「万引きの物語」盗みの歴史、どう考えられてきたか、どう戦ってきたか

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盗みは悪か。どれほどの罪か

 聖書の話を信じるなら、人類最初の盗人はおそらく、知恵の木からリンゴを盗んだイヴである。
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 紀元前ギリシャの哲学者達は、人が何をした時に罪と言えるのかを、しっかりと考えてみた。
 プラトンは窃盗犯は生まれつきか否かについて考え、窃盗の責任は個人と社会の両方にあると結論している。
 プラトンの弟子であるアリストテレスは、窃盗は社会の病気だとした。

 もっと後の時代。
紀元5世紀くらいの聖アウグスティヌス(354~430)は、盗みは愛と同じように魅惑的なものとしている。
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 中世ヨーロッパのキリスト教の司教達は、やむを得ない場合の盗みまで、裁かれるべきなのかと、苦悩した。
聖トマス・アクィナス(1225~1274)は、「それなしで生きていくのが困難ならば、盗みは必ずしも悪とはいえない」とした。
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 また、イギリスの思想家トマス・モア(1478~1535)は、「わずかな金を盗んだくらいで、人は死ぬほどの罰を受けねばならないのだろうか」と問いかけたという。
彼の時代のヨーロッパでは、窃盗犯が、絞首刑に処されるのは、別に珍しい事ではなかったのである。

ロンドンで誕生したリフター達

 万引き犯を英語では『Shoplifter(ショップリフター)』という。
万引きは『Shoplifting(ショップリフティング)』である。
この言葉は16世紀から使われるようになったらしい。
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ロンドンには、様々な商店が立ち並ぶようになり、それに誘われるように、流浪の窃盗犯達が現れ、やがて彼らはリフターと呼ばれるようになったのだという。

 17世紀までに、ロンドンのリフター達は数を増し続け、厳しい罰を設定しても、他の犯罪と比べ、窃盗犯罪は減らなかった。
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万引きに言及した大統領

 アメリカでは、憲法として、大統領に、国家状況について議会に報告する義務と、政策を議会に勧告する権利を与えている。
これらの報告や勧告を教書と言う。

 この教書は、内政外交に関する一般的状況などに関して、毎年、議会に提出される『一般教書』。
定期的でなく,その時々の諸問題に関する、『特別教書』の二種類ある。

 アメリカの第三十六代大統領(1963~1969)、リンドン・ベインズ・ジョンソン(1908~1973)は、特別教書にて、万引き犯罪に関して言及した最初の米国大統領である。

 1965年、FBIは万引き件数が増大していると報告。
深刻な社会問題となりつつあったのだ。

万引き防止システム、EASを作った人達

アーサー・ジョン・ミナシー。チャイニーズ・ハンドカフ

 母はハンガリー出身。
父はギリシャ出身。
アーサー・ジョン・ミナシーが生まれたのは1925年の事だった。
 若い頃の彼はよく、ビー玉やテニスボール、鉛筆や消しゴムを盗んでは、ポケットに隠していたという。

 大人になって、様々な製品の開発を行う仕事に携わっていた彼は、その内に、ニューヨーク市警の為に仕事をするようになった。
例えば彼は『ヴァイコム』という顔認識装置を開発した。

 そして、警察がなかなか逮捕出来ない犯罪が万引きである事を知った彼は、『チャイニーズ・ハンドカフ』というのを開発。
これは衣料品などに装着するタグだが、センサーがついていて、支払いのされてない商品が、店の出口の装置を横切ると、警報が鳴るというもの。

 ミナシーのチャイニーズ・ハンドカフのような装置は、『電子式商品監視装置(Electronic Article Surveillance。EAS)』と呼ばれ、彼は1966年にその特許を取得した。

アッサフとウェルシェ。アリゲーター・タグ

 レバノン人とアイルランド人の間に生まれたロナルド・アッサフは、1968年まで、ライバルであるミナシーに会った事もなかった。
 大学を中退した彼は、アメリカ中西部のスーパーマーケット・チェーン『クローガー』の5店舗ほどで店長を務めた。
いずれの店舗も万引きに非常に悩まされていたという。

 アッサフは、当時一般的だった様々な対策を試した。
鏡の設置。
警備員の増強。
監視カメラ。
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さらに、靴など、盗まれやすい商品の販売もやめた。
 しかしいずれの対策も、あまり効果はないようだった。

 ところでアッサフにはアマチュア発明家のいとこがいた。
そのいとこの名はジャック・ウェルシュで、斬新なピザカッターの発明がご自慢だったという。
 ある日、アッサフの店に大柄な男がやってきて、ワインふたつをつかむと、逃げ去り、アッサフは追いかけたが、撒かれてしまった。
そして店に戻ってきた彼は、ウェルシュに告げたのだった。
「もしお前が万引きをなくす方法を発明したなら、大金持ちになれるだろうよ」

 彼らは後に、感知式ラベルを用いた、ミナシーのチャイニーズ・ハンドカフと同じようなEASシステムを開発、実用化した。
顎のような形状から、『アリゲーター・タグ』と呼ばれたアッサフらの装置は、技術的に、ミナシーのものよりも広範囲をカバー出来る為、巨大なショッピングモールなどに使うのにも向いていた。

ピーター・スターン。金属探知

 ミナシーやアッサフらが、センサータグの開発、販売に取り組んでいた頃、ピーター・スターンは、フィラデルフィア郊外で働く技術者だった。
 また、地元の図書館での仕事も抱えていた彼は、図書館の館長から、本が盗まれて困っているという相談を受ける。

 アマチュア発明家でもあったスターンは、独自の防犯装置を開発する。
それはアルミニウムのような電導率の高い金属を薄い幕として本に貼り、金属探知機で感知出来るようにするというシステム。
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これは好評で、気をよくした彼は、自社を設立し、あまり稼げる場ではない図書館業界に見切りをつけ、EASの業界へと参入していったという。

革命をうたい、万引きする奴ら

 EASシステムは、それまで防ぐ事が難しかった多くの万引きを防ぐ事に成功。
だが、簡単に観念するようなリヒター(万引き犯)達ではなかった。
彼らはEASシステムに対抗する為に、『ブースターバッグ(万引きバック)』なんてものを開発。
これは内部にアルミ箔などを貼った、電子セキュリティをかわす為のアイテム。

 また、犯罪防止にテクノロジーが使われたのは、いわゆる中二病的な心を有する人達を刺激した。
つまり、テクノロジー破りという、泥棒行為をクールとする思想が現れはじめてしまったのである。

 そこで万引きというダサい呼び名に変わる、クールな名前がいろいろ考案された。
つまり、『パクる』とか『ハンドディスカウント』とか『解放』とかである。

 革命家を名乗る者達は述べたという。
「俺達はショッピングモールから、毎日のようにいくつも盗んでる。だか奴らはそれでも儲けてるんだ。いかに奴らがイカれた値段で物を売ってるかの証明だ」
つまり、万引きは、不公平な世の中に対する反逆などと言いたい訳であろう。

女性の方がよく万引きするか

 少なくとも二十世紀前半くらいまでは、万引きは女の犯罪というのは、ほとんど常識だったらしい。
しかし、少なくとも1970年代から以降くらいのデータでは、特に女性ばかりが万引きしてるという感じでもないという。

 ただし、女性と男性の万引き犯では、標的とする商品や、盗みの目的に違いがある事はよく指摘される。

 女性は、化粧品や衣服などを、自分の為に盗む。
あるいは食料品などを、子の為に盗む事もある。
 一方で男性は、電子機器などを転売目的で盗むパターンが多いのだという。

 女性が万引きをする理由として、昔からよく言われてる説が、自立した気分を得る為に、というもの。
女性があまり働けない社会で、自分で稼げない女性は、自分だけで生きてくための手段として、万引きをする。
 これは案外そうかもしれない。
男女格差がだいぶなくなってきた現代で、万引き犯の男女比率が似たような感じになった説明がつく。

万引きは病気か

 そういうふうに捉える向きはある。
実際、万引きで捕まった人の多くが、万引きをする理由として、「やめられないから」などと言うらしい。
だから、万引きをしてしまうのは、アルコール依存症のようなもの。
少なくとも、万引きなんてする必要もないだろうに、万引きする人は依存症と考える精神医は結構いるという。

 日々のストレスによる脳の異常。
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例えば快感や、意欲に関係するというドーパミンやセロトニンの過剰分泌が、万引きと関係してるのではないか、というような説もある。

 まあ何事も病気病気と片付けるのはよろしくない。
なるべく意思は強く持とう。

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