に獲物として見ている可能性がある。
メスに近づくオスはたくさんいるから、交尾した相手を食べたところで、またすぐに次のオスが来るという訳だ。

 しかし性的共食いは、オスの繁殖成功度に壊滅的打撃を与えることもあるだろう。
本来ならオスは、交尾できるだけ交尾しまくって、たくさんのメスに自分の精子を与えるほうがいい。ある1頭のメスが、自分の子を産んでくれる可能性より、100頭のメスのうち数頭が産んでくれる可能性のほうがはるかに高いはずだから。
性的共食いを行う種の中には、メスに比べてオスが非常に小さい種もけっこういる。それは、オスが自らの運命を逃れるための進化だという説すらある。小さければ栄養資源としての価値が薄まるだろうから、価値のない獲物として見逃してもらえる確率も上がるかも、という訳である。

一夫多妻、一妻多夫、一夫一妻

 オスが複数のメスと交尾する『一夫多妻(polygamy)』は、卵子よりも精子の方が低コストで作れることを考えると、よい戦略といえるだろうか。
確かにオスは多くのメスに受精させて、子孫をたくさん残せる。しかしこの場合、オスは他のオスとかなり激しい競争をしなければならない。多くのメスを独占するためには、多くのライバルとの戦いを勝ち抜く必要があるわけである。しかもハーレムを築いたからといって、メスの浮気を防げるとは限らない。1頭のオスが、大量のメスの行動を制限するのは大変である。
実際、つがいを作る『一夫一妻(monogamy)』(と思われるような)生物種の場合においてすら、遺伝学的研究によって、浮気症が明らかにされることがある。つがいを作る鳥類は多いが、巣のヒナのDNAを分析すると、けっこうな割合の卵が、父のDNAを持っていなかったりするのだという。

 メスが複数のオスと交配する『一妻多夫(polyandry)』は、メスの利益が非常に大きい。多くの種と交配すれば、メスは子供のために高品質な遺伝子を手に入れられる可能性が高まるし、さらにあるオスの遺伝子が低品質だった場合に備えて、分散するという対策を取れる。
単に多くのオスからの求愛を断るよりも、何度も交配するほうがコスト的に効率がよいかもしれない。

 オスが、メスを他のオスから守りやすいという点では、一夫一妻は理にかなっている。子育てもつがいで協力して行えば、生き延びる子の数も増やせるだろう。
つがいというシステムは、元々愛のためのものじゃなく、パートナー同士、互いの浮気を防ぐための策だったのかもしれない。

オスとメスはどこまで敵同士か

 遺伝子システムの働く場において、オスとメスは、平等的な立場にいるとは言えない。そこでは『性的対立(Sexual conflict)』と呼ばれるものが、よく発生してきた。
ようするに一方の性別には有利だが、もう一方の性別には不利となるような進化である。

 メスとしては、次世代に優れた子を残すためには、たくさんのオスから精子を受けて、そこから選択的に選ぶ方がいい。だがオスとしては、確実にメスに自分の子を産んでもらった方がいい。
そこで、巨大な精子を進化させてメスの生殖管を塞いだり、他のオスの精子を殺す毒を交配時にメスに注入したりして、自分より後のオスとの交配を無意味にする戦法も、自然界では見られる。
一方で、そのようなオスの競争が、優秀な子どころか、メスの繁殖成功率を弱めることも普通にあるだろう。それでメスが、自衛手段を進化で得る場合もある。

 性的対立の、特に恐ろしい例の1つとされるのが、「外傷性受精(traumatic insemination)」と呼ばれるもの。
これはオスが、メスの生殖器を無視して、生殖細胞を注入する行為のこと。

 例えばナンキンムシとも呼ばれるトコジラミ(Cimex lectularius)のオスは、生殖器をメスの体に直接突き刺して精子を注入する。注入された精子は、メスの体内を卵巣まで移動し、受精を完了させる。
また、トコジラミのオスは、ライバルのオスにも精子を注入することがあるようだ。そしてそのオスがメスと交配する時にあらかじめ注入されていた精子も、メスの中に運ばれるのだという。

性的ディスプレイ。求愛行動の時にだけ役立つような装飾

 優れたオスと交配することで、メスは子の遺伝的な質を高めることができる。しかし問題は、メスはどのようにして優れたオスを見分けているのか、ということだろう。

 メスと交配するため、オスが特定の形質を進化させたと思われる例は無数にある。だがなぜ、特定の形質が、他の形質よりもオスが優れている証拠とされるのだろうか。

ランナウェイ進化

 1915年に、ロナルド・フィッシャー(Ronald Aylmer Fisher。1890~1962)は、性淘汰により、オスの派手な装飾が進化するモデルを作った。
特定の形質に対する好みが、メスのいくらかに生じることが、その性淘汰の『ランナウェイ進化(runaway selection)』を引き起こすというもの。

 ある集団内に、特定形質によりオスを選ぶメスと、形質なんて全然気にしないメスがいるとする。選ぶメスは好みの形質を有するオスとばかり交配し、選ばないメスはどの形質のオスとも交配する。全体的には、特定形質のオスが、より多くのメスと交配できるということになる。すると、その特定形質の遺伝子が多くの次世代に引き継がれ、集団内には、その性質を有するオスがどんどん増えていくことになる。
メスの好みと、オスの特定形質は『共進化(Co-evolution)』していく。つまりは、赤の女王仮説における寄生者と宿主のように。

 この、メスの好むオスの形質の進化がランナウェイ(暴走)と呼ばれるのは、このような進化が、もうどうしようもないところに行き着くまで止まらないと考えられるからである。そのどうしようもないところとは、つまりオスの生存の危険である。
メスの好みの派手な装飾は、捕食者まで惹きつけてしまうだろう。

 また、生態系というネットワーク構造のあちこちの繋がりからして、当然の話ではあろうが、基本的に多くの進化は共進化とされる。

単なる好みか、もっと冷静か

 しかしランナウェイ仮説のようなものが正しい場合、オスが交配するために身につけるいろいろな形質が、実際的にはメスの好み以上ではないということになる。
メスは根本的なところから、すでにオスを手玉に取っているのだろうか。

 性的ディスプレイとなりやすいものは、特にそれを生成するのにエネルギーを必要とするものが多いという説もある。立派な角を持つことや、長い時間鳴き続けるにはエネルギーがいる。そのようなエネルギーを、生存以外に使う余裕は、健康な個体であるというメスへのアピールにもなる訳である。

知性は性別にも大きな影響を与えていくか

 人間の場合はどうであろうか。少なくとも社会の中で生きる男も女も、異性を惹きつけるビジュアルが存在していることをはっきり認識していることだろう。
人間が作った社会には、様々な思想的制約があるようにも思える。例えば複数の女性と関係を持つ男性は、あまりよく思われないことも多い。
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 最も重要なことは、意識による遺伝子システムへの抵抗かもしれない。理由はともかくとして、子供をいらないと考える者は多い。もしも子供をいらないと考える者が、女よりも男の方に多いのなら、子供が欲しい女たちの多くは、男に対して交配を求めたくなるようなアピールをする必要があると思われる。

 テクノロジーの進歩も重要だろう。
体外受精は進歩と共に、どんどん一般的になっていくとも思われる。結婚する相手はいらないが、子どもを欲しいという人はわりといると思われるからだ。あるいは、そのようなテクノロジーは、交配相手と出会えない者にも子供を与えてくれる。

 知性はこれから、性別をどのように変えていくのだろうか。

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