ドゴンに関する基礎知識
マリのドゴン(Dogon)は、ニジェール河の曲がってる辺りに数世紀以上定住してきた部族で、その村々は岩山におおわれた高原地帯に散在している。
彼らの地域は、少なくとも年に1ヶ月くらいは、きびしい干魃に襲われるそうだが、人々は雨季の時の水を、貯水地として整備している 天然の沼や井戸に溜めて、乾季を乗りきろうとする。しかし どうしても水が足りなくなってしまうことがあり、そういう時は遠くまで水汲みの旅をする者も多いという。
自然の要塞のようなものだが、しかし結局自分たちにとっても過酷であろう不毛な岩山ばかりの高原地帯に彼らが移住したのは、イスラム教徒などの征服者たちから逃れてのことだと考えられている。
「イスラム教」アッラーの最後の教え、最後の約束
自ら選んだ(おそらく選ばざるをえなかった)その過酷な環境で、彼らはひたすらに生き抜くための戦いを続けてきた。つまり、豊かな穀物をつくる技術を育み、緻密な社会組織を築いていった。
そして、その独自の古い、しかしよく驚くべきとされる、壮大なスケールの神話世界を語り継いできた。
農耕と祖霊信仰
農耕は彼らの暮らしの基盤である。
彼らは、焼畑農耕を利用する典型的農耕民として、耕やすことが可能な土地はどこでも畑にしてきた。谷や岩山などの急斜面にあり、繩梯子を用いなければ近づけないような畑すらあるという。
おそらく彼らの伝統的な思想においては、その生活の糧は大地の恵みである。そして豊かな大地とその利用、種播きから収穫という流れは、祖霊信仰と強く関連付けられているそうだ。
大家族、地方集団、ホゴン
社会集団としては、まず、共通祖先を祀る大家族という集団(父系血緑集団)がある。通常その成員は、最年長の男とその兄弟、息子たち、およびそのそれぞれの妻子から成る。
最年長の男は長として全成員を統率するが、絶対的な権力者ではなく、他の老人らの意見もかなり尊重しないといけない。ただし宗教的な面に限っては、長の権威は絶大らしい。
特に長の役割として重要なのが、祖先祭祀を司ること。つまり彼は、生者と死者の仲介者で、祖霊は大地の豊饒を促進する力を有するか、そうした力そのものと考えられているから、確かに農耕民にとっては大きな関心事であろう。
いくつかの大家族の集合体として村があり、そしてさらに村がいくらか集まっているのが「地方」扱い。
ドゴン全体は、いくつかの地方族に分けることができ、そうした地方が、ドゴン社会における最大の共同体とされる。
各地方には、他の集団から区別され、優越的である集団があるが、地方における宗教的首長『ホゴン(Hogon)』は、 必ずその優越集団の成員から選ばれるという。
神話を完全に知っているのは長老のみ
血縁的には、全ドゴン族は、神話時代にさかのぼる祖先からの5つの系統のどれかに属しているらしい。 大家族として分けて考えることができる各大家族(父系血緑集団)ごとの成員たちは、普通は同じ系統の者。
大家族毎に分散している全ドゴン族を、神話に由来する様々な風習、共同儀式や仮面結社のような伝統が結びつけている。
ただし神話自体は、地方や語る血縁集団によりいくらか異なることが珍しくなく、そもそも多くの神話(過去の物語)が 広く共有されているというわけではない。基本的に、血縁集団や結社、その集団内での位階毎に、教え伝えられることは限定されていて、 神話の全貌を完全に知っている者は、奥義に通じた少数の長老たちだけとされる。
壮大で精密な神話体系
アフリカ大陸に数多く存在している部族神話において、(少なくても外に伝えられ記録されている中で)ドゴン神話は、その世界観の壮大さがやはり目をひく。
全体としてどのような物語が語り継がれてきて、そしてそのどのくらいの部分が我々に伝わったのか。それが少しの部分であっても、大部分であったとしても、結局その精密な神話体系は、相対的には驚くべきものであると思う。
創造に関する描写はよくあるものか
ドゴンの神話の主題としては、天の創造神と、最初の女である大地の結婚と、その後の分離。二極化された創造神の直接の子たち。神の世界の創造、その後に、不完全な(あるいは罪深き)子のために汚れた大地(世界)の浄化という再創造。天から大地へとやってきた祖先たち。
天地の結婚と分離というモチーフはアフリカの他の地域の他、アジアなどでも(特に農耕民社会に)よく見られる。創造関連には旧約聖書の創世記に似ている感じが強い。
「西アフリカの神話」精霊たち、動物たち。平らな大地、球体の宇宙 「ユダヤ教」旧約聖書とは何か?神とは何か?
ようするに部分的に見ていくと、結局、彼らの壮大な神話も、世界各地でよく見られるような典型的神話の集合体のように見ることができるかもしれない。そういうわけで、キリスト教をはじめとして、外部からやってきた者たちから伝えられたことの影響を探す向きもある。
「キリスト教」聖書に加えられた新たな福音、新たな約束
科学知識の影響はあるか
もちろん単に、この部族の想像力が凄いだけという話かもしれない。
ただ、もしも外部からの影響が多くあるというのなら、注目すべきは、他の有名な神話との類似点というより、もっと純粋に哲学的、科学的な世界観との類似点かもしれない。
ドゴン神話のいくつかのパターンにおいて語られる、世界の創造の流れは、単に奇跡というよりも、宇宙の物理的な変化の歴史のようだ。それも完全なるファンタジーというよりも、近代以降の科学知識を参考にしているような。
例えば以下のような感じだ。
世界には始まりの卵があって、それが広がっていくことで宇宙が形成されていった(ビッグバン)。
「ビッグバン宇宙論」根拠。問題点。宇宙の始まりの概要
その過程であらゆる場所にあった、まだ可能性としてしか存在していない万物が実体化していった(量子論)。
「量子論」波動で揺らぐ現実。プランクからシュレーディンガーへ
二極的な存在の振動が本質的なもので、無限に続いていくかのようなその展開で、万物は大きな構造を持つようになった(超ヒモ理論)。
「超ひも理論、超弦理論」11次元宇宙の謎。実証実験はなぜ難しいか。
すべての星の中で最も小さく、最も重いものが星群の領域の創造の始まり(ブラックホールを中心とした銀河構造)。
「ブラックホール」時間と空間の限界。最も観測不可能な天体の謎
実際には、現在の科学というよりも、もっと古くからある哲学が、 上記のような世界観要素と関係しているかもしれない。
実際ドゴンは、神話形成において、古代エジプト文明から影響を受けていたという仮説があるが、エジプトというより、ギリシア哲学の影響があったのかもしれない。
世界の卵の展開とか(幾何学的発想を交えたような創造)、実体なき万物の実体化(イデア論)、二極要素のバランス(二元論)、星々の領域(独立している天空の理論)、他にも四元素論など、そういうふうに容易に見れる(つまりギリシア哲学を参考にしていておかしくないような)面もある。
多くの話にたいてい登場する「世界卵」は、おおいぬ座の「シリウス」のことらしい。これはまた「星群の始まりである、最も小さく重たいもの」でもあるとか。
「シリウスミステリー」フランスか、宇宙生物か。謎の天文学的知識
アンマ、ユルグ、ノンモ。神話の代表的なキャラクターたち
基本的に創造神はアンマ(Amma)と呼ばれる。
最初の子ユルグ(Yurugu)は独り、次に生まれるノンモ(Nommo)は双子。ユルグは母(大地)との近親相姦によって、さらに不完全な者たちをこの世界に増やし、世界の秩序を壊していく。一方でノンモは、理想的構造の存在、つまりは双極性の具現であり、世界の秩序を修正する。
ノンモは水と関連付けられ、その姿は緑の毛におおわれていると言われる(ただし、これはヘビかトカゲのような爬虫類、あるいは両生類のような存在と語られることもある)。
「爬虫類」両生類からの進化、鳥類への進化。真ん中の大生物 「両生類」最初に陸上進出した脊椎動物。我らの祖先(?)
ドゴンの人たちが生きてきた過酷な岩山群の中で、水と緑が意味するものは(普通に考えるなら)豊饒であろう。
実際、神話では、ノンモの地上への到来は、雨と光と偉大なる最初の人々をもたらした恵みで、その時、ユルグに汚されて放置されていた大地も清浄となる。
現代的な文脈でノンモが語られる場合、彼は水の精であり、人が誕生する時に魂を与えるもの。つまりノンモにおいて、水と生命と(創造をもたらす)言葉の不可分の関連が具現しているとか、言われることもある。
捏造疑惑について
ヨーロッパ(というよりドゴンの外の文明国)に、ドゴンの神話体系を広めたのは、普通マルセル・グリオール(Marcel Griaule。1898~1956)という民族学者とされる。
彼がアフリカで、フィールドワーク研究をはじめたのは1930年代くらいかららしい。彼に、いくつかの宇宙論に関する話を語ってくれたのはオゴテンメリ(Ogotemmeli)という名の、盲目の老人で、彼はホゴンであったという。
経緯はともかく、ドゴンの壮大な神話世界に関するグリオールの(彼自身、おそらくその全体像の一部分を拾い集めたものにすぎないと考えていた)報告は、かなり議論を引き起こした。
特にグリオールの、ドゴンたちの天文学的知識の評価は、過大とされた(たいていの場合、西洋文明からの影響を過小評価しているとされた)。
意図的ではないだろうが、希望的観測のための捏造(というか拡大解釈?)があったろうと考える懐疑論者もけっこういる。
ただ、どこからどんな影響があったかはともかく、神話から読み取れそうな天文学的知識の正確さとかも置いておいても、少なくとも、文書に記録されているこの神話からは、素晴らしい想像力による世界観が確かに読み取れると思う。
言葉による創造と原初の戦い(パターン1)
宇宙は創造神アンマの言葉から生じたという。
アンマが創造したキゼ・ウジ(最も小さいもの。ポーと呼ばれる穀物とも)が、徐々に振幅を増しながら七度振動し、原初の子宮、世界の卵が生じたのである。卵(子宮)の中には二つの胎盤があったが、そのそれぞれが一組の双子のノンモの種を宿していた。
最初の方舟の出発
ある時(まだ月が満ちる前?)、片方の胎盤から一人の男の子が現れた。宇宙の支配者になることを望んでいた彼、ユルグは、アンマの創った穀物ポーを盗んで、双子の妹ヤシギ(Yasigi)を連れて去ろうと、胎盤の一部をちぎり、その胎盤のちぎった部分を素材として箱舟をつくり、盗んだ品々をのせた。そして彼は、虚空へと去った。
しかし、大いなる秩序に対するユルグの反抗心と反乱行為に気づいたアンマは、ヤシギをもう一方の胎盤にいたノンモに預けていた。
ユルグが盗んだ胎盤はやがて大地となった。そして彼は大地と交わった。これは最初の近親相姦であり、その悪い行いにより、大地は汚れ、乾いて、不毛になってしまった。
ユルグは銀ぎつねに変えられた。自身の女性の魂であるヤシギを永遠に空しく求め続ける運命を罰として与えられたのだ。
四方の樹々
ユルグによって乱された秩序を回復し、汚れた宇宙を浄化するため、アンマは天でノンモの1人を生け贄にした。秩序と清浄さは、創造のためには欠くことができない条件なのである。
アンマは、生け贄のノンモの身体を切りきざんでバラバラの欠片群にし、それらを宇宙の四方にまき散らした。どの欠片にも、それぞれに(例えば人間の食料となったり、汚れたものを浄化したりといった)役割を与えられた植物の種子が含まれていた。大地に落ちた種子群(あるいはその中でも特別ないくつか)は、最初の樹々を生成し、それらはやがて天に達した。それらの樹々(サー、オロ、ミヌー、ユロ)は、現在まで続いてきたこの世界に存在する方位や元素や社会組織に対応している。
サー(頭)=「(祖先)ビヌ・セル」、「(部族)オノ」、「(方位)東」、「(元素)水」、「(職業)商業・手工業」。
オロ(下肢)=「(祖先)アンマ・セル」、「(部族)ディオン」、「(方位)西」、「(元素)空気」、「(職業)?」。
ミヌー(胸)=「(祖先)ディオング・セル」、「(部族)ドムノ」、「(方位)南」、「(元素)火」、「(職業)農耕」。
ユロ(腹)=「(祖先)レベ・セル」、「(部族)アルー」、「(方位)北」、「(元素)大地」、「(職業)占、医、商、手工」。
各部族はドゴンの主要な四種族。祖先はそれぞれの部族の始祖の名。しかしこれら(サー、オロ、ミヌー、ユロ)が具体的に、何の木を指しているのかは不明
地上の生物たちの世界の始まり
アンマはその後、散らばった生け贄ノンモの身体の切片(の余り?)を再び集め、天上の土でつなぎ合わせて、生き返らせた。さらにアンマは、生け贄ノンモがいた方の胎盤で長方形の箱船をつくった。
それは「世界の箱船」であり、一組のノンモと四組の祖先たち、種々の動物、植物、鉱物をのせて、地上に向かった。
一組のノンモは、地上における最初の世代、四組の祖先はそれに続く四世代を代表する。この五世代の間で、ドゴンのすべての社会的、宗教的組織が確立された。ドゴンでは、伝統的に五世代の家族を一周期とするが、その最初の五世代でもある。
箱舟が地上に着いてから、太陽の光に世界は照らされ、大雨が大地を清め、大地は豊饒になった。地上のすべての生命は秩序を得て、それを理解した。
ここまでが「ノンモたちの到来」、すなわち地上の生物たちの世界の始まりである。
ユルグの領域、ノンモの領域
秩序を破壊しようとした反逆児ユルグはどうなったか。
大きな罪を犯し、大地を汚したユルグだが、それでも彼はこの世界にとって必要である。ユルグとノンモは、互いに互いなくしては完全ではありえない。そして、それぞれがそれぞれの領域を固有に支配することによって、世界全体のバランス、正常な運行も、最も絶妙に成り立つのである。
ユルグの領域は「夜、乾燥、不毛、無秩序、死」
ノンモの領域は「昼、湿気、豊饒、秩序、生」
無秩序なユルグの力は絶大で、ノンモはそれをうまく調整する。
いつの時代かにも関わらず、この世界の人が、何かを企てる場合、まずはユルグにうかがい(占)をたてるのがよい、それからノンモを祀る(祭壇に供物を捧げる)。正しい順序であるなら、適切に大きな効果を得ることができる。
双曲性の宇宙。実在の展開
原初の時代、神(アンマ?)は、万物の種子群を、世界の卵の中に集めた。
宇宙を揺らす螺旋振動
生命の最初の胚種は、栽培植物のもっとも小さい種子(フォニオ)。その小さな振動は、長い時間の中で連鎖して、ついには内部から外部へ、そして宇宙全体に揺れを伝えた。その広がり方は螺旋状であったとも、ジグザグな動きだったとも伝わる。
しかしその表象はどうであれ、本質的にその振動は双極(宇宙の2つの極限)の絶え間ない交替であった。そうした2つの極は、この宇宙が安定して存在するために欠かせない要素。
双極性は、個々の生命の(おそらく無生命も含むあらゆる物質の)構造の安定にも深く関係している。あらゆる存在の内部において、双極の交替の連続が見られるという。双極は常に互いの支えとなっていて、一方が欠けてしまうことは、構造(安定)の崩壊を意味する。
あらゆる物質は、それぞれが小宇宙とも言えるが、それぞれの双極振動は部分であるという説もある。つまり、無限に展開するような螺旋の連なりにより本質的には全て繋がっていて、全体の巨大な宇宙を構成する。
22カテゴリー。天空世界の回転の連鎖
かつて、世界の卵の中の胚種は、振動により、やがて長くなる7本の枝に分かれた。それら7本に対応する各部分を、人間(とあらゆる生物?)の身体は有する。
それらは7つの主要な栽培植物の種子を象徴してもいる。特に、7番目の振動で生じた、種子のおおい(卵の殻?)を破った7本目の枝は、モロコシを象徴した。モロコシは、生命の理想的な食物である聖なる植物である。
世界の卵の殻が破れてから、創造の動作は外部に定められていた軌道に乗った。最初の生命の種子の中核には4つに区切られた長方形の板があり、そこにはもう、宇宙を構成する22の要素カテゴリーそれぞれに対応する22の徴が現れていた。それらは22はすべて空気、火、地、水の四元素のいずれかの支配下にあった。
創造の回転運動で、徴は無辺の空間にばらまかれ、それぞれ象徴する事象、その時まで実体なく、可能性としてだけあった事象に宿った。要素の徴が宿ることで、あらゆる事象は定められたカテゴリーに属し、真の実在性を有するようになった。
限りなく小さかったものも、広大さを得ることになる。生命を育む大地の環境から、空を秩序正しくめぐる星群まで、全ては、最初は小さく存在していた事象の、極限的な拡大の結果である。
星群の領域の創造の始まりとなったのは、すべての星の中で最も小さく、最も重く、万物の萌芽を自己のうちにはらんでいた『ディジタリア星(Digitaria star)』であった。このディジタリア星は、シリウス星の周囲を公転している。天空の回転の創造の連鎖は、この小さな星から続いてきた。そして時間をひたすらに遡っていくと、やはり始まりは、そこから生じた7つの星であったようだ。
フォニオを盗んだユルグへの罰
創造神アンマだけが特別な時期があった。
しかしある時、創造が続くこの宇宙の中に、(アンマと同じように)自分自身を意識し、行為に目的を見いだせる存在が生じた。それ以来、創造の過程はさらに複雑になった。
時に感情が秩序を脅かし、あるいは創造の連鎖の速度にまで手を加える者たちの出現によって、この宇宙は全く新しい展開を迎えることになる。
意識が生じたのは、無辺の虚空になおも浮かんでいた世界の卵の中でだった。卵の中には2つの胎盤があって、それぞれから、神から直接に流出した息子たち、一組の双子のノンモが産まれた。彼らはまた、人間の原型にもなる。
彼らは創造の根本的原理である双極性の生きたイメージであり、それぞれが男性と女性の2つの魂を有し、自身だけで一対であった。
しかし、理由は謎だが、一方の胎盤で、アンマの定めた日がくるのを待たず、男の子が月足らずで生まれてしまう。彼は自らを包んでいた胎盤の一部をちぎり、卵の外の虚空をつくった。そしてその胎盤の切片が大地となった。
その男の子の名はユルグといった。
ユルグは、アンマの創造した世界を見て、 自分もそのような、むしろそれを凌ぐ世界を作ろうと計画し、フォニオを盗んだ。しかし、 彼のその反逆は、アンマの創造の秩序を乱してしまった。
ユルグは、男性の魂しかもっていなかったから、ユルグがつくった地上世界には男性の魂しかなかった。(おそらく連続的になっていたアンマの世界まで)双極性のバランスは崩れた。
(ユルグ自身がそうだったのだが) 地上の世界には、孤独のために不完全で不浄なるものが溢れた。不浄は、創造に必要不可欠な要素である清浄を壊していく。
ユルグも、そんな状態では、地上で創造を続けることができないと悟る。だから彼は、天の胎盤に残してきたもうひとつの魂、すなわち女性の魂をつれだそうと、一旦天に戻った。だがその時にはすでにアンマが、彼女を他の胎盤のノンモに預けてしまっていたから、ユルグは彼女を見つけられない。
以来ユルグは、大切な半分の魂を、空しく探し続けることになる。
アンマ、レベ、ビヌ、ディオング
乾き果てた地上では、闇の中、(ユルグとその母である大地との)近親相姦で生まれた、ひとつの魂だけの不完全な生きものたちがうごめいていた。
アンマは、もう一方の胎盤にいた、星々の創造者であるノンモを地上におくることを決めた。彼らは巨大な箱舟に乗って地上に降りてきた。箱舟の中央には一組の天のノンモがいたが、彼らは鍛冶屋の服装をしていた。4つの方位に対応する4隅には、ノンモの化身である四組の祖先が立っていた。四祖先のうち、男の祖先の名前はアンマ・セル(Amma Serou)、レベ・セル(Lébé Serou)、ビヌ・セル(Binou Serou)、ディオング・セル(Dyongou Serou)であった。
やがて箱舟自体が、新たな汚れなき大地(の一部?)となった。箱舟到来の時、宇宙に光が生じて闇を退け、豪雨が降り注いで大地を潔めた。
大地がそうして浄化されると、四祖先のもたらした八個の種子が播かれ、人間や動植物が生じた。四祖先も、12人の子供を生んだ。こうして最初の三代を合わせた人数は22、そのうち男は12人、女は10人。
ノンモの指導下で社会が形成され、ようやく、まだこの宇宙が実在なき事象だけで溢れていた頃から、始まりの世界の卵のなかに萌芽として含まれていた全てが実現した。
新たな秩序において、ユルグには死と夜、耕やされていない乾いた荒地が属する。ノンモは生と昼、空と水と耕地と、人間の居住地を支配することになった。
ユルグの不完全な子たち
創造以前には創造神アンマだけが存在していた。ある時に、アンマは大地を造り妻とした。しかしその最初の交わりの時、大地の陰核(一般に、哺乳類のメスの性器に備わる小さな突起物)であるシロアリの巣が邪魔になったから、アンマはその巣を切り倒した。
陰核が切除されたため、大地は従順になったが、切除がほどこされる前の強引な交わりから、すでに魂を1つしかもたない孤独なユルグが生まれてしまっていた。この不完全な生きものは、世界の秩序を乱すことになる。
アンマは新たに、切除の済んだ大地に、神の精液である雨を注いだ。そうして再び孕んだ大地は、一組の双子のノンモを生んだ。ノンモの滑らかな皮膚は、未来の植物を連想させるような緑色の毛でおおわれていた。
ノンモは裸の母(大地)に繊維の腰布を着せてやったが、ひとりぼっちで、妻を欲しがったユルグは、布を取って、最初の近親相姦を犯した。
ユルグと大地の間に生れた子イエバンも、さらにイエバンの子アンドゥンブルも、共に藪の中に住む。
近親相姦がはじめて月経の血をもたらし、それはユルグに最初の言葉を教えた。
人間も言葉を知った
アンマは、今や、不完全な子との間に結ばれた絆のために不浄となった妻から離れ、ひとりで創造の仕事を続けた。粘土で一組の男女をつくり、この男女から、男女各4人(合わせて8人)の祖先を生んだ。この8人の祖先から80人の子が生まれ、彼らは地上のあらゆる地方に移り住んだ。
各地に散った初期世代の人間たちは死を知らなかった。彼らは年老いると、大地の子宮であるアリ塚の中で、水と混ざりあって言葉になったノンモの力で変身を繰り返してから、最終的には自らもノンモとなって天に昇った。
七代目の祖先たちは、大地の胎内でノンモの言葉を学び、それを子供たちに伝えた。これはかつてユルグが学んだ最初の言葉の次のもので、この第二の言葉のおかげで、人間はユルグに打勝てるようにもなった。そうして、新しい秩序において、ユルグは世界の秘密を明かす力だけを有し、支配の力は失った。
ある秘密結社の始まり
天の領域では、大祖先たちがポーという穀物をどう扱うかの話し合いから、一触即発の事態にまで発展していた。
そんな中、ノンモは鍛冶屋の祖先を地上におくろうと決心する。これが地上において文化英雄となる。すべての生物、鉱物、技術、制度等がはいった穀倉が、虹の経路を使って地上に下ろされた。
ところで、ユルグが近親相姦を犯した後、血で汚れた腰布は陽で乾かされ、蟻塚の上に置かれていた。ある時、ひとりの女がその布を盗んだ。布は彼女に強大な力を与えたが、それが男たちの嫉妬に火をつけてしまう。
だが 男たちはその怒りを部族の長老たちに隠した。だがそれは、老人たちを敬う伝統に背く行いであった。
ヘビに変身した老人は、若者たちの罪を見いだすと、厳しく叱った。だがその時に、老人もまた、動物の姿で人間の言葉を話す(精霊の言葉以外を話す)という掟を破ってしまい、彼は死んだ。
この老人の死が、この宇宙の中で最も最初の死だった。
そして死を知った人々は、朽ち果てた屍体、そこから解放された霊力を新しい肉体に宿らせるための儀式を発明する必要に迫られた。
最初に行われたその儀式により、最初の死者の霊力は、赤い布をまとっていた妊婦に宿った。やがて彼女は、ヘビのウロコをもつ赤色の子を生んだ。彼は成人すると、最初に死んだ老人の祖先に仕えることになったが、聖なる悟りのためにそうなる(聖別の時)まで、普通の体には戻らなかったという。
彼の聖別の日、人々は、大木からヘビを彫刻して、老人の霊力の宿とした。そうして最初のシギの祭りがあり、少年はアワの結社の始祖となった。
トリックスターのジャッカル
創造神アンマは愛しあう相手を求め、粘土で妻を造った。大地こそ彼女である。アリ塚から男性器、アリの巣から陰核が造られた。だからアリ塚は男性性(男性の元素)を、アリの巣は女性性(女性の元素)を宿すことになった。
アンマは、大地と交わるのに、妨げとなっていたアリの巣を除去した。こうして大地は陰核切除を受けたのである。後に、切り取られた陰核は毒水のものサソリとなった。それより前に割礼によって切りとられていた夫(アンマ?)の男性器の皮はトカゲになる。
ともかく、最初の交わりの混乱のため、最初に生まれた子はジャッカル(金狼。あるいは銀狐)の姿をした単性の魂しかもたない子であった。
しかしアンマが大地と再び交わった時には、双子のノンモが生まれた。ノンモの身体は神の種子、つまり水で構成されていた。
ジャッカルとノンモは、原初の小さな状態(卵?)から、広大な宇宙が展開していく中で、いつからかアンマ、すなわち創造神にとって代わって、宇宙のシステムの管理者となる。
最初の子ジャッカルは、自身に定められていたその孤独に耐えきれず、母(大地)と近親相姦し、そのために地上の秩序は乱れた。
汚れた大地から離れたアンマが、新しく粘土でつくった二つの球から、最初の人間の夫婦が生じ、彼らはさらに双子を生んだ。
しかし、実際のところ、双子が生まれることは珍しいと悟ったノンモは、あらゆる人に男女二つの魂を与えたが、独りの子は次々と生まれるので、いつまでもこんな対処が続けられるわけもなかった。
アンマは、最初の夫婦の八人の子たちそれぞれに対応する一対の動物をつくった。魂を共有する動物と人は、水の精に変身した人々が天に昇った時、一体化することになる。だが水の精に変身できるのは最初の祖先たち8人だけ。他の者たちは世界の再創造の時を待つことになっている。
天から地上に下ってきたどの存在も、8人の祖先たちの誰かと繋がりがある(誰かの系統に属する)。地上では1人の人間が生まれる度に、その人と同性の動物が生まれ、その者たちは精神的双子として運命をともにする。
太陽と月
最初の時、創造神アンマは、天空に土をばらまいて、星辰を創造すると、次には、2つの白い壺を造った。1つの壺には赤い螺旋状の銅が、もう1つには白い胴が付加された。赤い胴の壺は太陽となり、黒人たちはその光に照らされた朝に生まれることになる。白い胴の壺は月となり、それだけが明るく照らす夜には、白人たちが生まれる。
壺(太陽と月)が造られた後も、その素材となった粘土は残っていた。アンマはそれをまたいくらか使って大地を造った。大地は女で、その性器はアリ塚、アリの巣は陰核。アンマはアリの巣を切ったが、それは最初の陰核切除であった。そしてアンマと結ばれた大地はジャッカルを生み、次に緑の肌に、赤い目、柔軟な身の精霊ノンモが生まれた。
ノンモたちは、母なる大地が裸であることに気づくと、すぐに金銀の(おそらく水に濡れた)繊維で覆ってやろうとしたが、ジャッカルは、アリ塚に入って近親相姦を犯した。月経の血が繊維を赤く染め、大地は不浄なものとなった。
その後、まだ残っていた粘土を使い、アンマは人間を創造。初期の頃の人間は、誰もが男女両性であったが、割礼と切除の伝統を学んでからは、性が明確に区別されることになった。
ドゴン族の八家族の起源は、最初の8人の始祖たちに遡るという。言葉を与えられていたノンモは、アリを介して、それを人間に伝えた。この時はまだ、人間たちも天の世界の住人であった。
しかし、八家族それぞれ、最初に与えられていた食物を食べ尽くしてしまうと、始祖たちは与えられていなかったフォニオまで食べてしまう。結局彼らは天から逃げ出し、地上へとやってくる。そして今日地上にある世界が築かれていくことになる。
神の計画を暴露するもの
創造神アンマの最初の発明品は壺であった。アンマの造った赤銅の八個の輪で囲まれた壺が熱い太陽で、白銅の輪で囲まれた壺が冷たい月。
星々は、アンマが空間に投げ飛ばした粘土の粒からできた。それから残りの粘土もアンマは固めて、広がっただけで何もない空間に投げた。すると粘土の塊は平たく拡がり、大地となった。
孤独だったアンマは、女性であった大地と交わろうとしたが、赤いアリ塚が邪魔になった。それでもアンマは、アリ塚を引き裂いて、大地と合体した。そうした強引な流れのためか、生まれた子は欠陥を抱えたジャッカルで、彼は災厄をもたらすことになる。
しかし次に生まれた緑色の双子ノンモは、水のように清らかだった。ノンモの上半身は人間で、下半身はヘビのようだった。赤い目、ふたまたの舌、関節のない筋張った腕、そんな彼らは8つの器官をもった完全な形であった。
天に昇ってきて、指示を求めたノンモたちから、アンマは生命力をいくらか取って、あらゆる運動とエネルギーを生成した。その力の源こそ水であり、ノンモたちはまた光でもあった。
ノンモが、天の植物の繊維の束で、裸だった大地(母)をまとわせてやった時、大地は言葉を獲得した。
しかし狡猾なジャッカルは、母が言葉を持っていることを妬み、今や言葉が詰まっていた繊維の腰布を奪おうとした。大地は抵抗し、その内にアリ塚、すなわち自分の子宮のなかに隠れて、アリに変身した。しかし逃げ切ることはできず、ジャッカルは母から腰布を奪い、言葉の力を手に入れた。こうしてジャッカルは神の計画を占い師たちに暴露することができるようになった。
アンマは大地から離れて、独りで生きものを創ることにした。しかし彼が生きものたちの器官の形を作った時、ノンモたちは、双子の誕生がなくなる危険に気づく。そこで彼らは、片方の上にもう片方を乗せる男と女の姿を地面に描いた。
どの人間も、最初は2つの魂をもつことになった。しかし後に、片方の弱い部分としての魂の方は割礼で取り去られる風習ができる。
最初の種子ディジタリア
この世界の種子。最初の種子。すべてのうち最も小さく、最も重い種子『ディジタリア(Digitaria)』の中に、人間含む全生命の型はすでに刻み込まれていた。種子の最初の7回(あるいは7つ)の振動は、宇宙の創造の始まりであるが、それはまた、生命の創造の始まりでもあった。
振動の第一と第六の分枝は「足」、第二と第五は「手」、第三と第四は「頭」、最後に、世界の卵の殻を破った第七の分枝は「生殖器」を生じさせた。七本の枝と、元のディジタリアを合わせた8要素は、最初の穀物の種子を象徴していて、それらは四組の祖先たちが地上にもらした種子である。
人間の鎖骨は、すべての魚の原型で、人間の胎児の形体にも関係する。人間は現在の宇宙に対応した生命の、創造の基本型と言える。その構造と成長の過程において、宇宙全体と関連している。
そういう訳だから、人間(たち)の状態が、宇宙の状態を反映することもある。ある個人が規則を破ると、そこから生じた混乱が、近親から家族、家族からクランへ広がり、最後には宇宙の秩序を乱してしまうこともある。
かつて不完全な存在であったユルグが、そうした負の連鎖により、宇宙全体を悲惨な環境に変えてしまったことがあった。しかしその時は、双極性を有するノンモが、世界の喪失分を補い、それから、人間たちの時代は実質的にそれからだった。